36 / 106
36話
しおりを挟む「え~鍋なのぉ?」
なにやらちずるちゃんは不満気だ。確かに。鍋の季節では無い。徐々に暑くなり始める5月。
「当たり前だ。家族が増えたんだ。みんなで鍋を囲む」
「それもそっか。今日からうちは5人家族だもんね! お兄ちゃんが出来ちゃった!」
ちょっと強気なお父さん。恐らくこの人は鍋奉行なのだろう。
……色々と突っ込みたいパワーワードがあったのは気のせいだろうか?
家族? 家族ってなんだっけ。あれ? お兄ちゃん?
「ほらほら片して」
お父さんがお皿を運び始めた。
「今日はこっちなのね!」
「ダイニングテーブルは椅子が足らんだろう! それに鍋だ!! まぁ今度椅子を買ってこないとな!」
ちずるちゃんとお父さんはノリノリだ。椅子を買ってくる? うん。なんの話をしてるのかな。
「ちほー、ちずるー。手伝わなくていいから手を洗って来なさい。八ノ瀬くんも連れて行ってあげて!」
お母さんと目が合う。会釈をするとニコッと返してくれた。
「りっくんこっちだよ!」
「お、おう」
タタタタタタッ
「おっにいちゃーーーーん!」
はい。背中から抱きつかれました。
お決まりの流れ。そろそろ疲れて来ます。体が2つ欲しい……。
──洗面所到着。
「ほら、りっくんおてて出して!」
おてて?! 手を出すとハンドソープをつけてくれた。そして、何故か……
「おてて、キレイキレイしましょうねぇ!」
「いや、自分で洗えるから」
「むぅ!!」
あっはい。従います。──これなんてプレイなの? 悪い気はしないけど、……あっ、普通に気持ちいかも。
「ほんと仲良しだね!」
てっきり〝ちずるもするーー〟と言い出すのかと思ったが、これはR15なのだろうか。
「はいっ、キレイになった!!」
「ありがとう」
「えへへ♡」
うん。可愛いッ! 結局はこれに尽きる!!
リビングに戻ると鍋の準備は終わっていた。
この匂いは〝ちゃんこ〟だ!!
「八ノ瀬くん。いや、リク君。遠慮せずいっぱい食べてくれよ!」
「はい! ありがとうございます。お父さん!!」
それにしても、リク君とな。一気に近付いて来たな。
やはり同じ苦労を抱える同族。いや、仲間だからだろうか。
みんなで〝いただきます〟をした。
温かい時間が流れる。自然と笑顔が溢れる。
初めて囲む家族の食卓。本当の家族では無いけれど、温かい。お腹は空いてなかったはずなのにお箸がすすむ。
最初は怖くて怯える事しか出来なかったお父さんとも、だいぶ打ち解けた。これが、家族なのだろうか。
──しかし俺は、気付いたら涙を流していた。
あれ、おかしいな。止まらない。どうしてだろ……。
『思った通りじゃな。見てられん』
『妖精さん……。俺……』
『好きなだけ泣け。落ち着いたら泣き出す直前に戻してやる。この阿呆が』
『ありがとう。ありがとう……』
すごいな妖精さんは。なんでもお見通しだ。迷惑掛けてばかりだ。休憩するって言ってたのに。本当にありがとう……。
「りっくんどうしたの?」
「お兄ちゃん……?」
「リクくんどうしたって言うんだ?」
「あらやだ。お口に合わなかったかしら?」
あーあ、みんな驚いてるよ。ごめん。ほんとごめん。もう少しだけ。落ち着くまで。
「よしよし。りっくんは泣き虫さんだね」
ちほ……。ありがとう。君の前で泣くのはこれで2回目だね。情けない。自分が嫌になるよ。
きっと、心が溢れて限界に達したんだ。
俺は〝家族〟というのを殆ど知らないから。
そして、矛盾。
──俺は、約束された〝さよなら〟がある事への矛盾に、耐えられなくなってしまったんだ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
形だけの妻ですので
hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。
相手は伯爵令嬢のアリアナ。
栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。
形だけの妻である私は黙認を強制されるが……
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる