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第二八話 プライトル
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仕事を終わらせた俺達勇者パーティは、『転身』によって再びマニラウに戻った。それもターラの鎧の修復が終わり次第に彼と合流して出発すると言う手筈である。俺は殆どの時間を勇者パーティの面々と過ごしたが、一度だけメイラさんの働く集会所に寄って、ちょっとしたサプライズもした。その後に近況報告がてらに聞いたところでは、ヴィザーが遠征に行ったきり帰って来ないと言っていた。何処に行くかも言わなかったらしく、完全に雲隠れの様だった。通りでオッサンに会わないわけだった。
「さぁて、そろそろ関所が見えてくる頃だぞ」
俺たちのしていた仕事、それはモンスター達の住む小屋だったり、食糧用倉庫などの建設作業だった。と言うのも、大事をとってモンスター達は数ヶ月間は保護したまま、砂漠の安全が砂丘隊によって確認されるまでは、維持にいくらでも金を使う方針に決定した為である。
現在少なくとも砂漠に生息するモンスターの半分以上がディザントに集結している状態にある、ドラゴンによって数がかなり減ってはいるが、それでもあの街の人口と肩を並べる位には多いらしい。それを維持する為に食糧費が普通の数十倍かかると言っていた。宝石と言う至上の財源があるとは言え無茶に等しい、キャラバンの人達も大忙しで、数日かけて搬入しているらしい。確か隊数も二個だったのが五か六にまで増やしたらしい。
「おお、やっと見えて来た!あそこだ!」
今日でプライトルまでの旅は4日目の昼。ラモサステン村で貰った干し肉はとっくにお腹の中、少し歩き疲れた所でのスピットの朗報だった。緑の鮮やかな小高い丘を歩き続けて暫く、彼の言う関所が目の前の下り坂の終わりにあった。前に長い登り階段で同じ気持ちを味わった気がするが、気落ちする間も無く皆は歩き出している。
思った以上にあっという間に関所へと到着した。外観は白に近いブロンド、屋根は青色のレンガが使われていて所々に水色のレンガも混ざっている。建物自体は堅牢そうで、道側の隅には丸い塔が取り付けられていて、丸い枠の十字窓が太陽の光を反射させていた。
「おや、これはこれは、勇者様御一行ではないですか」
そう話しかけて来たのは、頑強な扉の前に立つ老兵だった。しかし身長は僅かにジラフに劣るものの、体格は明らかにこの人の方が良いと感じた。それも、基本モンスターを相手取らない故に、装備は白と青を基調とした革製のものだからだろうか。分厚い体のラインが出て、金属を一切使っていないのに俺には大きく見えた。
「あ!何処かで見た事あると思ったらアルガフじゃねーか!」
急に大声で叫ぶスピット、近間にいた全員がキンとする耳を覆った。
「…おい、知り合いか?」
ゆっくりと耳から手を外しながらバトラが言った。すると、話題の主である二人が全く同じポーズをとり、おう!と言った。そしてそのままアルガフと呼ばれた老兵が切り出した。
「知り合いも何も、ほぼ身内みたいなもんさ。手の付けらんねぇガキの頃からの友達さ」
なー!っと顔を見合わせながら同時に言う。それはどれほど気心の知れた間柄なのかを周りに誇示している様だった。まだまだ彼の舌は止まらない。
「そうそう!コイツが新しいメンバーか?鎧も着てないのに大丈夫かねぇ…。魔導師か?」
「そうだ!言っとくが、俺よりゃ数段賢い策士だぜ?」
俺が自分から言い出そうとした時には、スピットの口からその音が出ていた。片眉を上げるアルガフに、彼は大層な言い分で俺を紹介した。俺は再び口を挟もうとして辞めた。
「んま、突貫っぽさは否めないけどね」
俺はあまり高すぎる評価は受けたくない。元から目立つのを好まない気性だからそう願うのも必然だった、だから俺は何も口出すせず、スピットの最後の一言に小さくも胸を撫で下ろしたのだ。
「ねぇねぇ、アルガフさんってさー?前はフォルガドルの方に居なかったっけ?」
その時メルが割り入ってアルガフに話しかけた。一瞬だけ間があったが、すぐに返答があった。
「そうだな、確かに四年前まではガドル近郊に構えてたぞ」
「なんで知ってんの?」
彼の隣に居座るスピットがメルに聞き返す。
「私がパーティを持つ前に何度もそこ通ったの、遠目からでも気の良い人だなって思ってたからよく覚えてる」
スピットがへぇ、と声を漏らす横で、美女にそう言われるのは嬉しいねぇ、とアルガフは高らかに笑った。やっと笑いが収まったと思えば、今度はここへ来た理由も説明しはじめた。話はとても長かった。いる事いらない事を混ぜこぜで話すから時間がかかった。しかし聞いていて退屈はしないからそれでも良かった。いる所を要約して話すとこうなる。
まずこの国には親しい間柄の隣国がある。獣人の国『ハイミュリア』。陸は繋がっていないが、近い場所ならば地平線上に微かに見える距離にある。昔からその国と盛んに貿易を行い、今では国にとって必要不可欠の資源をやり取りしている。国王同士気が合い、互いに欠落箇所を埋めあっている。優れた政治を取り込み、優れた物資を与える。こんな風に協力して、二つの国は目まぐるしい発展を遂げたのだと。
