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EX05
箱根・日光・鬼怒川クルーズトレイン02
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俺が取り繕くろうために吐いた妄言から、俄然やる気になってしまった編集長。
是非はともかく、企画書の草案を纏めるように命じられてしまった。
俺はやむなく、まずは車両が走行できるかどうか、確認することから手をつけた。
「東武100系スペーシアは幅が2878mm。あれ? 側面がストレートの8000系通勤車より28mmしか大きくないのか…意外だな。小田急の5000系通勤車が2900mmだからそれより幅が狭い?」
ブツブツ言いながらメモを取っていると、「東武」というキーワードをあざとく聞きつけ、奈美さんが近寄ってきた。
「なになに? スペーシアをどこに走らせようっていうの?」
「聞いてたんですか? まだ草案ですけど、小田急線です」
「へぇ、小田急ねぇ…」
すると奈美さんは興味を失ったとばかりに自席(と言っても、勝手に占拠しているミーティングテーブルだが…)に戻って行った。
「ハレ?」
あまりに呆気なく引き下がったので、ある意味拍子抜けだ。
奈美さんはこと、東武絡みならなんでもかんでも興味津々、自ら関わってくるのに…。
「ま、いいか。まだ草案だし」
本当のこと言えば、奈美さんが絡んでくれるのを期待していたんだけど…。
車両が走るためには、軌間(レールの幅)や走行方式(電車・気動車・客車など)、そして電車の場合は集電方式や電圧など基本仕様を確認する必要がある。
今回は両社とも軌間・集電方式・電圧は同じなので、特に問題はない。
次に車両サイズ(車幅・一両の長さ・軸重・台車を取り付ける中心ピンの長さなど)とホームや線路周辺のクリアランス(建築限界という)のチェック。
ハードの問題がクリアになったら、信号機器(保安装置)の搭載やドア扱いを含むソフトの調整を行う。
全ての問題点や走行経路が決定したら、国土交通省の特別認可を受けるために試運転を行わなければならない。
自社線内での運行も全ての車両が認可を受けて、初めて運用できるのだが、イベント運用の場合も安全のために認可は絶対必要となる。
走行ルートに関しては、松田付近の短絡線やJR御殿場線も走行することになるため、小田急だけでなく、JR東海やJR東日本、箱根登山鉄道の協力も必要となるのだ。
さらにJR小田原駅から東武鬼怒川温泉駅までのルートを決めなくてはならない。
世間ではよく“ミステリートレイン”などというが、本当の意味でミステリーなトレインはありえないのだ。
とりあえず初日は編集長のアイディア通り、小田急新宿駅から箱根湯本駅までツアー客を乗せて、スペーシアを走らせる。
ツアー客は2手に分かれ、一方は登山鉄道で強羅駅を目指す。
もう一方はバスに乗り換えて芦ノ湖へ行き、海賊船とロープウェイ・ケーブルカーで強羅入り。
ホテルを強羅に設定すれば、そのまま翌朝にはバスに乗り込んでJR小田原駅に向える。
スペーシアはツアー客を降車させた後、回送で小田急の海老名車庫に向かう。
間合いを見て、JR松田駅に回送してスイッチバック。
JR国府津駅に回送した後、JR国府津車庫にて停泊して、翌朝はJR小田原駅に回送させれば、ツアー客はJR小田原駅から再乗車できるのだ。
さて、旅程2日目はどんなルートがいいんだろうか?
一番簡単なのは、東海道線を東京駅まで上り、そのまま上野東京ラインを通り、上野からは東北本線で大宮・そして栗橋へ向かい、東武線に乗り入れる。
…のだが…、
「これじゃあ、編集長は納得しないだろうなぁ」
… … … あれ? 奈美さんが食いついてこない…。
さっきから何か真剣にキーボード叩いてるので、何かの記事をライティングしてるんだろうか?
