勇者の弟子の英雄記

桜舞

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プロローグ2

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人通りの少ない通りをぼんやりと眺める。孤児院の中しか知らないクロアには街の通りはそこそこ新鮮だった。
もっとも孤児院の前で座り込んで迎えを待つクロアの姿を見て、顔を引き攣らせて足早に歩き去る通行人がいなければ、だが。
叩かれたり蹴られたりしない分中よりマシかななどと考えていると、1台の馬車が孤児院の前にとまった。

「すまない、おまたせしてしまったかな?」

中から高そうな衣服に身を包んだ青年がおりてきてクロアに笑いかける。

「いえ、別に。」

短く答えて俯く。

「僕はエルノール・フレッタ。君を引き取ったのは僕の父さんでね、お迎えを仰せつかったというわけさ。」

「そうですか。ぼくがクロアです。よろしくお願いします。」

気さくに話しかけてくるエルノールに対してクロアは俯いたままで返す。その態度に少し顔を顰めたエルノールだったが直ぐに馬車の扉を開けて乗り込むように促す。
無言で乗り込んだクロアに続いてエルノールも乗り込み扉を締めるとコンコンと御者に合図を送り馬車が動き出す。

「さて、目的地に着くまでに君にはやっておいてもらいたいことがあってね。」

と言うとエルノールは懐から小さな水晶玉を取り出した。

「これは賢者の瞳というマジックアイテムでね、握った人のステータスを表示してくれるんだ。」

そしてそれをクロアの前に差し出す。

「使って貰えるかな。君のステータスを確認しておきたくてね。」

コクンと頷くとクロアは賢者の瞳を握る。
すると指の隙間から淡い光が溢れてきて空気中に文字を浮かべる。

クロア
祝福:なし
体力:0 攻撃力:0 防御力:0 素早さ:0
魔素量:14768

「ほう。こんな事があるとは。」

映し出された文字をみて興味深げに言うとエルノールはコンコンコンとまた御者に合図を送る。

「いやぁ、しかし安心したよ。君のお姉さんは
勇者という強力な祝福をもっているだろ?だから君もなにか強力な祝福を持っているんじゃないかっていう連中がいてね。だがまあ、ある意味もっとも貴重な結果が出たとも言えるが。」

映し出されたクロアの祝福はなし。それはつまり

「君は神様にも嫌われているんだね。」

ということらしい。エルノールに言われなくても分かっている。

「そうみたいですね。」

短く返すクロアにエルノールは不満げに顔を顰める。

「随分とあっさり認めるじゃないか。祝福がないというのは奴隷なんかみたいにそれを縛られてる場合以外ではありえないというのに。」

「ぼくは奴隷としても役にはたちませんよ。だって本より重いものは持てませんから。」

はぁとエルノールはため息を吐いた。

「まだ5歳と聞いていたからどんな反応をするか期待してたのに、残念だ。」

そんなものを期待されても困る。と内心ぼやきながら窓の外に目を向ける。いつの間にか景色は街並みから草原に変わっていた。

「まあ、嬉しい誤算もあったことだしそれはいいさ。」

なおも馬車は進み、そしてとまる。

「さて、降りてくれるかな。ここからは少し歩きだ。」

言われるがままに馬車をおりるとそこは薄暗い森の入口だった。先に降りたエルノールは森の中へ入っていく。
遅れてクロアも追いかける。なれない土の感触にいつもより体力を奪われている気がする。
少し歩いたところでエルノールはとまる。

