優しさだけでは付き合う事が叶わなかったので、別の方法で口説く事にしました♪

おひるね

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 ──六月十日。

 俺は息を潜め、一年七組の教卓の中に隠れて居た。ちほのクラスだ。
 
 かれこれ一時間は経つ。
 来るなら早く来いと願うことしかできない、夕暮れ時が近づく午後六時。

 やる事はちほの私物を盗みに来る不届き者をカメラに収めること。

 無理せず確実な方法を選んだつもりだったが、これ以上、教室が暗くなるのはまずい。撮影に支障をきたす。

 計画の甘さを実感せずにはいられなかった。

 祈るように待っていると、

 ガラ……ガラ……ガラガラ。

 ──来たッ‼︎

 けど、これは……。
 足音もなくドアの閉まる音だけが静かに聞こえた。
 忍足で教室まで近付き、ドアを閉めたのだろうか。
 
 その周到な行動からは何処となく手慣れているような感じがした。
 
 ちほからはこの日初めて物が無くなったと聞いていただけに、常習生のありそうな行動に違和感を覚える。

 今すぐにでも面を確認したいが、ここは我慢。
 犯行前に気付かれたらいっかんの終わりだ。

 などと考えていると、〝ジーー〟ゆっくりとファスナーの開く音がした。

 足音もなく、机を漁る音すらもなく、お目当ての物を手にしたのだろうか。

 プロの泥棒がどういうものか知り得ないが、こいつはきっとプロなのだなと思った。

 かと言って怯むわけにはいかない。

 最悪のシナリオは喧嘩になりカメラを取り上げられること。そうなってしまえば、やったやらないの泥沼。

 この世界での俺は隠キャで冴えない男子高校生。
 プロテインも飲んでいなければ筋トレもしていない。もう、あの頃とは違う。

 仮にもし、泥棒が発言力のある人気者だとしたら、誰が俺の言うことを信じるだろうか。

 そう、だから俺も慎重に……息を潜めカメラの録画ボタンを押す。スッとカメラだけを教卓の端から出し、画面越しに確認。

 ……写り込んだのは七組の盗屋とうやだった。運動部で割とモテる部類に入る奴。

 この日に備えて名前と顔が一致する程度には、生徒の名前を覚えておいて正解だった。

 喧嘩になったらまず勝てないだろう。しかも人気者だ。

 に、してもこいつ……なにをしているんだ?

 シャーペンの芯をケースから一本取り出すと、自分のシャーペンに補充し出した。

 それが終わるとシャー芯を筆箱に戻し、また静かにゆっくりと音が立たないように筆箱のファスナーを閉め始めた。

 えっ、終わり?
 なんだこいつ。ふざけてるのか?
 シャー芯一本ってなんだよ?

 頭の中を疑問符が覆った。

 “未来”でちほはこの日にお気に入りのシャーペンが無くなったと言っていた。

 見た限り取った様子はない。
 
 未来が変わったのか?
 それとも他に犯人が?

 ──その答えは思わぬ形で知る事となる。
 

〝タタタタタタタタタタタッ〟

 静かな教室内に廊下を走る音が響き渡った。

 ファスナーを閉める盗屋の手が止まる。……次の瞬間。

 ガラガラガラガラガラガラ。

 無情にも教室のドアが開いた。

 教室に入ってきたのは龍王寺だった。
 盗屋の姿に気付くも声を掛けることもなく自分の席へ。忘れ物を取りに来ただけな様子が感じ取れた。

 これにはさすがの盗屋も立ち尽くすのみ。
 なぜなら、ちほの筆箱を手に持っているからだ。

 このまま何事もなく立ち去るかと思ったが、龍王寺の視線が盗屋に向いた。そして、

「なぁ、お前、どーして二見さんの筆箱持ってんの?」

 その口調はとても攻撃的で龍王寺は全てを見透かしているようだった。

 ここまで状況が揃うと、この先の展開はおおよその察しがついた。
 やはり未来が変わったのか。あの龍王寺だ。後はもう、なるようになるだろう。

 ──そうか。俺は必要なかったんだな。未来は変わっていたのか。

 そう思ったのも束の間。俯いていたはずの盗屋は凛としていた。そして、笑った⁈

「あっ、これが二見さんのってわかるんだね! そっかそっか。それなら……ほら龍王寺くん、これ。二見さんがいつも使ってるシャーペン! あげるよ!」

「あ? 喧嘩売ってんのかカス野郎?」

「違う違う。そうじゃないよ龍王寺くん。これはね、二人だけの秘密。筆箱を見ただけで二見さんのってわかるくらいだ。気持ちは僕と同じなのかなって。いやぁ嬉しいなぁ! いつもシャーペンの芯一本くすねるだけだったけど、今日は僕もペン持って帰っちゃおうかな。二人でなら勇気が湧くよ! もう怖くない。怖くないね!」

 何言ってんだこいつ。
 危ない……奴。


「……い、いらねえよ」


 あ……れ? 龍王寺の様子がおかしい。

 まさか、揺らいでるのか?
 嘘だろ……。まんざらでもないってか。

 なんだよ……これ。
 早く振り払えよそんなもの。


「大丈夫。僕は誰にも言わないから。ほら、手に取って。これ、二見さんがいつも使ってるシャーペンだよ? 今を逃したら一生手に入らないかもしれない。こんなチャンス二度とないよ龍王寺くん!」

「…………」

 盗屋に無理矢理シャーペンを渡される龍王寺。
 その手を振り払うこともせず、無言。

 集団心理。
 この偶然にして奇跡の出会いが始まりだとでも言うのかよ。

 妙にちほの肩を持っていたのは、後ろめたさと……恋心。
 
 繋がって欲しくない、何かが繋がってしまった。

 俺にとやかく言う資格はない。

 それでも、お前には何度も助けられた。世界は違うが、ここで義理は果たさせてもらう。
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