しかし、その影で暗躍する者がいた。ハイミュリアに拠点を置くギャング組織、二人の王はこれを咎めた。それを壊滅させる為に力を合わせるもそれは未だ叶わずらしい。そして、最近そのギャングの活動が活発化していて、アルガフは王国騎士筆頭として駆り出された訳だった。
「とまーこんな感じよ。さてぇ?いつ俺は休めるんだかなー」
「しょうがないじゃん、そういう仕事なんだし」
「ああそうだな、第一俺が進んでやってるから退屈するはずぁねぇさ?だが家族に顔見せらんねぇってのは辛いもんだぜ?」
「そういうもんか…そうだ、ダッドリーって今どこの配属?」
「アイツなら俺と入れ違いでフォルガドルにいるぞ。しかも海側だから、あっちは忙しいだろ」
「うん、ならいいや。次はフォルガドル行こうって感じだからそん時会いに行きゃいいか」
「もう次の話か?ちょいと気が早えんじゃ…ありゃ?」
「え?…あ…」
ふと周りを見て焦った。会話に夢中になっていた間に門の前には自分達二人しか居なかったからだ。体を捻ってまでして周りを見ても誰も居ない。おっかしいなぁと頭をかじっていると、門が少しだけこじ開けられ、内側から一人の衛兵が顔を覗かせた。
「終わりましたか?皆さん待ちかねていた様子だったので、応接室で茶をお飲みになられてますよ」
そう衛兵に告げられると、スピットとアルガフは二つの意味で歩幅を合わせてそこへ向かった。外観と同じ色調で統一された廊下を行き、黒い木製の扉を開けると、今度は黄や赤、扉と同じ焦茶などの暖色で彩られた応接室にたどり着いた。
「おいー!置いてくなコノヤロー!」
応接室に入るなりスピットが開口一番に声を荒げた。
「だって、デューイさんがこちらへって」
「話すの長くなるってから、頃を見てな」
ティーカップを手に取りながら、俺とジラフが凄い形相のスピットに言った。
このデューイと言う男は、アルガフから見て七代後の訓練兵団出身だと名乗った。確かに見た目もかなり若々しい人間の男性で、しかし騎士になった人とは思えないほどおっとりした人だった。
「そうだよ!プライトルまであと少しなんだよ?ゆっくりしてらんないじゃん!」
メルもまた、凄みを聞かせて言って見せた。しかし声のトーンとは似つかわしく無く、一定の間隔を回転しながら左右に揺れていた。恐らく退屈しているのだろうが、右へ右回りで、左へ左回りで往復している。見苦しいなんて意見より先に、酔わないのか心配になる。
「確かにそうだ、あっちでやる事が湧いて出てくるだろうしな」
膝に手を置き、よっこらとジラフが立ち上がった。目の前に置かれたコップの中にお茶は残っていなかった。
「確かに、俺らも急ごう」
バトラがティーカップをつまみ上げると同時に、隣に鎮座していたターラがスッと立ち上がった。そのまま衛兵の待機する扉へ向かうと、近くで揺れ揺れていたメルが目を輝かせて後を追っていった。そこへ反対からジラフが合流し、共に応接室の外へ出て行った。
「よーしじゃあ出発」
からのティーカップを置くと、バトラも席を立って扉へ向かった。俺もそれに続いて部屋を出ていった。
「え、俺にはお茶ねぇのかよ」
そう言い立てた矢先にアルガフが木の水筒を持って背後に現れた。あんがと、と不機嫌そうにも礼を残すと、スピットは再び俺達の前に出て、貰った水筒をがぶ飲みしながらプライトルへ歩み出した。
だが、ここまで来ておいて少し不思議だと思った事があった。全ての遠征において、いつも危険と隣り合わせだった。それは地形のことでも、環境においてでも無い。その危険とはモンスターの事。オッサンと王都に行った時も、ディザントとに行く途中でも、絶対にモンスターに出会った。小さな草むらにもスライム一匹いる事もしばしば。だが、今回は林の中でさえもモンスターに出会さなかった。コーネノの群れの一つか二つはあってもいいはずなのに。
ふと、風が肌を撫でたのを感じると、そこは小山の頂上で、目下には白く鮮やかな街が広がっていた。
マニラウの様な高い建物が散見されるが、それ以上に一階建のカラフルな屋根が目立った。今日は週末でもないのに人通りが多い、この距離からでも大通りが活気に満ちていると分かる。大きな影と小さな影が歩いているのを見るに、そのほとんどが親子だろう。
「ほら、見惚れてないで。行くよ?」
「あ、ああ」
メルに言われるまで思わず足を止めていた。こんな光景を見るのは初めてな訳ないが、実感したのは初めてかも知れない。いつも何らかの理由で余裕が無かったからなのか、感激した事は無かった。もしかすると、俺はこの世界に馴染みつつあるのかもしれない。
改めて街を見ると、大きさがこれまでの比ではない事に気付いた。いつも街を上から見た事が無かったから気付くのに時間が掛かったが、目測でも海から一番手前までだけで数百メートルある。目線を海を沿っていつした先には城に似た物があり、それを中心に横へ何キロ先までも広がっていた。それでいて綺麗に舗装された大通りや、緩やかに設けられた階段がよく映える。今まで見てきた中でも最も美しい海の都だった。
坂道を降り切ると、もう手前に建物が待ち構えていた。あの砦の様な関所とほぼ同じホワイトブロンドの外壁、しかし造りは簡素で装飾も少ない。しかし窓ガラスは大きく、清潔感があった。その窓を覗くと、中には人がいて花を生けている。その人の後ろに置かれたテーブルの上には、他にも見たことの無い花が綺麗に生けられていた。最後に見かけたその建物の扉には『閉店』と『準備中』の文字があった。
