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第8話
「新!東武東上線_05」
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全てが新しくなった小川町駅は、3面4線のコンパクトな線形になったが、乗り継ぎは格段に向上した。
橋上駅となり、コンコースから各ホームへのアプローチがダイレクトになったためだ。
さらにエキナカの充実により、待ち合い時間にも買い物が出来ることが駅としての機能向上に繋がっている。
「小川町駅って、この資料だと駅舎の面積が20倍近くになってますね。駅舎というのがどの部分なのかハッキリしませんけどね(笑)」
「一応改札内の面積みたいよ? 今まではあの旧駅舎に、ホームまでの短いアプローチ部分までの範囲みたい」
といって、奈美さんは駅前ロータリーの真ん中に鎮座してる旧駅舎を指差した。
「ああ、そういうことなんですか? って事は、改札内にあるコンビニとカフェ、待合い室以外は含まれていないんですね?」
橋上部分はショッピングモールや自由通路、フリースペースもあり、かなり広大なスペースがある。20倍程度じゃなく、もはや人工地盤と言える規模なのだ。
駅そのものが街のランドマークになるような設計になっていた。
「ここから見られないのが悔しいですね。帰りも快速専用車で通過するだけなので、改めて来るしかないみたいです」
「それが狙いだったりしてね(笑)」
「じゃあ、また来ませんか? 越生線ももう一度は乗って見たいし…」
「いいわね。じゃあ彼女たちも一緒に…」
「あ、出来れば二人で…なんちゃって…あはは」
『寄居からの列車が2番線に到着次第、発車いたします…』
俺の声に被ってくれた車内放送の音量はもはや騒音のレベルだった(涙)
「ん? 何か言った?」
「… … …いえ、何でもないです…」
くっそうぉ~~間がわるすぎだろぉ~~~~~~
「ところで、あの駅舎はなんであんな所に?」
「なんか旧駅舎の保存運動が起こって、最終的に駅前のロータリーの真ん中に移設して保存する事になったみたいよ? あ、この駅の図面のここのところ…」
といって、奈美さんが指差したのは正に駅前ロータリーのど真ん中だった。
旧駅舎をぐるりと囲む様にバス乗場とタクシー乗場が設置されている。
橋上のコンコースは旧駅舎の手前まで伸び、左右に分かれている。
その真正面にエレベータが設置されている様だ。
「旧駅舎の中を通るとエレベーターホールに抜けることができるみたいよ?」
「駅舎の中もイベントなどにも使えるみたいですね。保存というより再利用? って感じですね」
「いいんじゃない? 何でもかんでも取り壊すより、こうして活用できるのって」
最新の駅に開業当初からの駅舎というのはアンバランスじゃないかな? と思ったものの、橋上駅舎というよりショッピングセンターのような外観なので、ここが駅だと主張できる良いランドマークになっているようだ。
「だけど工事が遅れたためにダイヤ改正に間に合わないのが残念ですね」
「まあ、突貫工事よりきちんと造った方がいいと思うわよ」
「はあ、確かに…」
俺は何が何でも一斉に完了する事を期待しすぎていたようだ。
そんな事を話していたら、いつの間にか550系は静かに走り出していた。
いくつかのポイントを渡り、いよいよ新線区間に入線して行く。
「ここからは完全な新線区間なんですよね?」
「ルート自体は旧八高線のままだから路線としては改良となるけど、既存の設備は全く使ってないから、その意味ではたしかに新線と言えるわね」
奈美さんが回りくどく言うのには、ちゃんと意味がある。
完全な新規路線の場合は計画から地質調査、地元自治体への説明に加え、国交省などへの厳しい審査が必要となるからだ。さらに交通審議会にて建設の是非が問われる。
全ての問題が解決しなければ、工事許可が下りないのだ。
こうしている間に、軽く十年~数十年の月日が流れてしまう。
今回はあくまで路線改良と線増工事として、極力時間短縮を図った。
「東武が旧八高線を譲受しても、廃線にしなかった理由がこれなのよ」
「小川町~寄居間は東上線が代替になるし、寄居~高崎はわざわざJRから車輛や乗務員を借り受けてまで、運行しましたからね」
旧八高線ルートの竹沢や折原地区への輸送はバスで代行したため、混乱はなかった。
かえってバスの方が本数が多い分、好評だったりもしたのだ。
「複線になったから駅での行き違いがなくなって、速度もアップできたから快適ですね」
小川町を発車した550系は高架線になった旧八高線ルートをなぞる。東上線との交差部にできた新しい竹沢駅は既に開業の準備が完了したようで、人の気配がなかった。
「でもね、スピードアップできたのは、この区間の踏切を全廃させたことが一番の要因だと思うわよ?」
「あ、そうか。確かに踏切がない!」
「……今、気付いたの? ははは…」
「奈美さんって細かい所まで良く知ってますねぇ。踏切解消の文言は……あれ? 書いてない」
池袋で受け取った資料には踏切全廃とは書いてなかった。
「当たり前じゃない。全部無くなったわけじゃないもん」
「はい? だって今奈美さんは『踏切を全廃』って言いましたよね?」
「あぁ、そう言う意味か。踏切全廃は小川町駅を発車して、高架線になってからよ?」
「……はい?…」
確かに小川町駅を出て、現東上線と新線の3線になったところで、踏切があったような気がした。
