上 下
9 / 18

9

しおりを挟む

 音霧さん家のインターホンを鳴らすとカリンは俺のズボンの端をギュッと掴んだ。

 そして玄関が開き音霧さんが出てくるのと同時にススッと俺の後ろに隠れてしまった。

「あっ、スー君。さっきぶり。どしたぁ?」
「ええっと……いや」

 少し、考えてしまった。
 この土壇場で隠れてしまった意味を考えると、やはり無理をさせてしまったのかと。

 言ってもまだ九歳。事前に音霧さんと打ち合わせをするなり、他にやりようはあった。

 俺はまた、学校に行かなくなった日の間違いを繰り返してしまったのだろうか……。

 音霧さんは「うん?」と表情に疑問符を浮かべながらも、俺の後ろから僅かにはみ出るカリンの様子に気付くと「なるほどなるほどぉ~」と、優しい笑みをこぼし玄関へと通してくれた。

 おおよそのことを察してくれたみたいで、ホッとした。そうとわかれば、俺にはできることがある。

「カリンどうした? 出直すか?」

 俺がそう言葉をかけると首を横に振った。
 そして、背中をグイッと引っ張り背伸びをすると右手を口に当てたので、そっと耳を傾けた。

 (ごめんお兄ちゃん。よくよく考えたら、あまり右手は見せないほうが良いかもしれない。相手はサキュバスだから。わたしの存在に気付いたら厄介なことになる)

 (……確かに、そうだな)

 (うん。こんなことなら右手に包帯でも巻いてくれば良かったよ)

 (じゃあ、一度出直すか?)

 (ううん)

 涙が出そうになった。厨二病設定を広げながらも、この場から逃げようとはしない。ちゃんとごめんなさいをしようとしている。

 えらいぞカリン……がんばれ!

 大丈夫。お兄ちゃん見てるからな!

 カリンが頑張って何かを伝えようとしている様子に音霧さんも気付いたのか、なにも言わず優しい表情をしていた。

 そしてついに、カリンが口を開いた。

「……お隣さんだからご近所付き合いはする。で、でも‼︎ わたしとお兄ちゃんの安寧を脅かした時は……容赦しない‼︎ ……さっきは酷いこと言って、ご、ご、ごめんなさい‼︎」

 前セリフも程々に、ちゃんとごめんなさいできた! えらいぞカリン!

 そして持ってきたチョコ菓子を左手・・で前へと出した。

 うん。たいへんよくできました!

 あとはお兄ちゃんに任せろ!

「カリンなりに悪いことしちゃったなって思ったらしく、お詫びのお菓子だって。もらってあげてくれませんか?」

「あぁー、もぉ、尊いなぁ~カリンちゃんわ!」

 そう言うと音霧さんはチョコ菓子を「ありがとね」と受け取り、俺の足元でしゃがむと目線を合わせるようにカリンに話しかけた。

「おいで、カリンちゃん!」

 両手を広げカリンに抱きつこうとした。

「う……。ほ、ほらお兄ちゃん! 謝ったからもう帰ろう! 早く‼︎」

 カリンは勢いよく俺のズボンを引っ張るのと同時に、音霧さん家の玄関を開けた。

 それを横目に俺は音霧さんにごめんのポーズをすると、人差し指と親指で丸を作って“いいよ”と返ってきた。

 冗談ばかりの人だけど、やっぱり年上女子。その表情は大人びた優しいものだった。

 今回ばかりは本当に音霧さんで良かった。 

 あとで何かしら埋め合わせしないとかな。

 ◇◇

 そのままカリンは50mくらい俺の手を引きながら走った。

「はぁはぁ。ここまで来れば大丈夫。……サキュバス……忌々しい。匂いに当てられてわたしですらクラっとしてしまった」

 言いたいことはわかるから不思議だ。音霧さんは少しえっちだからな……。

 ──ピコンッ。

 ポケットのスマホから通知音が鳴った。取り出すとメッセージが一件。

 カリンが覗き込んでくる。

「お兄ちゃんのスマホが鳴るなんて明日は雪かな?」
「そしたら雪だるま作ろうな!」
「うん。でもお兄ちゃんのスマホが鳴るの、嬉しい」

 などと喜んでくれたカリンだったが、メッセージは音霧さんからだと知ると表情は一変。

《あとでカリンちゃんの好きなロールキャベツ持ってくね! お菓子の御礼に♡》

「お、お、おのれ! ハートマークなど付けて、あまつさえ餌付けまでするつもりか! ……籠絡されてしまう……。このままじゃ、わたしもお兄ちゃんもあの女の手籠めにされてしまう……」

 と、言った直後にじゅるりと垂れたよだれをササッと拭いた。
 そう言えばカリンは音霧さん家のロールキャベツが大好きだったな。うんうん。それなら!

「音霧さんは受験勉強で忙しいから、こんなことはたぶん今日だけだと思うぞ。籠絡も手籠めにもする暇はないとおもうけどなぁ~」

「そ、そうなのか。確かに、サキュバスのくせに手料理だなんて、本来の目的から逸脱している気も……」

「そうだぞ。それにカリンのあげたお菓子がロールキャベツになって戻ってくると思えば、な?」

「う……。それでは本末転倒な気もするけど」

 再度、じゅるりと垂れたよだれをササッと拭いた。ロールキャベツという言葉に反応している模様。

「これも立派なご近所付き合いだぞ? 断ったらかえって失礼だとお兄ちゃんは思うけどなぁ~」

「じゃ、じゃあ今日だけは……。でもね、お兄ちゃん。あまりわたしに隠れてあの女と会ったりしちゃダメだからね。サキュバスは本当に恐ろしいんだから。骨抜きにされちゃう……。約束できる?」

 うんうん。カリンの気持ちはよくわかった。
 お兄ちゃんの身を案じてるのと、きっと取られちゃうんじゃないかと不安なんだよな。

 それにしても籠絡、手籠め。そして骨抜き。どこでそんな言葉を覚えてくるのか。お兄ちゃんはそっちのことのほうが心配だよ……。

 でも!
 最近は少し嫌われてるかとも思ってたけど、そんなことないな!

「あぁ! 約束できるぞ! カリンが結婚して旦那さんを見つけるまで、ずっと側に居るからな!」

「……バカ。そこまでのことを言ってるわけじゃないのに」

 プイッとそっぽを向いてしまったけど、昔にも似たようなことがあったなぁ。と、ホッコリした気持ちになった。

 ◇◇
 大人の階段を登り、いつかお兄ちゃんのことを必要としなくなるその時まで、ずっと側に居るからな。

 今も昔も、これからも。
 この想いだけは変わらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...