(新しい花屋なのかな?あの人いい笑顔だったな)
そのまま幾らか歩いていると、何度か小さな階段が続いた。一番手前の大通りまではそれなりに距離があり、住宅だろう建物が多く並んでいた。それらの間にいろんな店も挟まっていたのを横目に見ながら、少しずつ階段をどんどんと進んで行く。最後の一段、足を踏み出せば、遠くから子供の甲高い声が聞こえて来る。日陰の路地から光の差す大通りへ。
「うわぁ…スッゲェ…」
小山から見下ろした時と同じで綺麗だと思った。白い壁とガラスが輝き、カラフルな屋根はとても目立つ。石畳のほとんどは焦茶や土色の物が敷かれ、黄色や白が時たま見られた。しかし外から見ると中に居るとでは訳が違った。飛び跳ねる子供と優しい母親、景気の良さそうなパン屋の店主、人を惹きつける手品師、往来する同業者。その全てが眩しく見えて心が温まる。
「で?まずは中央区に行くの?」
「そうだね。今日はプライトルのギルドに寄って、どこかのレストランに行こうかなって」
スピットはのんびりした様子でのほほんとしていた。普段の半分くらいに遅い足取りで大通りを闊歩している。すれ違った人々からヒソヒソと囁かれながらギルドを目指した。こう言った反応をされるのも久々だなぁと思いながら歩く事二十分程、遂にそのギルドへ到着した。
「お!バトラ!久しぶりだなぁ!」
到着して最初に声を掛けてきたのはギルドの役員では無かった。しかも呼ばれたのはパーティではなく、彼はバトラだけの名を口にした。
「ああ、何年ぶりだっけ?」
「つっても三年とかそこらだろ」
突然に話を振ったその人は、バトラの昔からの友人らしい。彼もバトラと同じ弓使いらしいが、その弓の弦はやけに弛んでいて、バトラのそれの半分ほどの大きさだった。背負った矢筒にはバトラも使う太い矢が数本見えた。
「おい、知り合いか?」
ジラフが追及するも、ハンドサインを一つ、垂らした手で送ってきた。それは『行ってろ』と言う意味のものだった。ふいと息を吐き、スピットが遅れるなよ、と声を掛けたのを最後にその場を去った。
五人となった目立つ集団は、テーブルや椅子の設けられた広間を抜けると、一直線にクエストの受付場所へと吸い込まれていった。その五人に視線は集まり、酒を飲んだ者からは時折驚嘆の声が上がった。受付に顔を出せば、帽子を被った女性が硬直して目を丸くした。
「どうも、ここってⅤ以上のクエストの受付場所ですよね?いい感じのってないですか?……どしたの」
半分口の空いたままになって固まっている女性は、段々とそれを閉じ、畏まった様子で声を絞り出す。
「いえ、ディザントにいると聞いていたもので…」
声は恐々としていた。表情こそいつも通りだったが、オーラの様なものはまだ落ち着きを見せなかった。
因みにオーラとは、魔力の流れと教えてもらった。他でも無い、ターラ・ブルーニー、感情の見える彼にだ。些細な事で人の中の魔素は揺れる。それが外部に漏れてオーラが出来る。彼の目はそれが可視化され見えているらしく、魔力の痕跡を辿り、順序よく読み解けば、俺がネヴェンデストを倒した時の様に状況を解する事ができると言う。
俺にも微弱な魔力の流れが分かる。風魔法の恩恵だが、それが最近敏感になっている気がした。今みたいに大きな感情の変化がある時や、一定以上の強さの魔法が使われる時。正確さで言えばターラの足元にも及ばないが、これはとても便利だった。知って損する事はない。
「んじゃ早速、明後日クエストを受けたいんだけど、良いのない?」
「はい、少々お待ちください」
彼女はまだ緊張したまま手元の書類を漁り始める。見え隠れする書類はきちっと整頓され、より重要な物は上側に穴が二つ開けられ、そこに紐を通してファイリングされている。時々俺から見て右側、彼女の左側の向こうをチラチラと目を配っているが、概ね真剣に探した後に一つの依頼書を引っ張り出した。
「んむ、これまた難儀な」
依頼文を見てジラフが唸った。俺もそれの何が過酷かがよく理解できた。
『 <複数討伐> <難易度>Pt.Ⅴ
<概要>
シア海域遠洋にて、少なくとも三十体以上
『アストラ』が確認された。
個体群はシアに向かい各個体ごと速度は異なるが、
シアに向かって進んでいる。
シア防衛線にて接近した個体を食い止めている。
しかし止まるところを知らず、至急応援を頼みたい。
海中戦補助覆鎧は支給する。武器は遠距離を主体として欲しい。 』
これが内容だった。知らない単語が中々に多いが、結局重要なのはただ一箇所。
「あんまり気乗りしないな、こっちに来て最初の仕事が海の中とは」
ジラフが肩を落として言い捨てた。依頼文にある『海中戦補助覆鎧』という単語、どう考えたってそう言う事だった。
「あのー…これしか無いの?直ぐに来いって書いてありますケド…」
スピットが苦い顔を浮かべ、その女性の手にある紙を指差す。そんな顔をされても、彼女は別の依頼を差し出す事は無かった。と言うよりかは、差し出せなかった。
「すみません。私もある程度心を読む事はできます。ので、今日は休みたいと思っていらっしゃるのも承知の上です。しかし、クーパーさんがソロで受けられる物は全て達成してしまわれたので、手元に残った物はこれしか…」
そう言うなり彼女はファイリングしてある紙をひょいとこちら側へ手渡して来た。スピットが手に取り次第、一枚一枚めくってみると、赤いインクで同じ達成者の名前が同じように綴られていた。その者は『キューロ・クーパー』と言う名だった。
