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第十五話 行こうか

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 翌日昼頃になり選手は全員が会場に集められた。闘技台の横、丁度Aクラス観戦場だったところになる。勇者パーティのメンバー発表だが、そこにソワソワしたような雰囲気は無いし緊張も何も無かった。発表があると、自分が選ばれないのが当然かのように残念がる事なく、誰もがいつもと変わりが無かった。よく見たら、一人ガチ凹みしてる人がいる。あのアーサーって人、負けた後から意気消沈してる。かなり誇りに傷がついたかしたんだろう。
 ほとんどの者が足取りの重くなる事なく帰っていく。残された勇者パーティメンバーらも、周りからはただ期待しているとだけ言われて結局解散となった。とは言っても、すぐに散り散りになる事は無かった。俺と言う新規メンバーを加えた折だ、これからの動向を決めるための打ち合わせをする事になった。
「じゃ、いつ集合するか決めるか」
 まずはスピットが口を開いた、俺とほぼ同い年だがチームをまとめる力は申し分なかった。
「一週間後位に集合でいいか?あんまり時間もかけてられないしな」
「だな、じゃあ七日後ね」
 バトラの提案にリーダーは即刻承諾した。そのままバトラは次の話をしだした。
「で、マニラウに住んでるって事だから集合場所はどうする?」
「じゃあ東の商路でも良いかな?行く先ディザントだし」
「それで良さそうだな、それでどうだい?」
 ディザント、砂漠の街と聞いているがそれ以上はまだ知らない場所だ。だが、ずっとマニラウにいるのも不便だと思っていたから都合は良かった。
「いいけど…適当に決めすぎじゃない?」
 少し眉をひそめて言った。そこにメルが横から入って言う。
「別にいいじゃない、固いのもやでしょ?タメ口なのも早く仲良くなる為よ」
「そういうもんなのか?…」
 俺は頭を抱えた。そこにバトラが更に言う。
「そもそもこのスタイルで行こうって言ったのスピットだしな」
「そう、俺は育ちが悪いからさ、元の性に合わないんだよ」
「だそうです」
 俺が顔をしかめた事も露知らず、彼らは話を進めていく。これがこの世界最強と言われるパーティの『普通』だった。最強のパーティと言えば、もっとキリッとしていたり、真面目で格好良いという印象が湧いて来る。しかしこのパーティにはそんな物は微塵も無かった。特に平均年齢がとてつもなく低い、計算してみたら30歳も無かった、これだけ見ればベテランとは言えないだろう。
 それ以降だんだんと話が外れて行った。俺は彼らからそれ以上何も言及される事は無かったし、果ては昼飯をどうするか話し出した。俺は簡単に別れを告げ、彼らから大きく手を振りながら見送られた。それに応えるように手を振って俺はドームを去った。
「…んじゃ、ターラが言ってた本題に入るか」
 外に出るとオッサンが待ち構えていた。そういえば何も言わずにこっちに留まってしまっていた。腕を組んで壁に寄りかかっていたオッサンは、俺に気づくと真剣な表情のままこちらに歩み寄りこう言った。
「やっぱりお前は…こうなるわなぁ!」
 言ってる途中でニヤリと広角がせり上がった、その声色は想像していたより明るかった。
「思い出したんだ、勇選会のシステム!お前が帰んないからおかしいと思ったんだ、来てみればこれさ!ちょっと覗いて見てたがもう最強の仲間入りとはな~」
 愉快愉快とオッサンは笑っている。少しも疑問に思わないのだろうか、出会って一ヶ月の子供がもう最上位と認められてんのに。こう言う話をしているとなんだか周りの価値観が分からなくなる、この世の常識すら半分も知らないのに。
 帰りの道のりは急ぐ必要もなくて、行きの半分くらいの速さで歩いていた。その時オッサンが聞いてきた。
「これからやる事はなんだ?勇者になったってんなら、あいつらと行動すんだろ?」
「まずは俺の階級上げだとさ、経験を積むためにもディザントに行こうって事になってる」
「一週間後、集合場所は東の商路、俺が口を挟む間も無く決まったよ」
 さっきの抜けた空気を思い出して小さなため息が漏れた。そんな俺を見てオッサンが声をかけてきた。
「そうか、だがディザントは新天地には良い所だぞ?気候はキツいがモンスターは比較的弱い方だ。まずは肩慣らしって事だろ」
