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66.可哀想に… sideモブ
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「……行ったか?」
「……行った」
「……行ったな。よしっ」
「「「「「……はぁぁぁあ!」」」」」
食堂にいた俺達は、全員ツキが去って行ったのを見届けた後、一斉に大きな溜息を吐いた。
やっと一息つけたぜ……。
「……ツキの奴、相変わらずどっか抜けてるよな」
「いや、ほんとに。まぁ、最後はやっと不思議に思ったみてぇだけどフレイちゃんのお陰でなんとか誤魔化せたな……」
「……けど、あれここでするような話じゃねぇだろ」
「「「「「コクコクコク」」」」」
三馬鹿の言葉に全員頷き、なんとも言えず冷めてしまった手元の料理を見下ろした。もちろん俺――ディートもな。悲しいことにあんまり名前は出ないが、これからボスのことを「ボス」と呼ぶ奴がいれば俺かなと思ってほしい。もちろんレトやイーラ以外でな? モージーズー達はもうボスのことを坊ちゃんとしか呼ばないだろうし大丈夫だろう。せっかく矯正されてボス呼びができるようになったってのにまた坊ちゃん呼びに戻っちまって仕方のない奴らだ。だが、それもまぁボスのチェリー具合を見れば仕方ないことだろう。
……ツキの話は背後の席で飯を食っていた俺の耳にはバッチリ入ってきていた。だって後ろだもん。ツキ大丈夫かな~って思ってたら向こうから全部話し出したんだもん。聞いちゃっても仕方がない。聞こうとしなくても聞こえてしまう距離なんだ。だけど、なにも盗み聞きしていたのは俺だけではない。全員ツキを心配していただけに、なんでもないふりをしながら全神経を耳とツキに集中させていたはずだ。なので全員バッチリ話は聞いていた。
核心的な話をフレイちゃんがツキに聞いた時には「フレイちゃんナイス!」とか思ってガッツポーズしていたが、実際ツキが話し出すと予想外の重たい内容に全員複雑になった。というかもう一度言うが絶対こんな大勢いるような所で話すような内容じゃなかったと思う。いくら気配を消していたとしても、途中で俺ら存在してるよな? 見えてない? ここどこだっけ? と思ったほど、ここでその話するんだという内容だった。
いやまぁ、俺達的には聞けてよかったけどさぁ……。
ツキのやつも、話し終えて漸くそれに思い当たったようでキョロキョロと周りを見ていたが遅い。ほんとに遅い。ツキはなぜああも抜けたあほの子なのだろうか? 誰だあんな抜けたあほの子に育てた奴は。あ、俺らだわ。馬鹿な子ほど可愛いとは言うがほんと可愛いやつめ。あとでお菓子をやろう。
咄嗟に「何も聞いていませんよ? 何かありました?」の体で自然を装ったが、お陰で飯を全然食えなかった。また、おっちゃんおばちゃん達に怒られるわ。いや、たぶんおっちゃんおばちゃん達も聞いてたから大丈夫か。
……全員俺と同じく複雑とした心境の中、手を動かしもそもそと冷めた飯を食っている。そして、そんな微妙な空気の中、この中でもっとも複雑であろう人物をズーが呼んだ。
「坊ちゃん、そろそろ出てきたらどうだ?」
我らがボスだ。
「…………」
「うわっボス顔怖っ」
ツキにバレないよう、外の扉の影に隠れていたボスは眉間にこれでもかというほどに皺を寄せ、怒っているようなやっぱりめちゃくちゃ怒っているような顔つきで扉の影から出てきた。そのせいでつい心の声が漏れてしまい……
「うるせぇ」
「ヒィッ!」
迫力満点の睨みをいただき俺は身を縮こまらせてしまった。
……ふっ、情けない声を出しちまったぜ……。
そのボスのあとに続いて泣きそうになっているレトも食堂に入ってくる。
「?」
なんで泣きそうになってんだあいつ? そんなツキにぶつけられた扉痛かったのか?
そんなことを思いながらもボスが勢いよく椅子に座った音により、ボスへと意識が戻った。
ガタンッ!