「それに、ダイヤ改正後は東上線は全線T-DATCになるから、列車密度が高くできるのよ」
「え~と、つまり小川町~高崎間は列車本数が少ないから、制限速度一杯まで上げられるってことですか?」
「ま、そんなとこかな?」
踏切の解消は、山間部では交差する道路自体が少ないからさほど問題にならないが、寄居~北藤岡間の田園地帯は、幹線道路以外にとにかく農道との交差が多い。
この問題を根本的に解消するために、連続高架化された。
幸い殆どの区間で複線分の線路用地があったので、工事に際しては営業線を横に移動させて、上下線を片側ずつ建設したのだ。
今までは、田園風景の中をのんびりと走っていたキハ110系が、仮設とはいえ高架線路を走るのは異様な光景だった。しかも架線こそ張られていないものの、架線柱は立てられているのだ。知らない人は電車だと思ったかも知れない。
「東武は高崎までの全区間を東上線の幹線と位置づけてるから、開業後は列車本数も増やすつもりみたいよ」
「でも、今までは2、000人/日位だったんですよね? 本数を増やしても乗車人員はふえるんですかね?」
「…と、思うでしょ。でもね。今でさえ高崎から東京に通勤してる人が以外と多いのよ?」
「へえ、…ああ、湘南新宿ラインですね?」
高崎からは湘南新宿ラインに乗れば池袋まで乗り換えなしで行かれる。
いわゆる東上線と被るわけなのだ。
「東上線で池袋から快速(ダイヤ改正後)で高崎まで1時間50分。対してJRは湘南新宿ラインで1時間38分。高崎~小川町間が各駅停車なので時間がかかるけど、料金はJRの1,944円(ICカード利用時)に対して、東武は1,320円らしいから、その差は歴然でしょ?」
「おお、600円も違うんですか?」
「でね、確実に座って行こうとするとJRは湘南新宿ラインのグリーン車が980円プラスなので、2,924円(ICカード利用時)になるの。東武は特急料金が1,130円って発表されてるから2,450円。本数が少ないのがネックだけど、切符取れれば確実に座っていけるのよ」
また途中駅からの乗車でも、快速(ダイヤ改正後の専用車で運行される種別)で小川町もしくは森林公園まで行けば、始発の急行や新設される速達(現快速)に乗換えられる。
どの区間からでも工夫次第で座って通勤が可能なのだ。
JRは本数も編成両数も多いが、半分は高崎始発ではないため確実に座れるとは限らない。
「あと、池袋や新宿で地下鉄に乗換える人も和光市始発に乗る事ができるから、かなり多くの人にメリットがあるんじゃないかしら?」
「そうですね。意外と重要な路線になるんですね」
奈美さんとの話しに熱中していて、気付いたら寄居を発車していた。
「あれ? 何時荒川渡りました? 全然気付かなかったぁ~」
「PC桁になったから、外見ていない限り判らないわよ。」
「寄居も大きく変わったって聞いてたのに、全く見てませんでした(涙)」
「まあ、後日また見にきましょ? さっき約束したしね(笑)」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「! ? …う、うん」
あ~、しまった気合い入り過ぎた。ドン引きされてしまった(汗)
寄居を過ぎたら変わり映えしない田園風景を高い視点で走り抜けて行く。
と、思っていたら北藤岡駅手前で、いきなり地下に潜った。
「あれ? 地下になった」
「え? 知らなかったのここから地下区間だよ? 計画変わったの知らなかった?」
当初は倉賀野駅に東武用のホームが作られ、発車直後に地下に入るはずだった。
しかし、北藤岡駅を出るとしばらくして高崎線に合流し、倉賀野駅に到達するのだ。
倉賀野駅までは約3.6キロあるが、交差道路や近隣住宅や工場などの設備が密集しているために、とても複線を敷設する余裕がない。
そこで北藤岡駅から地下に入り、倉賀野駅に到達する。
さらに高崎まで地下を進んで行くのだ。
「あれ? この駅は既に営業してますよね?」
「先月、地下に切り替えた段階で高崎駅まで共用開始されたわよ?」
寄居駅からは線路切り換え工事時のみに運休しただけで、ずっと営業していたんだった。
つまりこの区間は『一番乗り!』ではなかったんだねぇ。少しガッカリした。
550系の車窓はシールド工法のエレメントが流れていくだけで、都心の地下鉄に乗ってるのと変わり映えしなかった。
やがて、速度が落ちてポイントを渡る音が聞こえると、高崎駅のホームの明かりが見えてきた。
高崎駅に到着してまず驚いたのは…
「おおっ! フルスクリーンのホームドアだっ!」
「東武では初めての導入だそうよ?」
2面4線の高崎駅は、10両編成に対応できるだけのホーム長が確保されていた。
そのうち奥寄りの6両分が共用され、ホームドアが設置されている。
ガラスウォールで仕切られているため、残り4両分は立入り出来ないものの、予備灯が点いているので様子が伺える。
特急専用車の550系と快速専用車750系が6両編成なので、ホームドアのエリアはフルに使うが、普通(東武では各駅停車を“普通”と呼んでいる)の8000系4両編成ワンマン車は、ホームドアセンサーやホームモニターの関係で、前寄りに停車することになっている。
ダイヤ改正前はJRから借り受けているキハ110系ディーゼル車での運用のため、排ガスの問題から強制換気装置をトンネル及びホーム上部に設備して、特認を得た。
そのため強制換気装置を設備している1番線のみ使用可能となっている。
