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22.ひぃ〜ん…

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「「…………」」


「……!」


 じっと睨み合うフレイ君とバーカルにあわあわと焦る。


 ……実はフレイ君達、攫われた人達を売り捌こうとしていた奴隷商人については大体の目星がついている。そして、フレイ君達を運んでいたゴロツキ達が誰に雇われていたのかも。それが今目の前にいる人物であり、アクル商会、つまりバーカルに雇われていた可能性が高いのだ。……ボスから聞いた話、元はバーカルの父親が姉さんの父親、つまりボスの叔父さんであり、前フォレスティア辺境伯を唆して家の乗っ取りを成功させたと聞いた。


 そして、叔父さんが領主になったことで、数年でそこまで荒れるのかと言うほど領地を荒れさせ、圧政に圧政を重ね、そんな叔父さんの元で巨大な権利、富を得てあちらこちら様々な商売に手を出しては競合を潰したり、圧力をかけたり詐欺ったりと好き放題していたのがこのアクル商会。そんなあこぎな商売だけでは飽き足らず、アクル商会は違法な奴隷商売にも手を出していたのだ。……たぶん。


 この国では犯罪奴隷を除く奴隷の売買を禁止しているが、禁止されているモノほど欲しくなり、高値で売れるものだ。また、禁止されていると言ってもそれはこの国ではの話。アクル商会は金のため、罪もない一般市民や自分達に逆らう者、邪魔な者達を奴隷へと落とし売り捌いていた。……とボス達は考えている。


 奴隷商売についてはアクル商会から何の証拠も出てこなかったため、これらは全て推測での話だ。俺も違法な手段で捕らえられ売られた本人ではあるが、誰に捕まって売られたかは子どもすぎて覚えていない。だからこそ、アクル商会は姉さんが実権を握ったあとも大幅に力を削がれてなおもいまだに存続していた。代替わりをしたバーカルはそんな疑いに対し自分達アクル商会は清廉潔白な商会だと叫んでいるようだけれど、清廉潔白との時点でボスも姉さんも鼻で笑い飛ばし、全く信じていない。最近フォレスティア領内で多発している山賊による旅人や村々への襲撃、強盗、誘拐など、それらは金品の強奪の他、奴隷の入手を目的としたものであり、バーカルが山賊と手を組み、または山賊を装ったバーカル自身の部下の手によるものだとボス達は考えている。アクル商会は力を削がれてなおも懲りずに裏に手を染め好き勝手し、この土地を荒らしていると考えられているのだ。


 あれっすね、確証はないっすけど確信はしてるって感じっすね。でも、尻尾見せなくてボスも姉さんもイライラしてるっす。


 ……で、だ。ここからが俺の一番言いたいところ。もし、バーカルがこの襲撃誘拐事件もとい奴隷狩りの元締めであるのならばきっとフレイ君のことを知っていると思うのだ。晴天族(?)と言う珍しい種族に加えてフレイ君の買い手はもう決まっていたとの話。フレイ君のようなとんでもない美少年君でこんな特徴的な目をしている子なんてそうそういないし絶対バーカルにもフレイ君の情報、あるいはフレイ君を直接見て、姿を知っている可能性だってあると思う。


 ……攫われ売られそうになって助けられた本人と、それを売ろうと(たぶん)し、逃してしまった本人が揃ってしまったこの状況。これは不味いのではないだろうか? 何がとは言えないがなんとなく不味いような気がする。


 あ~! この状況どうすればいいんっすか!! 


 フレイ君もバーカルもお互い見たまま目を逸らさない。俺の心は大慌てだ。だが、そこでふと思った。


 ……でも待ってっすよ? もしバーカルがここでフレイ君に対してなにかしらの反応を示せばそれって奴隷売買の証拠につながるヒントにならないっすか? ……フレイ君の様子からバーカルのことは知らないみたいっすけど、バーカルがどうかはわからないっす。いや、フレイ君のことを知っている可能性の方が高いんっすから、バーカルが何某らのボロをここで出してくれたら……っていやいやいやっす! それでも相手は変態なんっすから、様子を見守るよりフレイを守ることが今は先決っす!

 
「……君。可愛い顔をしているね?」


「! ……ありがとうございます」


 ん? なんか今フレイ君嬉しそうな反応したっすね?


