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EX02

東急クルーズトレイン

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 「奈美さん。ちょっと相談に乗ってもらえませんか?」
 今日も編集部のミーティングテーブルを占領して、写真データの整理を行っていた奈美さんに話しかけた。
 自前のMacBookProには、先日撮影してきた東武鬼怒川線のC11 207号機“大樹”の写真が溢れていた。
 「うん。いいけどもう少し待ってね。再来月号のSL特集の画像データをサーバーにアップするから」
 「そういえば明日初稿〆でしたね。奈美さんは…やっぱり東武担当ですね」
 「やっぱりって何よぉ、今回は沿線の沿革や機関車の履歴など、かなり深く掘り下げるから詳細に明るい担当者が選ばれたのよ」
 まあそれでなくても絶対に譲らなかったと思うけどね。
 フォルダの中身は軽く…え? 5000点?
 一つのフォルダに?
 「よくこれだけのデータが入りますね。このMacのHDDハードディスクドライブって何GB(ギガバイト=1024MB)積んでるんですか?」
 「え? ああ、これ? このフォルダ?」
 「そうです。100点だって管理するの大変なのに、5000点って…」
 1点が26MBメガバイト(RAWデータ)として、5000点だと約130GBにもなる。それが何フォルダもあれば軽くTB(テラバイト=1024GB)レベルだ。
 Macといえ、パソコンなのでOSオペレーションソフトや各種アプリケーションソフトもインストールしなければならない。
 「その前に…、今のMacBookはHDD載せてないのよ?」
 「へ? じゃあ何にデータを保存してるんですか?」
 「今は全部SSDソリッドステートドライブなの。だからHDDよりは容量が少ないけど、アクセススピードが速いからストレスなく操作できるの」
 「でも保存データは?」
 「ああ、このフォルダは外付けRAIDレイドだよ」
 と言われて、奈美さんの足元を見たら週刊誌サイズの箱が置いてあった。
 「これですか?」
 「そそ。これは2台のHDDをセットできるRAIDで、最大8TB対応なの」
 「っていうことは、2台あるから16TBまで保存できるんですか?」
 「ううん。データの破損が怖いからミラーリングしてるの。だから8TB」
 「これ、いつも持ち歩いてるんですか?」
 いくら小型といえど、これだけでカバンいっぱいになりそうだ。
 「そんなわけないじゃない。編集長がロッカーくれたからいつもその中に置いてるわ」
 編集長も奈美さんには甘いなぁ、と思いつつも、確かに奈美さんはうちの雑誌になくてなならないから当然…かな?
 「普段はこのポータブルHDDに入れてるのよ」
 「それでもかなり大きいじゃないですかぁ」
 4TBと書かれてある“ポータブルHDD”は、10年前なら確かに“ポータブル”かもしれないが、スマホ全盛の今ではCDプレーヤーサイズは充分に“でかい”。
 とか何とか話しているうちに、編集部のサーバーにアップロードが終わったらしい。
 「で、相談って何かな?」
 「ああ、それそれ。今度東急でも座席指定列車を導入する企画があって、マルチシート車を新製する予定だそうです」
 「え? 座席指定? どこの路線で? そもそも東急で座席指定するほどの路線なんてあった?」
 「まあ、そう思いますよね。例えば渋谷からといっても、ホームのキャパシティから難しいでしょうし、東横線じゃあSトレインがあるので棲み分けが難しいでしょうし…」
 「目黒線も日吉までじゃ座席指定するほどの距離じゃないしね。そうなると大井町線?」
 「でも平日の夕方~夜間じゃ既存の列車の混雑がひどくならない?」
 「ですよね。でもどの路線に投入するかが問題じゃないんです」
 「と言うと?」
 「平日は東急線内での運用に限定されますが、土休日の日中の運用で東急線内からJRの甲府までの往復をクルーズトレインとして走らせたいそうです」
 「クルーズトレイン? あの伊豆急の“The Royal Express”みたいに?」
 「そうです」
 「でも平日はマルチシート車で座席指定列車にするんでしょ?」
 「はい」
 「無理でしょ」
 三白眼でにべもなく全否定をかます奈美さん。
 「エエエエッー?」
 「だって、要求される車内設備が全く違うもの。クルーズトレインはくつろげる設備が充実してないとすぐに廃れるよ」
 「あ、確かに。でもマルチシート車ではテーブルの設置も難しいですよね?」
 「そうね。それに他社線に乗り入れるなら、保安装置の搭載や各社のダイヤを調整する必要もあるし…、そもそも目的地が甲府っていうのがねぇ」
 「何か問題あるんですか?」
 「あのねぇ、あなたは甲府に何度も行きたいと思う? そもそも何をしに行くわけ?」
 「あ…、考えてなかった」
 しかし、何のためにクルーズトレイン走らせるんだろう?
 「あ、ところで相談の内容は?」
 「そうでした。東急線内から甲府までのルートの発案を協力して欲しいって言われたんです」
 「例の車輌区のお友達?」
 「そうです。発駅はどこでもいいんですが、どこを通っていくのかをコンペするそうなんです」
 「コンペって、そんなに選択肢ないわよ? せいぜいJR線内の経由地ぐらいじゃない?」
 「まあ、そうなんですが。基本形は長津田から横浜線に乗り入れて、八王子を経由して中央線で一路甲斐路へなんですが…」
 「それなら横浜から似たような列車がたくさん設定されてるよね」
 「そこなんです。だから長津田以外から行かれないかというのが主旨なんだそうです」
 「コンペの?」
 「はい」
 「なるほどね。でもそうなると走行時間が長くなるし、途中下車できないからトイレなどは必須よね?」
 「そうなりますね。だから緊急時の汚物処理施設や給水などの対応が必要になるでしょう。そのあたりは対応するらしいです」
 「ということは既存の車輌とは別扱いになるわね。今度は2090系とか6090系とかになったりして、東武のTJライナー真似て(笑)」
 「おお。2090系とかいいですね」
 「さて、ルート素案だけど。こんなのはどうかな?」
 奈美さんはコピー紙を取り出して、メモしながら説明を始めた。