 新天地、別に不安があるわけじゃ無いだけど今まで何もかも上手く行ってる。傷も負うし、不安不満、躓きもあった。しかしそれほど大きな事でもなく適応できていた、俺の中では順風満帆であり他の何でもない。でもやっぱり不安なのかも知れない。妙なソワソワに心が奪われそうだった、どうしても自分の心を騙すなんて出来なかった。
「やる事は分かった。そりゃ行動目標ってもんだな。じゃあお前自身の精神的な目標はなんだ?」
 オッサンは少し難しい事を言い出した。この一年で一等英雄か二等英雄になるために、まずはレベルを上げて指定されたモンスターを倒さなければいけない。確かにそれは行動の目標といえる。だが、それを達成する為の俺の根底にある精神的目標は、昨日あの場で決定した。
「最強を目指す。成り行きって言うか、流されたって言うか…」
 オッサンの反応が気になったが、存外にも真剣に受け止め俺に語りかけて来た。
「お前なら出来るだろうさ、俺が保証する。それほどまでに潜在能力があるからな」
「あぁ、そう」
 訂正、やはりこのソワソワは不安とかじゃなく、羞恥心だと思う。場の勢いに任せてあんな事を言ったが、なんて言うか餓鬼っぽい。あの時はそう感じなかったけど、今になってあのシーンが何度も繰り返し頭を巡ってくる。
(光よ、何度もそれを流すな、こっちまで恥ずかしくなる)
 俺の中にいるコイツにもこうやって言われるくらいだ。記憶を共有していて、かつ思った事も会話をするように共有されるし、記憶の再生も同じ。コイツは一切それを発生させない様に出来るが、俺はそんな事できない。コイツには申し訳ないと思っているがどうしようもない。
(忘れたくても忘れられねぇの、ふとすると3回は流れてる)
 こう言う事を気にしてるのはその人だけで、周りは気する事はないし気にしようともしないと言うが、それでも頭にこびりついてしまうのが人の頭なんだろう。
「て言うか『転身』で帰れるのに何で歩いてんだ?」
 既に王都トエントが小さく見える所まで来ていたが、話の途切れた所でここぞと思って切り出した。
「え?あの魔法一人用じゃないのか?」
「俺に触れてれば一緒に移動できるけど…」
「なぁんだ先に言ってくれっての!」
「あんたが喋り倒すせいでタイミング逃してたんだよ」
 三等昇格試験の時そうやって帰って来ていたがオッサンは知らなかった。俺たちはすぐに帰ってしまったし、証人である二人は病院へ直行してたから。オッサンの手に触れ『転身』であっという間にマニラウまで帰ってきた。出てきた場所はオッサンの家近くの小道。何度かここを訪れたが、みんな仕事に出ているのか昼間に人気は全く無い場所だった。
「おお!こんな感じなのか!」
 オッサンは浮かれ気味ではしゃいでいた、こうなれば少しガタイのいい子供に見えて来る。真剣になった時は頼もしいが、これを見てるとどうも演じている様に見えてしまう。元からテンションが高めだからしょうがないと言えるかも知れない。だが『男』はいつまで経っても『子供』とはよく言うのもまた当てはまってしまっていた。
 オッサンはそのまま帰ると言い足早に行ってしまった。俺は昼食をとりにレストランに寄ることにした、よくお世話になっている『ピーリー焼肉店』だ。少し長く歩いていた事もあり昼時はもう過ぎていた、人もほとんど居なくなってるはずだ。一週間も空けていなかったがとても懐かしく感じでしまう。リタさんも俺の姿を見ると飛んできた。話し始めるとすぐに何をしていたのか聞いて来たから、今までの事を端折りながらもありのままに伝えた。
「んん待って?君があの人達と?待って説明求む説明求む…」
 …説明求む…
 案の定の異常事態だからリタさんも混乱してしまった。更にゆっくり説明してやっと理解が追いついたのは、届けられた熱いプレートが触れるくらいになった頃だった。
「ええ…じゃあブルーニーさんに見込まれて、さらに王様にも期待されて勇者になったって?まだ英雄になって一ヶ月くらいなんでしょ?流石に早いって言うかどんな風の吹き回しなの?」
 彼女が理解したところでまた別の理由で混乱するだけだった。自分でもこの早さは異常だと自覚している。しかし何度も言うが、未だにこの世のを知らないままだ。どれくらいで遅く、どこからが早いとされるかが未だに分からないでいる。ただ、前回の勇選会で見込まれた男は基礎値が高かったと言っていた。俺も同じ理由で選ばれたのなら、俺の基礎値は同じく高いのだろう。
「とにかく、マニラウを出て行くまであと一週間ある。それまで暇だしなるべくここに来ようかなって」
「暇だからって…家から遠いんでしょ?」