奈美さんにばかり頼っていても仕方ないので、俺はJR東日本の首都圏エリアの路線図を眺めて、何か面白いルートが組めないか考えることにした。
そういえば相鉄が貨物線経由で武蔵小杉から新宿に行くことを思い出した。
そのルートを使えば東海道線から東海道貨物線を通って、武蔵小杉手前で武蔵野南線に入れる。
あとは武蔵野線を通って、西浦和から大宮短絡線で大宮に抜けて、栗橋に向かえる。
このルートなら、混雑が激しい横浜や都心を通らずに日光・鬼怒川に行かれる。
2日目に日光や中禅寺湖の観光は時間的に苦しいから、鬼怒川温泉まで行き東武ワールドスクエアや日光江戸村観光をすれば有意義に時間を使える。
「2日目も大体完了かな? 3日目は鬼怒川温泉のホテルからバスで中禅寺湖や東照宮などを観光し、東武日光駅へ。
臨時スペーシア日光として、おなじみのルートでJR新宿に戻る。…と。
よしよし。こんなもんだろう。
我ながらなかなか面白い企画が完成した。
ツアー企画書として体裁を整え、プリントアウトして意気揚々と編集長に提出する。
「…ボツ!」
編集長はパラパラ日程やルートを見て、即座にそう答えた。
「はい?」
「没と言ったんだ。何度も言わせるな」
「そ、そりゃないでしょう! 編集長の仰ったルートで組んだんですよ?」
「初日はな。でも2日目以降は全くつまらん。大体草案と言ってる時点で、こんなにこじんまり纏めたら、今後煮詰めていく段階でもっとつまらん企画になってしまうだろ」
編集長はなんでわからん? と言う素振りで言うが、そもそも小田原と日光・鬼怒川を結ぶこと自体が現実的じゃないと考えていない。
「仕方ないなぁ。小田原から日光・鬼怒川へ行くのになんでこんなにトンネルばかりのルートを選択するんだ? これなら東京駅無停車でスペーシアが抜けて行く方が面白いぞ」
「へ? トンネル? 無停車?」
「考えてもみろ。小田原・箱根も日光・鬼怒川も温泉目当てなら、こんなツアーに参加せず直接行った方が楽だし、ゆっくりできるだろ? こういうツアーに参加するのは、まず普段走らない電車が、普段走らないルートを通るから楽しいんだろ? 温泉はそのおまけでしかない」
「でもこの企画は鉄道ファン限定じゃないですよね?」
「当たり前だ。一般人がメインだ。でもな一般人の方が普段と違う趣向のツアーには興味があるし、その上、乗り換えが少ないなら高齢者も参加する気になるだろう」
「ああ、確かに。荷物持っての乗り換えはしない方がいいですね」
「だから、スペーシアを小田急線・JR線・東武線を走らせ、鉄道では行かれないスポットは観光バスで移動するんだよ」
「なるほど」
「感心してる場合じゃない! 大体この東海道貨物線や武蔵野南線、大宮短絡線などというトンネルばかりのルートを何故選んだ?」
「この方がスムーズに日光・鬼怒川へ行かれると思って…」
編集長は呆れたように長いため息を吐いた。
「通勤ライナーじゃないんだ。効率より意外性を考えろ。そしてもう一度考え直せ」
編集長はそう言いながら、俺が書いた企画書草案をゴミ箱に突っ込んだ。
何が悪かったんだろう? 未だに全てを納得できずに、俺はトボトボと自分の席に戻った。
<続く>
是非はともかく、企画書の草案を纏めるように命じられてしまった。
俺はやむなく、まずは車両が走行できるかどうか、確認することから手をつけた。
「東武100系スペーシアは幅が2878mm。あれ? 側面がストレートの8000系通勤車より28mmしか大きくないのか…意外だな。小田急の5000系通勤車が2900mmだからそれより幅が狭い?」
ブツブツ言いながらメモを取っていると、「東武」というキーワードをあざとく聞きつけ、奈美さんが近寄ってきた。
「なになに? スペーシアをどこに走らせようっていうの?」
「聞いてたんですか? まだ草案ですけど、小田急線です」
「へぇ、小田急ねぇ…」
すると奈美さんは興味を失ったとばかりに自席(と言っても、勝手に占拠しているミーティングテーブルだが…)に戻って行った。
「ハレ?」
あまりに呆気なく引き下がったので、ある意味拍子抜けだ。
奈美さんはこと、東武絡みならなんでもかんでも興味津々、自ら関わってくるのに…。
「ま、いいか。まだ草案だし」
本当のこと言えば、奈美さんが絡んでくれるのを期待していたんだけど…。
車両が走るためには、軌間(レールの幅)や走行方式(電車・気動車・客車など)、そして電車の場合は集電方式や電圧など基本仕様を確認する必要がある。
今回は両社とも軌間・集電方式・電圧は同じなので、特に問題はない。
次に車両サイズ(車幅・一両の長さ・軸重・台車を取り付ける中心ピンの長さなど)とホームや線路周辺のクリアランス(建築限界という)のチェック。
ハードの問題がクリアになったら、信号機器(保安装置)の搭載やドア扱いを含むソフトの調整を行う。
全ての問題点や走行経路が決定したら、国土交通省の特別認可を受けるために試運転を行わなければならない。
自社線内での運行も全ての車両が認可を受けて、初めて運用できるのだが、イベント運用の場合も安全のために認可は絶対必要となる。
走行ルートに関しては、松田付近の短絡線やJR御殿場線も走行することになるため、小田急だけでなく、JR東海やJR東日本、箱根登山鉄道の協力も必要となるのだ。
さらにJR小田原駅から東武鬼怒川温泉駅までのルートを決めなくてはならない。
世間ではよく“ミステリートレイン”などというが、本当の意味でミステリーなトレインはありえないのだ。
とりあえず初日は編集長のアイディア通り、小田急新宿駅から箱根湯本駅までツアー客を乗せて、スペーシアを走らせる。
ツアー客は2手に分かれ、一方は登山鉄道で強羅駅を目指す。
もう一方はバスに乗り換えて芦ノ湖へ行き、海賊船とロープウェイ・ケーブルカーで強羅入り。
ホテルを強羅に設定すれば、そのまま翌朝にはバスに乗り込んでJR小田原駅に向える。
スペーシアはツアー客を降車させた後、回送で小田急の海老名車庫に向かう。
間合いを見て、JR松田駅に回送してスイッチバック。
JR国府津駅に回送した後、JR国府津車庫にて停泊して、翌朝はJR小田原駅に回送させれば、ツアー客はJR小田原駅から再乗車できるのだ。
さて、旅程2日目はどんなルートがいいんだろうか?
