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二章

四十八話

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「楽しかったねっ!! それじゃあ、またねぇ!! ばいばーい」
「ま、またね……」

 満身創痍。今の俺を例えるならこの四文字が相応しいだろう。

 ぐしゃねじして満足したのか、ヒメナちゃんはロフトから出て行った。

 あ……れ? お泊まりの日数はどうしたら……。

 ──またしても、このパターン。あれれ?



 気を取り直して……
 サードバッターはジャスミン姉さん!!

 ◇◆◇◆◇◆

「お邪魔するわね」

 エロスを身にまといロフトIN。ジャスミン姉さんの登場だぁ!


 四つん這いにハイハイしながら近付いてくる。

 恐らく二十代前半。
 泣きぼくろが大人のエロスを引き立てる。

 このハイハイは危険だ。
 お姉さんが赤ちゃんのように近付いてくる。

 ハイハイ。ハイハイ。押し寄せるギャップ。

 大人の女性が魅せるハイハイ。

 膨よかな胸にキャミ。既に視界はエデン。
 く、来るのか? このまま覆い被さって来るのか?!

 ──ストップ。距離50cm。


 止まらないハイハイが恋しい……切なくて胸が締め付けられる。ぐすっ。


 くっ付いても来ない。壁に背中を掛け脚を伸ばす。極々自然の体勢。
 この50cmこそが心の距離。近そうで果てしなく遠い。

 繰り返すループの中、確かにこの顔をたわわなお山に埋めて居たんだ。──もはや遠い過去の記憶。


 ──さ、触りたい……。あの感動をもう一度……。あの……素晴らしい感動を‼︎

「なに?」
「あっ、いえ。なんでもないです……」

 無意識に敬語を使ってしまった。自ら距離を取ってどうする……クッ。


「それにしても暑いわねぇ。蒸しちゃってるじゃない」

 防壁魔法のせいだろう。縦長一畳半、天井はカシスちゃんが立てない程度。

「あ~、暑いわぁ。もう無理かもぉ」

 手でパタパタ仰ぎはじめた。
 そうか。汗っかき……この熱気は紛れもなくジャスミン姉さんによるものだ。クンクン。ぷはぁ!


 ──パルファム……フェロモン……。

 ……頭がボーッとする。

 これは……パルファム×フェロモン×密室空間が引き起こす奇跡の化学反応。

 もはや兵器。戦場を駆け巡る屈強な戦士でも一度この熱気を浴びれば無力と化すだろう。
 戦略級核ミサイルよりも脅威になるはずだ。


 ──もあっ。もあもあっ。もあもあ~。


 50cm。手が届いた過去があるからこそ、もどかしくも、焦ったい。──尊い。

 ◇◆


「特に話す事もないのよね。さっそくで悪いけど、あなたの事、ジャッジさせてもらってもいいかしらぁ?」

 ──チャンスッ‼︎

「うんっ!! してしてぇ!!」
 
 ジャスミン姉さんは首を傾げてしまった。ジャッジとは〝神秘の泉〟心の内を覗く魔法。喜ぶのは悪手だったかな……。

 でも、前回は覗いてもらったおかげで仲良くなれた。
 この可能性にかけるしかない。


「はぁ。暑さも限界。このままじゃロフトが臭くなっちゃうわ。さっさとやるわよ」
「臭くないよぉ。とってもとってもいい匂いだよぉ」

「はいはい。そうやって取り入ろうとしても騙されないわ。まぁ、可愛いことは認めるわよ」

 ぽっ。可愛いって言ってくれた!
 ジャッジが控えている以上、全てをさらけ出すっ!

「クンクンクンクン。クンクンクン。はぁはぁ」
「ちょ、ちょっと? 何してるのよ?!」

「クンクンクンクン。すぅぅぅぅぅ。ぷはぁ!」
「だ、ダメよ。そんなところ……脇はやめなさい。怒るわよ?!」

 ぐいっぐいっと物理的な距離をゼロに詰めた。
 だからこそわかる。心の距離は変わらず50cm。

 ──ひとりよがりのわがまま。でも……っ!

「だ、だって……いい匂いなんだもんっ」
「嘘もここまで来ると尊敬に値するわね。そこまで取り入ろうとする姿勢だけは認めてあげるわ」

「鼻が幸せだよぉ! クンクンクン」

「はいはい。もうわかったわ。それは良かったわね」


 もはや呆れるだけ。〝嗅ぐならどーぞご自由に〟

 そんな雰囲気が漂う。

 クンクンクンクンクンクンッ!
 クンクンクンクンクンクンッ!

 ジャスミン姉さんは呆れ果ててしまったのか、仰向けに寝っ転がり肘をおでこにあて、天井をボーッと眺めていた。

 ◇

 ごめん。でもこれは必要なクンクンなんだ。
 取り入る為の茶番だと思っているんだろう。

 違うよ。好きなんだ。ジャスミン姉さんの事が。

 一番最初に助けてくれた。
 初めてお山に顔を埋めた。

 絶望しかないこの世界で、初めての光だった。


 どんなにルートが変わっても、何度死んでも、世界が変わっても記憶はここにある。いつだって思い出していた。優しかった時のジャスミン姉さんを。


 この世界でもう一度、通じ合いたい。
 初めて交わした、あの約束を…………


 〝《アヤノちゃんわぁ、これからお姉さんのお家で暮らすの! 一緒に温かい食事をしてぇ、温かいお風呂にも入って、ふかふかベッドで一緒に眠るの!》〟


 あの日交わした約束を果たしたいんだ。

 ◇

 正直、神秘の泉の事はいまいちわからない。
 けど、心を覗く魔法だという事はわかっている。

 だから俺はクンクンする。
 クンクンしてクンクンしてクンクンしまくる。


 今、この瞬間のクンクンしている気持ちを届けたいんだっ‼︎ たとえ魔法越しでもっ‼︎


 クンクンクンクンクンクンクンクン。
 クンクンクンクンクンクンクンクン。
 
 
 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「慈悲深き水の女神よ…………」

 神秘の泉の詠唱が始まった。
 湖のように青く変わる瞳。


 悔いはない。出来る限りのクンクンはした。


 ──この気持ち、届けッ‼︎
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