「まぁ、僕の方が可愛いですけどね!」


「「は?」」


 鏡見てから出直してこいっす。


 一つ言い忘れていた。バーカルはナルシストでもある。どちらかと言えばまぁまぁ嫌だが顔がいい部類に入るバーカルだが、フレイ君と比べるなど笑止だ。


「それに君……顔は可愛いみたいだけど、なんだか腹黒で性格悪そうだしやっぱり僕はツキさんの方が可愛くて好きかな! ね! ツキさん♡」


「は?」


「? っギャッ! 離れろっす!!!」


 フレイ君から聞こえた低い声に不思議に思って油断しているところをバーカルに飛んで抱きついてこられた。


 うぎゃー!! 手の比じゃないほど鳥肌立ったっす!! っしかもこいつ然りげに足踏んできてるっすよ!? 痛いんっすけど!?


「離せっす!!」


「いやですよ!」


「ぐぅーー!!!」


 一生懸命バーカルの胸を押し返す。こいつの興味がフレイ君に向いていないことにホッとするが、グリグリと地味に痛い攻撃をしてくるバーカルはやっぱり嫌いだから離れてほしい。でも押してもほんと動かない。どこにそんな力を隠し持っているのか。


「ツキさ~ん」


「ひぃー!!」


 バーカルは六年程前、初めて会った時からこの調子だ。ボスに初めて連れてきてもらったフォレスティア街をボスと二人で歩いていた時に躓いて転んで誤ってバーカルを用水路につき落としてしまったのがそもそもの間違いと出会い。


 なんでそれでこんなに気に入られてるんっすかね!?


「もう!! 離して下さいっすよ!!!!」


 嫌っす!! っと渾身の力を込めてバーカルを押しやった。――その瞬間、部屋の空いた窓から強烈な突風が部屋の中へと入ってきた。


「わっぷ!」


 ガンッ

「あ!」


 残り少なくなっていたお菓子のガラス台が風によって倒れ、お菓子がテーブルの上に散乱する。


「おっと」


 バリッ

「ああ!」


 コロコロと転がり床に落ちたお菓子をバーカルが踏み、クッキーが粉々になってしまった。


「あ、ああ、俺のお菓子がっ……」


 ふわふわな絨毯の上、ガクッと膝をついた。


 せっかく姉さんが用意してくれたっすのに……。


 だが、悲しみはまだこれだけでは終わらない。ゴロゴロ何か音がするなと思えばお菓子を置いていたガラス台がテーブルの上を転がっていた。そして、俺がいる反対側の床へと落ちる。


 ガシャンッ!!

「「「…………」」」」


 血の気が引くとはこのこと。


 や、やっちゃったっす……っ。


 粉々に、見るも無惨な姿へと変わってしまったガラス台にじわりと目に涙が滲んだ。


 何故っすか。何故君まで割れてしまうんっすか。このふかふかな絨毯はなんなんっすか。


「……相変わらずツキさんの体質は健在ですね」


「うぅ……」


 バーカルの呆れか感心かの声に余計に涙が目に溜まった。


 やっぱり俺っすか? 俺のせいなんっすか? バーカルが変なことしてくるからっす。


 俺は風に驚いて「わっぷ」しか言っていないのだ。その後はただ、床に膝をついただけなのに……。そう思うもじわじわとした罪悪感と悲しさが胸を満たす。


 ……片付けなきゃっす。


「ああツキさん……っ。自分でやっといてなんて悲しげな姿で……っ可愛い!」


 退いてっす、と立ち上がりバーカルを押しやって割れたガラスを片付けようとするも、バーカルはちょっとしか動いてくれず、邪魔で片付けられない。しかも感極まったように抱きしめられてしまった。


「……ツキさんの力、本当に便利そうですよね」


「ひっ!?」


 耳元で囁かれる声。


「やっぱり僕の元に帰ってきてほしいなぁ……。……ねぇツキさんこの後暇ですか? 暇ですよね? なら僕の家に遊びに来ません? そこで楽しいことしませんか? ツキさんが喜ぶような道具、いっぱい用意してるんで、きっと僕の元に永住したくなると思うんですよ」


「っ……ひぃーん……シクシクシクシク」


 嫌がらせのようにバーカルが俺の耳元に吐息を当てくる。生暖かい息を吹かれ俺はもう弱々しい声しか出せない。フレイ君もぷるぷる拳を握りしめ震えて俯いてしまっている。さわさわと動くバーカルの手が気持ち悪い。


 ひぃ~ん……ボスぅ……助けてっす~っ。


「シクシクシクシクシク……」


「え? ツキさんオッケーって――」


「――おいテメェ、気色の悪いこと企んで都合のいい空耳聞いてんじゃねぇぞ」


「っ! ボス!!」



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