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最終話 奇跡へと、想いが届くとき。
しおりを挟む「……穀潰しにはなりたくないんじゃ。このまま行かせてくれ。リク、わかるじゃろ」
穀潰し。全てを悟るには十分過ぎる言葉だった。
それと同時に、たったそれだけのことで今まで姿を現さなかったのかと思うと、怒りが込み上げてくる。
「バカヤロウ‼︎」
それは、初めて妖精さんに怒った瞬間だった。
「……んまあ、そうじゃよな。でもな、怒ったところで、もうどうにもならんのじゃ。ほら離せ。もうなんの力もない、ただの空飛ぶ小人じゃ。構うだけ時間の無駄じゃぞ」
俺の指を諭すようにトントンと二回叩いてきた。その顔はとても優しく、〝悪いのは全部妖精さんなんじゃ〟と言いたげな雰囲気すらも出していた。
誰よりも一番側に居てくれた。
時の海を渡り、何十年とともに過ごしてきた。
それなのに……なにが、ただの空飛ぶ小人だ。穀潰しだ。妖精さんは妖精さんだろ‼︎
「ふざけんな。ふざけんなよ⁈ 俺がどれだけ寂しい思いをしたかわかってんのかよ。過去に戻るとか、タイムリープとかそんなことどうでもいいだろ‼︎ 妖精さんが居てくれれば……それだけでいいに決まってるだろうが!!」
言ってて恥ずかしくなる。でも、言葉にしないと伝わらないんだ。
「な、な……なにを言っとるんじゃリク……正気になれ。よく考えろ」
「うるさい‼︎ 妖精さんは、俺にとってたった一人の家族なんだよ‼︎」
俺は妖精さんを掴む手を離した。
行きたいなら何処へでも好きに行ってしまえと、少しだけ高い位地で離した。
妖精さんは何も言わず、優しく微笑んだ。
そして、俺の肩に乗ると「お家へ帰るか」と、足をバタバタしながら言った。
◇◇◇
あれから一週間。
俺は妖精さんと自宅で支度をしていた。
フォーマルスーツにサスペンダー。首元には赤の蝶ネクタイ。そして、手には一本のメロンソーダ。
「よしっ。着替えは済んだな。行くぞリク‼︎」
「OK妖精さん。行こう‼︎」
俺はこれから最側に会いに行く。
告白をして振られるために。
過去を清算するために。
前に……進むために。
見も知らずの男に突然告白をされたところで、付き合うわけでもあるまいし、未来は変わらないから安心しろと妖精さんは言った。
関わることできっと不幸にしてしまうと思っていた。
でも、たった一回。
最後の告白だけなら、してもいいんだ。
──止まったままの心を、今日、動かす。
新しい一歩を踏み出すために。
◇◇◇
最側が住む、団地の部屋の前に到着した。
襟を直して深呼吸。スマホのインカメラで髪型を確認。
「よしっ」
…………覚悟は決めてきたはずなのに、インターホンに触れる人差し指が震え動かない。
「リク。大丈夫じゃ」
そう言うと妖精さんの小さな両手が俺の人差し指を包み込んだ。
そうだ。俺はもう一人じゃない。
〝ピン、ポーン〟
ありったけの想い出が、人差し指に乗ったような気がした。止まっていた時間が動き出すのを感じる。
──俺はこれから告白をする。そして、振られる。
「はいはーい」とドア越しから聞こえる懐かしい声。そして……、
──ガチャン。
久々に目に映る最側に感極まる。
最側は目を細め、俺の全身を上から下までジロジロと見渡した。
そして右手に持つメロンソーダに視線が向けられ、首を傾げた。
この世界では初対面。不審者やストーカーの類だと思われても仕方がない。
それでも、進むべき道がある。
「……うっわ。先輩ですよね? 久々に顔見せたと思ったら、おデブちゃんじゃないですか。一瞬誰だかわかりませんでした。えっと、ごめんなさい、あの日はトキメキかけてOKするつもりでしたけど、やっぱり無理です。ごめんなさい」
深々と頭を下げてきた。
それは俺の知っている最側で、意地悪をするときのちょっとふざけた感じのやつだった。
「デジャヴってるのか? なんじゃこれは。ありえないぞ。リクを誰かと間違えておるのか」
驚いた表情の妖精さん。
テレパシーが使えない今、返答することができない。デジャヴってるってなに⁈
「って、あれ。そうじゃないか。あっ、えーと。すみません。今の間違いです。それで、……どちら様ですか?」
間違いたってなんだ?
なにかが……おかしい。
「最側……なのか?」
「はい。最側ですけど。表札を見ての通りです」
ドアから体を半分だし、表札を指差すと「馬鹿なんですかぁ?」と、言いたげな表情をされた。
最側っぽいと思う他、なかった。
初対面でこんなにも生意気な奴なのかと思うと、それはたぶん違う。
何処と無く俺に気を許しているような、そんな雰囲気が伝わってくる。
「そういう意味じゃなくて、あの日のこと、前の世界の記憶があるのか?」
「……前の世界?」
「そうだよ。バイト仲間だったろ?」
「……やっぱり、そうなんだ。……夢なら良かったのに」
肩を落とすように、落ち込みながらボソッと言った。聞きたいことが山のようにある。でも、落胆する最側を見ると、言葉に詰まる。
あの世界は、最側に取っていいものではなかった。そう思うには十分過ぎる表情だった。
過去に戻ったからと言って、手放しでは喜べない。不安が勝る。かつての俺がそうだったように、きっと、いまの最側も不安なんだ。
〝バサッ〟
だから俺は抱きしめる。
ありったけの想いをこの両手に乗せて、優しく抱きしめる。少しでも不安を取り除けるように。
関わらないことでしか幸せにできないと思っていた。でも、それは違った。いま、この瞬間の最側が抱える不安を取り除けるのは……俺だけだ。
「大丈夫だよ。未来は変えられるんだ。俺が必ず、幸せな未来に導いてやる。だからなにも心配することはないんだ」
最側の体からスッと力が抜けるのを感じた。
「先輩、格好付けたいのはわかりますが、女子中学生にいきなり抱きつくとか、事案発生してますからね……。でも、ぷにぷにしてて柔らかい。おデブちゃんの温もりってやつですか」
「ははっ。そうだよ。おデブちゃんの肉厚はあったけーんだぞ!」
守りたい。この減らず口を。
明日も変わらず、笑顔で減らず口が叩けるように。これからもずっと、毎日。
「あっのぉ~、ちょっと汗臭いので、もう離してください。ご・め・ん・な・さ・い」
「やなこった! もう、絶対に離さない」
「……セリフまで臭くなるとは、先輩、さすがです。でも……」
そう言うと、最側の両手は俺の背中へとまわってきた。
──そして、ギュッとされた。
それは最側なりのOKサインのような、そんな気がした。
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