「まぁじか、これってどんくらい掛かって終わらしたの?」
スピットがファイルを摘み、吊るして横から厚みを見ていた。軽く五センチくらいあるだろうか。受付の女性は紙束を横からスッと没収すると、その流れで答える。
「勇選会にも行きませんでしたから、二ヶ月弱程ですかね。もちろん後から後から増えたので、当初はこれの十分の一でしたが」
「なるほど…それで、最後に終わらせたのっていつ?」
「さっきです。午前に凶暴化したアンギャモアと巨大化したアルトゥンを鎮めて来ました」
矢継ぎ早に交わされた二人の会話である程度予測が付いた。その証拠に全員目が棒になっている。「さっきの男がキューロじゃね?」と、みんな心で呟いた。あの男の強さはここにいる全員が見ただけで分かる。勇者には劣るが、一等英雄で言えば頭一つ以上抜きん出ていることを。それは恐らく、ラグルを超えているだろう。俺は『獣稟』を使わなければ勝てない人物と考えている。
「仕方ないかぁ~…先飯食えると思ったのに…」
その口調から全く割り切れていないのが分かる。それを宥めるように、俺の右背後から影がぬっと出て来て先立った。
「ああ、仕方ない。ならばさっさと終わらせるまでだ。だろ?」
それはターラだった。珍しく前に出て手綱を握った。しかし、彼の声を聞くのは何日ぶりだろうか。最近スピットやバトラと同様の、彼に対する感覚が身についた気がする。今の会話が焦ったかったのだろうか。
「若いのが失礼した。これでもリーダーなんだがな」
「あっいえいえ!大丈夫です!」
彼はムスッとしたスピットを押し退け女性に話しかけ、依頼を受けるの一言を残すと、Uターンしてバトラを置いてきた入り口へ戻って行った。皆は何の言い訳もなくそれを追いかけた。
(…ピンク…どうしたものかな…)
入り口に戻って来たが、なんと、二人はまだお喋りに興じていた。三年会っていないとの事だったから、お互いの近況報告やら、これまでやって来た事など色々伝えたい事が山積みなんだろう。
「まだ話してる、すげぇな」
スピットが感嘆した。直後に、親友っていいな、ともこぼした。皆の往来する真隣に鎮座していた二人に少しずつ近づくと、段々と何を話しているのかが鮮明に分かる様になっていった。
「そうなんだ、お前がね。流石にここには来てないんだろ?」
「来る意味もないしな。それに今日は依頼全達成を祝したデートがあるんだ!…と言っても、俺が待たせちゃってただけだけど」
頭を掻きながらキューロだろう男は言った。そこに合流する形で俺達が輪に飛び込んだ。
「よっ、まだ話してたのか?」
何の遠慮もなくスピットが割り込んだ。
「おい、割り込むにしてももうちょっとやり方ってもんがあるだろ?」
「そいつが今回の勇者の頭か?ん~…一番小さいじゃないか」
男は俺達一人一人を順に見てそう告げた。スピットの堪忍袋が切れそうになるも、事実だから反論出来なかった。サイズで言うならメルが最小だが、彼は年齢と内面の幼さも含めての話だろう。それで言うなら何の間違いも無かった。
「そうかもな。だが、間違い無く最高戦力だぞ?ただいま育成中の切り札も居るしな」
男はふーんと斜に構えた態度だった。しかし途端に目が丸くなると、バッと即座に入り口の先へ目を向けた。ここからはっきりと見えないが、彼は誰かと見つめ合っている様だった。
「例の?」
バトラが急激に笑顔になった親友に語りかける。
「そうさぁ!俺はこれでっ!」
彼はまるで犬の様に軽快に跳ねていった。直ぐに消えた後ろ姿を、みんなずっと見据えていた。
「バトラ…今のってキューロ・クーパーさんだよね?」
メルが意外と長くなった沈黙を破った。
「ああ、俺の親友にして、同じ弓使いの下で育った半ば兄弟みたいなものだよ」
彼の名はキューロで確定した。そしてバトラは淡々と彼について話した。
キューロ・クーパーはバトラの一つ下の22歳。その弓使いに弟子入りしたのはバトラの入門した二年後。同じ型を使う筈だったが、彼の性格上無理と判断され、また別の型である一撃必殺の型を伝授される。今では二等英雄を名乗りこそするが、実際は昇格試験を受けないだけで一等を凌駕する力量持ち。さっき急に出て行ったのは、婚約者に手招きされたから。
「彼女かぁ…俺も早いとこ何とかしないと」
バトラは言い終わりに大きなため息を吐いた。この世界での婚期は大方何歳なのか知らないが、彼は親友に恋人が出来たことに焦りを感じているのは分かった。
「ジラフが結婚したのっていつだっけ?」
「ん?30過ぎてからだな。何だぁ?メルよ、バトラを心配してんのか?」
「んんん、聞いてみただけ」
「安心しろ、俺くらいでもちと遅い程度だ。キューロとやらはまぁ運が良かったんだろうさ」
そう思っている内に答えが出てきた。どうやら30才前後でゴールインするカップルが多いそうだ。そして、聞き捨てならない事を同時に聞いた気がした。俺は即座に問いかける。
「待った、ジラフって結婚してたんだ」
「なんなら子供も居るぞ?もう20後半だけどな」
てっきり独り身だと思い込んでいた。これ程まで強くなるのに多大な時間を割かなければならないから、英雄、特に一等やそれに比肩する者の多くは独身だと思っていた。だが、ついさっき若くして強い彼女持ちが居た事を思い返し、あっ、となって俺は口を結んだ。