550系が2番線に到着したのも、それが関係しているようだ。
「でも、ダイヤ改正時には特急はデビューしないんですよね?」
「その辺の解説も説明会で発表されるんじゃないかな?」
この後は説明会が行われ、質疑応答のあとは車輛の撮影会というスケジュールだった。
でも、撮影会といってもホームドアがあるんじゃまともに撮れないんじゃないかな? と思われた。
高崎駅は暫定開業の為、現在は1番線のある下り方ホームのみが共用されていた。
コンコースは工事用のパーテーションで、改札口からホームまでの最低限の通路しか入れない様に囲まれている。
説明会会場はその立ち入り禁止エリア内に設定されていて、3、4番線ホームに通じる部分にあった。
「550系が2番線に入ったのは、キハ110系は1番線にしか入れないからなんですね?」
「うん。ディーゼル車だから排気ガスの問題からトンネル内の走行は制限されていたんだけど、強制換気装置をトンネル内に完備することで特認を得たのよ」
通常のトンネルなら換気ができていれば問題は無いが、フルスクリーンのホームドアが設置されている関係で、停車中の換気が問題視された。
ホームの換気が出来ていても、線路内は排気ガスが充満する可能性がある為だ。
キハ110系の使用は暫定的なので、1番線のみ強制換気装置を完備して対応したのだ。
「ということは、2番線は俺たちが乗って来た550系が本当にお初なんですよね?」
「まあ、報道とはいえ一般人を乗せてという意味じゃ“お初”よね」
奈美さん的には“お初”ということにはこだわりがないようだ。そういう所はさっぱりしてるよねぇ。
そして問題の撮影会となった。
会場は3番線だ。ホームドアを全開して、ホーム上から自由に撮影してくださいとのことだ。
しかしカメラマン達は、ホーム先端の開業しても当分は使用されない区画から線路上に降りて、3番線の線路上から撮影となった。
照明は3番線のホームドア上に取り付けられているLEDライトで、充分な光量を得ていた。
奈美さんの様子から予想以上のサービスだと判る。何しろここぞとばかりにシャッターを切りまくっていた。
俺も奈美さんから手渡されたα65のシャッターを押した。
屋外もいいけど、トンネル内もこんな照明なら結構楽しいと思う。
『トラロープ(黒と黄のロープ)の外側には出ないで撮影をお願いいたします』
と、係員の注意があったが、トラロープは膝の高さで、2番線と3番線の境目に張ってあった。
出なくても車体に触れる距離だ。撮影するには逆に3番線のホーム側に寄らなくてはならないくらいだ。
「レール上から見ると550系ってかなりボリュームあるデザインですね」
「ホームからじゃ少し角張って見えるもんね」
この電車に乗って来たかと思うと感慨深い。できれば帰りも乗りたくなった。
「デビューが楽しみになりましたよ。あの迫力はやっぱり線路際で見てみたいですよ」
「でしょでしょ。私も楽しみなの…正直にいうと…500系より好きかも(笑)」
「東上線専用だから…でしょ(笑)」
奈美さんは微笑んで再びファインダーを覗いた。
試乗会は撮影会をもって全て終了した。希望者はこの後、森林公園まで快速専用車の750系に試乗できる。750系は既に4番線に停車していたのだ。
殆どの参加者が750系に乗るものだと思っていたら、参加者の半数近くはJRやキハ110系に乗って行った。
750系は既に本線系統で運用されている700系の6両編成バージョンで、特に大きな変更箇所がないため、みんな興味が薄いようだ。
「奈美さんこの後どうしますか? やっぱり一杯やってから戻りますか?」
「まだ、午後3時だしね。さっき車内でお弁当食べたばかりだから、都内に戻ろうか?」
「ですね。実はさっき支給された弁当で結構腹一杯だったんですよ」
「私も…」
今回の試乗会は池袋を9時55分に発車したものの、越生線経由や現行ダイヤの合間に運行されたので、高崎まで3時間近くかかっている。
参加者は途中で車外に出られない為、弁当を支給されたのだ。
結構豪勢な弁当で、量的にも多かったのだ。
ということで、帰りは森林公園までは750系乗車。そこからは時間的にTJライナー送り込み運用の快速急行(ダイヤ改正後は“速達急行”という種別になる)で、池袋へ向かうことになった。
750系快速用車輛は、既存の6050系の様にクロスシートではあるが、全座席が回転リクライニングシートになっているため、進行方向に座席が向いている(手動で向かい合わせにも出来る)から、帰りも奈美さんと二人でディスカッションしながら乗車できた。
「と、ところで…あ、あのさ…」
話題が途切れたところで、奈美さんが言いにくそうに呟いた。
「なんですか?」
「え~と、今朝、私が池袋で口走ったことなんだけど…、わ、忘れてね」
「は?」
何の事だろうと思う間もなく思い出した。
「あ、あれね」
「いちおう、ネットで調べて…、あなたが言ってたことがよく判ったから…」
「あぁそうなんですね。まあ誰にでも知らずに妙なこと口走るってことはよくあるから…、き、気にしないでください」
ああ~奈美さん真っ赤になって窓の外向いちゃったぁ~。
「あ、そうだ。そう言えばこの750系ってダイヤ改正でデビューするんですよね?」
「? う、うん」
「よくよく考えたら、運賃だけで乗れるリクライニングシート車って関東じゃ珍しくないですか?」
「東武じゃTJライナーの送り込み運用時の“快速急行”だけじゃないかな?」
