優しさだけでは付き合う事が叶わなかったので、別の方法で口説く事にしました♪

おひるね

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83話

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 ズッドォーーン。ガッシャァーン。

 厨房で田中さんがすってんコロリン。調理道具をひっくり返してしまった。

 客足も落ち着き始めた20時半。あと30分で就業時間も終わりの、穏やかな店内で事件は起きた。


「た、田中ぁぁぁ?!」

 ポテトを掬っていた田中さんが田中さんに駆け寄る。

「び、美少女が俺に……俺に……」

 田中さんは掠れた声で必死に田中さんに訴えかける。

「美少女? 最側に何かされたのか?! おい田中ぁぁぁ?!」

 まるで銃で撃たれた仲間の最後を看取るかのような田中さん。

 俺もすぐに駆け寄りたいが、それどころじゃない。数秒後に迫り来る、彼女の対処を最優先にしなければいけない。

 何事もなく、今日という日も終わるのかと思っていた。それは唐突に、突然に、ポッと視界に現れた。

 いらっしゃぁぁぁあせぇぇー! と元気よく挨拶する事すら忘れてしまう2ショット。

 ──ちほと白石が店に来たんだ。

 白石が、ほらあそこと興味なさそうにこちらを指差し、あっ!と、ちほが愛嬌良く手を振ってきた。俺の真裏には田中さんが……居た。それだけのこと。なのだが、ことは思うよりも深刻だ。

 何故、二人がここに。

 
 タタタタタッ! ドーンッ!
「やっほぉー! 来ちゃったぁ♡ えへへ~♡」

 レジカウンターに上半身が被さるように両肘を乗せ、満面の笑み。たわわな胸も乗っちゃってる……って、そうじゃない。

 どうして来ちゃったのかな、この子。何も聞いてないんだが。しかも白石連れ。

 白石はこちらに来る様子はなく、カウンター席に座り怠そうにスマホをポチポチしてる。
 ちほと仲が良いのは知っているが、俺と白石は険悪なはず。ちほが来たことだけでも驚きなのに、これはいったい。


「店員さんっ! おすすめでお願いしますっ! えへへ~」

 うん。普段通りのちほだ。普通にお客さんとして来ただけかな。それにしても、おすすめって。ここはテイクアウトもできちゃうバーガー屋さんだぞ。

 でも新鮮だな。客と店員。普段しない会話。
 なんかこういうの、いいかも。よしっ!

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「うんっ。あ、でもね、りっくんをお迎えに来ただけだから飲み物だけでいいの! わたしとひめちゃんの分でふたっつ!」

 サラッと不思議な事を言い出した。お迎え?

「えっ、お迎えって?」
「むぅ。今のわたしはお客さんだよぉ?」
「も、申しわけございません。すぐにお飲物をご用意いたします」

 客としてのポテンシャルを最大限に活かしている。有無も言わせぬ強引な雰囲気。
 これ、絶対何かある。いや、ほんと、何故来た?!
 
「あっ、そうだっ。ブラックコーヒー頼まれてたんだ! 店員さん、コーヒーひとつ追加で!」

 なんだ、このありえない注文は。二人に対して三つ? しかもブラックだと。誰が飲むんだ。

「ブラックって、もしかして──」
「むぅ!!」

 ……うん。今の俺は、店員さんだ。

「かしこまりました。席までお待ちいたしますのでお掛けになってお待ちください」


 注文を終えると、ちほは席に向かうことなくバックをゴソゴソし出し……なんと、手錠が出てきた?!

 しかもなんだろうこれ……本物っぽいんだが……?!

「りっくんの身柄を、バイトが終わったら拘束しますっ!」

 なにごと?!

「ちょっ、ちほ?! 拘束って……俺を逮捕するのか?」
「そうだよぉ~! お家に連行しまぁす! 強制だぁ!」

 か、可愛い。相変わらず可愛い。レジカウンターに肘を付けた手で手錠をぷらんぷらん。
 言ってることはむちゃくちゃだけど、なんかもうどうでもよくなってきちゃうな!

 逮捕されちゃってもいいかも!
 などと、ちほゾーンに浸っていると、

 ぐいっぐいっシュタッ! ニコッ。
 隣のレジに居た最側が見事な反復横跳びで近付いてきた。

 足が痛い。あぁ、踏まれてる。
 さらに袖を軽く引っ張られた。

 そうか、仕事中だから惚気るなってことかな。

 でも、レジ越しとは言え、こういうのは困る。ちほがどう思うことやら。わかってんのかこいつ。


「あっれー、せんぱぁーい。今日予定あるとか言ってませんでしたー?」

「っっ?!」

 ちょっ、最側おまえ?!
 空気読んでよ? なにを言い出してるんだ?!



 ──忘れてた。そう、今日は七日。最側と飲みに行く約束をしている日だったんだ。
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