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第6話 心優しいお婆ちゃんっ子と遭遇したのなら①
しおりを挟むその日の学校帰り──。
今日も卵が69円なので、スーパーの駐輪場で夏恋と待ち合わせをしているのだが……。
またしても遅れるらしい。
一緒に住んでいると忘れがちになるが、夏恋は三軍ベンチの俺とは違って先発一軍系だ。授業が終わったからといって、無言で直帰できるポジションではないのだろう。
まっ、もとより待つつもりだったからいいけどな。
ってことで!
ここ最近、いろいろとあって見れていなかったメルルちゃんのアーカイブをスマホで見ながら、待つ!
俺が唯一推す、Vの者。
出会いは偶然にして奇跡だったと思う。
そう、あれは高校に入学してすぐのこと──。
満開に咲く桜の木の下で、散りゆく花びらとともに運命の歯車は動き出す──。
……おっと。なんだか田中みたいになってきちゃったから、このへんでやめておくか。いくら心の中とはいえ、最近ちょっと伝染しているような気がするからな。
さてと。未視聴の過去放送から順番に見るか……。最新から順に見るのか……。非常に悩ましいところだが、やっぱり最新のアーカイブからだよな!
だって俺が知りたいのは今のメルルちゃんだから!
スーパーの駐輪場で久々のメルルちゃんTimeを楽しもうとすると、最新のアーカイブは真っ黒背景に白文字で『重要なお知らせ』と書かれていた。
しかも一週間前。それ以降、更新は途絶えている。
ま、まさか? ……引退?
最悪の事態が脳裏を過る中、息を飲みながらスマホをポチッと押すと──。
『今日はみんなに、残念なお知らせがある。大っきなおともだちも小っちゃなおともだちもハンカチを用意して聞いてくれ」
う、嘘だろ……? 残念な、お知らせ……?
『心の準備はいいか? 発表するぞ?』
や、やめてくれメルルちゃん……。その先は、その先だけは言わないでくれ……。
『ハンカチの準備はできたか?』
できないよ……。できるわけがない。だって……。
『おいおい。なんだよ、おまえら……。ハンカチの準備ができないから、聞けないってか? そんなこと言われたら、言えないじゃないかよ……。バカヤロウたちが……。仕方ない。三分だ。三分だけ待ってやる。各自、ハンカチを確実に用意して、残念なお知らせに備えろ! これは命令だ! 拒否権はないものと思え!』
そうか。みんな気持ちは俺と同じ。ハンカチを用意できなかったんだ。
………………………………………………………………。
あぁ、どうしよう。三分間が泥のように長く感じる。
残念なお知らせなんて聞きたくない。聞きたくないけど、無音のこの時間は長過ぎる。……耐えられない!!!!
………………………………………………………………。
って、これアーカイブだった。早送りすればいいだけだった。
──ピッピのピッ。
『すまない。おっきなおともだちの諸君。今日から暫くの間、メルルは…………メルルは……活動を…………休止する……』
な、なんてことだ……。活動休止。で、でも。引退とは言っていない。言ってないけど……。こんなの、実質もう……。
って、思っていると。
『まっ、冗談はさておき。実は婆ちゃんが腰を悪くしちゃってさあ、治るまでの間、婆ちゃん家に住むことになったんだよね~。可愛い孫が杖になってあげる的な?』
え?
『婆ちゃん家には配信機材もないし、そもそもネット繋がってないし。だから婆ちゃんの腰が良くなるまでは放送できないってだけ! どう? ほっとした? ねえねえほっとした?』
ほっとしたよメルルちゃあああああん!!
どうしてリアルタイムで観ていなかった。コメントが打てないじゃないか!!
俺のバカーッ!
『まあ、湿布張ってりゃ治るって医者は言ってたからさ。だからみんな。婆ちゃんの腰が早く良くなるように、寝る前にお星様にでも願っていてくれ』
毎晩欠かさず、願うよ。
メルルちゃんのお婆ちゃんの腰がよくなりますようにって、夜空に100回!
☆ ☆ ☆
引退ではないと知り、ほっとしたところでスマホが鳴った。
新着通知が一件。夏恋からのメッセージだ。
『ごめーん。今、学校出たからまだまだ時間掛かるかも……。だから先に買い物しちゃってて! 卵だけは帰りに買ってくからさ!」
まじかよ。放課後デートは今日も中止か。
一緒に買い物カゴを持って「今日の夕飯なににする~?」ってするものだとばかり思っていたのに……。
こればかりは仕方がないな。
と、ここで背後をチラリ。
……うん。居ない。
毎日付け回されていたからなのか、居なきゃ居ないで切なくなるのも、これまた不思議なものだ。
なんだか急にひとりぼっちになってしまった気分になる。
今までひとりで居るのが当たり前だったのに……。涼風さん……。今日はいったい、どうしちゃったんだろう……。
とはいえ、寂しがってもいられない。
放課後デートが中止になっただけで、夕飯は二人で作る。だったらさっさと買い出しを済ませて家に帰らないと!
☆ ☆ ☆
しかし事件が起こってしまう。
買い物カゴ片手に店内をまわっていると、突如として──!
「手をあげろ! 命はないぞ?」
背中に拳銃を突きつけられた?! 強盗?
