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前史 崩壊記 竜狩りの宴

プロローグ 竜殺しのサルフェイア

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 ある地は灼熱に包まれし獄炎の地。ある地は冷徹に来たる者を凍らせる極寒の地。ある地は命を絡めとらんとする泥沼の地。ある地は平穏の中に狂気潜む暖かき地。
 されど彼らは進まん。その山々を、その海原を、その大空さえも越えて。
 何故と問うならその者は無知。引き留めるならその者は阿呆。
 彼らに何故と問える者無し。彼らを引き留められる者無し。
 彼らはいざ行かん。この地の果てまでも...



 少年は身に付けている鎧、メタルアーマーの頭部保護部にある双眼鏡で木々の間を1つの砂粒でも探すかのように念入りに調べていた。ここは木々の茂る森の中。近くの村からそこまで離れていない場所である。
 「ここにはいない、か。」
 正に少年が呟いたその瞬間だった。木々の間に、突如として燃え盛るように真紅に染まった2つの赤い眼が姿を現した。それを目にすると同時に、少年は直感に従ってほとんど反射的に右へと飛び退き、草藪に隠れた。
 それとほぼ同じタイミングで、空へと舞い上がった「それ」は先程まで少年がいた地点をその足の鋭利な爪で、蹴りつけるようにして着地した。そのまま見失った少年を探すように、「それ」は首を巡らせて辺りを見回した。
 「それ」は全長が少年の5倍ほどある竜だった。一般的に「ヴァンレス」と呼称される翼手竜(よくしゅりゅう)つまりはワイバーンだ。
 火の玉、火球を吐き爪と牙で獲物を仕留める典型的なワイバーン、しかしそれでいてある程度の知能も持ち合わせる人間からすれば強大な存在。ワイバーンならば人間を一撃で仕留めることも可能である。ワイバーンは人里まで降りて来ないのでそのような事態にはなりにくいが、そのような事が起こってしまえば人死にも出る。そんな事態を防ぐため、訓練を受けて人間の住む場所のすぐそばまで来てしまった竜を倒す者達、それが竜狩りである。
 話を戻そう。少し逸れすぎてしまった気がする。いや、実際そうなのか?...失礼した。読者諸君には気にしないで頂こう。これは、というかたまに入るこのような言葉は私の独り言と思ってもらって構わない。
 さて、標的であるヴァンレスが現れたのを確認した少年は、腰に幾つか提げているポーチから、麻痺毒をたっぷりと塗り込んだ拘束用ナイフを取り出した。3つも当たればどんな竜でも全身が麻痺し動けなくなるほどの猛毒だ。
 少年はヴァンレスの肉質が比較的柔らかい腹に狙いを定めると、そこへ向かって草藪から全力で拘束用ナイフを投げつけた。
 ナイフが当たった瞬間冷たい、しかし燃えるように赤い眼光が2つ、少年を捉える。少年は、ヴァンレスが体ごと振り向く正しく一瞬の隙を突いて2本目を投げると、上体を後ろへと仰け反らせて大きく息を吸うヴァンレスを見て左に飛び退いた。
 少年が急いで体を起き上がらせた時には既に、少年が先程までいた場所へとヴァンレスが火球を吐いた後だった。
 火球は勢い良く進んで木に直撃。木は赤々と燃え、火の粉が辺りでパチパチと爆ぜる。
 狩人達は、それには目もくれずに互いを睨み合う。お互いの出方を探っているのだろう。
 ふとヴァンレスが雄叫びを上げ、少年に向かい突進する。
 今度は逃げることはせずに、少年は最後のナイフをポーチから引き抜く。そしてその目でしっかりと狙いを定めると、素早くそれを投擲した。ナイフは直線を描き、それがゆっくり重力に惹かれて弧に変わるより前にヴァンレスの腹にしっかりと刺さった。そこから血管へと入り込んだ麻痺毒は、瞬間的に全身を駆け巡る。
 ヴァンレスが麻痺し、悲鳴を上げつつ少年の目の前に倒れ伏す。
 すかさず少年は跳躍し、ヴァンレスの背に跳び乗ると背負っていた得物、「ファングブレイド」と呼ばれる大剣(ブレイダー)を抜き放つ。
 少年は、抜き放った勢いのままにファングブレイドを降り下ろした。ヴァンレスの甲殻にひびが入る。続けて少年は右へ左へとファングブレイドを縦横無尽に薙ぎ払う。
 鱗は次々剥がれ、甲殻が割れて砕け散る。
 そうして幾度と無く切り刻みダメージを重ねていく。
 そして攻撃によって剥き出しになった筋肉へと、少年はファングブレイドを逆手に持ち換え、両手で肉へ直に突き刺した。
 その瞬間、起き上がりかけていたヴァンレスは遂に崩れ落ちて動かなくなった。
 どの生物でも命は有限だ。その命を終わらせるのは、別にその生物よりも大きな者で無ければならない決まりはない。勝者が大きな竜でも小さな少年だったとしても、大自然にとってそれはどちらでも大差無い事がほとんどなのである。
 どんな者でも武器は存在する。その武器が相手より勝っていると自分が確信さえしていれば、何者であろうと敵わない場合も確かに有り得るのだ。
 彼が、少年が正にそのような存在の代表格と言える者だった。
 未だ17歳にして竜狩りの中でも名の知れた存在。
 彼の名はサルフェイア・グランテ。
 別名<竜殺しのサルフェイア>。
 この竜狩りの宴は彼の物語である。
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