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EX04
Tsukijiライナー02
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報道関係者約100人を乗せた試乗車は、南に向けて走行を始めた。
今回の開業及び試乗の説明会は、駅ではなく検車区で行われる。
通常なら検車区での現地集合が多いが、今回は招待状とともに参加人数分の特別乗車券が送られてきた。
集合場所はこの“東京駅八重洲口前駅”改札口だ。
「説明会や式典の前に試乗させるってのは珍しいですね」
「そうね。でもその方が説明会場での質疑応答で、より現実的な質問が期待できるんじゃない?」
「ああ、確かに。パネルやモニターで説明されてもなかなか実感が湧かないですもんね」
「それに試乗と言っても、開業前だからまだ駅務に関わる施設も完全に出来上がっていないしね。国交省の認可が下りて、有人の試運転できるようになったから開催したらしいわ」
「この車両もゆりかもめとほぼ同じシステムとはいえ、デザイン上はかなり異なるし、やっぱり新車ですから気分的にもアガりますね」
『本日は“Tsukijiライナー”報道公開及び試乗会にご参加いただきまして誠にありがとうございます。これから月島検車区まで約10分間皆様のご案内をさせていただきます、東京都交通局月島運輸区広報の湊と申します。よろしくお願いいたします』
案内役の職員の声が車内スピーカーから聞こえてきた。
「あれ? 乗務員がいるんですね?」
「ああ、まだ試運転中だからさすがに無人運転はできないんじゃない? それに案内っていうから運転に関わる操作はしないんじゃないかな?」
奈美さんが前方を確認しながら俺に教えてくれた。
「あ、もうじき八丁堀に着くみたいよ?」
奈美さんの言葉通りに試乗車は、新大橋通りとの交差点手前に造られた八丁堀駅に到着した。
この八丁堀は東京メトロ日比谷線とは乗換駅になっているが、地下駅のために直接的な乗り換え通路は設置されていない。
『ただいま八丁堀駅に停車しておりますが、自動運行時のダイヤに基づいて走行するために各駅に運転停車させていただきます。なおドアの開閉は行いませんのでご注意ください』
その放送通り、停車はしたもののドアが開く気配はなかった。
30秒ほどして車両は再び走り始めた。
東京駅八重洲口前駅から幅広の八重洲通り上空を南下してきた“Tsukijiライナー”は、八丁堀駅からは片側2車線の狭苦しい通りに突入した。
沿線のビルとの距離が近いため、目隠しを兼ねた防音壁で囲まれ、車窓からはほとんど壁しか見えなくなった。
そのまま新川駅に到着するが、ここも周りが防音壁で完全にシールドされていた。
「なんだか息苦しい駅ですね。屋根が透明の素材でできているから明るさは十分だけど…」
「近隣ビルの防犯のためにも、室内が見えるのは好ましくないからでしょ?」
奈美さんが指差す反対側ホームの先を見ると、防音壁の磨りガラスにぼんやりと人らしきものが動いているのが見えた。
確かにこれだけ近いと室内は丸見えだろう。
新川駅は東京駅からバスで10分程度、歩いても30分もかからない。
中央区の中でも比較的静かな街で、ここにオフィスを構える企業も多い人気エリアだ。
バスの場合は、渋滞によって所要時間が変わるし、至近の八丁堀駅からも歩けば10分くらいはかかる。
“Tsukijiライナー”が開業する前から地価は高騰しているらしい。
「新川を出ればすぐに隅田川だから、そこから先は車窓を楽しめるはずよ」
奈美さんの慰めとも取れる一言が心に染みる。
果たして奈美さんの言う通り、中央大橋に並んで隅田川を渡る。
中央大橋は橋脚が逆Yの字になっているため、道路上に“Tsukijiライナー”を通すスペースがないため、専用の橋が上流側に並んで作られた。
道路より若干高度があるので視界が開けてはいるが、下流側の佃大橋に遮られて勝鬨橋はアーチ上部しか見えなかった。
佃地区に入ると左側に大川端リバーサイド21地区のタワーマンションが迫ってくる。
そのたもとに次の佃駅が作られていた。
この駅は多数の乗降客が利用すると予測され、ホームもコンコースも“Tsukijiライナー”で最大の規模を誇っている。
