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第一章

08話 女子寮1 【1/2】

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 橙色と茜色の波が奏で合う、天の海。
 シュクの目には繊細に模様を描いた幻想すぎる絵画のごとく、映っていた。言葉を失いながら、立ち尽くし、空を鑑賞している。
 
 現在、シュクは魔術学園内にある女子寮の入口付近で待機していた。
 寮から出入りする生徒からは、
 「何あの子、かわいいー」
 「誰かの妹かしら? 私もあの子みたいな妹欲しい」
 と言った女子生徒の声があった。
 シュクは目の前の光景に集中し、周囲の音が入っていないが。そして、目を瞑ると黙々と思案し始めた。
 [今日の情報収集は、こんなところか。結局、夢とも現実とも判断する材料が見つからなかったな。明日も引き続き調査するか。このままこの世界にいたら、研究が疎かになってしまうな。後で、紙とペンをラーミアルから借りてアイディアを書き留めるとしよう。しかし、今日は泊まる場所もないし、野宿でもするか。研究生活でどこでも寝れるスキルは収得したしな]
 
 置物のこけしのように、じっと固まっている。
 シュクはこの場で数分間、黙想していると、どこからともなく話しかけられた。
 
 「‥‥‥おーい、おーい、シュク」
 
 シュクの傍らから、澄んだ穏やかな声がした。シュクは自然と目蓋を開き、声の元へ顔を向ける。
 感情を安らがせてくれる、強く明るい青の瞳。淡くしっかりとした黄色の髪の毛。鮮明で、もちもちと弾力ある肌。そして、嗅覚に入り込む、心を平常にしてくれる天然の柑橘系の匂い。
 
 「ラーミアル」
 と、自然に言葉が出た。シュクの純粋な黒い瞳に映っていたのは、絶世の美少女だった。
 
 「そうですよ。シュクはたまに声が届かなくなる時がありますね」
 「そうですか?」
 
 ラーミアルは笑みと困惑が混ざり合った顔で、シュクを見つめている。
 
 「寮母さんから許可が得ましたよ。私の親戚で、休暇中に訪ねてきた、と。宿泊の許可も取れました」
 「なるほど。‥‥‥宿泊?」
 
 シュクは、首を傾げる。
 
 「はい。他に泊まる場所がありましたか?」
 「いやっ。今日は、野宿でもしようかと」
 「それなら丁度、良かったです。私の部屋でよければ使ってください」
 
 ラーミアルは、安堵の表情になった。
 
 「私は別に、野宿で問題ないです」
 「問題大有りですよ!」
 
 シュクの言葉に、真剣な相好に変わり、顔を接近させる。世の男性なら心臓の高鳴りが抑えきれないほどに、顔が近い。
 
 「野宿で問題ないで」
 「お・お・あ・り・です」
 
 ラーミアルの気迫にシュクは頷き、提案を呑んだ。
 
 「はいっ! わかれば、よろしいです!」
 
 にっこりと、心を打ち抜く破壊力のある笑顔。ラーミアルはわかりやすい嬉しさを表情に出した。
 
 「それなら、行きましょう。シュク」
 
 話が終わると、ラーミアルはシュクの手を掴み、誘導を始めた。
 
 
 
 
 女子寮は4階建て、35部屋。同様の建物が5棟、等間隔に並んでいる。その中でラーミアルの住む寮は、3棟目にあたる。外観は清潔感のある石と木の作りになっている。寮の一階は、洗面所、浴場があり共有スペースとして使用するようだ。1階に5部屋、2階から4階の各階は、10部屋を完備している。食堂は寮の外を出て、目と鼻の先にある。
 寮内の床は木造で、フローリングのようだ。丁寧に磨かれ、ツヤを越え、鏡を思わせるほど輝きが強い。各階の廊下は、徒競走ができる長い直線になっている。
 
 シュクとラーミアルは階段を上り、廊下を進んでいた。建物の端側辺りで、ラーミアルは足を止めた。“209”と読む、特有の言語で扉の真ん中に、白文字で表記されている。
 
 「ここが、私の部屋です」
 
 ラーミアルは腰に括り付けている袋から、灰色の金属製のカギを取り出した。慣れた手つきで、扉を解錠する。
 
 ドアノブを回し、開くと――女性らしいと言われると疑問を抱く部屋が現れた。
 
 8畳くらいの広さの空間には、木造のシングルベッドと天井の高さまである本棚がある。本棚には、書籍がぎっしり詰められている。本棚の一部には、小物や写真立てのようなモノが飾られている。本棚の隣には、机と椅子。他にあるのは、衣類や日用品を収納しているのであろう、木造の箪笥のような置物だけだ。
 女の子らしさを感じさせない、素朴な部屋だ。
 
 「地味な部屋ですね」
 「そうですね。この学園には、強くなるためだけに在籍しているので」
 
 ラーミアルは真面目な口調で答えた。そして、部屋に入ると部屋の角に置かれた箪笥へ移動すると、何かを探すように手を入れていた。
 ガサゴソとしているラーミアルをシュクは眺めている。
 
 「シュク、これでいいですか?」
 
 ラーミアルが取り出したのは、薄っすらと着色された緑色のドレスだった。生命力あふれる草原を思わせる美しい緑色を、極限まで淡くした色だ。裾には可愛らしい、フリフリがつついている。ラーミアルの今の服装とは、正反対の少女らしい服だ。
 
