大英雄の代理転生した幼女は研究がしたい

五色の虹

文字の大きさ
上 下
16 / 30
第一章

08話 女子寮1 【1/2】

しおりを挟む
 橙色と茜色の波が奏で合う、天の海。
 シュクの目には繊細に模様を描いた幻想すぎる絵画のごとく、映っていた。言葉を失いながら、立ち尽くし、空を鑑賞している。
 
 現在、シュクは魔術学園内にある女子寮の入口付近で待機していた。
 寮から出入りする生徒からは、
 「何あの子、かわいいー」
 「誰かの妹かしら? 私もあの子みたいな妹欲しい」
 と言った女子生徒の声があった。
 シュクは目の前の光景に集中し、周囲の音が入っていないが。そして、目を瞑ると黙々と思案し始めた。
 [今日の情報収集は、こんなところか。結局、夢とも現実とも判断する材料が見つからなかったな。明日も引き続き調査するか。このままこの世界にいたら、研究が疎かになってしまうな。後で、紙とペンをラーミアルから借りてアイディアを書き留めるとしよう。しかし、今日は泊まる場所もないし、野宿でもするか。研究生活でどこでも寝れるスキルは収得したしな]
 
 置物のこけしのように、じっと固まっている。
 シュクはこの場で数分間、黙想していると、どこからともなく話しかけられた。
 
 「‥‥‥おーい、おーい、シュク」
 
 シュクの傍らから、澄んだ穏やかな声がした。シュクは自然と目蓋を開き、声の元へ顔を向ける。
 感情を安らがせてくれる、強く明るい青の瞳。淡くしっかりとした黄色の髪の毛。鮮明で、もちもちと弾力ある肌。そして、嗅覚に入り込む、心を平常にしてくれる天然の柑橘系の匂い。
 
 「ラーミアル」
 と、自然に言葉が出た。シュクの純粋な黒い瞳に映っていたのは、絶世の美少女だった。
 
 「そうですよ。シュクはたまに声が届かなくなる時がありますね」
 「そうですか?」
 
 ラーミアルは笑みと困惑が混ざり合った顔で、シュクを見つめている。
 
 「寮母さんから許可が得ましたよ。私の親戚で、休暇中に訪ねてきた、と。宿泊の許可も取れました」
 「なるほど。‥‥‥宿泊?」
 
 シュクは、首を傾げる。
 
 「はい。他に泊まる場所がありましたか?」
 「いやっ。今日は、野宿でもしようかと」
 「それなら丁度、良かったです。私の部屋でよければ使ってください」
 
 ラーミアルは、安堵の表情になった。
 
 「私は別に、野宿で問題ないです」
 「問題大有りですよ!」
 
 シュクの言葉に、真剣な相好に変わり、顔を接近させる。世の男性なら心臓の高鳴りが抑えきれないほどに、顔が近い。
 
 「野宿で問題ないで」
 「お・お・あ・り・です」
 
 ラーミアルの気迫にシュクは頷き、提案を呑んだ。
 
 「はいっ! わかれば、よろしいです!」
 
 にっこりと、心を打ち抜く破壊力のある笑顔。ラーミアルはわかりやすい嬉しさを表情に出した。
 
 「それなら、行きましょう。シュク」
 
 話が終わると、ラーミアルはシュクの手を掴み、誘導を始めた。
 
 
 
 
 女子寮は4階建て、35部屋。同様の建物が5棟、等間隔に並んでいる。その中でラーミアルの住む寮は、3棟目にあたる。外観は清潔感のある石と木の作りになっている。寮の一階は、洗面所、浴場があり共有スペースとして使用するようだ。1階に5部屋、2階から4階の各階は、10部屋を完備している。食堂は寮の外を出て、目と鼻の先にある。
 寮内の床は木造で、フローリングのようだ。丁寧に磨かれ、ツヤを越え、鏡を思わせるほど輝きが強い。各階の廊下は、徒競走ができる長い直線になっている。
 