大川端リバーサイド21とはペデストリアンデッキで結ばれ、開業後はイベントなどでも利用できるスペースも用意された。
「ところで奈美さん。“Tsukijiライナー”の駅名って、まだ仮称ですが単純なものが多いですね」
「まあ、鉄道過密地帯じゃないから、名前は付けやすかったんじゃない?」
起点の東京駅八重洲口前駅や、晴海アイランドトリトンスクエア前駅は別にして、八丁堀駅や新川駅、佃駅、勝どき駅など、全8駅中、半分の4駅が単純な駅名というのは、近年の新線にしては多い。
佃駅を出ると、都道463号線は相生橋で左折して清澄通りと名前を変える。
が、“Tsukijiライナー”はさらに直進し、運河沿いに南下してゆく。
右側に朝潮大橋が見えてくると、今度は都道473号線と合流する。
その合流地点に晴海1丁目駅が設置されていた。
車内からは、すぐ間近まで運河が迫り、まるで貯木場の中にいるような錯覚にとらわれる。
『皆様お疲れ様です。ただいま晴海1丁目駅に到着いたしました。ここで本線から分岐し、回送線を通って月島検車区に入場いたします。この先は分岐や急勾配、急カーブが続きますので、皆様ご着席願います。なお月島検車区は地下5階、地下30mにございます。到着まであと5分ほどかかりますのでご了承ください』
「地下30mってすごいところに作ったんですね。問題ないんですか?」
「? 問題って浸水とかのこと?」
「だって、すぐ横が運河というより東京湾ですからね。大丈夫なのかなって…」
「そ、そんなこと言ったら、海底トンネルなんかどうするのよ。近くどころか真下よ?」
奈美さんは笑いを堪えながら答えた。
案内係の言ったように、駅を出るとすぐに上下線の間に設けられた回送線に分岐してゆく。
6両編成+アルファ分進んだところで再び停止。
『ただいま入場のために保安装置の切り替えと軌道の通行申請を行っております。少々お待ちください』
「保安装置の切り替えはわかるけど、通行申請って?」
「たぶん入場のための回送線が長くて、視認もできないから確実に閉塞させてから通行許可を出すんじゃないかな?」
「へえ」
俺の返答が合図のように、試乗車は再び走り出した。
<続く>
今回の開業及び試乗の説明会は、駅ではなく検車区で行われる。
通常なら検車区での現地集合が多いが、今回は招待状とともに参加人数分の特別乗車券が送られてきた。
集合場所はこの“東京駅八重洲口前駅”改札口だ。
「説明会や式典の前に試乗させるってのは珍しいですね」
「そうね。でもその方が説明会場での質疑応答で、より現実的な質問が期待できるんじゃない?」
「ああ、確かに。パネルやモニターで説明されてもなかなか実感が湧かないですもんね」
「それに試乗と言っても、開業前だからまだ駅務に関わる施設も完全に出来上がっていないしね。国交省の認可が下りて、有人の試運転できるようになったから開催したらしいわ」
「この車両もゆりかもめとほぼ同じシステムとはいえ、デザイン上はかなり異なるし、やっぱり新車ですから気分的にもアガりますね」
『本日は“Tsukijiライナー”報道公開及び試乗会にご参加いただきまして誠にありがとうございます。これから月島検車区まで約10分間皆様のご案内をさせていただきます、東京都交通局月島運輸区広報の湊と申します。よろしくお願いいたします』
案内役の職員の声が車内スピーカーから聞こえてきた。
「あれ? 乗務員がいるんですね?」
「ああ、まだ試運転中だからさすがに無人運転はできないんじゃない? それに案内っていうから運転に関わる操作はしないんじゃないかな?」
奈美さんが前方を確認しながら俺に教えてくれた。
「あ、もうじき八丁堀に着くみたいよ?」
奈美さんの言葉通りに試乗車は、新大橋通りとの交差点手前に造られた八丁堀駅に到着した。
この八丁堀は東京メトロ日比谷線とは乗換駅になっているが、地下駅のために直接的な乗り換え通路は設置されていない。
『ただいま八丁堀駅に停車しておりますが、自動運行時のダイヤに基づいて走行するために各駅に運転停車させていただきます。なおドアの開閉は行いませんのでご注意ください』
その放送通り、停車はしたもののドアが開く気配はなかった。
