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一章
3 プロレスごっこ
しおりを挟む戦争は全員参加型、なんでもありのデスマッチ形式でスタートした。
その荒れようは学級崩壊寸前と噂されるほどに熾烈を極めるもので、力無き者から順に屠られていった。
しかし、そんな日々は長くは続かず──。
戦争開始四日後の朝の会。
静観を続けていた三年二組の担任、通称『仏のよっちゃん先生』が仏の仮面を外した──。
「おどれら、三日で飽きもせんと、よう朝から楽しそうに喧嘩しちょるなあ?」
仏の顔も三度まで。
一瞬にして皆に戦慄が走ると、戦争の終結を意識した。
──だが。
「やるならタイマンじゃけえ。男子と女子、代表者を一名ずつ選抜せぇ。今後はその者ら以外での喧嘩を禁ずるけぇの?」
それは意外な提案だった。てっきり怒られるものだとばかり思っていた皆は目をぱちくりさせたり、空いた口が塞がらなくなったり、とりあえず驚いてしまった。
「喧嘩するほど仲が良いのはよくわかる。喧嘩は元気な証拠だ! これからは節度を守り仲良く喧嘩をしなさい!」
いつの間にか、よっちゃん先生は『仏モード』に戻っていて、ニッコリと笑顔を見せてきた。
その瞬間、クラス中は歓声に包まれた──。
「「「うおおおおおおお」」」
「翔太! リーダーはお前しか居ない!」
「俺らの希望! 翔太!」
「僕のそろばんが示している。翔太くん、これは危険だ! 常夏花火とタイマンなんてしちゃだめだ! 僕のそろばんを信じて! 翔太くん!!!!」
「花火ちゃんならやれるわ!」
「調子ぶっこいてる男子をやっつけちゃえ!」
「足が速いだけの男なんて、花火ちゃんの敵じゃないわ!」
「「「はーなーび! はーなーび! はーなーび!」」」
「「「しょーた! しょーた! しょーた!」」」
いや……。ちょっと待てよ。
まずいだろ、これ……。俺と常夏がタイマン?
かけっこならまだしも、喧嘩ともなれば負けるのは目に見えている。
そのことにそろばん君だけは気づいている様子だった。でも、他の奴らは……。
だとしても、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺は男子たちの光り輝く一等星。カシオペア──。
皆の希望の光で在り続けなければならない男。
だから──。負けるとわかっていても……。
「おうよ! 俺に任せとけってんだ!」
対して常夏は、飛び跳ねジャンプで大喜びしていた。
「えっ? 翔太とプロレスごっこできるの? やったやったぁー!」
かくして──。
男子と女子の終わりなき戦争は、代表同士のタイマンで決着をつける運びとなった。
☆ ☆ ☆
一学期に始まった戦いは、二学期の十二月半ばに入った今も続いている。
戦いとは言ってもシンプルな殴り合い(プロレスごっこ)だけではなく、授業に関連する項目も追加された。
これはよっちゃん先生からの提案で『戦い十ヶ条』なるものにも記載されている。
テストの点数を競ったり、体育の授業で争ったりと、授業中に勝負ができるのなら、いつでも勝負可能というものだった。
俺はこれに救われた。
なんせ、常夏との殴り合いでは連戦連敗を喫したからな。
とはいえ、殴り合いで必ず黒星が付くともなれば、授業での項目で白星を掴んでも戦績は芳しくはなかった。
しかし戦いを繰り返すうちに、常夏が脳筋バカであることに気づくと戦績は目まぐるしく変化して、二学期の終盤に差し掛かった今日。ついに俺は、勝ち越しに成功した。
戦績は111勝110敗──。
☆ ☆
そして、放課後の教室でチラチラと女子から視線を送られる中、俺は勝者の余裕を見せつけるように、ふんぞり返っているわけだ。
脳筋バカにはこういう態度が最も効果的だと、長い戦いの末にわかってしまったからな。
「翔太、ちょっとツラ貸しなさいよ」
と、噂をすればさっそくのお出ましだ。
だからここは脳筋バカであるこいつの性格をさらに引き出させる。
「これはこれは昼休みに大敗を期した負け犬の常夏花火さんじゃないッスか! 悪いけど俺さ、これから帰るところなんだよな~。負け犬の泣き言を聞いてあげたいのも山々なんだけどさ、悪いね! まっ、明日ゆーっくり聞いてやるよ。負け犬花火さん!」
嫌味たっぷりに言ってみせるのは、戦いは既に始まっているからだ。
結局、俺とこいつは相容れない。そういう定めなんだよ。
それに、授業以外での戦いは一日一回。
二回目を希望する場合は「お願い」をしなければならないと、仏のよっちゃん先生が提示した『戦い十ヶ条』にも記されている。