「まぁ、俺たちにとっちゃかなり後の話だろうさ。つー訳で、クエスト行こうか」
「はぁ!?レストランは!?」
「そのキューロが一人用全部やっちゃって、パーティ用一つ、しかも緊急のやつしか残ってなかったんだ」
うそーんと嘆くバトラを引き摺りながら、俺たちはその場所へと急ぐ事にしたのだった。
「さぁて、そろそろ関所が見えてくる頃だぞ」
俺たちのしていた仕事、それはモンスター達の住む小屋だったり、食糧用倉庫などの建設作業だった。と言うのも、大事をとってモンスター達は数ヶ月間は保護したまま、砂漠の安全が砂丘隊によって確認されるまでは、維持にいくらでも金を使う方針に決定した為である。
現在少なくとも砂漠に生息するモンスターの半分以上がディザントに集結している状態にある、ドラゴンによって数がかなり減ってはいるが、それでもあの街の人口と肩を並べる位には多いらしい。それを維持する為に食糧費が普通の数十倍かかると言っていた。宝石と言う至上の財源があるとは言え無茶に等しい、キャラバンの人達も大忙しで、数日かけて搬入しているらしい。確か隊数も二個だったのが五か六にまで増やしたらしい。
「おお、やっと見えて来た!あそこだ!」
今日でプライトルまでの旅は4日目の昼。ラモサステン村で貰った干し肉はとっくにお腹の中、少し歩き疲れた所でのスピットの朗報だった。緑の鮮やかな小高い丘を歩き続けて暫く、彼の言う関所が目の前の下り坂の終わりにあった。前に長い登り階段で同じ気持ちを味わった気がするが、気落ちする間も無く皆は歩き出している。
思った以上にあっという間に関所へと到着した。外観は白に近いブロンド、屋根は青色のレンガが使われていて所々に水色のレンガも混ざっている。建物自体は堅牢そうで、道側の隅には丸い塔が取り付けられていて、丸い枠の十字窓が太陽の光を反射させていた。
「おや、これはこれは、勇者様御一行ではないですか」
そう話しかけて来たのは、頑強な扉の前に立つ老兵だった。しかし身長は僅かにジラフに劣るものの、体格は明らかにこの人の方が良いと感じた。それも、基本モンスターを相手取らない故に、装備は白と青を基調とした革製のものだからだろうか。分厚い体のラインが出て、金属を一切使っていないのに俺には大きく見えた。
「あ!何処かで見た事あると思ったらアルガフじゃねーか!」
急に大声で叫ぶスピット、近間にいた全員がキンとする耳を覆った。
「…おい、知り合いか?」
ゆっくりと耳から手を外しながらバトラが言った。すると、話題の主である二人が全く同じポーズをとり、おう!と言った。そしてそのままアルガフと呼ばれた老兵が切り出した。
「知り合いも何も、ほぼ身内みたいなもんさ。手の付けらんねぇガキの頃からの友達さ」
なー!っと顔を見合わせながら同時に言う。それはどれほど気心の知れた間柄なのかを周りに誇示している様だった。まだまだ彼の舌は止まらない。
「そうそう!コイツが新しいメンバーか?鎧も着てないのに大丈夫かねぇ…。魔導師か?」
「そうだ!言っとくが、俺よりゃ数段賢い策士だぜ?」
俺が自分から言い出そうとした時には、スピットの口からその音が出ていた。片眉を上げるアルガフに、彼は大層な言い分で俺を紹介した。俺は再び口を挟もうとして辞めた。
「んま、突貫っぽさは否めないけどね」
俺はあまり高すぎる評価は受けたくない。元から目立つのを好まない気性だからそう願うのも必然だった、だから俺は何も口出すせず、スピットの最後の一言に小さくも胸を撫で下ろしたのだ。
「ねぇねぇ、アルガフさんってさー?前はフォルガドルの方に居なかったっけ?」
その時メルが割り入ってアルガフに話しかけた。一瞬だけ間があったが、すぐに返答があった。
「そうだな、確かに四年前まではガドル近郊に構えてたぞ」
「なんで知ってんの?」
彼の隣に居座るスピットがメルに聞き返す。
「私がパーティを持つ前に何度もそこ通ったの、遠目からでも気の良い人だなって思ってたからよく覚えてる」
スピットがへぇ、と声を漏らす横で、美女にそう言われるのは嬉しいねぇ、とアルガフは高らかに笑った。やっと笑いが収まったと思えば、今度はここへ来た理由も説明しはじめた。話はとても長かった。いる事いらない事を混ぜこぜで話すから時間がかかった。しかし聞いていて退屈はしないからそれでも良かった。いる所を要約して話すとこうなる。
まずこの国には親しい間柄の隣国がある。獣人の国『ハイミュリア』。陸は繋がっていないが、近い場所ならば地平線上に微かに見える距離にある。昔からその国と盛んに貿易を行い、今では国にとって必要不可欠の資源をやり取りしている。国王同士気が合い、互いに欠落箇所を埋めあっている。優れた政治を取り込み、優れた物資を与える。こんな風に協力して、二つの国は目まぐるしい発展を遂げたのだと。
しかし、その影で暗躍する者がいた。ハイミュリアに拠点を置くギャング組織、二人の王はこれを咎めた。それを壊滅させる為に力を合わせるもそれは未だ叶わずらしい。そして、最近そのギャングの活動が活発化していて、アルガフは王国騎士筆頭として駆り出された訳だった。
「とまーこんな感じよ。さてぇ?いつ俺は休めるんだかなー」
「しょうがないじゃん、そういう仕事なんだし」
「ああそうだな、第一俺が進んでやってるから退屈するはずぁねぇさ?だが家族に顔見せらんねぇってのは辛いもんだぜ?」
