上 下
4 / 18

4

しおりを挟む

 あれから一週間。
 カリンは学校を休み続けた。こうなってくると兄として心配なのは、やはり勉強。九九を覚えてまだ一年も経っていない。せめて算数だけは……。

 とは言え、いきなり言っても聞いてくれないだろう。だから用意した。小学年生用の算数ドリルを!

 それは夕食後のひととき。
 デザードに出したバニラアイスを美味しそうに頬張っているとき。

 俺はスッと算数ドリルをカリンが座るテーブルの前に置いた。

「え、なにこれ」
「算数ドリル。カリンが向こうで過ごしてきたって言うなら四年生の問題だって解けるだろう?」

 少し意地悪な気もするけど、これは必要なこと。これくらい出来て当たり前という空気を作ることが大切。

 難しい漢字が並ぶ『神話系』の書物を読み漁っているカリンなら、できる!

 しかし、カリンは首を横に振った。

「呆れた。こんな計算ができるからなに? 社会に出てから何の役にたつの?」

 それを言っちゃおしまいだ……。だけど!

「そうだけど。カリンなら朝飯前だろ? ほら、異世界なら魔法演算とかあるんじゃないのか? 術式とか高度な知識を有しそうじゃん」

「そういうのは賢者や魔導師連中の得意分野だから。わたし知らないし」

 なんてことだ。あっさり言い逃れされてしまった。
 上手いこと逃げる術を事前に用意してたか。

 とは言え、右手にドラゴンを封印した設定なのだろう。だったら魔法は使ってるはずなんだ。

 魔法が使えるという言質さえ取れれば、算数ドリルへと繋げられる。よしっ!

「じゃあ、カリンはなんだったの?」

「大天使イザベラから祝福された人界唯一の聖剣使い」

 へぇ。大した設定だな。
 でも大天使なのに名前がピンと来ないな。オリジナルかな。

 でも、聖剣ってことは……答えは一つだな。

「勇者ってこと?」

「そうとも言う」

 ビンゴ!
 ははーん。カリンは勇者って設定だったか。なんとなくそうだとは思ってたけど。

「別に好きで勇者になったわけじゃないよ。わたしを異世界に召喚したのがイザベラだったから。その縁。……ちがうね。そのせいで勇者になった」

 嫌々、渋々勇者になったと。
 あるね。あるある。あるよ!

「イザベラさんはなにしてるのかな? カリンを呼び出した時みたいに、迎えには来てくれないの?」

「死んだよ」

「あ。ごめん。野暮なこと聞いて」

 そういう設定だとわかってても引け目を感じてしまうな……。空気が重くなってしまった。

 算数ドリルとか言いづらい。
 勇者ってことなら、魔法使えるのに……。まずったな。

「別にいいし。あいつはわたしを天界に召喚して地上に投げ捨てたゲスなやつだから」

「へ、へぇ。ひどいことする人もいるんだね」

「話聞いてた? 人じゃなくて、大天使。種族が違うから」

 こりゃ、凝ってることで。
 伊達に夏休み、神話系の書物を読み漁ってないってことか。今もなお、毎日読んでるしな。

 算数ドリルはできなくても、勉強はしてる。
 こうやって覚えることは、後々の糧になるって聞くし。

 よくある◯◯子供博士みたいなやつ。

 少し急ぎ過ぎたかな。もう少し、経過を観察しよう。そう思った、食後のひとときだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...