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EX05

箱根・日光・鬼怒川クルーズトレイン04

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 他社の車両が走行する場合、その車両が走行に適しているかが問題となる。
 最も基本的な部分は、車体の規格に関わる部分がそれだ。
 車体の大きさ(幅・長さ・高さ)やレールの軌間、電圧が合わないと走行自体ができないからだ。
 幸い、東武も小田急も戦後、国鉄から戦災復旧車などを受け入れるために、車両限界や建築限界が改修されていた。
 20m級車体や車幅も2,900mmまで対応でき、架空電車線1500V、10両編成までが走行できる。
 車両とホームのクリアランスも最新の5000形通勤車よりも狭いため、東武100系は問題がなかった。
 ハード面では何も問題がなくても、保安装置はかなり手間取ったらしい。
 東武100系はJR新宿まで乗り入れるため、ATS-P型を搭載しているが、全電動車のために床下機器がぎっしりで、機器箱を客室外の車内搭載となっている。
 この上、小田急用の機器を搭載するのは難しく、かといって兼用して使うのも難しい。
 そのため、運転室内に強引に詰め込んだそうだ。
 おかげで助士側の座席にあったテーブルは一時撤去となった。
 苦労した甲斐があって、試験走行を経たのち、なんとか小田急線走行が国交省の特認を得られた。

 今回、俺と奈美さんはその小田急ルート“スペーシアはこね”に同行することとなった。
 なのになぜJR新宿駅構内の“臨時”アルプス広場にいるかというと、2ルート参加者が一堂に集合できる場所がここしかなかったためだ。
 昔は大きな空間があったアルプス広場は、現在は東西自由通路ができたために閉鎖された。
 しかし、今回の集合場所として知名度の高い“アルプス広場”の名前を借りて、少し奥まったところにある場所が“臨時アルプス広場”となっている。
 ここは“ロマンスカー日光”が発車する6番線にも、小田急線への連絡口を通って“スペーシアはこね”が発車する、小田急線地上ホームの2番線にも同じくらいの距離でスムーズに移動できるからだ。
 発車20分前、それぞれのコースのコンダクターが旗を掲げて、先導を始めた。
 いよいよ前代未聞の他社特急列車による、関東二大温泉地を巡るツアーがスタートした。
 小田急線のロマンスカー乗車ホームに上がると、JR線に最も近い2番ホームには深い金色の東武100系スペーシア日光詣塗装が停車していた。
 ガラスの窓越しにJR中央・総武緩行線のホームの客がこちらを見ていた。
 乗降口横の側面表示器には“スペーシアはこね・箱根湯本行き”と表示されていた。
 幕式と違い、LEDだと簡単にカスタマイズできるので、こういう場面でも雰囲気を盛り上げてくれる。
 両コースとも9時ちょうどに発車。
 “スペーシアはこね”はゆったりした加速でホームを離れ、新宿サザンテラスの人工地盤の下を最徐行で進む。
 南新宿手前の踏切から太陽の下に現れた、東武100系スペーシア日光詣塗装を見た通行人は一様に驚きの表情をしていた。
 そりゃそうだろう、普段ならJRの特急ホームでしか見られない車両が目の前に現れたのだ、慌ててスマホで写真を撮るのが一般的な行動だと思う。
 「すごく目立ってますね。東武車というだけでなく全身金色ってのがインパクトありますからね」
 「そうね。どうかすると下品な色合いになるけど、不思議とスペーシアには似合ってるのかもね」
 奈美さんが珍しく奇妙な言い方をした。
 奈美さん的にもやはり、この日光詣塗色は思うところがあるのだろう。
 ま、それを指摘すると墓穴になるので黙っていようと、俺は口を力一杯閉じていた。
 代々木八幡駅先のカーブを過ぎるまではゆっくり走っていた“スペーシアはこね”は、徐々に速度を上げて代々木上原駅に進入する。
 ホーム中ほどから見せつけるように加速し始める。
 急行線をそのまま進み、すぐに地下に降り始めて、さらに加速。
 VVVF制御の全電動車なので、大柄に見える車体でありながら軽やかな走行音で地下を走る。
 しかもアルミダブルスキン車体、その上車内はカーペット敷きなので遮音性が高く、車内は普通に会話ができるほど静かだった。
 そういえば小田急ロマンスカーと通勤型電車でも、地下区間の騒音はかなり違うことを思い出した。
 やはり優等列車は遮音性が高いのだろう。
 世田谷代田駅を過ぎると上り勾配となり、4線が一度に地上区間さらに高架に駆け上がる。
 地下区間で急行線と緩行線が入れ替わり、スペーシアはこねは内側の急行線を快走してゆく。
 小田急線では30000形EXEに近いとはいえ、深みのある金色は大変目立ち、上下ホームの客たちも驚いた表情で眺めていた。