「そういうもんか…そうだ、ダッドリーって今どこの配属?」
「アイツなら俺と入れ違いでフォルガドルにいるぞ。しかも海側だから、あっちは忙しいだろ」
「うん、ならいいや。次はフォルガドル行こうって感じだからそん時会いに行きゃいいか」
「もう次の話か?ちょいと気が早えんじゃ…ありゃ?」
「え?…あ…」
ふと周りを見て焦った。会話に夢中になっていた間に門の前には自分達二人しか居なかったからだ。体を捻ってまでして周りを見ても誰も居ない。おっかしいなぁと頭をかじっていると、門が少しだけこじ開けられ、内側から一人の衛兵が顔を覗かせた。
「終わりましたか?皆さん待ちかねていた様子だったので、応接室で茶をお飲みになられてますよ」
そう衛兵に告げられると、スピットとアルガフは二つの意味で歩幅を合わせてそこへ向かった。外観と同じ色調で統一された廊下を行き、黒い木製の扉を開けると、今度は黄や赤、扉と同じ焦茶などの暖色で彩られた応接室にたどり着いた。
「おいー!置いてくなコノヤロー!」
応接室に入るなりスピットが開口一番に声を荒げた。
「だって、デューイさんがこちらへって」
「話すの長くなるってから、頃を見てな」
ティーカップを手に取りながら、俺とジラフが凄い形相のスピットに言った。
このデューイと言う男は、アルガフから見て七代後の訓練兵団出身だと名乗った。確かに見た目もかなり若々しい人間の男性で、しかし騎士になった人とは思えないほどおっとりした人だった。
「そうだよ!プライトルまであと少しなんだよ?ゆっくりしてらんないじゃん!」
メルもまた、凄みを聞かせて言って見せた。しかし声のトーンとは似つかわしく無く、一定の間隔を回転しながら左右に揺れていた。恐らく退屈しているのだろうが、右へ右回りで、左へ左回りで往復している。見苦しいなんて意見より先に、酔わないのか心配になる。
「確かにそうだ、あっちでやる事が湧いて出てくるだろうしな」
膝に手を置き、よっこらとジラフが立ち上がった。目の前に置かれたコップの中にお茶は残っていなかった。
「確かに、俺らも急ごう」
バトラがティーカップをつまみ上げると同時に、隣に鎮座していたターラがスッと立ち上がった。そのまま衛兵の待機する扉へ向かうと、近くで揺れ揺れていたメルが目を輝かせて後を追っていった。そこへ反対からジラフが合流し、共に応接室の外へ出て行った。
「よーしじゃあ出発」
からのティーカップを置くと、バトラも席を立って扉へ向かった。俺もそれに続いて部屋を出ていった。
「え、俺にはお茶ねぇのかよ」
そう言い立てた矢先にアルガフが木の水筒を持って背後に現れた。あんがと、と不機嫌そうにも礼を残すと、スピットは再び俺達の前に出て、貰った水筒をがぶ飲みしながらプライトルへ歩み出した。
だが、ここまで来ておいて少し不思議だと思った事があった。全ての遠征において、いつも危険と隣り合わせだった。それは地形のことでも、環境においてでも無い。その危険とはモンスターの事。オッサンと王都に行った時も、ディザントとに行く途中でも、絶対にモンスターに出会った。小さな草むらにもスライム一匹いる事もしばしば。だが、今回は林の中でさえもモンスターに出会さなかった。コーネノの群れの一つか二つはあってもいいはずなのに。
ふと、風が肌を撫でたのを感じると、そこは小山の頂上で、目下には白く鮮やかな街が広がっていた。
マニラウの様な高い建物が散見されるが、それ以上に一階建のカラフルな屋根が目立った。今日は週末でもないのに人通りが多い、この距離からでも大通りが活気に満ちていると分かる。大きな影と小さな影が歩いているのを見るに、そのほとんどが親子だろう。
「ほら、見惚れてないで。行くよ?」
「あ、ああ」
メルに言われるまで思わず足を止めていた。こんな光景を見るのは初めてな訳ないが、実感したのは初めてかも知れない。いつも何らかの理由で余裕が無かったからなのか、感激した事は無かった。もしかすると、俺はこの世界に馴染みつつあるのかもしれない。
改めて街を見ると、大きさがこれまでの比ではない事に気付いた。いつも街を上から見た事が無かったから気付くのに時間が掛かったが、目測でも海から一番手前までだけで数百メートルある。目線を海を沿っていつした先には城に似た物があり、それを中心に横へ何キロ先までも広がっていた。それでいて綺麗に舗装された大通りや、緩やかに設けられた階段がよく映える。今まで見てきた中でも最も美しい海の都だった。
坂道を降り切ると、もう手前に建物が待ち構えていた。あの砦の様な関所とほぼ同じホワイトブロンドの外壁、しかし造りは簡素で装飾も少ない。しかし窓ガラスは大きく、清潔感があった。その窓を覗くと、中には人がいて花を生けている。その人の後ろに置かれたテーブルの上には、他にも見たことの無い花が綺麗に生けられていた。最後に見かけたその建物の扉には『閉店』と『準備中』の文字があった。
(新しい花屋なのかな?あの人いい笑顔だったな)
そのまま幾らか歩いていると、何度か小さな階段が続いた。一番手前の大通りまではそれなりに距離があり、住宅だろう建物が多く並んでいた。それらの間にいろんな店も挟まっていたのを横目に見ながら、少しずつ階段をどんどんと進んで行く。最後の一段、足を踏み出せば、遠くから子供の甲高い声が聞こえて来る。日陰の路地から光の差す大通りへ。
「うわぁ…スッゲェ…」