「よし、この辺でいいだろう。」

息を切らせたクロアも追いついてくる。

「はぁ…はぁ…えっと、ここは?」

「ここはアイテール王国から少し離れたところにある森でね。少々危険な魔物が出るためほとんど人は近寄らないんだ。」

説明しながらエルノールは腰に下げていた剣を抜いて眺める。

「ここでなにをするんですか?」

「ここで君の中の魔素を僕の祝福に吸収させるのさ。」

魔素を吸収することができるならクロアの体を普通にすることが出来るかもしれない。
しかし、クロアの中に不安が渦巻く。

「あの、どうやって…?」

「それはもちろん」

ヒュッとエルノールが素早く動く。
そしていつの間にか手に持っていた剣がクロアの右肩に突き刺さった。

「っっ!!ああ…」

「君を殺してに決まってる。」

獰猛に笑ったエルノールはクロアの肩から剣を引き抜く。
叩かれたり蹴られたりするのとは別次元の痛みにクロアは傷口を押さえて蹲る。

「さて、さっきは拍子抜けしたが、今度は楽しませてくれよ。」

そしてエルノールはクロアの体を浅く切りつける。何度も。何度も。
その度にクロアは短い悲鳴を上げる。

「なんだよ、もっと声を出せよ!」

反応が薄いクロアに苛立たしげに怒鳴り、ドカッとクロアの脇腹を蹴りあげて倒す。
クロアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、悲鳴を我慢するために噛み締めた唇から血が流れていた。
それをみてエルノールは満足げに笑った。

「必死に堪えてバカみたいだな。その強がりがいつまで持つか試してやろうか。はははは!」

高笑いしながら、剣をクロアの右太腿に突き刺す。

「ううっ…!!くぅ…っ!」

あまりの痛さに歯を食いしばって目をつむる。
表情の変化に満足し、エルノールは再度剣を掲げる。そして

「うるさいんだけど。」

「ふべっ!」

短い悲鳴を上げて吹き飛んだ。

「久しぶりの依頼にちょっと早起きして来てみれば、これは一体どういう状況だ?」

エルノールを殴り飛ばした人物は少し飛んで行った先を見ていたが、ボロ雑巾のような有様のクロアを見つけると慌てて駆け寄る。

「ひどい怪我じゃないか!まってて、ちょうど薬を持っているから。」

そして緑色の液体が入った瓶をとりだし、クロアに飲ませる。
すると傷口が淡くひかり、すぅっと痛みが和らいでいきクロアは目を開ける。

「だ…れ…?」

「ああ、すまない。私はソフィア・ロンド。通りすがりのただの冒険者だよ。」

「くくっただの冒険者ということはあるまい。仮にも元勇者じゃろ?」

すると森の奥から気を失ったエルノールを引きずってもう1人の人物が現れる。

「ゆう…しゃ…?」

朦朧とした意識の中でクロアはその言葉だけ拾い上げる。

「そう、今代の勇者は君の姉、そしてこのソフィアは…何代前になるのかのう。」

「やめて、私はそんなんじゃないから。それよりナイン、この子のこと知ってるの?」

「まあ、少しはな。それよりも」

何やら話している二人の会話はクロアは聞こえていない。頭にもやがかかっているようにぼーっとする。

「おね…がい…。」

ソフィアの服の裾をつかむ。頭の中にはアイシャと別れる決意をした時の事を思い出していた。
2人は会話をやめ、クロアの言葉をだまって待つ。

「ぼく…は…つよく…なりたい…。」

現状を受け入れてしまうような弱い自分を変えたい。だからこそアイシャと離れる道を選んだのだ。
守られるだけでなく、守れるように。

「ぼく…も…ゆうしゃさま…みたいに…つよく。」

掴む手に力を込める。それでも小さなシワが出来る程度だが。その手をソフィアの手が包む。

「わかった。約束するよ、君は私が強くしてみせる。だからいまは休むといい。」

その言葉に安心したクロアは意識を手放した。

「そんなことを言って大丈夫なのかの?その子は忌み子じゃろ。それに随分と魔素の量が多い。」

目を細めたナインの目にはクロアのステータスが映っていた。

「わかってる。それでもこの子の願いは叶えてみせる。」

クロアを抱えて立ち上がりながらソフィアは宣言する。それをみてナインはやれやれと首を振る。

「ならば任せるとするかの。後始末は我に任せておけば良い。おぬしは先に帰っておれ。」

くるりと向き直って来た道を戻っていくソフィアを見送り、後始末をはじめるナイン。

「今度こそ、救えると良いのぅ。」

そのつぶやきを聞くものはいない。



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