 奈美さんの素案は大井町線の大井町駅からスタートした。
 大井町→大岡山→(目黒線)→元住吉検車区(折り返し)→大岡山→目黒
 ここまでが東急線内になる。
 この後は南北線に乗り入れて四ツ谷に向かい、市ヶ谷の連絡側線を通り有楽町線の引き上げ線に入る。
 折り返して、有楽町線の桜田門で再び折り返す。
 連絡線を通り、千代田線に入って綾瀬まで行く。
 綾瀬からはJR常磐緩行線を走行して、松戸で快速線に移る。
 その先は馬橋付近から貨物連絡線を通って、武蔵野線へ。
 武蔵浦和から大宮方面に貨物線で向かう。
 「すごい! これぞクルーズトレイン!」
 「何言ってるの、これからよ綾瀬までは地下鉄だから車窓は楽しめないし、スイッチバックが多いから速度も上がらないしね」
 「確かに! 江戸川渡る頃から車窓が楽しくなりそうですね」
 大宮からは川越線に入線する。
 そのまま高麗川から八高線に入って、八王子に到着する。
 ここからは中央線で一路甲府へ向かうのだ。
 「ちょっと考えただけでここまでワクワクするルートを考えられるなんて…奈美さんすごいです」
 「と言うより、どうやって八王子に繋げるか考えただけよ」
 「それでも実際に運用するとなったら、本線上でのスイッチバックはできないだろうから、桜田門では折り返さずに豊洲まで行くことになりそうだけどね」
 「ああ、そうか。結構難しそうですね。となると他のルートも考えておく必要性が…」
 といったところで、奈美さんが睨んでいるのに気づいた。
 「どうかしましたか?」
 「全部私に考えさせる気じゃないでしょうねぇ~」
 「え? そ、そんなことわないですよぉ~」
 「怪しい」
 「でも参考までに他に思いついたルートってあります?」
 「ほらやっぱり…。まあいいわ、誰でも真っ先に思いつくのは、元住吉から東横線に入って、副都心線、西武有楽町線、西武池袋線で所沢。折り返して新秋津~所沢連絡線を経由して、武蔵野線の新小平から立川かな?」
 「え? そんなルートが?」
 「ほら、考えてないぃ~~。もうこれ以上は教えないわよ~」
 「ああ。ごめんなさい。でも奈美さんなら絶対に東武線経由だとばかり思ってたので…」
 「あ、東上線も伊勢崎線もJR線連絡は無理よ」
 「え? なんで?」
 「東上線は終点の寄居で秩父鉄道に連絡できるけど、JR線には熊谷まで行かなきゃいけないし、小川町の八高線は非電化だから電車の運行は無理。伊勢崎線は久喜に連絡線作ったとしても、折り返し運用になるため現実的じゃないしね。栗橋も東武日光線の本線上でスイッチバックは無理」
 「そうなんですね…」
 「はい! これ以上は答えないわよぉ~」
 そう言うと、奈美さんは再び写真データの整理を始めた。

 実現できるかどうかは不明だが、とりあえず奈美さんにルートをまとめて、友人に送った。
 それにしても東急に座席指定列車ねぇ。どこを走るんだろうか、値段はいくらなんだろうか?
 興味はあるものの、いまいち実感が伴わない。
 まさか池上線ってことはないよね。
 五反田発蒲田行きノンストップ座席指定列車“IKライナー”とかだったら笑えるけどね。
 誰が喜ぶんだろうか(笑)
    <extra02 完>
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