58 / 106
58話
しおりを挟む「濡れる日もあれば濡れない日もある。今日のいちごちゃんは濡れる日だっただけだ。わかるな?」
「わかります、けどぉー」
優しい顔で宥める店長、それにうなずく最側。
なぜ、納得している。
なぜ、ジュースが溢れただけだと言わない。
「せーんぱい。これは貸しにしておきますね♪」
「…………」
人差し指を顎に当て、少し挑発的な目付き。
可愛いと思ってやっているのだろうか。腹の立つ奴だ。
「まぁ、冗談はこの辺で。今日は二人の顔合わせと今後について話をしておきたくてな」
「はいはぁい! わかってますよぉ~!」
じょ、冗談?! 俺はまたからかわれてしまったのか。最側も〝でしょうね〟と納得している。
ねぇ、このままじゃ、何も信じられなくなるよ?!
「え~、もしかして先輩……本気にしてた感じですかぁ?……きしょ」
小さな声で「きしょ」と聞こえた。
「おい、おまえ今ーー」
「あっ、はっきしょん。くしゃみでちゃいましたぁ!」
てへっ♪っと首を傾げ頭をコツン、そして舌まで出してきた。
待て待て、それで誤魔化したつもりか?! なんかこの子はアレだ。アレ! 疲れちゃうやつだ。
「まったくもう。そういうところだぞ~?」
「うー、店長ぉごめんなさぁーい」
最側に優しくげんこつをくれる店長さん。ぶりっ子全開で謝る最側。
「でもでもぉー、店長みたいな草原の美女と、こいつ……先輩がだなんて、万に一つ……億に一つも無いじゃ無いですかぁ!」
ツッコミどころが多過ぎませんか。
しかも草原の美女ってなんだ? 妖精さんも言ってたよな。そんなジャンル存在するの?!
色々と濃過ぎてパニックを起こしそうだ。妖精さん、どこ行っちゃったの。早く出てきて……。
「いや~、いちごちゃんは逸材だぞ? 目の前に美女が居ると言うのに眉ひとつ動かさない。今、最も欲して居る人材。即戦力だ!」
「その点に関しては、賛同しますけどぉー」
どうしてこう、ぶっ飛んだ話になるんだ。俺にもわかるように説明してくれよ。二人で頷きながら会話を進めないで!!
「それでだ、最側。いちごちゃん投入でシフトに融通がきくようになる」
店長はデスクに座り、俺と最側を手招きした。
画面上に映し出されているのはシフト表。
「いちごちゃんは予定なんかないだろ?」
「いやいや、店長ぉ!!」
俺が「いやいや」と言おうとしたら、何故か最側が否定してくれた。あれ? もしかしていい奴?
「ちょっといいですかぁ?」と店長の耳に近づきコソコソ話を始めた。
コソコソコソコソコソコソコソコソ。
「えっ?」
店長は驚いた顔で俺を見てくる。
コソコソコソコソコソコソコソコソ。
「ええっ?!」
さっきよりもさらに驚いた顔で見てくる。
さすがにこの距離でそれをやられるのは、辛いんですけど。
「ごほん。まぁ、そういう事ならシフトは二人で決めなさい。希望としては平日は毎日出てもらいたいのだが」
「はいはぁい!」
二人で決める? 俺と最側で?
「と、その前に研修だったか。チッ」
険しい顔から見た目に反する舌打ち。えっ、店長……それはよくないでしょう。
しかし徐々に不気味な笑みを浮かべて、うんうんと納得する。優しい笑みまで溢れだした。
なんと言うか、悪巧みをしてそうな笑みに見えるのは気のせいだろうか?
どうか、気のせいであってくれ……。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説


選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】初恋相手にぞっこんな腹黒エリート魔術師は、ポンコツになって私を困らせる
季邑 えり
恋愛
サザン帝国の魔術師、アユフィーラは、ある日とんでもない命令をされた。
「隣国に行って、優秀な魔術師と結婚して連れて来い」
常に人手不足の帝国は、ヘッドハンティングの一つとして、アユフィーラに命じた。それは、彼女の学園時代のかつての恋人が、今や隣国での優秀な魔術師として、有名になっているからだった。
シキズキ・ドース。学園では、アユフィーラに一方的に愛を囁いた彼だったが、4年前に彼女を捨てたのも、彼だった。アユフィーラは、かつての恋人に仕返しすることを思い、隣国に行くことを決めた。
だが、シキズキも秘密の命令を受けていた。お互いを想い合う二人の、絡んでほどけなくなったお話。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる