人魔戦争

RozaLe

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第五話 戦争の再燃

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 竜眼晶が報を受け、それを聞いたのは二週間以上昔の事であった。魔王城『ネゼリゼ』では日夜研究が続けられている。より強烈な攻撃魔法、より強固な防御魔法。魔法の合成実験、魔法陣の効率化と最適化。そして魔道具の設計製造。
 例えば竜眼晶りゅうがんしょう。これは複数の端末がある事を前提として使用する魔道具である。人間が持つ化学技術、カメラとマイクを、立体魔法陣や生体のコピーを使って再現した物だ。記録した映像と音声を共有できる。人間のそれと比較し優れているのは、用途が多岐に渡りまた万能である事。人間は記録伝達用、撮影用、監視用など、複数の機器を使う故迅速な情報伝達は実現していない。その点竜眼晶は一つでそれら全てを一度に熟せる。これだけは人間の先を行ったと自負している。
 そして最後に、今一番重要視されている研究が術式解除の技術である。これを遂行する理由は二つ。
 一つ、人間の持つ魔石が厄介極まりない為。様々な効果を持ちその全てが高い効果を発揮している、雑兵では魔石持ちに成す術がない。これを解除、無効化し戦闘を有利にする為と言うのが一つ。
 二つ、エンタリタスを覆う橙色の電磁バリアを打ち砕く為。術式解除の研究の動機が当にこれ、236年間魔族の侵入を許さなかった忌わしい存在を取り除く為である。
 電磁バリアを発生させている外壁にもバリアと全く同じ術式が組まれ破壊できない。バリア自体も複雑暗号化された術式の層が256枚もあった。それを一から解き始め解読に至るまで、実に半世紀掛かった。これにてようやっと人間領の中枢を叩ける。
「魔王様、ずっと実験室に居ていいんですか?あと見る度ニヤけてるのキモいっすよ」
 と、我が物顔で散々話したが実際私は指示しただけ作ってなどいない。科学者の中でも特に優秀な人材を集めた特殊部隊が開発した。彼の名は『ベテルダム』。戦闘以外は全て最高水準に近い能力を持つ。術式法学の『リテュラ』、合成魔学の『アンドゥボレロ』、魔道具開発の『アークシジル』を束ねる、ツンツンした頭が目立つリーダーだ。そして誰に対しても遠慮が無い。
「あの報があってから家臣どもに気合が入ってな、儂の行政の仕事が減って暇なんじゃ。まぁ、前体制から変わったのは軍事部だけだし良いだろう?」
 家臣は、先代魔王が死んだ後も人が変わっていない。行政に不慣れな私を常にフォローしていた者達だ、彼らの言いつけ通り民衆は任せ、私は元元帥もとげんすいらしくこちらの指揮をさせてもらっている。しかしだ、入り浸っている理由はまだある。
「して、完成までどれくらいだ?二日前は73%と言っていたな」
 先の話で、バリアの解除が可能になったと言ったが厳密に言えばまだ不可能だ。術式が完成してもそれを出力出来なければ効果は無い。解読から今に至るまで、出力の為の魔道具化を進めていたのだ。それがあと少しで完成すると聞きつけたからだった。
「それですが、完成しました。些細なミスを見つけ修正したところ、次々と改善点が見つかり、結果なんとか規格内に収まりました。いつでも使えますよ」
 話が進むほど私の心は踊り頬は吊り上がった。一時期は数日間も進捗の無かった魔道具の製造。まさか残った三割が48時間で終わるなど思わなんだが、嬉しい誤算だ。
「すぐに『ロマイ』を集合させる。明日、早速作戦を決行しようじゃないか」

 扉はガチャンと大きな音を立てて開く。最初は誰かが開ける度に必ずどちらかがびっくりさせられた。しかし慣れというのは早く、眠りが浅くなる事も目を向ける事さえも無くなっていた。扉を開ける人物は基本一人しかいないから、出て行ったら帰るタイミングはいつも同じくらい。慣れるのが早かった理由はそれもあった。
「おかえりー。今日は何作るの?」
 すっかり家に馴染みソファに横たわっていたメイが言った。俺は買い物帰りでレジ袋を腕に引っ掛けている。まだ午後4時なのに腹が減ったらしい彼女に、袋の中を覗き見ながら答えた。
「そうだな…肉物にしようと思ってるが…」
「やったー!」
 まだ全てを言っていないのにメイはソファから跳ね起きた。そのまま床板に着地すると、彼女の履く長靴がキュッと小さな音を鳴らした。
 この借りた家は二人で住むには少し狭い。テーブルと椅子は勿論、テレビなど家電も置けば歩ける場所は限られた。リビングダイニングは部屋の入り口から見て横に長く、玄関に入ってすぐ正面にそこへ続く横開きの扉がある。玄関のサイドにはトイレと洗濯機置き場。リビングの奥の玄関側のところに風呂がある。ダイニングの横には言わずもがなキッチンがあり、その奥に寝室がある。あまり料理の音が聞こえないように若干防音が働く造りをしていた。
 住所を辿って行き到着したのは、エンタリタスの南西しかし中央寄りの場所だった。エンタリタスの決めた区分けに言い換えると、経区六区、緯区四区の場所である。
 経区とは中心の城から東西南北を基に八つに区切った区、緯区とは城から近い所から一区とし、十区まで分けた物である。つまりエンタリタスは八十の区に分けられている事になる。
 とにかく降り立った場所からそれほど遠くなくて助かった。本当に契約者ができて嬉しかったのか、大家に手を握ってまでして感謝された。見つからなければあと少しで手放す覚悟もしていたそうな。家の見た目は日本のそれと似ているが、様式はアメリカに似ていた。よって俺は常に革靴を、メイは長靴を履いて生活していた。しかし二人ともこれと言って不満が湧く事は無かった。
「美味いか?」
 俺は目一杯ハンバーグを頬張るメイに問いかけた。くぐもった声で、うん!と返事をして、幸せと肉を噛み締めた。ハンバーグは作るのも簡単だし、調味料次第で味にも幅が出る。二週間は共に暮らしたおかげで好みも把握済みだ。濃いのが好きだ。特に塩気の強いのが。
「はぐムム…」
 エンタリタスに侵入する時メイを抱っこしたから分かった事だが、ラジュラの民に比べて食べられていても、やはり俺の基準から見れば十分痩せていた。今日作ったハンバーグも一回りか二回り大きくしてある。ハムスターみたいに頬を膨らませても半分しか入っていないが、笑顔だからこれでいいだろう。
「…ねぇヒカル、美味しいけどさ、玉ねぎ抜きじゃダメなの?」
 歯が頑丈だし食欲旺盛だしで、あの量を30秒とせず飲み込める。
「玉ねぎがあるから美味いんだろ。身体にとっても野菜は必須だ、文句言うな」
 言い忘れでもないが、メイは野菜が嫌いだ。人参やブロッコリーはまだ大丈夫だがシャキッとした奴が嫌いだそう。火を通せば殆ど食べてくれる、しかしサラダは一口も食べてくれた事がない。ラジュラでも盗んでいたのはパンと肉だけで農作物は数えるほど。それでいて痩せているだけの彼女は何者だろうか。容姿とバリアの件から、人間でも魔族でもない事は分かるが、それ以上の事は進展無しだ。
 そうだ、この世界の常識について様々な事を知った。一週間は8日、月は基本30日で12月分あり閏年でない限り8月以外の偶数月が31日ある事。この戦争の火種は誰も憶えていないし記録媒体がない事。人間が化学を発見進歩させたのに対して魔族は魔法を進歩させた事。世界に海が無い事、戦火によって舞った塵で太陽と月が四六時中隠れる事、電力の出所、経済の回り方、なぜ人間が魔族と対等に戦えるかの理由。全てはPCから得た情報だ。
