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70話

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 トントンッ。ガチャンッ!

「あ、やっぱりここに居たぁ!」

 …………。

「おー、最側。おつかれ」
「はーい店長ぉ、お疲れ様でーす!」

 どうやら、俺を探していたようだ。今日も〝一杯〟やりに行く約束してたっけ。

「なにボーッとしてるんですかぁ?〝慰謝料〟払って下さいねッ!」

 久々のぶりっ子ポーズ。そのまま俺が座るソファー右横に腰を掛けた。

 ここで言う〝慰謝料〟とは〝一杯やりにいきましょーねー、先輩の奢りでー〟的な意味だろう。

 時と場所を選ばないと誤解されるぞ。まぁ、店長なら大丈夫か。


 カタッ! 

「い、慰謝料だと? なにをしたんだ? 警察沙汰にでもなったのか?!」

 店長は勢いよく俺に近付きゆっさゆっさと肩を揺らした。その眼差しは真剣だ。嘘だろ? この焦り具合……最側が冗談で言ってるってわかってないのか?


「店長ぉ! だーいじょぶですよー! いきなり抱きつかれてぇ、わたしの胸に顔を埋めてスリスリしただけですからぁー!」

 最側は自分の胸を両手で押さえ「ここにぃ?」と言う仕草をした。

 全て事実だ。だが、おまえ!! 言い方ってもんがあるだろうが!!


「な、んだ、と。そ、それで慰謝料を……?」

 ゆっさゆっさするのを辞め、呆然と立ち尽くしてしまった。

 おいおい、店長。らしくないだろ? ぴらーんとスカートめくる程のあんたが、どうしたって言うんだよ?!

「ちょっと、店長ぉ! じょーだんですよぉ! 嘘ではないですけどぉ、嘘? あれっ」

 最側は自分で発した言葉の意味がわからなくなってしまったようだ。

 わかる。わかるよ。全て事実で嘘ではないけど、嘘なんだよな。ニュアンスの問題だろうか。

 事実だけを並べると如何いかがわしい〝それ〟なのだが、実際は違う。

 …………。間。

 誰か何か言おうよ? このままは良くないよ?!

 店長は俺の左横のソファーに腰を掛け、人生の終焉でも見ているかのようだった。誤解してるからね?


「せんぱーい。もうめんどくさいんで行きましょぉー。今日はきっと、〝夏の大三角〟見れますよッ!」

 俺の服をつまみ引っ張って来た。


 なんと言う自由人。嵐のような子だ。
 とりあえず最側には退場してもらおう。店長と二人で話した方が絶対に良い。

 急かす割にはバイトの制服のままというドジっ子。このままでは飲みには行けない。


「わかったから早く着替えて来いよ」
「はぁい。じゃあ行きましょー」

 なぜか誘ってる風な口調。
 動く気配の無い俺に苛立った様子で「行きますよッ!」と、服を強めに引っ張って来た。

 まさかこいつ、また更衣室に連れてくつもりなのか?


 ここで店長さんがハッとする。良くも悪くも仲良さげな俺たちを見て察したのだろうか。

「取り乱してしまって悪いね。君たちに限ってそんな事はないよな」

 胸に手を当て深呼吸。どうやら戻ってきたようだ。

 良かった。正直、事実だけを並べられると言い訳のしようがない。店長の物分かりの良さに救われた。


 でもこのタイミングは……。


「いちごちゃん。行ってきなさい」

 はい? 何処に? っとキョトンとした様子を見せると「更衣室だろ?」と続けた。

「君は察しがいいからな。もう半分くらいは気付いているのだろう? ついて行ってあげなさい」

 「しかし他言無用。後はわかるね」と耳打ちをされた。わかりません。

 
 コソコソ話に気付いたのか、最側はほっぺをぷくりとしだす。
 「ほらっ、先輩!!」


 こうしてまた、非現実的な謎の時間が始まるのだ。
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