「「「「「…………」」」」」
ボスを見ると苛立たしげに足を組み、揺らしている。すっごく偉そうな格好だが、俺達は全員ボスへと同情の眼差しを送った。
何故ならボスは、はっきりとツキに気持ちに応えるつもりはないと言われていたからだ。しかもその理由はボスの昔の数々の所業からきたもの。
だーからあれほどやりすぎるなって忠告してたのに……。
「「「「「はぁぁぁあ……」」」」」
「…………」
漏れてしまった溜息に対し、ボスはギロリと俺達を睨みつけた。もう凶悪犯の顔だ。迫力満点。怖さ満点。近寄りがたさ満点。触らぬ神に祟りなし状態。――だが、このままではいけない。
「「「「「…………コク」」」」」
その場にいる全員互いに目配らせをし、頷く。
どれだけ凶悪な顔をし、近寄り難くとも、そこにいるのは我らの敬愛すべき憐れなボスなのだ。
ボスのため、俺達は揃ってモージーズ達に視線をやった。俺もここに来る前、ボスがまだ家を出る前からいる初期メンの一人とはいえ、モージーズー達三人は元ボスの専属護衛であり俺達よりも常にボスの側にいた連中だ。そして、家を出た後もボスのよき理解者とし、教育係としてボスをここまで育ててきた一番の功労者達でもある。
そのため、この三人ならば俺達よりもボスを元気づけることが出来るだろうと皆、三馬鹿達に期待の視線を送ったのだ。そんな俺達の視線に、三人は心得たかのように頷くと、立ち上がり、優しくボスの肩を叩いた。
「……坊ちゃん。おでこ、赤くなってっけど大丈夫か?」
「……まぁ、なんだ元気出せよ。ほらあれだ。フレイちゃんがもう悪いことは起きねぇって言ってたし、ツキもしばらくすりゃ心変わりするかもしれないしさ!」
「まだチャンスはあるって! ここまで初恋貫いてきたんだ、簡単に諦めることはねぇって! だから機嫌直せよな? な!」
「…………」
ニカッと笑顔で歯を見せる三馬鹿達に、ボスは「なんだこいつら」と不審な目を向ける。そして、それは言葉でも。
「てめぇら何意味わかんねぇこと言ってんだ? 別に落ち込んでねぇし俺の気分は今最高潮だぞ」
「「「「「は?」」」」」
そんな凶悪な顔してるのに? と、みんなキョトンとする。でもすぐに「あぁ強がってるだけか」と理解し、生暖かい眼差しをボスへと向けた。
……空元気ってやつだな……。あ、やばい涙出てきそう。
俺はそっと目頭に手を当てた。
「……おい。その目やめろっつってんだろ」
「……大丈夫だ坊ちゃん。俺らはちゃんとわかってるって」
「そうだぞ坊ちゃん。ツキはああ見えて結構強情だからな。坊ちゃんと一緒にならないって言ったら本気で恋人同士になるつもりは全く微塵もねぇだろう」
「でもな坊ちゃん。だからこそ厳しいということはわかってるけども、俺達はみんな坊ちゃんの気持ち悪……いや、粘着……ん? 執ちゃ……? あ! ……愛情の深さもよぉーく知ってるからな! きっといつかはツキもそのしつこさに降さ……感動して心を開いてくれるって信じてるぞ!」
「よし、とりあえずズーてめぇはあとで巻藁の代わり決定な?」
ズーが後程ボスのサンドバッグになることが決定した。でも仕方がない。それでボスの気が晴れるのなら付き合ってあげるべきだと思う(よかった~俺じゃなくて)。
「ったく」
ボスは頭が痛そうに髪を掻き上げると、横目でその場にいる連中を見回し、心底わからないというように俺達に問いかけてくる。
「お前らな。なんでんなにも慰めようとしてくるわけ? なんかさっきの話の中で俺に可哀想なとこあったか?」
「「「「「振られたこと?」」」」」
コテンと全員声を揃えて首を傾げた。周りから見ればなかなかにシュールな光景だろう。若いも老いも関係なく、全員揃ってコテンと首を傾げているのだ。
あ、食堂のおっちゃんおばちゃん達も首傾げてるわ。
「は? 振られてねぇだろ。むしろベタ惚れだったろうが」
ボスは得意げに鼻を鳴らすと、凶悪顔から一変ニヤニヤと笑いだした。
気持ち悪!? あ、いや、壊れたのかも知れないな。可哀想に……。
引き続き俺達は同情の眼差しをボスへ向けた。
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