「ふぅん。そうやって逃げるんだぁ? 負けるのが怖いなら正直に言えばいいのに。翔太は素直じゃないんだから!」
しかしこいつは、ただの一度も「お願い」をしたことはない。
とはいえ煽れば煽った分だけ、ただでさえ単調な攻撃がよりいっそう単調になるからな。煽れる機会が増えるのだから、こちらとしてはありがたい話だ。
だから常夏には悪いけど、さらに嫌味たっぷりに煽らせてもらう。
「あ~。はいはい。敗北者の戯言に付き合ってやるほど、こちとら暇じゃないんでね。帰るのに邪魔だから退けよ? 負け犬花火」
立ち塞がる常夏を手で払いのけ、通り過ぎる。
すると、俺の手首を強引に掴んできた。
「ちょっと待ちなさいよ! わたしと戦え! 逃げるな! 勝ち逃げは許さない!」
ここまではおおむね予想通り。でももう少しだけ煽っておくかな。今日は記念すべき勝ち越しに成功した日だ。
リベンジに燃えている分、いつも以上に勝ちに拘ってくると思うからな。
「おいおい常夏ぅ~? 違うだろぉ~? “リベンジさせてください、翔太様。お願いします”だろ? 授業以外の決闘は一日一回。そういう取り決めになってるんだからよ。まさかバカだから忘れちまったのか? だったら仕方ねえな。言い直すチャンスを一度だけ与えてやるよ。ほら、さっさと頭を下げてお願いしろよ? 負け犬花火さんよぉ?」
「うっるさーい! バカって言うほうがバカなんだー! 翔太のバーーーーーーカ!」
やれやれ。どうやら限界に達してしまったようだ。煽るのはここまでにしておかないとな。
「わかったわかった。特別に相手してやるから校舎裏に行くぞ」
しかし常夏は既に攻撃モーションに入っていた。
上履きのまま机の上に立っており、すぐさま俺に向かってダイヴ!
このバカ!
それをスルりとは、交わさず──。
むしろ飛びかかるように受け止めて、二人で教室の床をくるくるくる──。
そしてロッカーに、“ガンッ!”
「くぅっ……。それは危ないからやめろって何度も言ってるだろ! 怪我したらどうすんだよ!」
「うるさい! 今すぐコテンパンにしてやる! ヘッドロックカマしてやるー! 翔太のバカーッ!」
聞く耳持たずな常夏は、十八番のヘッドロックを仕掛けてくるも、俺はそれをスルりと交わす。
そしてすぐさま立ち上がり、距離を取る。
「バカッ! 本当にやめろ! 教室でおっ始めると先生に怒られちまうだろ! 決闘なら外でしてやるから校舎裏行くぞ!」
「そんなの知るか! その生意気な口をけちょんけちょんにしてやるー!!」
言いながら、これまた十八番の捨て身タックル。
俺はそれをまた、スルりと交わす。
長い戦いの末に、こいつの十八番シリーズは既に見切っていた。
脳筋でバカ。さらには頭に血が上っているともなれば、今の常夏をイナすのは容易なこと。もはや勝利は約束されていた。
なのだが、教室で始められるのは非常に困る。
しかしいつの間にかクラスメイトたちが囲っていて、声援が飛び交っていた。
「よっしゃ翔太! 二連勝で常夏の減らず口を叩きのめしてやれ!」
「負けたら承知しないからな!」
「僕のそろばんが示している! 今日は勝てると震えている! やっちゃえ翔太くん!」
「ちょっと男子! あんまり調子に乗るんじゃないわよ!」
「そうよ男子! 口臭キツイんだからこっち向いて喋らないでよ!」
「しっしっ。あっち行きなさいよ!」
「翔太! やれ! やっちまえ!!」
「花火ちゃんがんばってー!」
もはや戦いを止めようとする者は誰一人として居なかった。
ったく。こっちの気も知らずに呑気な奴らだ。
よっちゃん先生からは次に問題を起こしたら、親に連絡をすると釘を差されているってのに。俺にとっては死活問題なんだよ。……母ちゃん怖いからな。
「ばっか! お前ら! 先生来るとヤバイんだから見張りとか足止めをちゃんとしろよ! 怒られるのは俺なんだからな! っと、ちょ、常夏! 落ち着けって! せめて見張り役の配置をしてから!」
「うるさいうるさいうるさーい! いつもバカにしてー! 絶対許さないんだから!」
まずいぞ、これ。まじで母ちゃんに怒られちまうじゃねえか……。
よっちゃん先生が記した『戦い十ヶ条』の七番目と四番目の項目を破ってしまっていることは明白だった。
──決闘の場所は人目のつかない校舎裏ですること。
──他の先生方に見つからないように最善の注意を払うこと。
瞬速の翔太である俺が唯一を恐れを成す者。それはよっちゃん先生でも常夏でもなく、母ちゃんだ──。
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