奈美さんを元気づけるには、何を置いても〈電車〉〈東武〉の話題に振るのが一番だ。
「…まったく…もう…、あなたはどうしたら私の機嫌がよくなるかよく理解してるのね…」
苦笑いで俺をみつめる。
そりゃあ憧れの奈美さんのためなら何でもしますよ俺は…とは、絶対に口にできないヘタレだと自分でも判ってるさ…ははは。
また、今日もこのパターンで終わりかな…あ~情けない。もう一歩押しが強ければ、といつも後で悔やむのだ。
が…
「あなたの様な人、初めてだわ」
そう言って、奈美さんが俺の手を掴んできた。
「え?」
「いつも気遣ってくれてありがとう。酷い事ばかり言って、からかってばかりでごめんね」
奈美さんのこんな表情初めて見た。年齢よりずっと幼く見える。まるで引っ込み思案の女子高生みたいだ(JKという軽さがないという意味で…)。
「俺こそいつも鈍くてすみません。もっとスマートにエスコートできれば、奈美さんを困らせたり怒らせたりする事もないんですけどね…ははは」
「え? 私困らせられたことないよ? 逆に何時もやる気をもらってて助かってるわ」
「はい? 奈美さんも落ち込みことがあるんですか?」
「む。確かにそういうところは直さないとね」
あ、また何かやっちまったらしい。
「私だって落ち込むわよぉ! …でもね。優しい言葉で下心隠して慰めてもらうより、あなたみたいに気付いてないフリをしても、本心で怒鳴り合った方がスッキリして考え方を切り替えられるのよ。最近そのことにやっと気付いたの…」
「…俺、口べただから気の聞いたセリフ言えないだけです。でも、憧れの奈美さんとこうして一緒に仕事できるのがとても嬉しいし、できればいつまでも奈美さんと仕事したいです」
「ははは、憧れだなんて…でも…ありがとう。私もあなたと仕事するのがとっても楽しいわ」
「光栄です。だからそんな奈美さんが元気ないと気が気じゃないんです」
奈美さんが不思議な顔で俺を見つめた。え? 何々? 俺また何かとちった??
「あのさ。一つ聞いてもいい?」
「なんでしょうか?」
「“光栄です”とか“憧れ”とか言ってるけど…、あなたは私をいくつだと思ってるの?」
何? その質問?? 今まで教えてくれなかったけど、“知りません”とは言えないし適当に答える訳に行かないし… ええっー。今までで最大のピンチかも!
「さあ、女性はミステリアスですから、奈美さんも年齢不詳だと思ってます…じゃだめ?」
さあ、思った通り奈美さんの目が半眼になってます。
「私も個人情報は全く教えなかったけど、それでも予測ぐらいはできるでしょぉ?」
「降参です」俺は両手を上げて降伏のポーズをとった。
「さすがね。適当に答えてぶん殴られるより、正直に降参したわけね…」
希望的年齢は27、8歳ですけどね(笑)
「誰にも言っちゃだめだからね」
と言って、奈美さんは俺の耳を引っ張り、小声で教えてくれた。
「25(ヴァンサンカン)です」
「へ? ヴァンサンカンって…ええっ!」
「しっ! 声が大きい!!」
「でもでも…ええっ?? 俺より2つも下??」
今回の東上線の大改革が発表された時は22歳??
俺が奈美さんと初めて仕事したのは4年前だから…その時は21歳??
奈美さんが編集部の仕事始めたのは俺が入社する2年前だから…17歳??って本物のJK??
「な、奈美さん。失礼を承知でお聞きしていいですか? 編集部の仕事始めた時は高校生だったのですか?」
「うん」
事も無げに応えたよ。奈美さん。
「高1の時にカメラメーカーと鉄道ライフが主催した写真グランプリで、何故か特別賞もらって、編集部に出入りする様になったのよ」
「はあ…」
「そのうち当時の編集長が何か記事を書いてみないかって言ってくれて。2ページもらったの」
写真だけでなく記事まで書いてたんですね。最初からただのカメラマンじゃなかったわけだ。
「そんなだから、高校生時代はほとんど部活とかやってないんだ」
それでも入学当初は〈鉄道研究部〉に所属していたらしい。1年の2学期からは〈写真部〉に変わったけど、特別賞をもらったことで他の部員からの妬みや嫌がらせなどで退部。それ以来どこにも入らず、鉄道ライフの仕事に熱中したそうだ。
「それより、年下なのに偉そうにしててごめんね。どうしても男の人って下心丸だしに思えて、あまり関わらない様にしてきたので…話し方とか判んなくて…」
「とんでもない! 俺こそ奈美さんに失礼な事ばかりしてきましたから…ごめんなさい」
「いいって、いいって…じゃあお互い様ってことで(笑)…でも、思った通りでうれしいわ。年齢教えても全然態度が変わらないからうれしいの」
「あ、それについても謝らなくちゃ行けないんです。てっきりアラサー世代だと思ってました。俺より2つぐらい上かな? …と」
「そんなに…老けてる? 私…」
「そうじゃないです。俺なんかより考え方も仕事に対する姿勢もしっかりした考えを持っているので、俺より年上だと思っていたんです」
「…あ、ありがとう。そんな風に言われるとなんだか…かゆいわ(笑)」
「奈美さん。俺…奈美さんが好きです。この仕事して奈美さんに出会えて幸せです」
「私もあなたが好きよ。鉄道が好きでこの仕事選んだ事を後悔した事がなかったけど、今までホントに楽しく仕事できたのはあなたのお陰ね。これからもよろしくね」
…あれ? 俺いま思い切って告白したんだけど…何か違う方に受け取られた? のかな。
奈美さんはご機嫌な笑顔で750系のシートに頬づりして… え? 寝てる?
