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分岐点③

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志保子との電話を切って、ユリは一人考えていた。
別に秀夫は、嘘はついていない。『尊敬する先輩』(の『沢田さん』という女性)にマンションを紹介してもらった。
(『沢田さん』という女性の)『先輩』と一緒に、長期出張に行く。
嘘はついていない?ユリが思い込んでいただけ。
ごまかしていない?説明するほど重要なことじゃなかっただけ。
隠していない?聞かれなかっただけ。
いくらでも説明はつく。ユリがちょっと、もやもやするだけだ。
『沢田さん』は、甲斐さんのことを知っていただろう。
『沢田さん』は、以前住んでいた町に佐藤綾乃という友人がいるかもしれない。
『沢田さん』は、このマンションを紹介してくれた。住所ももちろん、知っているだろう。
『沢田さん』は、秀夫から日曜日ドライブに行くことを聞いていたかもしれない。
一度考えてしまうと、疑いは次から次へとわいてくる。ユリは強く頭をふった。何一つ、確証のあることではないのだ。
「ユリ、帰ってるの?」
慌てた声がして、リビングのドアが開いた。スーパーの袋を持った秀夫が、ホッとした顔で笑う。
「おかえり。早かったね。もっと遅くなるかと思ってたから、晩飯、買ってきたんだ」
ポテトサラダに鶏のから揚げ、なすの浅漬け。おかずというよりは、おつまみっぽい、秀夫らしいセレクトだ。
「ありがとう。私も少し、買い物してきたの」
冷蔵庫から、マリネとサラダを取り出し、秀夫の買ってきた総菜と一緒にパックごとテーブルに並べる。
「すごい。やっぱり、ユリが買ってきた物のほうが、うまそうだな」
秀夫がユリの機嫌を取るように言う。
「そう?ほんとはワインも買ってこようと思ったんだけど、忘れちゃった」
「俺、今すぐ買ってくるよ。久しぶりに、今夜は二人で飲もう。白でいいんだよね?」
玄関に向かう秀夫の背中に、
「あ、メルローの…」
言いかけて、すぐに口をとじた。
「何?メルロー?」
「ううん。サーモンがあるから、辛口の白がいいな」
「了解」
秀夫が出ていく。昨夜覚えた赤ワインの味を、なぜか秀夫に秘密にしたかった。

お好み焼きがおいしかったこと。真奈美の妊娠のこと。志保子のホットプレートの使い方に感心したこと。当たり障りのない話題を、ことさら楽しそうにユリは語った。友人と一晩過ごして、ストレスが解消されたと思ったのか、秀夫は安心した表情で、笑いながらユリの話に相槌を打つ。
「それでね、もともとマナちゃんが一人で住んでたアパートで雄介君と暮らしてるんだけど、さすがに赤ちゃんが生まれたら狭いでしょう?今は結婚式の準備より、部屋探しのほうが大変みたい」
「お腹大きくなっても、式は予定通り?」
「今のところはそのつもりみたい」
「入るドレスがあるのかな?」
「ひどいこと言って!」
笑いながら、ユリは続けた。
「志保ちゃんが、私たちのマンションが広くてよかったって、マナちゃんに教えたの。そしたらマナちゃんが、すぐに見つかった?って聞くから、秀夫さんの先輩が探してくれたのよって言ったら、羨ましがってた」
「俺たちも、かなり見て回ったもんな。なかなか決められないもんだよな」
「そうね。『寺井さん』に、感謝しなくちゃ」
「そうだな」
秀夫が笑った。
ユリは、自分のグラスや取り皿、空いたパックをシンクに下げた。
「秀夫さん、ごめんなさい。やっぱり疲れたみたい。少し、酔っちゃった。先に寝るわね」
「大丈夫?」
「うん、眠いだけ。おやすみなさい」
歯を磨いて、ベッドに入る。リビングから、秀夫の見ているテレビの音がする。
5年も一緒にいたのに知らなかった。秀夫さん、笑いながら嘘がつけるのね…。







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