ねえねえ、あのねあのね、聞いて‼︎ わたしの右手にはね、邪神龍が眠ってるの! ガォー!

おひるね

文字の大きさ
上 下
7 / 18

7

しおりを挟む
朝早くに駐屯地に向かい、昨日から王都に配備した兵を解放する。テオが機転をきかせて、交代制にしたおかげで、兵の疲労は少なかった。テオを労い、ここしばらくの兵の配備スケジュールを決め、駐屯地に拘束していた傭兵たちと、ヴァイツ卿の引き渡しについて書類を武官に渡したところで、今日は帰ることにした。


屋敷に帰ると、ノアは使用人たちに囲まれていた。俺の顔を見るなり、使用人たちはザザッとノアから離れる。なにをされていたのか一目瞭然だった。

「アシュレイ、おかえりなさい!」

ノアは今日も朝から興奮していたのか、真っ赤な顔で俺に挨拶をする。

「ノア、その服はどうしたのだ?」

その質問に答えたのは女中だった。

「アシュレイ様。ノア様はしばらくこの屋敷に身を寄せるとのことでしたので、私の息子のおさがりを持ってきました。あのお召し物では、生活しづらいかと思い……」

「そうか、失念していた。ありがとう。とても良い洋服だが、借りても構わないのか?」

ノアの着せられている服は、シャボのついたシャツに、豪華な刺繍のベストやパンツ。ジャケットまで羽織っていた。

「息子はもう大きくなってしまって。捨てるには忍びないと思っていたのです。もしよろしければ着てやってください。とてもお似合いですよ、ノア様」

女中は可愛くて仕方がないといった表情で、ノアの裾を引っ張り、服の形を正す。髪も結ってもらったのか、ノアは上流貴族のお坊ちゃんといった上品さを纏っていた。

「ノア、とても似合っているぞ。それで王都に出たら様になるな」

ノアは一層顔を赤くして、我慢がならないのか吃りながら大きな声を出す。

「ぼ、僕も! アシュレイのように、ご婦人方に、か、か、格好良いと思ってもらえますか!?」

その言葉に、俺も女中たちも吹き出してしまった。

「ええ、ええ。ここにいる女中はノア様の格好良さに夢中ですよ」

ノアは嬉しいのか、目を潤ませ、口をキュッと結んだまま黙ってしまう。

「さあ、その格好で王都に行こう。おいで」

担ぐと子ども扱いになるかと思い、手を差し伸べた。ノアは嬉しそうに手を握り、ギクシャク歩き出しはじめる。かわいらしいとノアを見つめる女中たちに再度お礼を言い、馬に跨る。ノアとの約束通り、王都の中心地、市場へと向かった。


王都の中心地に着くと、ノアの興奮は最高潮に達した。茹で上げられたように顔を真っ赤にして、見るもの全てに感動していた。

「こ、こんなに! こんなに人がいる場所は、初めてです!」

「そうだな。孤児院にも子どもはたくさんいたが、大人がこんなに集まるのは、ここだけかもしれん」

どこか見て回りたいところはあるか? と聞こうとしたら、ノアが突然鼻を高くあげて匂いを嗅ぎ始めた。よく見ると、少し先にいつもの花売りが立っていた。

「ノア、好きに歩いたって構わないぞ。はぐれないように手は握っていてくれ」

その言葉で、ノアは俺の手を引きぐんぐんと歩き出した。てっきり花をねだられるのかと思っていたから、花売りを素通りした時には驚いた。花売りも俺に気付いたので曖昧に笑ってやり過ごす。

ノアに手を引かれついた先は菓子屋だった。見ているだけで胃もたれしそうな色の菓子が出店に並んでいる。

「ノア、お腹が空いたのか?」

「いえ、いえ! 先ほど朝食はいただきました! ルイスの料理は美味しいですが、アシュレイの家の食事もとてもとても美味しかったです!」

顔を真っ赤にしながら、しかし俺の顔を見ない。菓子を見つめながらノアは一生懸命に話す。

「あまり甘いものを食べると、昼飯が入らなくなるからな。ひとつだけ買ってあげよう」

さっきまで菓子しか映っていなかった瞳が急に俺を見つめる。もはや焦点があっていなかった。

「本当ですか!? 本当ですか!? 買ってくださるのですか!?」

「あ、ああ。ノア。あまり興奮するな。顔が茹で上がってしまうぞ」

俺の言葉など完全に聞いていなかった。ノアは銅貨1枚の菓子を、宝石さながらに鑑定し始める。こんなことならば、ひとつとは言わず、おやつ用にいくつか買ってやればよかった。そう思うほどに長い時間をかけて選び抜き、ノアは派手な装飾のされた菓子をひとつ差し出した。

「こ、これ」

差し出された菓子を受け取ると同時に、ノアを担ぎ上げる。今日はノアを紳士として扱おうと思っていたが、あまりの可愛らしさに耐えられなかった。

ノアを抱えたまま、店主に銅貨を差し出す。

「坊ちゃん今日はお兄ちゃんとお買い物かい? 優しいお兄ちゃんだね。いい子にはおまけをあげようね」

そう言い、店主は包装された菓子とは別に、小さな飴をノアに渡した。ノアは震える手でその飴をもらい、胸に抱いた。

「あ、あ、ありがとうございます!」

「よかったな。ノア。ありがとうございます」

店主にお礼を言い、歩き始める。ノアは飴を何度も何度も見るので、目があったときに大きく頷いた。ノアは嬉しそうに飴の包みをあけて、飴を頬張る。美味しいのか嬉しいのかわからないが、感極まってノアは俺の首に抱きついた。

ノアの背中を撫でながら思う。ノアは花より、お菓子の方が良さそうだな。今度塔に行くときには菓子を持って行こう、そう心に決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...