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EX04

Tsukijiライナー04

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 報道関係者はゾロゾロとエントランスに入って行く。
 俺たちもその列に加わり、エアシャワー付きのゲートをくぐると…、
 「お、すごい」
 どこぞの商社の本社エントランスのような見事な造りで、ここが鉄道の一施設だとは思えないほどだ。
 もっとも都の施設なので、知事や外交の要人が視察に来ることもあるのだろうと考えれば、この程度の華美さは必要なのかもしれない。
 「私も幾つかの鉄道の本社や検車区などにも行ったことがあるけど、ここまで本格的なのはなかなかないわ」
 「なかなかってことは、幾つかは近いものがあるんですね(笑)」
 「まあね」
 と言いつつ、奈美さんもエントランス内を見回して、感心していた。
 説明会会場は1フロア上の地下4階会議室ということで、エントランス正面壁の裏側にある大階段で上階に上がる。
 エントランスの左右にはエスカレーターもあるが、一般来場者の見学コースを兼ねていて、会議室に行くには遠回りになるらしい。
 会議室も我が社のものとは次元が違っていた。
 各座席にはモニターが設置されていて、まるで重役会議に使用されるホテルの会議室のようだ。
 「なんか場違いなところに来た気分です」
 「そうね。私もこういうところは苦手だわ」
 奈美さんも多少困惑気味だ。
 しかし、こんな場違い的な空間に圧倒されていたのは俺たちだけではなかったらしく、周囲のざわめきがそれを如実に表していた。
 「ま、ここもエントランスと同様に、要人の視察には必要なのかもね」
 あ、奈美さんの毒舌が…。
 『本日はお忙しい中、皆様には“Tsukijiライナー”開業のための報道公開及び試乗会にご参加いただきまして誠にありがとうございます…』
 司会者の挨拶とともに室内は静まり返り、一同は即座に着席した。

 議場では“Tsukijiライナー”発案から建設まで、かいつまんで説明を受けた。
 その中でも、当初の中央区独自の計画については至極簡潔に紹介されただけだった。
 やはり一市区町村レベルの計画を、そのまま都の計画として実現させるにはメンツが立たないからだろうか?
 総括して“Tsukijiライナー”建設計画に近い案が、いくつも検討されていたことが強調された。
 ならばさっさと、湾岸地区の交通アクセスを整備して欲しかったと思う俺だった。
 『ただいまから10分の休憩後、検車区内の各施設の見学に参ります。なお、20人前後のグループに分かれていただき、分かれての見学となります』
 そう言い残して、案内係は下がっていった。
 「ツアーと言ってもグループ別けはどうするんでしょうか?」
 「まあ、心配しなくてももう既に決められているんじゃない? 私トイレに行ってくるね」
 と言って、カメラバッグを俺に押し付けて行ってしまった。
 “花を摘みに行く”とか上品な言い方までは求めないけど、せめて“化粧を直してくる”ぐらいは言って… …あ、奈美さんほとんど化粧してなかった。
 … …じゃあやっぱり、トイレ…で正解なのか…。
 … … … … いらぬ想像をしてしまった。

 奈美さんの予想通り、グループ分けはなされていて、問題なく見学ツアーが始まった。

 施設内の見学で気づいたことは、地下1~2階のほとんどは区立のスポーツセンターの施設で占められ、検車区関連は職員の宿泊施設や食堂などの生活スペース、検車区内への搬入路(大型トラックが出入りするため、この通路が一番面積を占めていた)などだった。
 地下3階以下は全て検車区施設であり、運転指令センターもここにある。
 地下3階は業務区画が多く、開業直前のためにごった返していた。
 地下4階は半分が部品の倉庫や検査区域となっている。さらに見学者向けのコースが検車区内を見渡せる窓際に設置されていた。
 そして地下5階は検査線や洗浄線など車両がメインのフロアになっている。
 こうしてみると非常にコンパクトだが、効率のいいレイアウトになっていることが分かった。
 「ここまで合理的なレイアウトは前例がないんじゃないですか?」
 「そうね。これはこれで画期的…なのかもね」
 否定こそしないものの、なんか奥歯に物が挟まったような、奈美さんらしくない言い方に違和感を覚えた。
 そうこうしている間に見学ツアーは終了し、一同は地下5階のエントランスに集合した。
 『この後、皆様には検車区の留置線内に降りていただき、写真撮影などを予定しております』
 俺たちが乗ってきた試乗車が停車しているホームの取り付け部分、車止めの後ろ側から地盤に降りた。
 割と広いが、真ん中には通路を2分するようにパーテーションで区切られている。
 写真撮影のために編成全体が写せるように、との配慮だそうだ。
 照明も撮影しやすいように、LED照明だが太陽光に近い色合いになっていた。
 奈美さんも編成全体の形式写真や、各車両ごとのカット、床下機器など細かく撮影している。
 俺も自前のカメラで気になった部分を撮影して回った。
 「さすがに準備万端といったところですね。今後は全ての報道発表やイベントをここでやるんですよね。なんかすごい意気込みを感じますね」
 「そ…うね。うまくいけば…いいわね」
 やっぱり浮かない表情だ。

