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132.甘いっす〜!
しおりを挟む――一ヶ月後
「ちょ、ちょっとボスしつこいっすよ!? くっつきすぎっす! くっついてきすぎっす! 誰かに見られたらどうするんっすか!」
ベタベタ俺にくっついてこようとするボスを、必死に押しやる。
「は? 何か問題でもあんのか? 大丈夫だって、全員見て見ぬフリしてくれる」
「するわけないっすよね!?」
どの口が言うんっすかこの人!? 見ないフリするって言うんならなんで人気がないところでばっか近づいてくるんっすか! こんなところ見られでもしたら走って阻止してこようとするに決まってるっすよね!?
「はーなーれーてーっす!」
ここは誰が通るかもわからない二階廊下のその死角。何回も阻止されて怒られては毎回不貞腐れてるくせに、全然学ばない、響かないボスにいきなり手を引かれて壁へと押し付けられたのだ。一体どこから現れた。いくら死角で今人がいなくとも、ここは部屋ではなく廊下なのだ。
「ボスはもっと羞恥心を持つべきっすよ!」
「まぁまぁ」
「ちょっハムッ!? ン゛ンーーッンン゛ンン!!」
ああー!! もうっす!!
グーグー押し返そうとしてもボスの体は全然ビクともしない。じゃあ俺が離れればと後ろに身を引こうとしてもボスに頭の後ろを手で押さえつけられて逃げられない。そうしてもがいていれば、残ったボスの手足により体は完全に逃げられないよう包囲され、しまいには一瞬の隙をついて口の中に舌まで入ってきてしまった。
「……フッ……ゥッッ……っ」
クチュクチュとした音が耳に響くもんだから、恥ずかしさやら息苦しさやらで顔も目も熱くなってくる。だんだん抵抗する力が弱くなり、涙目になる俺にボスはニヤリと笑った。……すごくタチが悪い人間だと思う。
うぅ~苦しいっす~。酷いっす恥ずかしいっす~っ。
と、心の中で嘆いていれば――
「……ねぇ、僕はいるよ? フリしないよ? さっきから何を見せつけてきてるの? っさっさとツキさんから離れろこの変態が!!」
目を据わらせたフレイ君が横から思いっきりボスの脛を蹴った。
「いって!?」
「ゔぅ~フレイ君!!」
ボスの拘束が緩まった瞬間、俺は急いでボスから逃げ、ボスに向かって仁王立ちをするフレイ君の後ろへと隠れた。
「てめぇ……っフレイ何すんだ!」
ギロッとボスがフレイ君を睨みつける。それに対しフレイ君はふんっ! と鼻を鳴らした。
「は? 何が? 何するんだはこっちの台詞だけど??? なんで僕がいるのに目の前でおっぱじめるの!? 嫌がらせ!?」
「……お前いたか?」
「は? っどういう意味!? いたよ初めっから!! 僕がツキさんといたとこにあとから来たくせに何言ってんの!?」
「???」
「~~くぅー!! 腹立つ!!!」
とぼけた顔で軽く首を傾げるボスにフレイ君は地団駄を踏む。フレイ君はもう昔のほわわんとした敬語使いのフレイ君ではない。ボス達曰く、猫を被るのを完全にやめたようで、常に全てを受け入れる優しい微笑みを浮かべていたフレイ君は、今では年相応の男の子というようにたくさんの表情を見せ叫んでいる。でも、ちょっと落ち着こう。
「フ、フレイ君お落ち着くっす。どうどう」
助けてくれたのは嬉しいが、怒りのあまりフレイ君の頭から湯気が出そうになっている。一回落ち着いた方がいいと思う。完全にボスのペースに乗せられているし遊ばれているから。ほら見てほしい、悔しがるフレイ君を見てボスがすっごく勝ち誇った顔をしてるから。
……というかボス、性格歪んできてないっすか?
「…………」ジー
「……なんだよ」
フレイ君を落ち着かせながらボスにジト目を送った。
フレイ君の言う通り最初っから俺はフレイ君といたし、そこに突然現れキスを迫ってきたのはボスの方だ。そりゃあフレイ君もびっくりするだろう。これは絶対にボスが悪い。なのにそんなフレイ君を揶揄い笑うとはどういう了見か、とボスにジト目を送り続けた。すると、
「……あ~……悪かった」
「! はいっす!」
ボスが謝った。ちょっと得意げになる。
俺のジト目効果ありっすね! うんうん! ちゃんと謝れるのはいいことっすよ!
ニコニコしながらそんなことを考えていれば、いつの間にかボスが俺の目の前に立っていた。
「!? ボ、ボス?」
今度は無理矢理迫ろうとする悪い顔ではない。すごく愛おしいものを見る目だ。そんなボスにドキッと心臓だけではなく身体も跳ね、視線も彷徨う。
「な、なんっすか?」
「いや、可愛いなと思ってな」
「!? なっ!?///」
あ、甘いっすー!!!
この空気はダメだ。せっかく壁から離れたのにいつの間にかまた壁に押しやられている。何と言う早技だ。……目にボスしか映らない。ダメすぎる。ボスと恋人同士になって早一ヶ月。まだ付き合って一ヶ月。だがこの甘さは……
「ツキ、キス嫌だったか?」
「~~っっ///!! ゔぅ~~!!」ポロポロ
甘い甘い様子を窺うような低い声に、カッと身体が熱くなり、唸り声と共に涙が零れ落ちた。
「お、おいツキ?」
「ゔぅ~~っっい、嫌っす……っ」
「なッ!? 嫌ってんなにもか?」
俺の止まらない涙に焦ってきたのか、ボスがいつにない様子で動揺する。そんなボスにフレイ君がそらみたことかと声を上げる。
「ふん、当たり前じゃない。嫌がってるツキさんに無理矢理迫るからだよ。ね、ツキさん。ほらラックどいて。今から僕達シーツ回収して洗いに行くんだから」
「いや、ちょっと待て。そんなにキス嫌なのか? なにが嫌なんだよ」
「そんなことどうでもいいじゃん」
「は? 黙れフレイ。死活問題だろうが」
「……え? そんなに?」
素で真顔のボスに引き気味のフレイ君。ボスはそんなフレイ君を無視して、俺の顔を窺うよう聞いてくる。
「で、ツキなにが嫌なんだ。ほら言ってみろ」
「全部っずぅ~」
「……あ゛?」
「ピッ!?」
優しい声で言えって言われたから言ったのにめちゃくちゃ怖い声で返された。
さっきの甘さどこいったっすか?
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