 開発班があるが人数は乏しく発展の速度は遅い。また一つの班が戦闘用と民間用の二つを担う為に余計遅れるらしい。だからPCを作れても分厚いままだしスマートフォンなんて夢の話。電話も辛うじて折り畳み式が有るだけで性能はお粗末。USBメモリもあるけど精々8GB、撮った写真もいちいちそれを経由しなければ送れない。
 テレビも局数が四つだけで常に放送している訳では無い。いろんなゲームもあるがこれも同じ。テレビゲームは大体魔族を倒す事一辺倒だし、テーブルゲームも種類が少ない。ましだったのはプレイングカードがある事か。俗に言うトランプ、俺も正確にどんな遊び方があるか知らない程に何でも出来る。ざらに何十と種類があったと思っているが実際どうだろう。調べてみてもカジノ系の遊びや、多人数向きの遊びが存在しないらしい。
「ヒカルーよろしくー」
「了解」
 PCの置いてある部屋の隅のデスクから立ち上がり、風呂場から聞こえた声に向かって進む。一番風呂が良いとの希望で毎日先に彼女が入る。そしていつも身体を拭かずに俺を呼び、すっぽんぽんでバスマットの上で待っている。これは初日に取り決めた事だ。
 あの日メイは風呂に入った後、ある程度身体を拭いてからリビングに出てきた。バスタオルを身体に巻いて困った顔をしていた。何かあったのかと尋ねると、彼女はこう言った。
「ラジュラだと移動する間に乾くから気にして無かったけどさ…タオルじゃ限界あるよ」
 彼女の上半身から太腿にかけての6割は羽毛、膝から下は全て鱗で覆われている。言われた通りタオルでは水を拭き取りきれない。羽毛は絞れば幾らでも出てくるし、鱗は隙間を拭えない。そんな状況に直面した彼女は、ある提案をした。
「だから…魔法で何とかなんないかな…」
 この時には既に俺の持つ魔法の事は説明し終えていたし、この時当てにされていたのは水と風魔法だろう事は察しがついた。
「…仕方ないか」
 俺は部屋を濡らされても困ると思ったから話に乗った。そして突っ立っているメイを風呂場に戻し、開けたままの扉越しに対面した。
「じゃ、タオル退けてくれ。そうしないと水が吹っ飛ばないぞ」
 彼女にそう呼び掛けつつ手をかざすと、案の定反発した。
「ええっ!絶対そうしないとダメ!?…キミさぁ、裸見たいだけじゃないの…?」
 メイは体に巻いたタオルを腕で更に締め上げた。俺はそんな意味の無い行動をした彼女に言ってやった。
「だから昨日も言ったろ、ガキに興味はねーってよ。ほら、さっさとしろ。ずっと濡れたままで良いのか?」
 一瞬むすっとしたが結局指示に従った。ゆっくりとバスタオルを外し、胸の前で素早く畳み、片腕で胸を隠しながらもう片方の手で脱衣所に放った。折角畳んだそれがぐしゃんと潰れるのを見送り前を見ると、胸と股を隠し眉を曇らせて立つメイが見えた。
「…まいっか、それでも」
 出来れば普通の立ち姿でリラックスして欲しかったが、今回ばかりは風向きを調整して水を飛ばす事にした。
 今からする作業は一度瞬きする間に終わる。まずは水魔法で羽毛や鱗に溜まった水分を抽出、水滴にする。それらを吹き飛ばすために風魔法を使う、突風だがメイも巻き込まぬように表面を撫でる要領で。そして弱い火魔法で熱を生み風を温風にする、同時に髪やら羽毛やらを温め完全に乾かす。それをダンボールで作った空気砲を当てられた時と同じ時間で行うのだ。

 ピンっと中指を弾くと、少女を包む風が吹く。あっという間に水気は無くなり、代わりに一瞬豪雨に見舞われたと勘違いしてしまうくらいの水滴が風呂場に落ちた。
「んふふ~、ありがとヒカル!」
 でスキップし出したメイは、洗面台の脇に置いてあった服を素早く抱え込むとリビングに出て、それらをよろけながら着たと思えばドサっとソファに寝転んだ。