 検車区内の撮影が終わり、全てのプログラムが終了した。
 報道関係者一同は再び試乗車に乗り込んだ。
 今度はあの急勾配を登って行くのだが、さすがにタイヤ駆動のため、後ろからグイグイ押されるように力強く走行してゆく。
 「下りの時はヒヤヒヤしてましたが、登りは乗り心地も力強さも問題ありませんね」
 「鉄軌道だとこうはいかないわよね」
 奈美さんのその言葉を裏付けるわけではないが、登りは下りと比べてかなり短時間で高架上の分岐線まで一気に駆け上がってしまった。
 分岐の手前で再び一旦停車すると、ポイントの分岐ガイドがせり上がってくるのが見えた。
 試乗車は東京駅八重洲口前駅から来た時の下り線(旧築地市場駅方面行き)に入る。
 ここでスイッチバックして、未走行のエリアに向かうことになる。
 案内兼乗務員が運転機器コンソールのカバーを閉じて、反対側の先頭車に向かっていった。
 間も無く発車を告げるアナウンスが流れ、試乗車は高架の軌道を走り出した。
 春海橋の区道304号線のさらに上空を跨いで、晴海アイランドトリトンスクエア前駅に到着。
 広大な敷地に大小様々なビルがひしめき、オフィスだけでなく、ショッピングモールやホテル、ショールームなどが入る複合施設だ。
 開業時には一番の乗降客数が予想されている、“Tsukijiライナー”のメインスポットだ。
 ここはコンコースから建物まで屋根付きのペデストリアンデッキで結ばれ、雨の日も傘なしでアクセスできるのが売りらしい。
 軌道は晴海通りを跨ぎ、晴海埠頭方向に向かう。
 昔は晴海国際展示場があったエリアの一部に清掃工場が建ち、その直前で右に折れる。
 朝潮運河を越えた先に“勝どき駅”が設置されている。
 ここも大江戸線勝どき駅との乗り換え駅になっているものの、八丁堀駅などと同様に直接の乗り換え通路は設置されていない。
 この駅を出ると、すぐに軌道の高度が上がり隅田川を渡る。
 新川駅~佃駅間とは違って、“Tsukijiライナー”単独の橋梁で、左右には視界を遮るものはない。
 右側には勝どき橋の全貌が見え、左側前方には浜離宮の緑が、その左には竹芝桟橋、さらに左遠方にはレインボーブリッジが望めるベストビューポイントだ。
 そして、とうとう当面の終点となる“旧築地市場(仮称)”駅に到着した。
 再開発の工事中のため、“Tsukijiライナー”はその真ん中を抜けて、新大橋通りに面したところに駅が設置されている。
 工事区域は安全のため、シェルターに覆われているので車窓からは何も見えない。
 「とうとう試乗会も終わりですね」
 「何言ってるの? まだ帰りがあるでしょ? 勝負はこれからよ!」
 「はい? 確かに希望者はここで降車できるから、一応解散になるけど…東京駅まで戻る気ですか?」
 「当たり前でしょ? まあ幾つかの新聞社はすぐそばだから、すぐにでも社に戻って記事書きたいでしょうけどね」
 奈美さんは少し悪そうな顔で笑うと、俺に小声で続けた。
 「さぁ、これからが本番よ!」
 奈美さんはさっきまでの不機嫌さを一蹴するように宣った。
 「へ? 本番?」
 俺の問いには答えずに、奈美さんは最後部(今まで乗ってきた車両が今度は先頭車になる)の運転台直後に移動した。
 降車する人たちのリストチェックが終わり、案内係兼乗務員がここから最前部になる俺たちの座ってる直前の運転台にやってきた。
 運転機器のコンソールカバーを開き、幾つかのボタンを押して発車準備が整った。
 「いよいよね。晴海アイランドトリトンスクエア前駅を出たら、軌道左側の橋脚に注意して。かなり張り出してると思うから」
 奈美さんが小声で耳打ちする。乗務員が振り向きざま“フッ”と笑ったように感じた。
 「橋脚ですか?」
 「そう。私はカメラに集中するから佃駅まで話しかけないで」
 「はい? どういうことですか?」
 「後で説明するから、今はおとなしく言う通りにしてっ!」
 さっきまでとは異なり、かなり激しい剣幕で言いつけられた。

 何のことか全く見当がつかないものの、奈美さんの真剣な表情を見ると、これ以上の質問は怒りを買うだけだと判断した。
 そして、晴海アイランドトリトンスクエア前駅を発車。
 すぐに軌道を支える橋脚に変化があった。
 それまでは区道304号線の中央分離帯に立ってるであろう(車内からは当然見えない)橋脚が、車道を跨いで歩道部分にも立っている。
 そしてそこまで桁が伸びていて、明らかに将来的に何かその上に載せられるようなジョイントが上面についている。
 「あれ? ここの橋げた、ちょっとお(ボコッ!)」
 奈美さんに肘鉄をくらった。
 「いてて…何を?…」
 と、そこまで呻いて、奈美さんを見ると左拳が恐ろしい形でゴキゴキ指を曲げ伸ばししている。
 (こわっ!)
 奈美さんは一向にファインダーから目を離さず、シャッターを押しまくっている。
 あの姿勢で良く俺に肘鉄入れられたなぁ、と感心した。
 とはいうものの、俺も橋脚の様子はしっかり目で追っていたので、奈美さんが言う通り明らかにここだけ異常だと気付いた。

