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86話
しおりを挟む「ほらっ、りっくん見てーー! あまのがわぁー! デネブにアルタイル、ベガ! 夏の大三角だよぉ♡」
ちほと二人、肩を寄せ合い星を眺めている。ここは二見家。
タワマンから眺める星空は、きっと綺麗なのだろう。
夏の大三角。星になんか全く興味はないが、最側が見たがってたやつだと、すぐにわかった。
「七夕の日にね、こんな綺麗に見えるのは五年振りなんだって! ひめちゃんが教えてくれたのっ。もし、また五年見れなかったら、十年に一度の日なんだって!」
白石。やはりおまえが原因か。
──今日じゃなければ、きっと、もっと……別の結果になっていたかもしれない。
でも、目の前で楽しくはしゃぐちほを見ていると、全てがどうでもよくなってくる。結局はこうなるんだ。
ちほの事が……好きだ。
◇
──今夜は二見家で七夕パーティー。
ちほとの待ち合わせ場所まで真っ直ぐ行くと、見覚えのあるピンクゴールドの車があった。
そこに白石の姿は無かった。
たぶん、ちほは一人でお店に来るのが嫌だったんだと思う。
俺を嫌う白石が一緒にお店に来たこと。
こんな夜遅くにパパさんが迎えに来たこと。今日、いきなり思い立って建てられる予定じゃない。
◇
バイトのある日は疲れてるから返信が遅くなることにした。
そうしないと、飲み行った日の辻褄が合わないから。
バイトの話になれば、話題を逸らした。
深く突っ込まれたらボロが出てしまうから。
言わなければOK。聞かれなければOK。
今思えば、嘘をつかないようにする為に色々無茶なことをしてた。
嘘をつく悪い男にはなりたくなかったから。
でも、嘘をつくより前に裏切っていたんだ。
嘘よりも酷いことをしていた。
それは、バレなければ良いって考えと遜色ないのだから。
ちほの為にと言い聞かせて、自分が嘘をつきたくなかっただけだ。
結局は自分の都合で、自分のことを一番に考えていた。
──そうして、今日という日は訪れた。七夕の日に。
◇
久々に会うパパさん、ママさん、ちずるちゃん。二見家はとても温かかった。
「よいしょ、よいしょ」と、ちずるちゃんが椅子を持ってきた。
ダイニングテーブルに並べられる五つ目の椅子。
四人家族の家に五つ目の椅子。
「これ、お兄ちゃんの椅子だよっ!」
「パジャマもあるからね。今日はゆっくりしていってもいいのよ」
あの日、冗談で言ってるのかと思っていた物が用意されている。
「ありがとう……ございます」
椅子を前に、言葉に詰まってしまった。
ママさんとちずるちゃんにお礼を言うので精一杯。それ以上の言葉が出てこない。
嬉しい気持ちと同じくらい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。嬉しい気持ちの分だけ申し訳なくなる。
俺はそんなに良くしてもらえるほど、良い彼氏ではない。悪い彼氏だ。
みんなに嘘をついているかのような、みんなを裏切ってきたかのような。なんとも言えない感情が襲ってくる。
それでも時間は流れる。夕飯は鉄板焼きだった。
時刻は22時を回り、夕飯と言うには遅過ぎるスタートだ。
俺の為に、待っていてくれた。
仲良く食卓を囲む。とても温かい家族の食卓を。
「リク君。君はまたか! またなのか! どうして泣くんだ」
「ご、ごめんなさい。すごい美味しくて。このお肉美味しいですね」
なら、もっと食べろ! と、パパさんはお皿にお肉を盛ってくれた。
「お兄ちゃんって涙腺脆すぎーー!」
「こーら! ちずる!」
あの日。五月にこの家に来た時と何も変わらない。何も変わらないからこそ、この一カ月半の出来事の分だけ、涙は重くなる。
ちほは何も言わず、俺の手をギュッと握り続けてくれた。
◇ ◇
その日、ちほの部屋に初めて入った。
「笹があるから一緒に短冊しよぉ♡」と、夕飯を食べ終わると強引に連れていかれた。
初めて入る女の子の部屋。などと、浮かれる気持ちは一瞬で消え去る。
可愛らしい鉢に植えられた笹には短冊が一枚、既に掛けられていて『りっくんがわたしのことを一番に好きになってくれますように』と、書いてあった。
──それは、俺に見せる為に飾られているかのような、そんな気がした。
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