 俺はため息を吐きながら脱衣所の扉を閉めた。二週間経って裸を見られる事に抵抗が無くなったらしいのは良いが、振る舞いが何とも自分勝手だった。いつも服を置いているのは俺だし、爪を切り丸くしたとは言え床を引っ掻き過ぎだ。まだ子供と言い聞かせて大方には目を瞑っているが、床に関しては後で言い付けようと決めた。

 夜10時。テレビも完全に沈黙する時間。毎日PCで情報収集をして来たが、この頃限界を感じ始めた。常識なら簡単に出てくるが世界の情勢についてはあまりヒットしない。情報が明かされていない、もしくはラジュラで得た物と違う情報が出てくる事もあった。つまり嘘である。
 その最たる例が、人類は世界の各所にエンタリタスと同様の国を築き暮らしていると言う物。俺はラジュラでこう聞いている。エンタリタスしか人間のみが暮らす領土は無いと。恐らく民間人を安心させる為に有るだろうが、無駄な憂いや唐突な悲劇を生む事に気づいているのか、気付いているだろうな。
 電源を落とし後ろを向くと、風呂上がりからずっとソファに陣取っているメイが見えた。しかしもう眠りに就いたらしく、すぅっと寝息をたててピクリとも動きそうに無い。そこはいつも俺が寝ている所だと言うのにだ。
「メイ、邪魔だ、起きろ」
 肩を揺すってもされるがまま。口をへの字にして動いたが、それはただの寝返りだった。もう一度肩を揺する。すると少しだけ目を開けた。しかし、俺の顔を見て言った言葉には言葉を失った。
「んん…ここで寝る…あっちで寝て…」
 普段なら二つ返事で寝室に行く筈だったが、今日だけは互いの寝台を交換する事になった。それが何故なのかは知る由も無い事だった。
 寝室に来るのなんてベッドを置いた時以来だった。よく朝食に遅れるメイを壁越しに起こすから立ち入る事も少なかった。再び寝室に入る理由がメイの使っているベッドで眠る為とは、少し気が引ける。が、そんな気も直ぐに失せた。

 メンバーが集結するなどいつ振りだろう。一人は毎日だらけているし、一人は稽古場で指導役の毎日、一人は常に頭脳を鍛えている。魔王直属の部隊であるにも関わらず各個が思い思いに暮らしていた。
「よいかジェン。今回はお前の怠惰がよく生かされるだろう。敵方の騎士を惹きつけ惑わせろ」
「はいはい。何度も言わなくったって分かってる」
 人生の半分を戦に生きた老兵が三度は言い聞かせた作戦を再び唱えていた。俺の古くからの友人はそっぽを向いて聞く耳持たずを貫いた。
 早朝、しかも日が完全に出る前の薄暗い時間に俺達は空を飛んでいた。出発は深夜だったから疲れているが、臨時的に予定を合わせた為に眠くは無い。少なくとも俺はだがな。二人はどうだろうか、今の所は特に疲労がある訳でも無さそうだ。ついさっき俺は『転移の陣』を設置したばかりだから、そのせいもあるかも知れない。
 後方であーだこーだと説教を食らってのを見るのもいつもの事。場所もとうとうラジュラが見えてくる頃合いとなり、オレンジ色で正六角形の並ぶドーム状のバリアも見え隠れした。
「あれだ、エンタリタス。お前達、もうそろ気合い入れろ」
 上の空だった童顔と傷の目立つ強面が振り向く。
「そうか、本当に大丈夫なのか?こいつは」
「もう胼胝出来るくらい聞いたー。多分問題ないって、任せてちょ」
 ピースサインを向けてニッと歯を見せた。隣の老兵はまだ不安が残っている様でため息が長かった。ここまで来たら奴を信用する他ない。ジェンは命令には従う。どんな形であれ貢献する。隊に選ばれる位の力量と協調性があると判断されての配属だ、邪魔になる事は無いと思っている。
「さて、始めるぞ」
 停止したのはラジュラの上空。まだまだ眠ったままの街の上空で俺は袖を捲り、人差し指で目の前の城壁の底線を指し示す。すると城壁の麓に小さな火が起こり地面に焦げ跡を残した。俺と共に二人も同様に地面を指し、それぞれ左右の自らが見える範囲の限界から焦げ跡を伸ばす。それは指先に従い伸びて行き、最初の点を中心とした円になった。それは巨大な魔法陣であった。