幸福な寝顔は起こす事を拒絶していた。
こうして波瀾万丈(あくまで個人的に)な、試乗会は終了した。
<第8話 完>
橋上駅となり、コンコースから各ホームへのアプローチがダイレクトになったためだ。
さらにエキナカの充実により、待ち合い時間にも買い物が出来ることが駅としての機能向上に繋がっている。
「小川町駅って、この資料だと駅舎の面積が20倍近くになってますね。駅舎というのがどの部分なのかハッキリしませんけどね(笑)」
「一応改札内の面積みたいよ? 今まではあの旧駅舎に、ホームまでの短いアプローチ部分までの範囲みたい」
といって、奈美さんは駅前ロータリーの真ん中に鎮座してる旧駅舎を指差した。
「ああ、そういうことなんですか? って事は、改札内にあるコンビニとカフェ、待合い室以外は含まれていないんですね?」
橋上部分はショッピングモールや自由通路、フリースペースもあり、かなり広大なスペースがある。20倍程度じゃなく、もはや人工地盤と言える規模なのだ。
駅そのものが街のランドマークになるような設計になっていた。
「ここから見られないのが悔しいですね。帰りも快速専用車で通過するだけなので、改めて来るしかないみたいです」
「それが狙いだったりしてね(笑)」
「じゃあ、また来ませんか? 越生線ももう一度は乗って見たいし…」
「いいわね。じゃあ彼女たちも一緒に…」
「あ、出来れば二人で…なんちゃって…あはは」
『寄居からの列車が2番線に到着次第、発車いたします…』
俺の声に被ってくれた車内放送の音量はもはや騒音のレベルだった(涙)
「ん? 何か言った?」
「… … …いえ、何でもないです…」
くっそうぉ~~間がわるすぎだろぉ~~~~~~
「ところで、あの駅舎はなんであんな所に?」
「なんか旧駅舎の保存運動が起こって、最終的に駅前のロータリーの真ん中に移設して保存する事になったみたいよ? あ、この駅の図面のここのところ…」
といって、奈美さんが指差したのは正に駅前ロータリーのど真ん中だった。
旧駅舎をぐるりと囲む様にバス乗場とタクシー乗場が設置されている。
橋上のコンコースは旧駅舎の手前まで伸び、左右に分かれている。
その真正面にエレベータが設置されている様だ。
「旧駅舎の中を通るとエレベーターホールに抜けることができるみたいよ?」
「駅舎の中もイベントなどにも使えるみたいですね。保存というより再利用? って感じですね」
「いいんじゃない? 何でもかんでも取り壊すより、こうして活用できるのって」
最新の駅に開業当初からの駅舎というのはアンバランスじゃないかな? と思ったものの、橋上駅舎というよりショッピングセンターのような外観なので、ここが駅だと主張できる良いランドマークになっているようだ。
「だけど工事が遅れたためにダイヤ改正に間に合わないのが残念ですね」
「まあ、突貫工事よりきちんと造った方がいいと思うわよ」
「はあ、確かに…」
俺は何が何でも一斉に完了する事を期待しすぎていたようだ。
そんな事を話していたら、いつの間にか550系は静かに走り出していた。
いくつかのポイントを渡り、いよいよ新線区間に入線して行く。
「ここからは完全な新線区間なんですよね?」
「ルート自体は旧八高線のままだから路線としては改良となるけど、既存の設備は全く使ってないから、その意味ではたしかに新線と言えるわね」
奈美さんが回りくどく言うのには、ちゃんと意味がある。
完全な新規路線の場合は計画から地質調査、地元自治体への説明に加え、国交省などへの厳しい審査が必要となるからだ。さらに交通審議会にて建設の是非が問われる。
全ての問題が解決しなければ、工事許可が下りないのだ。
こうしている間に、軽く十年~数十年の月日が流れてしまう。
今回はあくまで路線改良と線増工事として、極力時間短縮を図った。
「東武が旧八高線を譲受しても、廃線にしなかった理由がこれなのよ」
「小川町~寄居間は東上線が代替になるし、寄居~高崎はわざわざJRから車輛や乗務員を借り受けてまで、運行しましたからね」
旧八高線ルートの竹沢や折原地区への輸送はバスで代行したため、混乱はなかった。
かえってバスの方が本数が多い分、好評だったりもしたのだ。
「複線になったから駅での行き違いがなくなって、速度もアップできたから快適ですね」
小川町を発車した550系は高架線になった旧八高線ルートをなぞる。東上線との交差部にできた新しい竹沢駅は既に開業の準備が完了したようで、人の気配がなかった。
「でもね、スピードアップできたのは、この区間の踏切を全廃させたことが一番の要因だと思うわよ?」
「あ、そうか。確かに踏切がない!」
「……今、気付いたの? ははは…」
「奈美さんって細かい所まで良く知ってますねぇ。踏切解消の文言は……あれ? 書いてない」
池袋で受け取った資料には踏切全廃とは書いてなかった。
「当たり前じゃない。全部無くなったわけじゃないもん」
「はい? だって今奈美さんは『踏切を全廃』って言いましたよね?」
「あぁ、そう言う意味か。踏切全廃は小川町駅を発車して、高架線になってからよ?」
「……はい?…」
確かに小川町駅を出て、現東上線と新線の3線になったところで、踏切があったような気がした。
「それに、ダイヤ改正後は東上線は全線T-DATCになるから、列車密度が高くできるのよ」
「え~と、つまり小川町~高崎間は列車本数が少ないから、制限速度一杯まで上げられるってことですか?」
「ま、そんなとこかな?」
