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32話
しおりを挟む「パパ~、この手は何?」
お父さんに近付き、拳を握る手をぽんぽんと叩く。ムゥっと怒っている。
「ちほちゃん、これはね、筋トレだよ!」
「ふーん。じゃあ、娘の彼氏には──の続きは?」
「…………。もっと仲良くなりたいなぁと思って」
拳を握る手は徐々に和らぎ、浮き出ていた血管は消え、普通に戻った。しかし、お父さんは少し後ずさっている。
──なんか嫌な空気だな。原因は俺だし……。
…………。
暫しの沈黙の後、圧力をかけるようにちほが口を開いた。
「あー、そうなんだ。信じるよ?」
「もちろんだよ! パパを信じなさい!」
「わかった。じゃあ指きり!!」
「え……」
「指きりしよ!!」
ちほが指きりをしようと手を取るが、お父さんは何故か拒む。足を一歩、また一歩と後退させる。しかし、ちほは一歩、さらに一歩と前進する。
これは何? 指きりって指きりげんまんだよな。それともあっちの指きりなのですか……。小指……?
『妖精さん、これは平気なの?』
『うーん。なんというけしからん体じゃ。このワンピースは反則じゃ!!』
妖精さんは相変わらずちほの体をチェックしていた。もうダメだ。
指きりを拒まられ、ちほは少し呆れ顔になっていた。
「はぁ。嘘つき。パパきらーい」
「あーー、ちほちゃん指きりしようね! ごめんね!」
嫌いが効いたのか、お父さんの顔付きが変わる。覚悟が垣間見える。そして小指を突き出した。
「「指きりげーんまーん♪ 嘘吐いたぁーら」」
なんだ。普通の指きりじゃないか!!
「私とりっくんに温泉旅行をプレゼントするー♪」
「「指切った!」」
笑顔のちほに反し苦渋の顔をするお父さん。
この指きりは何かがおかしい。俺がそう思っているとちほが抱き付いてきた。
「やったね!! パパが温泉旅行プレゼントしてくれるって!!」
いや、まだ嘘吐いてないでしょ。と、言うかこの指きりはなに! 二見家の指きりなのだろうか。
「お父さんはまだ約束破ってないだろ?」
「そうだね! りっくんと2人で旅行~楽しみぃ」
あ、もう破るの前提なんだ。やはり、頭は切れる。ちほは馬鹿じゃない。頭の回転が速く出来る子なんだ。つまり、甘々でくっ付いてくるこれも演技なのか……?
「2人っきりで旅行だよぉ? えへへ~♡」
あーもう! 可愛い!! なんだって良いじゃないか!!
「ほら、お母さんが待ってるから。行こうね」
あからさまに元気を喪失しているお父さん。親と言うのは大変なんだな。と、思った。
◆
当然のオートロック、幻想的なエントランス。
そして42階建。一般家庭がこんな高級マンションに住めるのか。お父さんの仕事ってやっぱり……。
色々と考えながらエレベーターを待っていると、ちほが耳打ちしてきた。
「りっくん、あれ見て」
ちほが指差す方向をみる。それはお父さんの拳だった。少しづつ少しづつ、力が入っている……。
「温泉旅行♡ 何処にしよっか?」
あまぁ~い声での耳打ち。理性が吹っ飛びそうになる。が、この拳はやばい。
──仲良し親子だということはわかった。だからこそ、俺が原因で亀裂が入る事は避けたい。
さて、どうしようか。
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