 「後、あるとしたらこの服かな」
 
 もう一着は――深い真っ黒の、同じくドレスだ。このドレスは何も飾りがない、質素な仕上がりである。機能性が高く、激しく動いても問題なさそうだ。
 
 「それは?」
 「シュクが着る服ですよ。そのままではいけないですから」
 「ちなみに、それ以外の服は?」
 「この2着だけしかなかったです」
 
 シュクは選択肢がドレスしかない。そのことに、脳内で苦悩し、言葉に詰まる。
 
 「えーと‥‥‥」
 「気に入りませんでしたか? そうでしたら、後で服を買いに行きましょう」
 
 ラーミアルは、シュクの悩んでいる様子を見て、代替案を提案した。出したドレスを元あった形に畳むと、取り出した場所に納めようとしている。
 [これ以上、ラーミアルに負担をかけるのは悪い。ここは男として腹をくくるか。今は男じゃないが]
 と、心で何かを決断する。
 
 「ラーミアル、その黒い方の服でもいいかな?」
 「もちろんです!」
 
 ラーミアルは意外な返答に、ついつい声が大きくなった。緑色のドレスは収納し、漆黒のドレスを手に、シュクへ持ち寄る。
 そして、ラーミアルはシュクにドレスを受け取らせる。さらに、薬屋の途中に何件か立ち寄って購入物の袋も渡した。
 
 「シュク、これも使ってください。着替えるまで、外にいますか?」
 「えっ、えーと、そうしてくれると助かる」
 
 言葉に対して、流されるように首を縦に振るシュク。ラーミアルは部屋から出て行ったことを確認すると、手に持ったドレスと袋に目を向ける。
 
 「着るのか」
 
 哀愁を漂わせた背中は、小さかった。羽織っていた布から手を離すと、重力に従って床に広がった。裸体の状態で、紙袋の中身から品を出した。
 中には――子供用の安価な靴と、白い布の下着が入っていた。
 その2点を見て、シュクの思考が停止した。
 
 [ここまで、気を使われると・・・・・・]
 シュクの脳裏に、高らかに笑っている大魔道士が浮かんだ。その大魔道士に八つ当たりとばかりに、憤りをぶつけた。
 [これも、あの大魔道士せいだ]
 
 
 
 
 5分が経過した。
 ラーミアルは部屋の外で待っていると、扉が緩やかなスピードで、僅か開いた。
 
 「お待たせしました」
 
 ドアの先からは、シュクの恥ずかしそうな口調の声が聞こえた。
 
 「長かったですね。どうですか?」
 
 ラーミアルは開いた扉から部屋へと戻り、シュクに目を向けた。
 日本人形のような美と可愛さを兼ね備えた象徴。小さい子供が、静かに立っていた。
漆黒に包まれた華奢な身体。サイズがぴったりでドレスの裾からは、健康的な肌色のふくらはぎが露出している。靴のサイズも適切だったようで、問題なく履けている。
髪や服装が黒系の色により、冷静沈着な賢い子供に見える。
 何よりも、少女としての儚く尊い可愛らしさが溢れ出ている。
 
 「似合ってないでしょ?」
 「とっても可愛いです! 可愛いです!」
 
 ラーミアルはシュクに駆け寄ると、脇に手を当てて、持ち上げた。
 
 「あっ、あの」
 「可愛い、可愛い!」
 
 宙に浮いた足をブラつかせて、シュクは「可愛い」という言葉に複雑な気持ちが湧き上がる。ラーミアルは妹ができた姉のように、凄い喜びを見せる。
 
 30秒が経過したが、一向に持ち上げられたままだ。痺れを切らしたシュクは、言葉を切り出した。
 
 「そろそろ、下ろしてくれないか?」
 
 ラーミアルは我に返り、「ご、ごめんなさい」と、急いでシュクを下ろした。床に着地させると、キラキラと輝かせた瞳で視線を送る。相当、シュクの服装を気に入ってくれたのだろう。
 
 「似合っていると言うのは、複雑な感情が込み上げてきますね」
 「可愛いのは正義ですよ」
 「それが、複雑なんですよ」
 
 真顔なため些細な心境が読み取れないが、シュクは嬉しそうではない。
 ラーミアルは部屋の奥にある窓まで歩いて行くと、外の様子を眺めだした。
 
 「今は学園がお休みですが寮のご飯は朝と夜、ちゃんと出してもらえます。ここの寮母さんは優しいから本当に助かります」
 
 濃い茜色の夕焼けが、窓から入り込んでいる。光を浴びる美少女は、幻想的な絵画のようだ。ラーミアルは再びシュクへと近づくと、手を差し出した。
 
 「夕食に行きましょうか」
 「私もいいのですか?」
 「もちろん」
 
 シュクはラーミアルの手を見て数秒悩み、優しく掴んだ。やはり、女子になったとはいえ、年頃の女性と手を繋ぐのは抵抗があるらしい。
 ラーミアルは掴まれた手をギュッとし、笑顔でシュクを引っ張る。

 明瞭なたんぽぽ色のポニーテールが、大きく揺れた。
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