踏切の解消は、山間部では交差する道路自体が少ないからさほど問題にならないが、寄居~北藤岡間の田園地帯は、幹線道路以外にとにかく農道との交差が多い。
この問題を根本的に解消するために、連続高架化された。
幸い殆どの区間で複線分の線路用地があったので、工事に際しては営業線を横に移動させて、上下線を片側ずつ建設したのだ。
今までは、田園風景の中をのんびりと走っていたキハ110系が、仮設とはいえ高架線路を走るのは異様な光景だった。しかも架線こそ張られていないものの、架線柱は立てられているのだ。知らない人は電車だと思ったかも知れない。
「東武は高崎までの全区間を東上線の幹線と位置づけてるから、開業後は列車本数も増やすつもりみたいよ」
「でも、今までは2、000人/日位だったんですよね? 本数を増やしても乗車人員はふえるんですかね?」
「…と、思うでしょ。でもね。今でさえ高崎から東京に通勤してる人が以外と多いのよ?」
「へえ、…ああ、湘南新宿ラインですね?」
高崎からは湘南新宿ラインに乗れば池袋まで乗り換えなしで行かれる。
いわゆる東上線と被るわけなのだ。
「東上線で池袋から快速(ダイヤ改正後)で高崎まで1時間50分。対してJRは湘南新宿ラインで1時間38分。高崎~小川町間が各駅停車なので時間がかかるけど、料金はJRの1,944円(ICカード利用時)に対して、東武は1,320円らしいから、その差は歴然でしょ?」
「おお、600円も違うんですか?」
「でね、確実に座って行こうとするとJRは湘南新宿ラインのグリーン車が980円プラスなので、2,924円(ICカード利用時)になるの。東武は特急料金が1,130円って発表されてるから2,450円。本数が少ないのがネックだけど、切符取れれば確実に座っていけるのよ」
また途中駅からの乗車でも、快速(ダイヤ改正後の専用車で運行される種別)で小川町もしくは森林公園まで行けば、始発の急行や新設される速達(現快速)に乗換えられる。
どの区間からでも工夫次第で座って通勤が可能なのだ。
JRは本数も編成両数も多いが、半分は高崎始発ではないため確実に座れるとは限らない。
「あと、池袋や新宿で地下鉄に乗換える人も和光市始発に乗る事ができるから、かなり多くの人にメリットがあるんじゃないかしら?」
「そうですね。意外と重要な路線になるんですね」
奈美さんとの話しに熱中していて、気付いたら寄居を発車していた。
「あれ? 何時荒川渡りました? 全然気付かなかったぁ~」
「PC桁になったから、外見ていない限り判らないわよ。」
「寄居も大きく変わったって聞いてたのに、全く見てませんでした(涙)」
「まあ、後日また見にきましょ? さっき約束したしね(笑)」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「! ? …う、うん」
あ~、しまった気合い入り過ぎた。ドン引きされてしまった(汗)
寄居を過ぎたら変わり映えしない田園風景を高い視点で走り抜けて行く。
と、思っていたら北藤岡駅手前で、いきなり地下に潜った。
「あれ? 地下になった」
「え? 知らなかったのここから地下区間だよ? 計画変わったの知らなかった?」
当初は倉賀野駅に東武用のホームが作られ、発車直後に地下に入るはずだった。
しかし、北藤岡駅を出るとしばらくして高崎線に合流し、倉賀野駅に到達するのだ。
倉賀野駅までは約3.6キロあるが、交差道路や近隣住宅や工場などの設備が密集しているために、とても複線を敷設する余裕がない。
そこで北藤岡駅から地下に入り、倉賀野駅に到達する。
さらに高崎まで地下を進んで行くのだ。
「あれ? この駅は既に営業してますよね?」
「先月、地下に切り替えた段階で高崎駅まで共用開始されたわよ?」
寄居駅からは線路切り換え工事時のみに運休しただけで、ずっと営業していたんだった。
つまりこの区間は『一番乗り!』ではなかったんだねぇ。少しガッカリした。
550系の車窓はシールド工法のエレメントが流れていくだけで、都心の地下鉄に乗ってるのと変わり映えしなかった。
やがて、速度が落ちてポイントを渡る音が聞こえると、高崎駅のホームの明かりが見えてきた。
高崎駅に到着してまず驚いたのは…
「おおっ! フルスクリーンのホームドアだっ!」
「東武では初めての導入だそうよ?」
2面4線の高崎駅は、10両編成に対応できるだけのホーム長が確保されていた。
そのうち奥寄りの6両分が共用され、ホームドアが設置されている。
ガラスウォールで仕切られているため、残り4両分は立入り出来ないものの、予備灯が点いているので様子が伺える。
特急専用車の550系と快速専用車750系が6両編成なので、ホームドアのエリアはフルに使うが、普通(東武では各駅停車を“普通”と呼んでいる)の8000系4両編成ワンマン車は、ホームドアセンサーやホームモニターの関係で、前寄りに停車することになっている。
ダイヤ改正前はJRから借り受けているキハ110系ディーゼル車での運用のため、排ガスの問題から強制換気装置をトンネル及びホーム上部に設備して、特認を得た。
そのため強制換気装置を設備している1番線のみ使用可能となっている。
550系が2番線に到着したのも、それが関係しているようだ。
「でも、ダイヤ改正時には特急はデビューしないんですよね?」
「その辺の解説も説明会で発表されるんじゃないかな?」