小山から見下ろした時と同じで綺麗だと思った。白い壁とガラスが輝き、カラフルな屋根はとても目立つ。石畳のほとんどは焦茶や土色の物が敷かれ、黄色や白が時たま見られた。しかし外から見ると中に居るとでは訳が違った。飛び跳ねる子供と優しい母親、景気の良さそうなパン屋の店主、人を惹きつける手品師、往来する同業者。その全てが眩しく見えて心が温まる。
「で?まずは中央区に行くの?」
「そうだね。今日はプライトルのギルドに寄って、どこかのレストランに行こうかなって」
スピットはのんびりした様子でのほほんとしていた。普段の半分くらいに遅い足取りで大通りを闊歩している。すれ違った人々からヒソヒソと囁かれながらギルドを目指した。こう言った反応をされるのも久々だなぁと思いながら歩く事二十分程、遂にそのギルドへ到着した。
「お!バトラ!久しぶりだなぁ!」
到着して最初に声を掛けてきたのはギルドの役員では無かった。しかも呼ばれたのはパーティではなく、彼はバトラだけの名を口にした。
「ああ、何年ぶりだっけ?」
「つっても三年とかそこらだろ」
突然に話を振ったその人は、バトラの昔からの友人らしい。彼もバトラと同じ弓使いらしいが、その弓の弦はやけに弛んでいて、バトラのそれの半分ほどの大きさだった。背負った矢筒にはバトラも使う太い矢が数本見えた。
「おい、知り合いか?」
ジラフが追及するも、ハンドサインを一つ、垂らした手で送ってきた。それは『行ってろ』と言う意味のものだった。ふいと息を吐き、スピットが遅れるなよ、と声を掛けたのを最後にその場を去った。
五人となった目立つ集団は、テーブルや椅子の設けられた広間を抜けると、一直線にクエストの受付場所へと吸い込まれていった。その五人に視線は集まり、酒を飲んだ者からは時折驚嘆の声が上がった。受付に顔を出せば、帽子を被った女性が硬直して目を丸くした。
「どうも、ここってⅤ以上のクエストの受付場所ですよね?いい感じのってないですか?……どしたの」
半分口の空いたままになって固まっている女性は、段々とそれを閉じ、畏まった様子で声を絞り出す。
「いえ、ディザントにいると聞いていたもので…」
声は恐々としていた。表情こそいつも通りだったが、オーラの様なものはまだ落ち着きを見せなかった。
因みにオーラとは、魔力の流れと教えてもらった。他でも無い、ターラ・ブルーニー、感情の見える彼にだ。些細な事で人の中の魔素は揺れる。それが外部に漏れてオーラが出来る。彼の目はそれが可視化され見えているらしく、魔力の痕跡を辿り、順序よく読み解けば、俺がネヴェンデストを倒した時の様に状況を解する事ができると言う。
俺にも微弱な魔力の流れが分かる。風魔法の恩恵だが、それが最近敏感になっている気がした。今みたいに大きな感情の変化がある時や、一定以上の強さの魔法が使われる時。正確さで言えばターラの足元にも及ばないが、これはとても便利だった。知って損する事はない。
「んじゃ早速、明後日クエストを受けたいんだけど、良いのない?」
「はい、少々お待ちください」
彼女はまだ緊張したまま手元の書類を漁り始める。見え隠れする書類はきちっと整頓され、より重要な物は上側に穴が二つ開けられ、そこに紐を通してファイリングされている。時々俺から見て右側、彼女の左側の向こうをチラチラと目を配っているが、概ね真剣に探した後に一つの依頼書を引っ張り出した。
「んむ、これまた難儀な」
依頼文を見てジラフが唸った。俺もそれの何が過酷かがよく理解できた。
『 <複数討伐> <難易度>Pt.Ⅴ
<概要>
シア海域遠洋にて、少なくとも三十体以上
『アストラ』が確認された。
個体群はシアに向かい各個体ごと速度は異なるが、
シアに向かって進んでいる。
シア防衛線にて接近した個体を食い止めている。
しかし止まるところを知らず、至急応援を頼みたい。
海中戦補助覆鎧は支給する。武器は遠距離を主体として欲しい。 』
これが内容だった。知らない単語が中々に多いが、結局重要なのはただ一箇所。
「あんまり気乗りしないな、こっちに来て最初の仕事が海の中とは」
ジラフが肩を落として言い捨てた。依頼文にある『海中戦補助覆鎧』という単語、どう考えたってそう言う事だった。
「あのー…これしか無いの?直ぐに来いって書いてありますケド…」
スピットが苦い顔を浮かべ、その女性の手にある紙を指差す。そんな顔をされても、彼女は別の依頼を差し出す事は無かった。と言うよりかは、差し出せなかった。
「すみません。私もある程度心を読む事はできます。ので、今日は休みたいと思っていらっしゃるのも承知の上です。しかし、クーパーさんがソロで受けられる物は全て達成してしまわれたので、手元に残った物はこれしか…」
そう言うなり彼女はファイリングしてある紙をひょいとこちら側へ手渡して来た。スピットが手に取り次第、一枚一枚めくってみると、赤いインクで同じ達成者の名前が同じように綴られていた。その者は『キューロ・クーパー』と言う名だった。
「まぁじか、これってどんくらい掛かって終わらしたの?」
スピットがファイルを摘み、吊るして横から厚みを見ていた。軽く五センチくらいあるだろうか。受付の女性は紙束を横からスッと没収すると、その流れで答える。
「勇選会にも行きませんでしたから、二ヶ月弱程ですかね。もちろん後から後から増えたので、当初はこれの十分の一でしたが」