30秒ほどして車両は再び走り始めた。
東京駅八重洲口前駅から幅広の八重洲通り上空を南下してきた“Tsukijiライナー”は、八丁堀駅からは片側2車線の狭苦しい通りに突入した。
沿線のビルとの距離が近いため、目隠しを兼ねた防音壁で囲まれ、車窓からはほとんど壁しか見えなくなった。
そのまま新川駅に到着するが、ここも周りが防音壁で完全にシールドされていた。
「なんだか息苦しい駅ですね。屋根が透明の素材でできているから明るさは十分だけど…」
「近隣ビルの防犯のためにも、室内が見えるのは好ましくないからでしょ?」
奈美さんが指差す反対側ホームの先を見ると、防音壁の磨りガラスにぼんやりと人らしきものが動いているのが見えた。
確かにこれだけ近いと室内は丸見えだろう。
新川駅は東京駅からバスで10分程度、歩いても30分もかからない。
中央区の中でも比較的静かな街で、ここにオフィスを構える企業も多い人気エリアだ。
バスの場合は、渋滞によって所要時間が変わるし、至近の八丁堀駅からも歩けば10分くらいはかかる。
“Tsukijiライナー”が開業する前から地価は高騰しているらしい。
「新川を出ればすぐに隅田川だから、そこから先は車窓を楽しめるはずよ」
奈美さんの慰めとも取れる一言が心に染みる。
果たして奈美さんの言う通り、中央大橋に並んで隅田川を渡る。
中央大橋は橋脚が逆Yの字になっているため、道路上に“Tsukijiライナー”を通すスペースがないため、専用の橋が上流側に並んで作られた。
道路より若干高度があるので視界が開けてはいるが、下流側の佃大橋に遮られて勝鬨橋はアーチ上部しか見えなかった。
佃地区に入ると左側に大川端リバーサイド21地区のタワーマンションが迫ってくる。
そのたもとに次の佃駅が作られていた。
この駅は多数の乗降客が利用すると予測され、ホームもコンコースも“Tsukijiライナー”で最大の規模を誇っている。
大川端リバーサイド21とはペデストリアンデッキで結ばれ、開業後はイベントなどでも利用できるスペースも用意された。
「ところで奈美さん。“Tsukijiライナー”の駅名って、まだ仮称ですが単純なものが多いですね」
「まあ、鉄道過密地帯じゃないから、名前は付けやすかったんじゃない?」
起点の東京駅八重洲口前駅や、晴海アイランドトリトンスクエア前駅は別にして、八丁堀駅や新川駅、佃駅、勝どき駅など、全8駅中、半分の4駅が単純な駅名というのは、近年の新線にしては多い。
佃駅を出ると、都道463号線は相生橋で左折して清澄通りと名前を変える。
が、“Tsukijiライナー”はさらに直進し、運河沿いに南下してゆく。
右側に朝潮大橋が見えてくると、今度は都道473号線と合流する。
その合流地点に晴海1丁目駅が設置されていた。
車内からは、すぐ間近まで運河が迫り、まるで貯木場の中にいるような錯覚にとらわれる。
『皆様お疲れ様です。ただいま晴海1丁目駅に到着いたしました。ここで本線から分岐し、回送線を通って月島検車区に入場いたします。この先は分岐や急勾配、急カーブが続きますので、皆様ご着席願います。なお月島検車区は地下5階、地下30mにございます。到着まであと5分ほどかかりますのでご了承ください』
「地下30mってすごいところに作ったんですね。問題ないんですか?」
「? 問題って浸水とかのこと?」
「だって、すぐ横が運河というより東京湾ですからね。大丈夫なのかなって…」
「そ、そんなこと言ったら、海底トンネルなんかどうするのよ。近くどころか真下よ?」
奈美さんは笑いを堪えながら答えた。
案内係の言ったように、駅を出るとすぐに上下線の間に設けられた回送線に分岐してゆく。
6両編成+アルファ分進んだところで再び停止。
『ただいま入場のために保安装置の切り替えと軌道の通行申請を行っております。少々お待ちください』
「保安装置の切り替えはわかるけど、通行申請って?」
「たぶん入場のための回送線が長くて、視認もできないから確実に閉塞させてから通行許可を出すんじゃないかな?」
「へえ」
俺の返答が合図のように、試乗車は再び走り出した。
<続く>
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