「早く手を上げろっ! 死にたいのか?」
なんだこれ……。どどど、どうして……。
確かにさっきまであったはずの日常が一瞬で青ざめる。
まわりを見渡すも、来店している他の客たちは誰一人として、俺を気に留めるものはいない。
なんで、どうして。なんでなんでどうして⁈
もはや頭の中は一瞬でパニックになる。
「どうやら命が惜しくないらしいな」
ま、ま、待って!!
大急ぎで買い物かごを床に置き、両手を頭の上に置く。
「ふっ。よろしい。そしたら焼き鳥のタレの場所まで案内しろ! 今夜はネギまを作るからな! さぁ、早く!」
……………………………。
……は?
今なんて言った?
焼き鳥のタレ? ネギま?
ゆっくり振り返ると……誰もいない?! ……え? いや、居る! 下だ!
視線を落とすとパーカーのフードが見えた。
え。子供……?
するとこちらを見上げ、にぱぁと笑った。
お前かよ!
「ドドドドド! バーンバーン!」
「ちょっ! 脇腹はくすぐったいからやめろ!」
「へ!」
薄ら笑いをして再度、見上げてくる。
いや、それ! ちょっと可愛いからやめろ!
強盗犯もどきはまさかの、葉月の友達のちびっこパーカーだった。……確か名前は、芽衣子だったかな。
これはまた妙なのに出くわしてしまった。俺をからかって、俺で遊んでくるこの感じ……。少し似てるんだよな……。
「よっ! なにしてんの?」
被っていたパーカーのフードを下ろすと、通常モードに戻ったのか普通に話し掛けてきた。
「夕飯の買い物だぞ。そっちこそ何してんだよ? 焼き鳥作るのか?」
「そそ。それで焼き鳥のタレを探してたら、ちんちくりんを発見したから。仕方なく、的な?」
おいおい。冗談じゃないぞ……。仕方なくって……。
「勘弁してくれよ……。強盗かと思ってめっちゃ焦ったんだからな……」
「おぉん? おう? 手ぇ出せ」
チョコ菓子をひとつもらった。
「お、おう。いつもありがとう」
「いいってことよ!」
これが不思議なもので、駅以外で会うのも話すのも初めてなのに、普通に話せていた。
もらったチョコ菓子の数だけ、一軍女子と三軍ベンチを隔てる壁が小さくなっているのだろうか……。
でも困ったぞ。向こうからしたら、俺は友達の彼氏なんだよな……。葉月抜きで関わりを持つのは危険だ。
と、なれば──。
逃げる一択!
この場を即座に離脱して、隣町のスーパーに行く!
卵69円は惜しいが、今はそれどころじゃない!
「いや~! ちんちくりんに会えて良かったよ~。スーパーなんて滅多に来ないからさー」
まずい。先手を打たれてしまった。非常に帰りづらい空気に変わってしまった……。
それでも俺は、帰る!
空気は読まない!
「あっ──」
と、言いかけたところで、ちびっこパーカーがまたしても喋りだしてしまった。
「婆ちゃんが腰悪くしちゃってさ~。暫く身の回りのお世話をすることになっだんだよ~。でさ、婆ちゃん焼き鳥が好物だから、作ってあげよーかなー、なんて!」
な、なんだよそれ……。そんな涙ぐましい話を聞かされたら、焼き鳥のタレのありかを案内するしかないだろうが!
「そうだったのか。焼き鳥のタレだな。ついて来い」
逃走を決意をしたはずが、気づいたらスーパーを案内していた。
「ねえねえ、どのネギがいいかな? 色合いとかでなんかそういうのあるんだろ?」
「そうだな。新鮮なネギはハリやツヤがあってみずみずしいものが良いって言われているな」
「ほほう。さすが主婦!」
「なんでそうなるんだよ!」
なんかよくわからないうちに、焼き鳥のタレ以外の面倒も見ていた。
「よし。ちんちくりん! 次は肉コーナーを案内しろ! 新鮮な肉の基準はなんだ? 答える権利をやろう!」
こんな調子で──。
ひと通り、焼き鳥の具材をカゴに入れ終わると、ちびっこパーカーはアイスコーナーの前で立ち止まった。
でかでかと張り紙がしてある。
〝月間チャンス!お一人一点限り!〟
「おう。今日は世話になったな。お礼にひとつ買ってやる。好きなの選びな!」
やはりこれは、餌付けなのだろうか。
だけど20円のチョコ菓子ならまだしも、さすがにアイスともなると、ほいそれともらうわけにはいかない。
「気にしなくていいぞ。婆ちゃんに美味しい焼き鳥が作りたいって言うお前を、純粋な気持ちで応援したくなっただけだからな!」
「戯けが! 貰えるもんは貰っとけ! これか? それともこっちか? なんなら両方か?」
うん。貰わないという選択肢はなさそうだな……。
「じゃ、じゃあ……これで」
「バニラチョコモナカか。じゃあ、わたしはこーれ!」
うん。やっぱり似てるんだよな。
俺で遊んでくるくせに、時折優しさが見えるこの感じ。
本当に似ている……。
そんな似ている二人が、もしも出会ったとしたら。いったいどうなってしまうのだろうか。
それはこのあとすぐ、最悪のタイミングで訪れる──。
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