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第十九話 悪いおパンツ×良いおパンツ

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「コタぁ、バスタオルと着替えここに置いとくからねー」
「う、うん……」

 どうして、こんなことに……。
 僕はまた、心音家のお風呂場という蜘蛛の巣に、まんまと誘い込まれてしまったんだ。

 会うのか、会わないのか。そればかりに気を取られて大切なことが抜け落ちていた。

 来たらこうなること、わかっていたはずなのに……。
 事前に打てるであろう策を何一つ打たず、昨日と全く同じ状況で浴槽に浸かっている。

「ブクブクブクブク……」

 これからどうなるのかは想像に容易い。
 パンツを回収され、洗濯機を回される。

 そして、着替えは言わずもがな。
 パンツと体操服を着て、心許ない下半身にタオルを巻き、心音の前でハーフパンツを懇願する。

 もうね、わかってるんだよ……。

「はぁ……」〝ガチャンッ〟
 
 漏れるため息。開くドア。
 
 えっ……⁈

「ねー、コタぁ、ちょっと聞きたいんだけどさぁ~?」

 予想を軽々と超えていく。
 ノックもせず、何の遠慮もなく、ドアから覗き込むように顔を出してきた。

「な、な、な、勝手に開けるなよ⁈」

 くるりとまわり、ドアを背に浴槽の中で体育座り。

「ダメなの?」
「だ、ダメに決まってるだろ⁈」

「ははっ、うける。ほんとコタは色気付いちゃって。変なのー」
「ば、バカ、バカヤロウ。と、年頃の男女だぞ。早く閉めろ‼︎」

「なにそれ意味ふめーい。まあいいや。そんな事よりさ」

 なにもいいことなんてないのに、僕の申し出は却下され、一歩、二歩。背後から確かに聞こえる足音。

「ッッ⁈」

 うそ、だろ?
 なにを遠慮するわけでもなく、ドアを開けただけに止どまらずお風呂場に入ってきた。

〝出て行け〟〝入ってくるな〟と、とっさに声を荒げそうにもなったけど、グッと堪えた。ここで騒ぐは異常。

 だって、僕と心音は幼馴染なのだから。

 思い返すと、背中を流してもらったこともある。
 試合に負けて放心状態になってたとき、髪を洗ってもらったこともあったっけ。

 “おっ、ちょうどいいところに来たな。背中流してくれよ!”
 と、言うべき場面。

 ……でもそれは、心音が綺麗なお姉さんになる前の話。


 やっぱり来るべきじゃなかった。
 会いに来ちゃ、いけなかったんだ。

 心臓が破裂しそうなくらい痛い。
 心音は服を着てるのかな。お風呂場に入ってきたってことは……ドクンッ。

 いけないことで頭の中がいっぱいになる。

 ドクンッ、ドクンドクンドクンドクン。

 鳴り止まぬ鼓動と必死に戦っていると、僕の頭上からおパンツが姿を現した。

「これはどういうことかな?」

 その声は少しムスッとしていて、気が立っているようだった。

「どうって……?」

「はぁ、とりあえず嗅いでみて。嗅げばわかるから」
「いやいやいやいや!!」

 鼻先二センチ。この距離でもわかる。これは悪いおパンツだ。ついさっきまで僕が履いていただけの臭いおパンツ。

 心音の匂いが付いた〝良いおパンツ〟ではない‼︎

「いーから嗅ぐの! ほら!!」

 そう言うと無理やり僕の顔にパンツを……押し当ててきた……⁈
 
「んぐぅ……や、やめろぉ‼︎」

 振り払う。とにかく必死に目の前の悪いおパンツを振り払う‼︎

 どんなに振り払おうと、目の前のおパンツは消えない。
 体勢が悪過ぎる。心音を視界に入れないために、背を向け体育座りをしたのは失敗だった……。

 かと言って、振り返るわけにも……。


 心音が何をしたいのか、皆目見当もつかない。
 ただ、嗅げば済む話だということはわかる。でも、だからって……くっさくさとわかっている自分のパンツをハイそれと嗅げるわけがない。

 ”わぁ、臭いね! まじ臭い! あははっ!”
 と、一緒に笑えばいいのか?

 できない。できるわけがない。そんなことしたら、涙が出ちゃうよ……。


「い、いい加減に、しろぉぉー!!」

 僕は、思いっきり振り払った。この、意味のわからないおパンツ攻防戦に終止符を打つために。

 瞬間、刹那のとき、おパンツは宙を舞った。
 そのフォルムはどこか如何わしく、空を舞う蝶のように美しいものではなかった。そして……、

 ちゃぷんっ。

 「「あっ」」

 ただ、眺めることしかできなかった。
 湯船に浸かるパンツはじわりじわりと水を吸収し、沈んでいく。

 まるで、もがき苦しむように、
 もう、二度と這い上がれない。ただ、沈むしかない。


 ……哀れなおパンツ。


 不思議と、写し鏡を見ているようだった。


 ──僕はいったい、なにをしているんだろう……。
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