この後は説明会が行われ、質疑応答のあとは車輛の撮影会というスケジュールだった。
でも、撮影会といってもホームドアがあるんじゃまともに撮れないんじゃないかな? と思われた。
高崎駅は暫定開業の為、現在は1番線のある下り方ホームのみが共用されていた。
コンコースは工事用のパーテーションで、改札口からホームまでの最低限の通路しか入れない様に囲まれている。
説明会会場はその立ち入り禁止エリア内に設定されていて、3、4番線ホームに通じる部分にあった。
「550系が2番線に入ったのは、キハ110系は1番線にしか入れないからなんですね?」
「うん。ディーゼル車だから排気ガスの問題からトンネル内の走行は制限されていたんだけど、強制換気装置をトンネル内に完備することで特認を得たのよ」
通常のトンネルなら換気ができていれば問題は無いが、フルスクリーンのホームドアが設置されている関係で、停車中の換気が問題視された。
ホームの換気が出来ていても、線路内は排気ガスが充満する可能性がある為だ。
キハ110系の使用は暫定的なので、1番線のみ強制換気装置を完備して対応したのだ。
「ということは、2番線は俺たちが乗って来た550系が本当にお初なんですよね?」
「まあ、報道とはいえ一般人を乗せてという意味じゃ“お初”よね」
奈美さん的には“お初”ということにはこだわりがないようだ。そういう所はさっぱりしてるよねぇ。
そして問題の撮影会となった。
会場は3番線だ。ホームドアを全開して、ホーム上から自由に撮影してくださいとのことだ。
しかしカメラマン達は、ホーム先端の開業しても当分は使用されない区画から線路上に降りて、3番線の線路上から撮影となった。
照明は3番線のホームドア上に取り付けられているLEDライトで、充分な光量を得ていた。
奈美さんの様子から予想以上のサービスだと判る。何しろここぞとばかりにシャッターを切りまくっていた。
俺も奈美さんから手渡されたα65のシャッターを押した。
屋外もいいけど、トンネル内もこんな照明なら結構楽しいと思う。
『トラロープ(黒と黄のロープ)の外側には出ないで撮影をお願いいたします』
と、係員の注意があったが、トラロープは膝の高さで、2番線と3番線の境目に張ってあった。
出なくても車体に触れる距離だ。撮影するには逆に3番線のホーム側に寄らなくてはならないくらいだ。
「レール上から見ると550系ってかなりボリュームあるデザインですね」
「ホームからじゃ少し角張って見えるもんね」
この電車に乗って来たかと思うと感慨深い。できれば帰りも乗りたくなった。
「デビューが楽しみになりましたよ。あの迫力はやっぱり線路際で見てみたいですよ」
「でしょでしょ。私も楽しみなの…正直にいうと…500系より好きかも(笑)」
「東上線専用だから…でしょ(笑)」
奈美さんは微笑んで再びファインダーを覗いた。
試乗会は撮影会をもって全て終了した。希望者はこの後、森林公園まで快速専用車の750系に試乗できる。750系は既に4番線に停車していたのだ。
殆どの参加者が750系に乗るものだと思っていたら、参加者の半数近くはJRやキハ110系に乗って行った。
750系は既に本線系統で運用されている700系の6両編成バージョンで、特に大きな変更箇所がないため、みんな興味が薄いようだ。
「奈美さんこの後どうしますか? やっぱり一杯やってから戻りますか?」
「まだ、午後3時だしね。さっき車内でお弁当食べたばかりだから、都内に戻ろうか?」
「ですね。実はさっき支給された弁当で結構腹一杯だったんですよ」
「私も…」
今回の試乗会は池袋を9時55分に発車したものの、越生線経由や現行ダイヤの合間に運行されたので、高崎まで3時間近くかかっている。
参加者は途中で車外に出られない為、弁当を支給されたのだ。
結構豪勢な弁当で、量的にも多かったのだ。
ということで、帰りは森林公園までは750系乗車。そこからは時間的にTJライナー送り込み運用の快速急行(ダイヤ改正後は“速達急行”という種別になる)で、池袋へ向かうことになった。
750系快速用車輛は、既存の6050系の様にクロスシートではあるが、全座席が回転リクライニングシートになっているため、進行方向に座席が向いている(手動で向かい合わせにも出来る)から、帰りも奈美さんと二人でディスカッションしながら乗車できた。
「と、ところで…あ、あのさ…」
話題が途切れたところで、奈美さんが言いにくそうに呟いた。
「なんですか?」
「え~と、今朝、私が池袋で口走ったことなんだけど…、わ、忘れてね」
「は?」
何の事だろうと思う間もなく思い出した。
「あ、あれね」
「いちおう、ネットで調べて…、あなたが言ってたことがよく判ったから…」
「あぁそうなんですね。まあ誰にでも知らずに妙なこと口走るってことはよくあるから…、き、気にしないでください」
ああ~奈美さん真っ赤になって窓の外向いちゃったぁ~。
「あ、そうだ。そう言えばこの750系ってダイヤ改正でデビューするんですよね?」
「? う、うん」
「よくよく考えたら、運賃だけで乗れるリクライニングシート車って関東じゃ珍しくないですか?」
「東武じゃTJライナーの送り込み運用時の“快速急行”だけじゃないかな?」
奈美さんを元気づけるには、何を置いても〈電車〉〈東武〉の話題に振るのが一番だ。
「…まったく…もう…、あなたはどうしたら私の機嫌がよくなるかよく理解してるのね…」
苦笑いで俺をみつめる。
