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王位の簒奪①

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提出された純潔の証のついたシーツを前に、見届けの神官から昨夜の顛末を聞いた国王は困惑し、王妃は激怒した。
夜が明ける前に、アレックスは神殿にこもり、一心に祈りを捧げているらしい。エディットは朝食もとらず、夫婦の寝室の扉を固く閉ざして出てこない。
慌てて呼び出したエディットの父である侯爵に、いったいどういうことかと問い詰めれば、慇懃に昨夜の上首尾に祝いを述べられる。
「まことに失礼ながら、繊細な王太子殿下におかれましては、緊張のあまりお加減を崩すこともあるかと愚考いたしまして…念のため、娘の侍女に気つけ薬を持たせておりました。まさか本当に使うことになるとは…いやはや、驚きましたな。備えあれば憂いなし、ということですかな」
「気つけ薬?王太子に飲ませたのは、ただの気つけ薬だというのですか!」
王妃が鋭い声をあげる。しかし侯爵に、ひるむ様子は全くない。
「もちろんでございます。次期国王にして我が愛する娘の夫、何より『女神のいとし子』であらせられる尊き御身に、怪しげなものを差し上げることなど、決してございません」
何を言ってものらりくらりとかわす侯爵に、これ以上は時間の無駄だと下がるように命じる国王。
「まだ年若い王太子妃様が、恥じらって部屋にこもっておられると聞いております。恥ずかしながら、未熟な娘を案じて、我が妻がご機嫌伺いに参りたいと申しております。お許しいただけますでしょうか?」
わざとらしく王妃に伺いをたてる侯爵。断る理由など見つけられず、忌々しい思いを押し殺して頷けば、
「このような時、男親はまったく役に立ちません。情けない限りですな」
高笑いを残して退出する背中を睨みつけることしかできない、王妃の持つ扇子がぴしりと小さな音をたてた。

そもそも、情けなくもアレックスが初めての閨に怖気づき、逃げ出そうとしたとして…その後の手際があまりに鮮やかすぎる。もちろん、騎士や侍女、そして恐らく…媚薬…のようなものも、手配したのは侯爵であろう。
この2年の婚約期間の間、アレックスとエディットの距離が近づいていないことに、王妃は気づいていた。しばしば息子の目が、仲の良い姉弟のように寄り添う弟とその婚約者に向けられていることも。羨んでいるのかと思った。もしや、弟の婚約者に思いを寄せているのかと、うろたえたこともある。しかしイボンヌは、公爵家の一人娘。仮にレオンハルトとの婚約がなかったとしても、婿を迎える立場であり、他家に嫁ぐことはできない。もちろん、王太子であるアレックスが婿にいくこともありえない。初めから、交わることのない運命なのだ。アレックスも、それはよく理解していたはず。だからこそ、定められた婚約者を受け入れ、己の務めを果たそうとしていた。

かつてのような、初夜のシーツを城壁に掲げる悍ましい風習はとうに廃れている。見届け人といっても隣室に控えるだけで、寝室をのぞき見るわけでも、聞き耳を立てるわけでもない。
形ばかりの初夜の儀を、急ぐ必要はなかったのに。若い二人が、歩み寄り、お互いを理解するために努力し、信頼を育てる時間はいくらでもあったのに。こんなことになってしまった以上、新たな王太子夫妻の仲は絶望的だ。理不尽な暴力を受けた、アレックスの心の傷ははかり知れない。プライドを粉々に砕かれたエディットが、夫に心を開くことも決してないだろう。
娘のため…いや、己の欲のためだろうか。侯爵の行為は浅はかすぎた。本当に、男親は役に立たない。






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