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 頬にめり込んだ人差し指はそのまま。
 首を僅かに動かせば済むだけなのに、驚きのせいで動いてくれない。

 ……振り向きざまに合った目も、そのまま。

 「「…………」」

 固まる俺に対し秋月さんは「うん?」と首を傾げてきた。人差し指をぐりぐりと回しながら「元気ない顔してるぞー」と続けた。

「んにゃ、にゃんのことかな」

 ようやく口が開いたかと思うも、戸惑いと焦りを隠せない。それどころか、少し、噛んでしまった。

 ……いや、そんなどころじゃない。
 頬に指が押し当てられてるせいで……上手く喋れなかったんだ。

 なにしてるんだよ俺。

「ふっふっふぅー、正義のヒーローは多くは語らないと。そういうことですか! 格好良いやつめ~、このこのぉ~!」

 頬から人差し指が離れると、そのまま背中をポンポンされた。

 と、同時にぴょこんと隣にくっ付き、俺の顔を覗き込んできた。

 初対面なのにこの距離感。

 俺が元気ない様子だから、気遣ってる?

 ……ありえない。

 ここはかつての世界とは違う。
 俺と秋月さんは友達でもなければ知り合いですらないんだぞ。

「秋月さん、なんていうかその……近いよ」
「わぁ! わたしの名前知ってるんだぁ! うっれしぃなぁ♪」

 そう言うと、今度はそのまま正面へと回ってきた。

「ねえ、友達になってよ!」

「……ちょっと待って。さっきから唐突過ぎるよ。どうして俺なんかに構うの? 他の誰かと間違えてない?」

 あれ、俺なに言ってるんだろう。
 あの秋月さんが友達になろうと言ってくれてるんだぞ。

 ここは思考を停止して手放しで喜ぶ場面だろ。
 ……なのに、どうしてかな。喜べない。

「それはねぇ~、見ちゃったんだよ。昨日七組であったことを!」
「……え」

「委員会の仕事でね、隣の教室に残ってたのさ。そしたら拍手の音が聞こえてきて。これは、いったい、なにごとかぁー! と思ってね、見に行ったの」

「……そっか。あれを見られちゃってたんだね」

「へへ、そだよ。でも今日、学校来たらびっくり! 何がびっくりって、誰も君のしたことを知らないの! 龍王寺くんが二見さんを守ったヒーローのように噂されてるし。本当のヒーローは君なのに、君はそれを良しとしてる。これを格好良いと言わずなんと言う! って思ったら居てもたってもいられなくって。この気持ちを伝えに来た!」

 そういうことか。そりゃそうだ。
 俺みたいなおまんじゅうを格好良いと言うなんて、おかしいと思った。

 結局、この先には何もないことがわかっているんだ。友達になったところで未来は知れている。

 だから、嬉しくもならないしこの場から早く消えたいとも思う。

 いつからだろう。
 諦めとは少し違う。吹っ切れ……とも違う。

 悟り……というのだろうか。

「おーい、聞いてるかなぁ?」
「……聞いてる、よ」

「つまりだよ、格好良かったよ。八ノ瀬陸くん! わたしはこれが言いたかったのだ!」

「……それって男として格好良いってわけじゃないよね。誤解されるようなことは、言わないほうがいいと思う」

 期待するだけ無駄なんだ。
 スパッと切り捨ててくれたほうが楽だ。

「……思うよ。男として格好良いなって。……って、ちょっとちょっと君ぃ~! な、なんてこと言わせるのかなぁ。言ってるこっちが恥ずかしくなっちゃったよぉ!」

 なんだよ……これ?
 あの、秋月さんが目の前で頬を赤く染めもじもじしている。それはまるで俺に照れているとしか思えない光景だった。

 蓋をしていたはずのかつての想いが掘り返される。
 長い長いタイムリープ生活が走馬灯のように駆け巡る。

 好きで好きで好きで好きで仕方がなかった。
 好きだった。好きだった。大好きだった。

 死を賭しても……構わないと思った。

 それがいま、手を伸ばせば届きそうな距離にある。

 ……もしかして俺は、秋月さんと付き合えるのか?

 ……報われるのか?


 ──ドクンッ。

 違う。そうじゃないんだ。

 
「え、えぇぇーー?! ど、どうしたんだね君ぃ! あっ、えっ、えーと、そうだハンカチ‼︎」

 ◇

 気付いたら俺は、涙を流していた。

 自分の気持ちと向き合うのが怖くて、耐えられなくなってしまったんだ。

 少しも嬉しいと思えなかった。
 俺の中での秋月さんは、とっくに決着がついていたんだ。

 ──そのことに気付いてしまった。

 俺が好きなのは……。
 心の中ですら言葉にしてしまうと、全てが壊れてしまいそうで、ただ涙を流すことしかできなかった。
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