 そして、その答えは東京駅八重洲口前駅に着くなり、強引に引っ張って行かれたグランルーフの端っこで教えてもらった。
 「本っ当ぅに信じられないっ! あれほど声をかけるなって言ったのに!」
 「だって、明らかに妙な作りだから…つい…」
 「だからっ! これからがよっ! って言ったじゃない! 他誌の記者に気付かれたらどうすんのよっ!」
 答えの前に散々どつかれた。
 「いい? 計画は中止になったとはいえ、この“Tsukijiライナー”の晴海アイランドトリトンスクエア前駅付近から勝どき駅付近までは、もともと“ゆりかもめ”の延伸計画のルートだったのよっ!」
 「ゆりかもめ? あ、そういえば豊洲から勝どき付近まで延伸するんですよね?」
 「しないわよ!」
 「え?」
 「する計画のっ!」
 「だった?」
 「中央区がBRT(バスラピッドトランジット)を計画して、新橋付近から銀座、勝どき付近の交通網を整備することになったのよ」
 「BRT? そんな計画あったんですか?」
 「結局、整備に時間がかかっていたけど、工事自体はそんなに時間がかからないから豊洲から新橋まではBRTに変更されたままだったの」
 「あ、じゃあ別計画の“江戸ライナー”で建設計画を進めたのは…」
 「そう。新橋方面の整備ばかりが先行して、東京駅周辺の渋滞によるアクセス改善が後回しになっていたからなの」
 「でもなんでそれが最終的に東京駅~新橋駅間の計画になったんですか?」
 「BRTでは時間単位の移送能力が低すぎたのよ」
 「それじゃあBRTを整備する必要があったんですか?」
 「だからこそよ。BRTは新橋~豊洲間がメインルートで、とりあえずゆりかもめの延伸計画を移行してしまった。しかし輸送量が少なすぎるので、中央区の“江戸ライナー”計画を吸い上げ、見かけ上は東京駅~新川~月島~勝どき付近の交通網を東京都が整備した。という実績を築いたの」
 「その言い方だと東京都は中央区を補助したみたいに聞こえますけど…」
 「その通り。貸しを作って、中止・廃案になったゆりかもめの延伸計画を別の名目で実現しようとしているのよ」
 「実現? ゆりかもめの延伸計画を復活させるってことですか?」
 「復活というより、新規拡張といった体にしたいんじゃないかな?」
 「…なるほ…ど?」
 「まだわからないみたいね。さっきの晴海アイランドトリトンスクエア前駅から分岐して豊洲まで延伸すれば、ゆりかもめとしての延伸工事はたかだか1.5km程度で済むのよ」
 「はい? 1.5km? そんなもので…ああ、そうか。相互乗り入れですね」
 「そうよ。あの検車区も必要以上に規模が大きく、設備が整い過ぎていたように感じなかった?」
 「いやぁ、ずいぶん豪華な設備だと思ってました」
 「それも“Tsukijiライナー”単独での運行しか考えなければ、15編成もあれば十分でしょ? それでも多いくらいか…。それで、相互乗り入れするなら運用数が増えるから、最大で25編成というのも納得出来るわ」
 「なるほど、なるほど、さすが奈美さんですね」
 <ぽかっ!>
 「いてて」
 「あなたも鉄道誌の編集者ならそのくらい気付きなさいよ。さっきの橋桁にしても分岐した軌道が“Tsukijiライナー”の上を交差して行くなら、あの構造も納得出来るでしょ?」
 「ああ、分岐用の軌道を…。それなら確かに8本程度で済みますよね」
 「その先は実際に延伸が決まってから工事すれば、“Tsukijiライナー”の抗体に手を加えるのは最小限で済むでしょ?」
 俺は深く相槌を打った。
 付加価値としての延伸なら、反対する勢力にも十分な説明ができる。
 既存の設備を有効に使うため、新橋でも“Tsukijiライナー”と“ゆりかもめ”が接続・直通するようになれば、“ゆりかもめ”は環状運転も可能になるので、運行効率も上がるだろう。
 さすがに奈美さんの情報網、そしてそこから導かれる予測は素晴らしい。
 俺はますます奈美さんを尊敬してしまった。
 「まずはスクープとして、しっかり記事をまとめないと…ね」
 「へ?」
 「頑張って、未来のデスク(編集長)!」

 最後は俺に丸投げかっ!

 が、確かに記事にした時の反響の大きさを考えると、俺も気分が高揚してしまった。
    <第4話 完>
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