 魔法陣は、通常自身の魔力で空中に描き、任意のタイミングで効果を発揮する物だった。しかし戦争初期、700年以上前に、魔法が使える様になったばかりの子供が発見した。魔法陣はどんな物で描かれようと効果を発揮すると。地面を枝で掘っても、ペンで描こうとも、撒いた水でも、果ては骨でさえ。形が合致していればその魔法を発動できる、無論焼けた跡ですら対象だ。ただ魔力を含まぬ物で描いた場合、後からそれに似合った魔力を注がねばならない事を忘れてはいけない。
 俺達は迅速に陣を描き続けた。住人に勘付かれぬ様に合間を縫いながら、それは着実に完成へと近づいていた。
 8割程描写が終わった所で確認する。円形の防壁に食いつく様に、欠けた黒き紋様の走る月がある。振り返れば手はず通りに100人近くの我が騎士達が増援に来ていた。
「準備はこれで良い。さ、離れてろ」
 後ろ二人が陣を描く手を止め、頷き無言で浮かび上がった。一方で俺はバリアへ近寄って行き懐に手を入れる。そして取り出したのは十字に亀裂の入った黄金の金属球。それを振りかぶり、バリアへ投げた。それは飛び行く中で輝く中身を露出させ、最後には光だけがバリアに到達した。その光の正体は、複雑に組まれた立体魔法陣の塊だ。
 閃光により目が眩む。視界が元に戻ると、目の前にはくっきりと街が見えた。オレンジ色のそれは消え去り、人間領が露わとなった。
「素晴らしい」
 バリアの解除を見届け、次の行程を実行する。
「『陣形補完』」
 ピッと揃えた二指を薙ぐと、人間領にも欠けた部分の陣形が現れる。これは使用者が記憶した、もしくは以前に記録した魔法陣をコピーし顕現させる魔法。発動条件は使う魔法陣の形を5割以上描いている事。今回はラジュラの住人を避けた分とエンタリタス内部の分を除けど5割以上、発動に支障は無かった。
 どこを見ても魔法陣は完全体となっていた。眠る住人のしたにも舗装された通路の上にもそれはある。
「仕上げだ、魔力を込めろ」
 二人と合流しそう告げると、了解、と声が重なり3人が同時に手を翳した。魔法陣は外円から輝き始め、文字は稼働し泳ぎ回り、そこかしこから火花が舞い上がる。
「『噴炎奔上ふんえんほんじょう』。点火」
 それは瞬く間に、陣に乗ったモノを灰と炭に変えた。俺達は何十mも上空に居たにも関わらず、炎でエンタリタスが隠れていた。炎の噴出はたったの数秒だったが、残ったのは黒く焦げ臭い大地だけ。ただ一つ例外を除いて。
「嘘だろ…それは聞いていないぞ」
 それだけが白く残った。エンタリタスを囲んでいた城壁だけが以前と変わらず存在し続けていた。
(アレにもバリアと同じ効果を…しかもそれぞれ別だったのか)
 至近距離の噴炎に耐えられる物などそうとしか考えられない。だがそれは次に活かせば良い事だ。今回の目的は中核の破壊ではない。
「及第点…皆の者!敵が現れ次第迎え撃て!これより作戦を開始する!」
 飛来した騎士らの先頭に指示を出し、俺達は機を待った。

 耳をつん裂く轟音は街の皆を叩き起こした。その地鳴りの最中で眠れる者は居らず、誰もが外へと導かれた。そして鳴った方へ幾千もの人が走り寄ると、地獄と見紛う光景があった。
 建物は焼け焦げ辛うじて立つばかり。人の気配は消え去り閑散としている。そこに点々と飛来する影が見えると、それらは朽ちた家々の屋根に立った。
「魔族だ…」
「魔族だ!逃げろォ!!」
 瞬時に辺りは叫喚が起こり、人の波は一転し中央に収束し始めた。人々は行く者来る者とでぶつかり合い、転ぶ者が後を絶たなかった。その内の誰かが、空を見てやっと知った。見知った橙色は無くなり、初めて見る灰色の空が広がっている事に。
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