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EX04

Tsukijiライナー03

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 試乗車は走り出したが、速度が一向に上がらず時速10km/hほどで下り勾配を下り始めた。
 「なんかやけにゆっくりですね。これじゃ入出庫は時間がかかるんじゃないですか?」
 俺は左右を見回しながら、奈美さんに聞いてみた。
 「たぶん私たち報道関係者が乗ってるから、安全を考慮してるんじゃない?」
 「そうなんですかね?」
 と俺が答えかけた時、勾配がきつくなり転がりそうになった。
 「お、お、お、これ、かなりきつい勾配ですよ?」
 「タイヤ駆動の新交通システムじゃなきゃ走行不可能な勾配ね」
 さすがの奈美さんも驚きを隠せないようだ。
 試乗車はそのまま地下に突入していった。
 やがて右にカーブを始め、タイヤのきしみ音が大きくなる。
 それに合わせて、車体が小刻みに震えるように揺れ始めた。
 「確かに結構揺れますね。立ってられないほどじゃないけど、車体が傾いてるから余計に大きく揺れてるように感じますよ」
 「確かに乗客がいる場合は着席していた方がいいわね」
 『かなりの急勾配に驚かれていらっしゃると思います。“Tsukijiライナー”の検車場は用地の取得に困難を極めました。最終的に月島の総合運動場地下に建設が決まりましたが、運動場そのものを廃止するわけには行かず、すべての施設を地下に建設すると同時に、運動場そのものもアップグレードすることになり、地下2階までの半分にスポーツ施設を新設いたしました。
残りの半分に職員用の各施設を設け、検車庫の主要施設は地下3~5階となっております』
 唐突に案内係が説明を始めた。
 乗車した報道関係者が、予想以上にこの急勾配に驚いたためらしい。
 試乗車はタイヤを軋ませて、さらに急勾配のカーブを降りてゆく。
 やがて唐突に右側の壁が途切れて、視界が広がった。
 『ただいま進行方向右側には検車区が見渡せます。この列車は現在地下3階部分を走行中ですが、検車区は地下5階となっておりますので、後8メートルほど降ります。検車区中央部分の4本の柱はこの検車区のシンボルとなっており、その周りを囲むように留置線を展開しております』
 「すごいですね。これだけの空間が見渡せるなんて…」
 俺が感心していると再びアナウンスが流れた。
 『この検車区の中央部分にある柱は、地下2階までの床を支えるだけでなく、この検車区全体の重りの役割も果たしております』
 「重り? 天井部分の施設を支えるのは分かるけど…」
 「ああ、それね。実はこれだけの空間を地下に確保しようとすると、周りからの圧力で浮き上がってしまうのよ。だから重し代わりに地下2階までの施設の重量と、柱の鋼鉄内にコンクリートを充填して荷重を掛けてるのよ」
 「浮き上がる?」
 「例えばプールなどで、ビーチボールを沈めようとすると上からかなりの力で押し込むでしょ?」
 「そりゃあ、空気が入ってますから水面に浮かび上がりますね」
 「それと同じことが地下でも起こるのよ。周りからの圧力は逃げ場を上方向に向けてしまうの」
 「なるほど」
 「ここは臨海部だから、内陸部ほどの圧力はないだろうけど、その分土壌が柔らかいから、しっかり抑え込む必要があるのかもね」
 「でもそこまで高度な設計をしてまで、地下に作る必要があったんですかね? しかも前代未聞でしょ?」
 「用地選定についてはかなり苦労したと聞いてるわ。ただ、元々は中央区のみの企画で計画を進めてきたから、区内での用地確保が大前提だったんじゃない?」
 「あ、そうか。すぐそこはもう江東区ですもんね」
 「しかもこう言う地下施設の建設は前代未聞じゃないのよ?」
 「え? 他にもあるんですか?」
 「ちょっと前に完成した水害防止施設で、埼玉県の東部に“首都圏外郭放水路の調圧水槽”というのがあるの」
 そう言って奈美さんはバッグからタブレットを取り出した。
 「この巨大な水槽は地下50mにあって、平時は空っぽにしておく必要があるので、ここと同じように絶えず周りからの圧力によって、浮き上がらないようにこんなに巨大で数多くのコンクリート製の柱が立ってるの」
 奈美さんが見せてくれた画像には、確かに墓標のようなコンクリートの柱が無数に立っていた。
 「この光景がまるでオリンポスの神殿のようなので、“地下神殿”と呼ばれているわ」
 「なるほどすごい光景ですね」
 俺はその画像もさることながら、こういう直接鉄道に関係ないと思われる情報まで把握してる奈美さんにも感心していた。
 長さ177m・幅78mの地下水槽とほぼ同じ規模の月島検車区は、柱を無数に立てるわけにはいかないので、中央に鋼鉄とコンクリートの柱を建て、さらに上部の施設の重量を支えることで代用している。
 そんな巨大な空間の壁伝いに試乗車は、さらにキュッキュッとタイヤを鳴らしながら降りてゆく。
 『月島検車区は最大25編成、150輌収容。全般検査までの全ての検査に対応しています』
 案内係の解説が始まった。
 「え? 25編成? そんなに配備されるんですか?」
 「違うわよ。最大って言ってるじゃない。開業時は6編成で36輌よ」
 「ああ、そういうことですか…」
 確かに現時点でも新橋までの延伸が計画されているし、場合によってはゆりかもめとの相直の可能性も秘めている。
 もっとも、それ以前に8両編成化の可能性の方が現実的だ。
 その場合は新橋までの延伸により、運用上の増備が必要になるから最低でも10編成・80両もの規模となる。
 他に検車区を増やせないだろうから、少しでも余裕があったほうがいいのだろう。
 回送線は中央の柱の周りを一周して、どの留置線にも入れるレイアウトになっている。
 周回線に入る前にも分岐はあるが、ここは単に留置するだけで洗浄も月検査もできない。
 試乗車は周回ルートを一周したのち、外部からの訪問者を迎えるためのエントランス線に最徐行で入っていった。
 『ここは職員詰所にある訪問者をお迎えする、エントランスに直結したホームが設置されております。皆様には降車後、進行方向前方に進んでいただき、エントランスにて受付をお願いいたします』
 試乗車はホームのあるエントランス線に停車した。
 「あれ? こっち側はホームドアがないんですね」
 ホームは島式になっていて、壁側のホームはフルスクリーンのホームドアが付いているが、試乗車が入線した線路はごく普通のホームで、全くホームドアも柵も付いていなかった。
 『皆さんが降車したホームは、車両の細部が確認できるようにホームドアや柵は設置しておりません。なお後ほどホーム端の昇降台から車両の反対側に廻り、車両の撮影会を予定しております』
 「へえ、ここで撮影もこなせるんですね。でも明るさは足りるんですか?」
 「今の照明ではちょっと辛いわね。でも何か対策してると思うわよ」
 と言って、奈美さんは壁の上の方を指差した。
 そこには多分LEDのライトらしきものが取り付けられていた。
 「それにしてもこのホームから見上げた景色は圧巻ですね」
 壁のほとんどは検車区の各施設や職員詰所があるらしく、数え切れないほどの窓から明かりが漏れていた。それはまるで摩天楼のような迫力があった。
 『みなさん。こちらで受付とネームプレートをお受け取りください』
 案内係の誘導で、報道関係者一同は振り向きながらもエントランスに入っていった。
    <続く>
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