一番簡単なのは、東海道線を東京駅まで上り、そのまま上野東京ラインを通り、上野からは東北本線で大宮・そして栗橋へ向かい、東武線に乗り入れる。
…のだが…、
「これじゃあ、編集長は納得しないだろうなぁ」
… … … あれ? 奈美さんが食いついてこない…。
さっきから何か真剣にキーボード叩いてるので、何かの記事をライティングしてるんだろうか?
奈美さんにばかり頼っていても仕方ないので、俺はJR東日本の首都圏エリアの路線図を眺めて、何か面白いルートが組めないか考えることにした。
そういえば相鉄が貨物線経由で武蔵小杉から新宿に行くことを思い出した。
そのルートを使えば東海道線から東海道貨物線を通って、武蔵小杉手前で武蔵野南線に入れる。
あとは武蔵野線を通って、西浦和から大宮短絡線で大宮に抜けて、栗橋に向かえる。
このルートなら、混雑が激しい横浜や都心を通らずに日光・鬼怒川に行かれる。
2日目に日光や中禅寺湖の観光は時間的に苦しいから、鬼怒川温泉まで行き東武ワールドスクエアや日光江戸村観光をすれば有意義に時間を使える。
「2日目も大体完了かな? 3日目は鬼怒川温泉のホテルからバスで中禅寺湖や東照宮などを観光し、東武日光駅へ。
臨時スペーシア日光として、おなじみのルートでJR新宿に戻る。…と。
よしよし。こんなもんだろう。
我ながらなかなか面白い企画が完成した。
ツアー企画書として体裁を整え、プリントアウトして意気揚々と編集長に提出する。
「…ボツ!」
編集長はパラパラ日程やルートを見て、即座にそう答えた。
「はい?」
「没と言ったんだ。何度も言わせるな」
「そ、そりゃないでしょう! 編集長の仰ったルートで組んだんですよ?」
「初日はな。でも2日目以降は全くつまらん。大体草案と言ってる時点で、こんなにこじんまり纏めたら、今後煮詰めていく段階でもっとつまらん企画になってしまうだろ」
編集長はなんでわからん? と言う素振りで言うが、そもそも小田原と日光・鬼怒川を結ぶこと自体が現実的じゃないと考えていない。
「仕方ないなぁ。小田原から日光・鬼怒川へ行くのになんでこんなにトンネルばかりのルートを選択するんだ? これなら東京駅無停車でスペーシアが抜けて行く方が面白いぞ」
「へ? トンネル? 無停車?」
「考えてもみろ。小田原・箱根も日光・鬼怒川も温泉目当てなら、こんなツアーに参加せず直接行った方が楽だし、ゆっくりできるだろ? こういうツアーに参加するのは、まず普段走らない電車が、普段走らないルートを通るから楽しいんだろ? 温泉はそのおまけでしかない」
「でもこの企画は鉄道ファン限定じゃないですよね?」
「当たり前だ。一般人がメインだ。でもな一般人の方が普段と違う趣向のツアーには興味があるし、その上、乗り換えが少ないなら高齢者も参加する気になるだろう」
「ああ、確かに。荷物持っての乗り換えはしない方がいいですね」
「だから、スペーシアを小田急線・JR線・東武線を走らせ、鉄道では行かれないスポットは観光バスで移動するんだよ」
「なるほど」
「感心してる場合じゃない! 大体この東海道貨物線や武蔵野南線、大宮短絡線などというトンネルばかりのルートを何故選んだ?」
「この方がスムーズに日光・鬼怒川へ行かれると思って…」
編集長は呆れたように長いため息を吐いた。
「通勤ライナーじゃないんだ。効率より意外性を考えろ。そしてもう一度考え直せ」
編集長はそう言いながら、俺が書いた企画書草案をゴミ箱に突っ込んだ。
何が悪かったんだろう? 未だに全てを納得できずに、俺はトボトボと自分の席に戻った。
<続く>
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