 さて、同じように通過する沿線で注目を帯びているであろう小田急60000形MSE6両編成の“ロマンスカー日光”は、JR新宿駅6番線から発車。
 しかし、通常のJR特急“日光”とは違って、品川方向に走り出した。
 山手貨物線(埼京線)を走るフェイメルブルーの車体は、相鉄12000系の横浜ネイビーブルーより鮮やかな青い光を沿線に振りまいて進む。
 “ロマンスカー日光”の走行ルートも極秘になっており、“スペーシアはこね”とは違って初日からルートの予測は難しいはずだ。
 ところが発車直前に進行方向を確定した撮影ファンは、即座にネットに情報をアップし、品川方面に向かうことがバレてしまった。
 品川では入線したホームでルートを推測する。
 果たして東海道線(上野東京ライン)のホームに入線した時点で、東京駅通過が確定された。
 しかし、そこでファンの予測を超える事態が発生する。
 「え? 東京駅無停車? そんなことできるんですか?」
 「らしいわ。どんな列車も新幹線も必ず止まる東京駅を通過させようって、スタッフが悪乗りしたみたいよ」
 「なんとも…」
 さらに、そのまま大宮経由で栗橋駅に向かうと思っていたファンは、東北本線で張っていたが、“ロマンスカー日光”は予測に反して常磐線に入線した。
 土休日には北千住発車の“ロマンスカーメトロはこね”が、折り返しのために綾瀬駅までくるが、快速線を走り抜けるシーンは綾瀬駅でも注目の的だった。
 その後は松戸を過ぎて、北松戸から馬橋の短絡線を通って、武蔵野線に入る。
 武蔵浦和から大宮貨物線で大宮に向かう。本来の“日光”ルートに入り、日光に向かうのだ。
 「なんかいつもと違う、裏ルートというべきコースですね」
 「まあ、小田急60000形にとってはJR線はほぼ問題なく走れるから、栗橋までのルートで意外性を出したんじゃないかな?」
 「そういえば東武線には問題なく入線できるんですか?」
 「ああ、保安装置は東武ATSなので、機器の搭載は行ったけど、スペーシアほど難しくなかったみたいよ? これが東上線ならほぼ不可能だったけどね」
 「でも親和性があるんじゃないですか? T-DATCは…」
 「まあ、できないことはないけど、運転台の改造が必要だからイベントだけで走らせるのはコスト的にも無理ね」
 「そうなんですか?」
 「東上線は車上信号にしたので、速度制限表示器が搭載されていないと走れないのよ。線路上には現示信号ないから…」
 「ああ、そうか。大幅な改造が必要なんですね?」
 「そうそう。だから東武30000系も東上線に転籍した時に、運転台機器を載せ替えてるのよ」
 本来は、東武本線から半蔵門線を経由して東急田園都市線に乗り入れるために開発された30000系だが、検車区の関係で10両貫通編成が対応できず、6+4両編成でデビューした。
 しかし都心部でも有数の混雑路線の東急田園都市線には、中間に封じ込まれた運転台がデッドスペースとなり、混雑がひどかった。
 そのため乗り入れ開始から3年ほどで、急遽50050型への置き換えが決定された。
 地上線運用に転向させた30000系は、しばらくの間は6両編成と4両編成が別々の路線に配置されて、運用されていた。
 しかし、浅草駅が基本的に6両編成しか対応していないために、北千住で増結された4両編成を切り離し、浅草発の下りに連結されて運用されていた。
 運用上、30000系限定というわけにもいかず、10000系との連結も日常的に行われていた。
 が、異形式連結の影響で不具合が出たため、30000系は10編成固定に戻され、中間の運転台は機器が撤去された上で、東上線に転属された。
 最終的にイベント等の対応のために残されていた末尾が6と9番編成も、東上線の50000型2編成と交換された。
 「そうか。既に30000系は東上線専用になってたんですね」
 「さすがに15編成もいると、遭遇率は一番高いかも」
 実際に東上線に在籍する1形式では一番多いのだ。
 ※50000系列は50000型・50070型・50090型それぞれ用途が異なるために別形式とする。
 「明日、東武線内で離合できないんですか?」
 「無理ね。こっちの列車が東武線に入るのは12時過ぎだし、向こうは11時には栗橋を通過してるから、うまくいけば大宮で会えるかもだけど?」
 「うまくいけば? じゃあそういうルートで?」
 「…さぁ、どうかなぁ?」
 いきなりとぼけたよこの奈美さんひと
 などと話してるうちに新松田駅が近づいてきた。
 手前の分岐からJR東海の御殿場線松田駅に向かう短絡線が見えた。
 この後、このスペーシアがここを通るのかと思うと、少しワクワクした。
 「さ、いよいよ小田原ね。ここからが見せ場なんだけど…、スペーシアじゃ前面展望できないのよね」
 「前面展望? あ、3線軌条!」
 「そうそう。同行してなかったら、私は絶対に入生田駅付近で張ってたのに…」
 奈美さんすごく残念そうだ。
 かくゆう俺もスペーシアと箱根湯本駅の絡みを撮りたかった。
 ホーム停車中では、どの駅であっても見え方があまり変わらないからだ。
 「あれ? そういえば俺たちって、バスツアーや美術館巡りにはついていきませんよね?」
 「うん。各自ハイヤーで強羅入りよ? もしくはツアー客が出発後の登山鉄道なら乗れるけど…」
 「あ、そうじゃなくて、夕方までにホテルに入ればいいなら、スペーシアの回送を先回りして撮影できるんじゃないですか?」
 「あ! そうかっ! じゃあ、着いたら予約してるハイヤーに荷物載っけて、少し小田原方面に戻ってもらえば…」
 「そういうことです。あ、でも俺は箱根湯本駅を発車するところを撮りたいので、奈美さんだけで行ってもらえますか? 撮り終わったらまた箱根湯本駅に戻ってきてください」
 「わかった。それでいこう! なかなか冴えてるじゃない!」
 ニコニコ笑顔で奈美さんのテンションが最高潮に達した。
    <続く>
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