「確かに遠いけど俺の場合歩かなくても良いし、お金もあるから大丈夫だよ。ここの肉は何枚でも食べられるくらい美味しいしね」
 俺は少し冷めたステーキを頬張った。ここのステーキは少し冷めてもソースが良く効いているからあまり美味しさが落ちない。噛んだ肉から溢れる肉汁に幸せな顔を浮かべていると、リタさんは不思議な顔をして俺に聞いてきた。
「…待って?…歩かなくて良いってどうゆう事?」
 そういえばリタさんには魔法の事を話していなかった。
「ああ、俺の魔法で移動できるんだ、行ったことがあれば一瞬でね」
 手でジェスチャーをしながら簡単な説明をした。彼女は少し間があったものの理解したみたいで、ハッとした顔をしてテーブルに手をつけた。
「あそっか、勇選会昨日だったよね…うん、もう驚かないぞ」
 そう言うとリタさんはテーブルに腕を乗せて軽く寝そべった。視線は少し下を向いている。
「て訳で、俺は毎日来ても大丈夫。もし迷惑ならいつも通りに…」
「あ、迷惑じゃないからどんどん来ていいよ!」
 言葉を被せ、少し早口で焦るようだった。
「えー?俺が居なくなるの寂しいの?」
 少し冷ややかな声で言った。彼女は一瞬ムッとしたが、目を瞑った後小声で打ち明けるように言った。
「だって…初めて仲良くなった子が遠くに行っちゃうって…嫌じゃない?」
 知り合ってまだ二週間と少し、しかも会話した回数は片手で数えるほど。それでもお互い打ち解けるのが早く、会話も弾むようになっていた。これは少しからかってみただけだったが、存外に物寂しい事になってしまった。
「確かに嫌かも。でもすぐに帰って来るさ、そもそも来たいときに来れるしそんな悲しまなくても良いって」
「…そうだね」
 ただ、行ってしまったら来る頻度がかなり落ちるだろう。あのパーティとの仕事の関係上暇があるかもまだ分からないから。彼女は最後に明るく返してくれた。しかし街から居なくなるという事実をまだ拭いきれないでいるみたいだった。
「また明日」
 会計を済まし、去り際に振り向き手を振った。
「うん、また明日」
 彼女も微笑みながら手を振っていた。もう今から明日が楽しみだった。

 去っていくヒカル君の姿を見送り、私は残されたプレートを厨房へ運んで行った。台所にプレートを置くと、待ってましたと言わんばかりに先輩が洗い始めた。
「リタ、あの子とんでもないわねぇ。よっぽど才能に恵まれてんだろな」
 洗いながら喋ってるけど、その手も口も遅くはならない。
「あの事…本当は、あまり嬉しくないんですけどね…」
 私は椅子に座ってうつむいた。座ると床に足が届かないのはいつもの事だけど、今だけは哀愁のような物を感じた。
「なにさ、彼氏候補の子が登り詰めるのがかい?」
「あ!ちょっと!」
 一瞬で私の頬は熱を持った気がした。すぐに店長の声で話は遮られたから、熱もすぐに下がっていった。
「やめとけその話は、リタが気分を悪くする」
 しかめた顔をして店長が食材を冷凍庫に入れながら言った。この話になったら、あの人はいつもムッとする。
「なんでさ、なにも悪い話じゃなかったろう?」
 先輩は皿を食器棚にガシャンと並べ、手を拭きながら尋ねた。
「俺は事情を知ってる。タブーな理由は言わねぇ、リタが気分を悪くするからな」
「あー…分かった、この話はこれまでね」
 先輩も何かを察して押し黙ってしまった。確か、ここで働きだして三年は経つ。英雄職は嫌いじゃないけど、好きでもない。私がここで働いているのも、それが理由の一つだった。そうか、あれから三年も経ったのか。
 ぼんやりと考えていると、店長も対角にある椅子に腰を下ろした。難しい顔をして何かを考えている風だった。私は声をかけてみた。
「…店長、何か考え事ですか?」
「…あの子の事だ、直近20年で二人、あの子入れて三人、異常な強さを誇る若者が出てきた。なんかおかしくねぇかなぁってさ」
 私は店長が最後にボソッとこぼした言葉が聞こえていた。それは私を不安にさせる一言だった。
「なんだかきな臭いな…」

 宣言通り、そこには毎日通った。クエストを受けクリアした後に、何もない穏やかな日の昼、一回夜にも寄ってみた。夜は夜で帰りの客が多くなり、変わらずの繁盛で少し待ったのを覚えてる。来る時間帯はほとんど人の多い時で、彼女と会話なんてろくに出来なかった。それでも彼女は一言でもと話に来てくれていた。
「そういえばさ、まだお互い歳知らないよね」
 いきなりの話題にリタさんはキョトンとしたが、すぐに話に乗って来た。