 シュクとラーミアルは階段を上り、廊下を進んでいた。建物の端側辺りで、ラーミアルは足を止めた。“209”と読む、特有の言語で扉の真ん中に、白文字で表記されている。
 
 「ここが、私の部屋です」
 
 ラーミアルは腰に括り付けている袋から、灰色の金属製のカギを取り出した。慣れた手つきで、扉を解錠する。
 
 ドアノブを回し、開くと――女性らしいと言われると疑問を抱く部屋が現れた。
 
 8畳くらいの広さの空間には、木造のシングルベッドと天井の高さまである本棚がある。本棚には、書籍がぎっしり詰められている。本棚の一部には、小物や写真立てのようなモノが飾られている。本棚の隣には、机と椅子。他にあるのは、衣類や日用品を収納しているのであろう、木造の箪笥のような置物だけだ。
 女の子らしさを感じさせない、素朴な部屋だ。
 
 「地味な部屋ですね」
 「そうですね。この学園には、強くなるためだけに在籍しているので」
 
 ラーミアルは真面目な口調で答えた。そして、部屋に入ると部屋の角に置かれた箪笥へ移動すると、何かを探すように手を入れていた。
 ガサゴソとしているラーミアルをシュクは眺めている。
 
 「シュク、これでいいですか?」
 
 ラーミアルが取り出したのは、薄っすらと着色された緑色のドレスだった。生命力あふれる草原を思わせる美しい緑色を、極限まで淡くした色だ。裾には可愛らしい、フリフリがつついている。ラーミアルの今の服装とは、正反対の少女らしい服だ。
 
 「後、あるとしたらこの服かな」
 
 もう一着は――深い真っ黒の、同じくドレスだ。このドレスは何も飾りがない、質素な仕上がりである。機能性が高く、激しく動いても問題なさそうだ。
 
 「それは?」
 「シュクが着る服ですよ。そのままではいけないですから」
 「ちなみに、それ以外の服は?」
 「この2着だけしかなかったです」
 
 シュクは選択肢がドレスしかない。そのことに、脳内で苦悩し、言葉に詰まる。
 
 「えーと‥‥‥」
 「気に入りませんでしたか? そうでしたら、後で服を買いに行きましょう」
 
 ラーミアルは、シュクの悩んでいる様子を見て、代替案を提案した。出したドレスを元あった形に畳むと、取り出した場所に納めようとしている。
 [これ以上、ラーミアルに負担をかけるのは悪い。ここは男として腹をくくるか。今は男じゃないが]
 と、心で何かを決断する。
 
 「ラーミアル、その黒い方の服でもいいかな?」
 「もちろんです!」
 
 ラーミアルは意外な返答に、ついつい声が大きくなった。緑色のドレスは収納し、漆黒のドレスを手に、シュクへ持ち寄る。
 そして、ラーミアルはシュクにドレスを受け取らせる。さらに、薬屋の途中に何件か立ち寄って購入物の袋も渡した。
 
 「シュク、これも使ってください。着替えるまで、外にいますか?」
 「えっ、えーと、そうしてくれると助かる」
 
 言葉に対して、流されるように首を縦に振るシュク。ラーミアルは部屋から出て行ったことを確認すると、手に持ったドレスと袋に目を向ける。
 
 「着るのか」
 
 哀愁を漂わせた背中は、小さかった。羽織っていた布から手を離すと、重力に従って床に広がった。裸体の状態で、紙袋の中身から品を出した。
 中には――子供用の安価な靴と、白い布の下着が入っていた。
 その2点を見て、シュクの思考が停止した。
 
 [ここまで、気を使われると・・・・・・]
 シュクの脳裏に、高らかに笑っている大魔道士が浮かんだ。その大魔道士に八つ当たりとばかりに、憤りをぶつけた。
 [これも、あの大魔道士せいだ]
 
 
 
 
 5分が経過した。
 ラーミアルは部屋の外で待っていると、扉が緩やかなスピードで、僅か開いた。
 
 「お待たせしました」
 
 ドアの先からは、シュクの恥ずかしそうな口調の声が聞こえた。
 
 「長かったですね。どうですか?」
 
 ラーミアルは開いた扉から部屋へと戻り、シュクに目を向けた。
 日本人形のような美と可愛さを兼ね備えた象徴。小さい子供が、静かに立っていた。
漆黒に包まれた華奢な身体。サイズがぴったりでドレスの裾からは、健康的な肌色のふくらはぎが露出している。靴のサイズも適切だったようで、問題なく履けている。
髪や服装が黒系の色により、冷静沈着な賢い子供に見える。
 何よりも、少女としての儚く尊い可愛らしさが溢れ出ている。
 
 「似合ってないでしょ?」
 「とっても可愛いです! 可愛いです!」
 
 ラーミアルはシュクに駆け寄ると、脇に手を当てて、持ち上げた。
 
 「あっ、あの」
 「可愛い、可愛い!」
 
 宙に浮いた足をブラつかせて、シュクは「可愛い」という言葉に複雑な気持ちが湧き上がる。ラーミアルは妹ができた姉のように、凄い喜びを見せる。
 
 30秒が経過したが、一向に持ち上げられたままだ。痺れを切らしたシュクは、言葉を切り出した。
 
 「そろそろ、下ろしてくれないか?」
 
 ラーミアルは我に返り、「ご、ごめんなさい」と、急いでシュクを下ろした。床に着地させると、キラキラと輝かせた瞳で視線を送る。相当、シュクの服装を気に入ってくれたのだろう。
 
 「似合っていると言うのは、複雑な感情が込み上げてきますね」
 「可愛いのは正義ですよ」
 「それが、複雑なんですよ」
 
 真顔なため些細な心境が読み取れないが、シュクは嬉しそうではない。
 ラーミアルは部屋の奥にある窓まで歩いて行くと、外の様子を眺めだした。
 
 「今は学園がお休みですが寮のご飯は朝と夜、ちゃんと出してもらえます。ここの寮母さんは優しいから本当に助かります」
 
 濃い茜色の夕焼けが、窓から入り込んでいる。光を浴びる美少女は、幻想的な絵画のようだ。ラーミアルは再びシュクへと近づくと、手を差し出した。
 
 「夕食に行きましょうか」
 「私もいいのですか?」
 「もちろん」
 
 シュクはラーミアルの手を見て数秒悩み、優しく掴んだ。やはり、女子になったとはいえ、年頃の女性と手を繋ぐのは抵抗があるらしい。
 ラーミアルは掴まれた手をギュッとし、笑顔でシュクを引っ張る。

 明瞭なたんぽぽ色のポニーテールが、大きく揺れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

Go to the Frontier(new)

鼓太朗
ファンタジー
「Go to the Frontier」改訂版 運命の渦に導かれて、さぁ行こう。 神秘の世界へ♪ 第一章~ アラベスク王国編 第三章~ ラプラドル島編

リヴァイアトラウトの背の上で

結局は俗物( ◠‿◠ )
ファンタジー
巨大な魚とクリスタル、そして大陸の絵は一体何を示すのか。ある日、王城が襲撃される。その犯人は昔死んだ友人だった―… 王都で穏やかに暮らしていたアルスは、王城襲撃と王子の昏睡状態を機に王子に成り代わるよう告げられる。王子としての学も教養もないアルスはこれを撥ね退けるため観光都市ロレンツァの市長で名医のセルーティア氏を頼る。しかし融通の利かないセルーティア氏は王子救済そっちのけで道草ばかり食う。 ▽カクヨム・自サイト先行掲載。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

剣の世界のβテスター~異世界に転生し、力をつけて気ままに生きる~

島津穂高
ファンタジー
社畜だった俺が、βテスターとして異世界に転生することに!! 神様から授かったユニークスキルを軸に努力し、弱肉強食の異世界ヒエラルキー頂点を目指す!? これは神様から頼まれたβテスターの仕事をしながら、第二の人生を謳歌する物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

処理中です...