ねえねえ、あのねあのね、聞いて‼︎ わたしの右手にはね、邪神龍が眠ってるの! ガォー!

おひるね

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 ガチャンッ。

「ただい…………、ん?」

 普段通りに家へと帰ると玄関に見知らぬ靴があった。
 それは黒のパンプスで、綺麗に整えて置かれていた。

 ……誰か、来ている。

 カリンが家にあげるとなると……この靴から察するに、学校の先生かな。

 リビングから話し声が聞こえたのでそっと聞き耳を立ててみた。

「うーん。その姿のカリンも可愛くていいんだけど、暫くは慣れそうもないかなぁ」

「人並みに普通に成長はしているみたいだから。時間が経てば大人になるよ」

「それはそうだけど……。私とカリンに生じた年の差はずっとこのままって事でしょう。ならさっ、お姉ちゃんって呼んでみる? 事実、この世界では歳上なわけだし!」

「絶対イヤ!」

 随分と理解のある先生だな。会話をカリンに合わせているのだろう。とても自然な会話だ。もう少し聞き耳を立てて勉強するか。

「そう言えば隣の家、あれ大丈夫なの?」
「さすがレオナ。家見ただけでわかっちゃうんだ」
「まね。得意分野だから。で、どうする? 近所にサキュバスなんて居たら安心して眠れないでしょ。一度シメとく? さすがにヤっちゃうのはアレだろうからさ」

「それはダメ。絶対やめてね。害はないし、悪い人でもなさそうだから」
「ええ~、サキュバスだよぉ~? カリンどうしちゃったの? らしくないじゃん!」

 いやいや、お前がどうしちゃったの?
 うちの妹に変なことを吹き込むな!

 これは違うな。違ったわ。
 学校の先生じゃない。……同級生、友達かな。それも厨二病的な。

 でもそうなると違和感がある。
 玄関へと戻り靴を確認してみた。サイズは24cm。しかもパンプス。子供が履く靴ではない。

 いや、ジャンボ小学生か。どう考えても会話の内容は子供同士のソレだからな。

 誰だ。誰が来ているんだ。

 もう一度聞き耳を立ててみた。

「まっ、カリンに対する魔王さんの愛は本物だからね~。いずれ会いに来るとは思うけど!」

「そ、そんなの知らないし。関係ないから。それに……来るわけないし」

「それはどうかなぁ~。時間の問題だと思うけどな~。毎日カリンに会いたいってそればっかりだったから」

 このお子さんは随分とマセてるな。厨二病設定で恋バナモドキか。しかも愛を語るのか。まだ九歳だぞ……。

 でも、声の雰囲気や口調は大人っぽい。

 軽く挨拶してお菓子でも出すか。我が家で俺がコソコソする理由もないしな。

 〝バタンッ〟

「あ。おかえり」
「おう。ただいま!」

 ああ、いいな。リビングにカリンが居るとおかえりって言ってもらえるのか。久々だなぁ。この感覚。

 って、今はそうじゃない。挨拶しないと。

 と、次の瞬間、俺は目を疑った。
 
 そいつはソファーで偉そうにくつろいでいた。
 青い瞳に明るく染められた髪。カラコンしてブリーチしちゃったのかな。

 見たところ年齢は俺より年下っぽい。
 童顔と言えば同い年に見えなくもない。

 つまりはそれくらいの年齢。厨二病トークに花を咲かせていい歳じゃない。

 ……嫌な予感がする。

 もしかして、こいつがカリンをそそのかした?
 いや、軽率な判断はよそう。まずは挨拶からだ。

「ねえ、さっきから恐れ多くもわたしのことをジロジロ見てくる、そこのノーマルヒューマンはなぁに?」

 その言葉に真意をみつけた。
 こいつだ。確実にこいつだ。初対面で人のことをノーマルヒューマン呼ばわり。

 カリンはこの女を真似ていたんだ!

「あ、そっか。紹介しないとだった。わたしのお兄ちゃんだよ。仲良くしてね」

「ふーん。仲良く……ね? 向こうはそのつもりないみたいだけどぉ?」

 偉そうに腕を組むと、すかさず脚も組んだ。そしてソファーに深々座り、まるでゴミでも見るようなまなざしを向けてきた。

 それはカリンの厨二病に寄り添い、演技をしている姿からは掛け離れていた。

 確実にあっち側。

 こいつだ。こいつで間違いない。

 そう確信を得たところで、ここ一ヶ月の出来事が走馬灯のように駆け巡った。

 あれだけ楽しみにしていた夏祭りには行かず、大好きなお菓子もまったく手を付けず、自らを穀潰しとまで言い放つカリンのことを。

 ……許す、まじ!

 カリンへの想いの分だけ、怒りに変換される。
 悪の権化。そいつが今、目の前に居る‼︎

「うちの妹に何を吹き込んだ! いい歳して恥ずかしくないのか!」

 込み上げてくる怒りを抑えることができない。
 怒りが無限に込み上げてくる。

 気付いたら俺は、声を大にして叫んでいた。

「え。お兄ちゃんどうしたの? 落ち着こ?」
「悪いな。カリンは良い子だからな。ここでおとなしくしててくれ」

 カリンの頭を優しくポン。
 そして悪の権化に鋭い眼光を向ける。

「レオナさんだっけか? 表で話しようか」

「は? なにこいつ? ノーマルのくせして礼儀がなってないわね。聖クロス騎士団、団長レオナ・ル・シンフォニーと知っての狼藉ろうぜき? 死に急ぐ哀れな子羊。期待に添えましょうか?」

 バサっと立ち上がりメンチを切って来た。
 言っていることは意味不明。自己紹介までをも架空の厨二病ネームでしてくる始末。

 俺の怒りはますます上がっていく。

「なんだ? 殺すってのか? この厨二病疾患者が! さっさと表に出ろ! 俺はカリンのお兄ちゃん。音坂スバルだ! 妹への愛だけなら誰にも負けねえ! 覚悟は出来てるだろうな?」

「正気の沙汰じゃないわね。いいわノーマルヒューマン。あなたを天国へといざなって差し上げましょう。せめてもの慈悲として、一瞬で逝かせてあげる」

 まるで強者の微笑みのようにクスッと笑った。
 もはや常軌を逸していた。こいつは本物だ。第一印象からわかってはいたが、どうしょうもなく本物の本物だ。

 その厨二病をコテンパンにへし折ってやる!

 そう思った時だった。メンチを切り合う俺らの間にカリンが割って入って来た。

「レオナ! それはダメ。お兄ちゃんはわたしの大切な人。お兄ちゃんも落ち着いて。わたしのこと大好きなのは知ってるから。好きなら落ち着こ? ねっ? お願いだから」

 いつ振りかわからないカリンからのお願い。めちゃくちゃ可愛い。うーん、わかった! もうお兄ちゃんやめちゃう!

 ……とはならない。ここで止まってしまったら、カリンはもう二度と学校に行かないような、そんな気がするからだ。

「ごめんな。いくらカリンの頼みでもこれだけは聞けない。やらなきゃいけないんだ」

「なら早くやりましょう。と、言いたい所だけど、なにか武器になる物を貸してくれるかしら。この世界では聖なる細剣レイピアは顕現できないのよね。ハサミでも包丁でもなんでもいいわぁ。少し身の程を弁えさせるから。団長として絶対的力の名の下にね」

 俺は耳を疑った。疑うほかなかった。
 包丁だと? 今こいつ、包丁って言ったのか?

 何言ってんだこいつ……?

 …………は?
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