「なるほど…それで、最後に終わらせたのっていつ?」
「さっきです。午前に凶暴化したアンギャモアと巨大化したアルトゥンを鎮めて来ました」
矢継ぎ早に交わされた二人の会話である程度予測が付いた。その証拠に全員目が棒になっている。「さっきの男がキューロじゃね?」と、みんな心で呟いた。あの男の強さはここにいる全員が見ただけで分かる。勇者には劣るが、一等英雄で言えば頭一つ以上抜きん出ていることを。それは恐らく、ラグルを超えているだろう。俺は『獣稟』を使わなければ勝てない人物と考えている。
「仕方ないかぁ~…先飯食えると思ったのに…」
その口調から全く割り切れていないのが分かる。それを宥めるように、俺の右背後から影がぬっと出て来て先立った。
「ああ、仕方ない。ならばさっさと終わらせるまでだ。だろ?」
それはターラだった。珍しく前に出て手綱を握った。しかし、彼の声を聞くのは何日ぶりだろうか。最近スピットやバトラと同様の、彼に対する感覚が身についた気がする。今の会話が焦ったかったのだろうか。
「若いのが失礼した。これでもリーダーなんだがな」
「あっいえいえ!大丈夫です!」
彼はムスッとしたスピットを押し退け女性に話しかけ、依頼を受けるの一言を残すと、Uターンしてバトラを置いてきた入り口へ戻って行った。皆は何の言い訳もなくそれを追いかけた。
(…ピンク…どうしたものかな…)
入り口に戻って来たが、なんと、二人はまだお喋りに興じていた。三年会っていないとの事だったから、お互いの近況報告やら、これまでやって来た事など色々伝えたい事が山積みなんだろう。
「まだ話してる、すげぇな」
スピットが感嘆した。直後に、親友っていいな、ともこぼした。皆の往来する真隣に鎮座していた二人に少しずつ近づくと、段々と何を話しているのかが鮮明に分かる様になっていった。
「そうなんだ、お前がね。流石にここには来てないんだろ?」
「来る意味もないしな。それに今日は依頼全達成を祝したデートがあるんだ!…と言っても、俺が待たせちゃってただけだけど」
頭を掻きながらキューロだろう男は言った。そこに合流する形で俺達が輪に飛び込んだ。
「よっ、まだ話してたのか?」
何の遠慮もなくスピットが割り込んだ。
「おい、割り込むにしてももうちょっとやり方ってもんがあるだろ?」
「そいつが今回の勇者の頭か?ん~…一番小さいじゃないか」
男は俺達一人一人を順に見てそう告げた。スピットの堪忍袋が切れそうになるも、事実だから反論出来なかった。サイズで言うならメルが最小だが、彼は年齢と内面の幼さも含めての話だろう。それで言うなら何の間違いも無かった。
「そうかもな。だが、間違い無く最高戦力だぞ?ただいま育成中の切り札も居るしな」
男はふーんと斜に構えた態度だった。しかし途端に目が丸くなると、バッと即座に入り口の先へ目を向けた。ここからはっきりと見えないが、彼は誰かと見つめ合っている様だった。
「例の?」
バトラが急激に笑顔になった親友に語りかける。
「そうさぁ!俺はこれでっ!」
彼はまるで犬の様に軽快に跳ねていった。直ぐに消えた後ろ姿を、みんなずっと見据えていた。
「バトラ…今のってキューロ・クーパーさんだよね?」
メルが意外と長くなった沈黙を破った。
「ああ、俺の親友にして、同じ弓使いの下で育った半ば兄弟みたいなものだよ」
彼の名はキューロで確定した。そしてバトラは淡々と彼について話した。
キューロ・クーパーはバトラの一つ下の22歳。その弓使いに弟子入りしたのはバトラの入門した二年後。同じ型を使う筈だったが、彼の性格上無理と判断され、また別の型である一撃必殺の型を伝授される。今では二等英雄を名乗りこそするが、実際は昇格試験を受けないだけで一等を凌駕する力量持ち。さっき急に出て行ったのは、婚約者に手招きされたから。
「彼女かぁ…俺も早いとこ何とかしないと」
バトラは言い終わりに大きなため息を吐いた。この世界での婚期は大方何歳なのか知らないが、彼は親友に恋人が出来たことに焦りを感じているのは分かった。
「ジラフが結婚したのっていつだっけ?」
「ん?30過ぎてからだな。何だぁ?メルよ、バトラを心配してんのか?」
「んんん、聞いてみただけ」
「安心しろ、俺くらいでもちと遅い程度だ。キューロとやらはまぁ運が良かったんだろうさ」
そう思っている内に答えが出てきた。どうやら30才前後でゴールインするカップルが多いそうだ。そして、聞き捨てならない事を同時に聞いた気がした。俺は即座に問いかける。
「待った、ジラフって結婚してたんだ」
「なんなら子供も居るぞ?もう20後半だけどな」
てっきり独り身だと思い込んでいた。これ程まで強くなるのに多大な時間を割かなければならないから、英雄、特に一等やそれに比肩する者の多くは独身だと思っていた。だが、ついさっき若くして強い彼女持ちが居た事を思い返し、あっ、となって俺は口を結んだ。
「まぁ、俺たちにとっちゃかなり後の話だろうさ。つー訳で、クエスト行こうか」
「はぁ!?レストランは!?」
「そのキューロが一人用全部やっちゃって、パーティ用一つ、しかも緊急のやつしか残ってなかったんだ」
うそーんと嘆くバトラを引き摺りながら、俺たちはその場所へと急ぐ事にしたのだった。
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