そりゃあ憧れの奈美さんのためなら何でもしますよ俺は…とは、絶対に口にできないヘタレだと自分でも判ってるさ…ははは。
また、今日もこのパターンで終わりかな…あ~情けない。もう一歩押しが強ければ、といつも後で悔やむのだ。
が…
「あなたの様な人、初めてだわ」
そう言って、奈美さんが俺の手を掴んできた。
「え?」
「いつも気遣ってくれてありがとう。酷い事ばかり言って、からかってばかりでごめんね」
奈美さんのこんな表情初めて見た。年齢よりずっと幼く見える。まるで引っ込み思案の女子高生みたいだ(JKという軽さがないという意味で…)。
「俺こそいつも鈍くてすみません。もっとスマートにエスコートできれば、奈美さんを困らせたり怒らせたりする事もないんですけどね…ははは」
「え? 私困らせられたことないよ? 逆に何時もやる気をもらってて助かってるわ」
「はい? 奈美さんも落ち込みことがあるんですか?」
「む。確かにそういうところは直さないとね」
あ、また何かやっちまったらしい。
「私だって落ち込むわよぉ! …でもね。優しい言葉で下心隠して慰めてもらうより、あなたみたいに気付いてないフリをしても、本心で怒鳴り合った方がスッキリして考え方を切り替えられるのよ。最近そのことにやっと気付いたの…」
「…俺、口べただから気の聞いたセリフ言えないだけです。でも、憧れの奈美さんとこうして一緒に仕事できるのがとても嬉しいし、できればいつまでも奈美さんと仕事したいです」
「ははは、憧れだなんて…でも…ありがとう。私もあなたと仕事するのがとっても楽しいわ」
「光栄です。だからそんな奈美さんが元気ないと気が気じゃないんです」
奈美さんが不思議な顔で俺を見つめた。え? 何々? 俺また何かとちった??
「あのさ。一つ聞いてもいい?」
「なんでしょうか?」
「“光栄です”とか“憧れ”とか言ってるけど…、あなたは私をいくつだと思ってるの?」
何? その質問?? 今まで教えてくれなかったけど、“知りません”とは言えないし適当に答える訳に行かないし… ええっー。今までで最大のピンチかも!
「さあ、女性はミステリアスですから、奈美さんも年齢不詳だと思ってます…じゃだめ?」
さあ、思った通り奈美さんの目が半眼になってます。
「私も個人情報は全く教えなかったけど、それでも予測ぐらいはできるでしょぉ?」
「降参です」俺は両手を上げて降伏のポーズをとった。
「さすがね。適当に答えてぶん殴られるより、正直に降参したわけね…」
希望的年齢は27、8歳ですけどね(笑)
「誰にも言っちゃだめだからね」
と言って、奈美さんは俺の耳を引っ張り、小声で教えてくれた。
「25(ヴァンサンカン)です」
「へ? ヴァンサンカンって…ええっ!」
「しっ! 声が大きい!!」
「でもでも…ええっ?? 俺より2つも下??」
今回の東上線の大改革が発表された時は22歳??
俺が奈美さんと初めて仕事したのは4年前だから…その時は21歳??
奈美さんが編集部の仕事始めたのは俺が入社する2年前だから…17歳??って本物のJK??
「な、奈美さん。失礼を承知でお聞きしていいですか? 編集部の仕事始めた時は高校生だったのですか?」
「うん」
事も無げに応えたよ。奈美さん。
「高1の時にカメラメーカーと鉄道ライフが主催した写真グランプリで、何故か特別賞もらって、編集部に出入りする様になったのよ」
「はあ…」
「そのうち当時の編集長が何か記事を書いてみないかって言ってくれて。2ページもらったの」
写真だけでなく記事まで書いてたんですね。最初からただのカメラマンじゃなかったわけだ。
「そんなだから、高校生時代はほとんど部活とかやってないんだ」
それでも入学当初は〈鉄道研究部〉に所属していたらしい。1年の2学期からは〈写真部〉に変わったけど、特別賞をもらったことで他の部員からの妬みや嫌がらせなどで退部。それ以来どこにも入らず、鉄道ライフの仕事に熱中したそうだ。
「それより、年下なのに偉そうにしててごめんね。どうしても男の人って下心丸だしに思えて、あまり関わらない様にしてきたので…話し方とか判んなくて…」
「とんでもない! 俺こそ奈美さんに失礼な事ばかりしてきましたから…ごめんなさい」
「いいって、いいって…じゃあお互い様ってことで(笑)…でも、思った通りでうれしいわ。年齢教えても全然態度が変わらないからうれしいの」
「あ、それについても謝らなくちゃ行けないんです。てっきりアラサー世代だと思ってました。俺より2つぐらい上かな? …と」
「そんなに…老けてる? 私…」
「そうじゃないです。俺なんかより考え方も仕事に対する姿勢もしっかりした考えを持っているので、俺より年上だと思っていたんです」
「…あ、ありがとう。そんな風に言われるとなんだか…かゆいわ(笑)」
「奈美さん。俺…奈美さんが好きです。この仕事して奈美さんに出会えて幸せです」
「私もあなたが好きよ。鉄道が好きでこの仕事選んだ事を後悔した事がなかったけど、今までホントに楽しく仕事できたのはあなたのお陰ね。これからもよろしくね」
…あれ? 俺いま思い切って告白したんだけど…何か違う方に受け取られた? のかな。
奈美さんはご機嫌な笑顔で750系のシートに頬づりして… え? 寝てる?
幸福な寝顔は起こす事を拒絶していた。
こうして波瀾万丈(あくまで個人的に)な、試乗会は終了した。
<第8話 完>
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