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第6話 ポンポン肩ポンポンポポーン!
しおりを挟むお茶会は終わり、俺と真白色さんは別々に教室へと向かった。
偽装カップルの告知は昼休みにカフェテラスで行うことになったからだ。
カフェテラスに入れる生徒は限られた者のみ。
噂や情報はひとり歩きするもの。それらをカフェテラスに入れる者が発信するのであれば、高確率で現実として受け入れられる。
真白色さんの考えは完璧だった。
ということで、とりあえずそれまでは他人のフリをすることになったわけだが……。
二限を控えた休み時間の教室の片隅で、真白色さんが俺のことをめっちゃみてくる……!
窓際最奥席の真白色さん。
その隣の席に座る俺!
通り過ぎる景色に等しき存在の俺が、こんな近くに居たんだから、そ、そりゃ驚くよね。
隣の席だと言えばよかったなと後悔したところで、
「どういうことなの……?」
話し掛けられちゃったよ?!
ちょっ、待って。これまずくない?
俺と真白色さんが会話するなんて、クラスの大事件だよ?! 侯爵令嬢と農民だよ?!
とはいえ、シカトするわけにもいかない……。
「どうもこうも……ここ、俺の席なので……」
さらに驚いた顔しちゃった……。
「そ、そうよね。うん。そうそう」
予想外の現実に驚きを隠せない様子の真白色さんのもとに、幸か不幸か同じクラスの女子たちが集まってきた。
「忘れ物ですか? わたしの教科書で良かったら使ってください!」
「わ、わたしのも!」
「コンパス定規楓様への愛! なんでもありますよ!!」
なるほど。隣の席の俺に話し掛けたから、忘れ物をしたと誤解されたのか。
これは、仕方のないことだった。
俺と真白色さんが話すなんて天変地異に等しいのだから。
とはいえ、付き合っている(嘘)ってことを明かすのは昼休み。上位種のみにしか立ち入りを禁じられた神域な場所で行われる。
今じゃない。
見なかったことにしとこ。ここで俺が割って入れば全てが台無しになる。真白色さんなら上手くやるだろう。
影の薄さを倍増させて空気に徹する。
と、太ももをトントンとされた。なんだと思い右下に視線を落とすと──!
じょ、女子が居た!!
「ねぇねぇ、なに話してたの?」
それは前の席の山本さんだった。
真白色さんからちょうど死角になる右下にしゃがみこんでいた──!
「きょ、今日は良い天気ですね……とかかな……」
「ええー、なにそれー! とってもロマンチックぅ!」
ど、どこが!?
あ。目の中に『楓様』って書いてありそうな瞳をしてる。
山本さんのことは少しイイナなんて思っていた。と、言うのもプリントを後ろにまわす際、時たま笑顔を見せてくれるから。
前と後ろの席。この関係は割と冷え切っていて、特に後ろに居るのが影の薄い俺なら尚のことで。
“なんでお前、後ろにいんの?”
そんな空気を感じたことは数しれず。
プリントがまわって来ないときもあったくらいだ。
でも彼女は、今日まで一度も欠かさずプリントをまわしてくれている。
控えめに言っても神なのでは?
「とってもロマンチックだね!」
だから、意味不明でもこんな返しをしてしまうのは日頃のお礼というか。誠意てきな。
うん。いつも、プリントまわしてくれてありがとう! 山本さん!! てきな!
「ねぇ~! 綺麗な曇空ぁ!」
あぁ、ちょっと可愛いな。
相変わらず瞳の中は『楓様』って書いてありそうだけど……。
なんかよくわからない状況のまま。
トントンされた俺の右太ももに手を置かれたまま、軽く談笑をした。
「隣の席いいよね! って、私、女子なら楓様に一番近い席なんだけど!」
なるほど。それが山本さんの誇りか。
「すごいね! それはすごいよ!!」
だめだ。やはり俺に女子と喋る才能はない。と、思ったんだけど!
「それを隣の席の君が言うのか~! あれっ、ていうか名前なんていうの? 私はね山本だよ!」
意外といけるのか?
知ってる! 知ってるよ山本さん!
青春か? 青春来ちゃったか?
「えっと俺はね──」
と、そこで。無残にも予鈴が鳴る。
キーンコーンカーンコーン。
「あらら。また後でね!」
「うんっ!!」
あれ。なんだこれ。青春っぽいぞ……!
しかし思い出す。俺の青春のチャイムはとっくに鳴っていたことを。
これから先の高校生活は真白色さんの彼氏として過ごす。これが意味すること。……ごめん。山本さん…………。
そうして──。
授業が始まって三分。影の薄さを三倍にして突っ伏寝をした。
そういえば、葉月にメッセージ送ってないや。
夏恋にも送らないとな。
昼休みのお茶会、大丈夫かな…………。
………………………………………。
寝不足だった。寝てしまうのは必然。
◇ ◇ ◇
「おーい! 夢崎ぃ~」
ハッ!
「どうした? 体調悪いのか? お前が寝るなんて珍しいな?」
数学教師の中村先生が俺を心配するように起こしてきた。
年配で割と生徒に厳しいタイプのおじさん先生。……まじかよ。秘技「突っ伏寝」がバレるなんて……。
今まで何度も突っ伏寝はしてきた。
影の薄さなら一級品。……刃こぼれでもしたかな……。
「すみません。うたた寝です」
「何だお前それ。保健室行ってもいいぞ? こんなの初めてだろ? 無理はするな」
初めてじゃないけど……。
影の薄さが解けていただけだし。……おかしいな。
「いえ、大丈夫です!」
「大丈夫なわけあるか! お前みたいな真面目な生徒だとな、先生は心配するんだぞ?」
まずいな。
保健室はちょっとまずいよ。保険医の陽菜ちゃん先生がいる。
あの人には俺の影の薄さが通用しない。
行ってもどうせ教室に戻される。中村先生とは違って、生徒をしっかり見るタイプの距離感近い先生だから……。
困った。……どうしたんだよ、俺の影の薄さ……。成す術なく、黙り込んでいると──。
「私が保健室まで連れていきます」
真白色さんが、立ち上がった?!
……は? えっ?
これには中村先生も驚いた表情をしていた。
「い、いや。それには及ばないよ。……おい! 保健委員は誰だ!」
中村先生が保健委員を指名したところで、
「彼氏が体調不良ならば、彼女が保健室まで送り届けるのは努めだと思いますが? それともだめだと? そんな勝手は許さないと言うのですか? えっと、お名前は…………。お伺いしてもよろしくて?」
その口調は、かなり。いや強烈に攻撃的だった。
ま、しろいさん……?
中村先生は圧倒され尻もちをつき、まるで俺をこの世ならざる者でも見るかのような目で見てきた。
やばっ──!
俺も遅ればせながら、寝ぼけ眼で真白色さんのまさかの行動に驚いた。
しかし真白色さんはさらに圧をかけた。
「聞いてますか?」
「は、はいどうぞ。ご、ご自由に……!」
中村先生はもはや、子うさぎのように震えていた。
確かに、あの真白色さんに攻撃的な口調を向けられたら……とも思うけど、教師だよね?
胸がざわついた。
しかしそれよりも、クラス内のざわめきのほうが問題だった──。
先生はすぐさま我を取り戻すと「自習……自習!!」と言って教室を後にした。
「使えない男ね」
真白色さんは少し困ったような顔をしていた。
その表情は舌打ちよりも驚くに値するもので、状況の深刻さを現しているようだった。
そうして──。
真白色さんの困り顔の理由はすぐにわかる。
教師が去った教室など、それはもう無法地帯と化すわけで。
「夢崎って誰だよ」
「超可愛い幼馴染が居る夢崎だろ?」
「あ、それ知ってる!まじか!あいつか!」
「今朝、電車で見掛けたわ! なんかすごいイチャついてた!」
と、まあ男子の会話はこんな感じで。
「なんだしあいつ。なんであんな冴えないのが楓様と……?」
「嘘よ。こんなの嘘! これは夢! そう夢なの!」
「待って。ねえ待って! 現実戻ってきて?」
女子からの人気も高いためか、一瞬にして全女子生徒を敵に回した可能性、微レ存。
否。俺の青春オワタ。わかってたことだけど、女子たちの嫌悪に塗れる視線を一斉に浴びせられると切なさで心がいっぱいになった。
それは前の席の山本さんも同じことで……。
俺、ちょっと君のことイイナって思ってたんだよ……。
「信じられない……。誰なのあの男……」
ぇっと、ぁの……。後ろの席の夢崎ですょ……!
というかついさっき、俺の右膝ポンポンしてくれたじゃん……。俺、少しドキッとしたんだよ?
所詮。これが現実かと、思い知る。
言うて、影の薄さなら一級品だし。
でもその影の薄さが通用せず招いた自体。……なんでだよ…………。
もう、状況は最悪だった。
こんな滑り出しで偽装カップルなんて……成立するのかな。
あぁ無理だったんだよ。終わった。もう、終わったんだよ。
己の甘さを呪ったとき──!
「夢崎は良い奴だよ。俺、同中だからあいつのことは良く知ってる。すごいイイヤツ。だからまあ、悪く言わないでやってくれないか? なんだか俺まで悲しくなってくる」
キ・タ・コ・レ!
サッカー部レギュラー! 甘いフェイスの池田!
一軍先発系、クラスで1番のイケメンとして君臨する。新聞部が定期的に発行する学園モテ男アンケートトップ10常連者。
彼が決めた地区予選の決勝ゴールはその場に居たもの全てを魅了したとも、まことしやかに囁かれる超絶モテ男!
「まじかよ……あの池田くんが認めてる男?」
「これは……そういうことなんじゃ?」
「確かにそれなら、あの超可愛い幼馴染ともイチャついてるのも頷ける。だって超可愛かったし!」
男子たちは割と肯定的な意見へと変わっていた。
「関係ないわ! 楓様は……楓様は……」
「あんな男に楓様が汚されてしまうなんて……」
「神様は居ないの? 慈悲はないの……?」
女子たちは相変わらず否定的だった。
それは山本さんも変わらず……。
「誰……夢崎って誰……誰なの……」
ぇっと。あなたの後ろの席ですょ……!
前の席の山本さんに心の中で声を掛けていると、池田が俺の席まで来ていた──!
「ここだな。夢崎。俺に任せろ!」
そう言って俺に甘いフェイスの笑顔と、肩ポンをしてきた。……肩……ポン…………。
池田……? お前まさか……?
「あのよ。あんま汚い言葉は使いたくないんだ。文句があるなら俺を通してくれないか? みんなは夢崎の良さをわかっていない。俺は知っている。イイヤツだ。トニカクイイヤツなんだよ。だから、真白色さんの彼氏だって聞いても、俺は何も不思議に思わない。お前ら、夢崎を選んだ真白色さんをも侮辱していること、わかってるのか?」
池田……。お前……。
大丈夫かよ。俺なんかのために、クラス全員敵に回すっていうのかよ!!
池田……。こいつは葉月に振られた壮絶な過去を持つ男のうちの一人だ。
三軍ベンチの俺と一軍先発系の彼を隔てる壁は同じクラスメイトと言えど分厚いが、通じ合う確かなものがひとつだけある。
中学時代の俺は葉月との幼馴染補正に加え『超絶ッカッワイー』として人気を馳せた夏恋のお兄ちゃん属性をも三年途中から付与されて、人畜無害な優しい人として認知されていた。
葉月に振られた男の肩をポンッと叩いては、優しい言葉をかけるのはもはや日課だったし。
そして、池田もそのうちの一人だ。
度重なる肩ポンを経て、池田を肩ポンした際はおそらく肩ポンLvMAXになっていた。
グラウンドに崩れ落ちる池田。
中学最後の夏の大会で負けた時よりも泣き崩れていたのだと思う。それくらい壮絶に彼はグラウンドに拳を叩きつけていた。
そんな彼に、俺は肩ポンをしてゆっくりと首を縦に下ろした。
そうして、胸を貸し涙が枯れるまで付き添った。
ただ、それだけだ。
だが、池田はあの日の出来事を今もなお忘れていない節があり、週に一度くらいは三軍ベンチの俺に声をかけてくれていた。
体育の二人組。同じ三軍ベンチの根暗くんが見学でサボると俺は余る。そんなとき必ず手を差し伸べてくれるのが池田。
この上、お前に俺は何も望めない!!
俺なんかより、お前のほうがよっぽどイイヤツなんだよ……。どうして……どうしてだよ……。
クラス全員を敵に回したら、いくらお前と言えど……。
だめだろ! そんなの!!
池田が三軍ベンチに来るなんて、だめだろうが!!
そう、思ったとき──。奇跡は続いた。
今朝振られたての田中が俺のもとに駆け寄り口を開いた。
「明けない夜が、明けてくれた」
えっ? なに?!
と思うも束の間、田中は大きな声でクラス全員に話し始めた。
「おいおーい! 夢崎くん? まじパねぇっしょ! つーかあれっしょ。下手にイケメンとかに靡かれたんじゃ、真白色さんも底が知れるっつーか。俺、まじ夢崎くん応援するわ。俺らとは違うオーラっつうの? 肌で感じたわ。お前ら、わからねえの? だっせーなぁ。こんなんじゃシンパシー感じられねーよなぁ」
オーラ? シンパシー? えっ?!
すると、中田までもが!
「確かに田中の意見には一理ある。不思議と悔しくならねぇ。むしろ真白色さんマジ天使みたいな? 池田がイイ男って言うならガチっしょ。リアルガチ確定っしょ」
「マジそれっしよぉ? やっぱ中田とはシンパシー感じるわぁ! ウェイウェーイ!」
「いえーい! 田中! ウェイウェーイ!」
池田を筆頭に田中が賛同して、中田までも加わった。クラスの先発一軍系イケてる三銃士が肯定派にまわったのだ。
……奇跡だ。
そして、クラスの女子たちも!
「楓様がお選びになった人。夢崎様……」
「下の名前は……。下の名前はなんていうの……祈りを捧げなければ……」
「これは、現実だったのね。受け止めましょう。楓様が選んだ人ならば……それは私たちの意思」
同調圧力──!
先発一軍系が言うことは全て正しく聞こえる摩訶不思議!
そして、山本さんまでも!
「夢崎……くん。忘れないようにメモしとこっと」
ぇっと、あの! 後ろの席に居ますょ……! いつでも……! ここにいるよ!
やった! これにて一件落着!
心の中で特大ガッツポーズをしながら真白色さんのほうを向くと、笑っていた!
そうして、さらにニコッと笑い耳打ちをしてきた。
「あとで、超可愛いとお噂の幼馴染について詳しく聞かせてね」
えっ、なんで?!
葉月?! 葉月のことを詳しく知りたいの?!
なんで?!
なんだかちょっぴり、嫌な予感がした──。
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