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二十七話

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 家に帰ると、海乃と玄関で鉢合わせた。
 手にはエコバッグ。これから夕飯の買い出しに行くようだった。

 今朝、起きて来なかったことが脳裏をよぎる。

 それでも、僕はお兄ちゃんだから。いつも通り元気よく挨拶をしよう!

「ただいまぁ!」

 玄関を譲るため端へ寄るも、待てども待てども海乃は通らない。

 それどころか僕の顔を食い入るように見てきた。

 ……やっぱり何かしら怒ってるのかな。なにが癇に障ったのか、思い当たる節がない。

 そして突飛押しもないことを言い出した。

「どうしたの? 彼女となにかあった?」
「かの……じょ?」

 聞き返す僕に対し、海乃は眉をひそめた。

「しらばっくれなくていいよ。知ってるから」
「いや、いやいや! 居ないよ?」

「別に隠すことないのに」

 ひょっとして海乃が今朝起きて来なかった理由は、この謎めいた誤解のせい?

 彼女ができたら妹には報告する義務がある……的な?

 ……絶対そうだ。
 それ以外考えられない!

 だったらこの誤解を解けばいい!
 兄妹のキズナ修復は容易いな! と、光明を見出したときだった──。

 スンスンスン。
 突如として海乃が僕の首元を嗅ぎだした⁈

「ちょっちょっ、ちょぉっ! あっ──」
 
 か、完全に嗅いでいる……!
 ど、どど、どういうこと⁈

 擽ったさとドキドキの狭間でどうにかなってしまいそう……だ。

 ひとしきり嗅ぎ終わると「はぁっ」と若干の不機嫌を纏いつつ、鋭い視線を向けてきた。

「こんなに女の匂い染み付けて帰って来て、それでも彼女は居ないって言うの? お兄、さすがにそれは無理があるよ。それともなに、付き合ってはないけどってことなの? だったら幻滅する。もう二度と口聞かない」

 その言葉を聞いて、事は思ったよりも遥かに深刻だと悟った。

 ……匂い。

 ……心音の匂い付きパンツ。

 点と点が繋がり、とんでもない答えを導き出そうとしていた。

 そして同時に、彼女が居るってことにしなければこの場を乗り切れないことをも意味した。


「……追い追い、落ち着いたら話すから」

 その結果、僕が出した答えはステイ。
 問題の先送り。第三の選択だ。

 こうする他、ない。どうか折れてくれ。
 彼女が居るなんて嘘だけはつきたくない。だってそれは、俺が心音と……。

 考えると胸がはち切れそうになる。 

 そんな、藁にもすがるような思いが顔に出てしまっていたのか、海乃はため息をひとつ吐いた。

「あのさ、そんなに目腫らして帰ってきたら誰だって心配するよ? お兄は元気なのが取り柄なんだから……心配するよ。しちゃうよ」

「……海乃」

 まさかにも思っていなかった。妹の口からこんな言葉が出てくるなんて。

 それくらいきっと今の僕は、らしくない。

「……お兄の恋路にとやかく言うつもりはないけどさ。……そんな顔して帰って来るくらないなら、もう会わないほうがいいんじゃないかな」

 正直、その通りだと思った。

 いつの間にかパンツのことよりも心音のことが悩みの大半を占めていた。

 会うべきじゃ、ないんだ。

「そうだな。そうするよ。そうしようかな、なんて考えてたところだったんだ。ありがとう海乃。さすが妹だ。僕のことをよく見てるんだな!」

 そう言ってすぐだった。
 
「ちょっと……お兄……。やだ。え、なんで。待ってて、今ティッシュ持って来るから」


 ──涙が、止めどなく溢れて……止まらなかった。止めることができなかった。

 どうしてこう、心ってやつは思い通りになってくれないのだろう。
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