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36話

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「え~鍋なのぉ?」
 なにやらちずるちゃんは不満気だ。確かに。鍋の季節では無い。徐々に暑くなり始める5月。

「当たり前だ。家族が増えたんだ。みんなで鍋を囲む」
「それもそっか。今日からうちは5人家族だもんね! お兄ちゃんが出来ちゃった!」
 ちょっと強気なお父さん。恐らくこの人は鍋奉行なのだろう。

 ……色々と突っ込みたいパワーワードがあったのは気のせいだろうか?
 家族? 家族ってなんだっけ。あれ? お兄ちゃん?


「ほらほら片して」
 お父さんがお皿を運び始めた。

「今日はこっちなのね!」
「ダイニングテーブルは椅子が足らんだろう! それに鍋だ!! まぁ今度椅子を買ってこないとな!」
 
 ちずるちゃんとお父さんはノリノリだ。椅子を買ってくる? うん。なんの話をしてるのかな。


「ちほー、ちずるー。手伝わなくていいから手を洗って来なさい。八ノ瀬くんも連れて行ってあげて!」
 お母さんと目が合う。会釈をするとニコッと返してくれた。

「りっくんこっちだよ!」
「お、おう」

 タタタタタタッ
「おっにいちゃーーーーん!」
 はい。背中から抱きつかれました。

 お決まりの流れ。そろそろ疲れて来ます。体が2つ欲しい……。


 ──洗面所到着。

「ほら、りっくんおてて出して!」
 おてて?! 手を出すとハンドソープをつけてくれた。そして、何故か……

「おてて、キレイキレイしましょうねぇ!」
「いや、自分で洗えるから」
「むぅ!!」
 あっはい。従います。──これなんてプレイなの? 悪い気はしないけど、……あっ、普通に気持ちいかも。


「ほんと仲良しだね!」
 てっきり〝ちずるもするーー〟と言い出すのかと思ったが、これはR15なのだろうか。


「はいっ、キレイになった!!」
「ありがとう」
「えへへ♡」
 うん。可愛いッ! 結局はこれに尽きる!!


 
 リビングに戻ると鍋の準備は終わっていた。

 この匂いは〝ちゃんこ〟だ!!
 

「八ノ瀬くん。いや、リク君。遠慮せずいっぱい食べてくれよ!」
「はい! ありがとうございます。お父さん!!」

 それにしても、リク君とな。一気に近付いて来たな。
 やはり同じ苦労を抱える同族。いや、仲間だからだろうか。


 みんなで〝いただきます〟をした。
 温かい時間が流れる。自然と笑顔が溢れる。
 初めて囲む家族の食卓。本当の家族では無いけれど、温かい。お腹は空いてなかったはずなのにお箸がすすむ。

 最初は怖くて怯える事しか出来なかったお父さんとも、だいぶ打ち解けた。これが、家族なのだろうか。




 ──しかし俺は、気付いたら涙を流していた。

 あれ、おかしいな。止まらない。どうしてだろ……。


『思った通りじゃな。見てられん』
『妖精さん……。俺……』
『好きなだけ泣け。落ち着いたら泣き出す直前に戻してやる。この阿呆が』
『ありがとう。ありがとう……』
 すごいな妖精さんは。なんでもお見通しだ。迷惑掛けてばかりだ。休憩するって言ってたのに。本当にありがとう……。



「りっくんどうしたの?」
「お兄ちゃん……?」
「リクくんどうしたって言うんだ?」
「あらやだ。お口に合わなかったかしら?」

 あーあ、みんな驚いてるよ。ごめん。ほんとごめん。もう少しだけ。落ち着くまで。

「よしよし。りっくんは泣き虫さんだね」
 ちほ……。ありがとう。君の前で泣くのはこれで2回目だね。情けない。自分が嫌になるよ。



 きっと、心が溢れて限界に達したんだ。

 俺は〝家族〟というのを殆ど知らないから。

 そして、矛盾。



 ──俺は、約束された〝さよなら〟がある事への矛盾に、耐えられなくなってしまったんだ。
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