「あ、そうじゃん。見た目で大体わかるからあんまり気にした事無かったね」
 他の事については、なんだかんだ色々話している。この街の事も、他の街の事も。お互い家事ができるのかとかどうでも良い事も多々あった。
「俺は今14なんだ、歳の割に小さいよな」
「ふふっ、確かにね。私は17、本当は学校に行かなきゃなんだけどね、こっちに引っ越してここで働いてるの」
 少し笑って話し続けた彼女の声は、なぜか段々と落ち着いていった。学校に行けないのは家族のせいなのかとも思ったが、そこには深入りしてはいけない気がした。
「あ、そういえばマニラウで学校見かけた事ないな」
 俺は話に出た学校について話す事にした。そうしたら彼女はまた明るく話し出した。
「そうそう、ここは商業に重きを置いてるから学校は無いよ。でも家を学校みたいにして勉強させに行かせたりしてる所もあるみたいだよ」
「へー、だから見かけないのか」
 もっと聞いてみると、この世界の学校は義務教育5年+4年が設けられている。その上である高校大学にあたるものは極端に少ない。だがマニラウのような教育を受けさせにくい街では、小中学校の代わりに家庭教師や疑似教室を作ってなんとかしているようだ。聞けばリタさんも家庭教師に教えてもらったと言っていた。
 俺たちは一回の会話で話が二転三転するが、それが二人の会話のペース。他に客がいなければいつ終わるか分からない程に花が咲く。しかし、その日は工場の終業の鐘が聞こえて会話が途切れた。
「あ、もう夕暮れか…もう行かないと、明日だから」
「…そうだね。本当に毎日来てくれるなんて思わなかったよ」
「人の期待には裏切れないからね」
 彼女の言葉に俺は小さな声で言った。それを聞いてリタさんは含み笑いを浮かべた。
「え、何?なんかおかしい?」
 俺は口を隠す彼女に言った。
「なんだかさ、君みたいな子って他にいないから、別の世界の人みたいだなぁって思っちゃってさ」
 想像もしてなかった言葉だった、まさかここでその言葉を聞く事になるなんて思ってもみなかった。
「…やっぱりヘンかな…」
「いや、案外そうだったりするかもよ」
「ねぇ、またからかってる?」
 彼女はどっと笑った。今は笑ってごまかせた、いつもからかいをちょくちょく話に混ぜていて良かったと思ったのは初めてだ。この話もまた、それらの中の一つになる事を祈ろう。
「またねー!」
 そんな事を露知らず、リタさんは大きく手を振って見送ってくれた。それを見るとさっきの不安が嘘のように消えている。俺はそれに大声で応えた。
「また来るよー!」
 人通りがだんだんと多くなっても、リタさんの姿は店の前にずっとあった。

 翌朝、出発の時。
「荷物はそれで十分か?」
 昨日の夜の支度から今の最終チェックまでにもう5回は聞いたセリフだった。
「だから大丈夫だって、もともと俺のものはほとんど無いんだからさ」
 俺の荷物と言えば、今着ている服、履いている靴、まあこれは常に着るからカウントしなくても良い。手持ちは、財布ともらった首掛けの宝石だけしか無い。もし俺が鎧や剣を持っていたなら着ていくか持っていく所だがそれも無い。完全に必要最低限の装備だった。
「…これで巣立ちなのか…弟子の中で一番早かったな」
「早いに越したことはないでしょ。俺は元々一人でなんとかしようと思ってたんだ、オッサンに拾われたからそうはならなかったけどね」
 本当は時間を掛けてでも、全て一人でやっていくつもりだった。でも偶然この人に見つかってここまで来たのである。そう思うと、元から考えていたプランには全くなっていない。でも確実に良い方向へ向かっていると感じている。
「そうだったのか。なんだ?言っちゃー俺は邪魔だったのか?」
「そんな事ないぜ、おかげでの事も早くに知れたから」
「…そうか。あいつらと仲良くしろよ?」
 そう言うオッサンは柄にもなく小さく笑っていた。
「当たり前だろ、そのための1年なんだからさ」
 それをとやかく言う気は無い。俺はそそくさと玄関の扉を開け外に出た。しかしすぐに振り向き、オッサンに向かって頭を下げた。
「今までありがとうございました」
 恐らく初めて彼に向かって敬語を使った。頭を上げると、微笑んだオッサンの姿が見えた。そしていつもの通りの声色で言ってきた。
「フンッ今更堅いぞ、お前の柄じゃねぇ」
 その言葉には俺も笑顔になった。
「はいはい、じゃあな!」
 手を振り『転身』によって集合場所の近場まで移動した。オッサンの声は昨日の夜からだんだんと元気がなくなっていっているように思えた。たった一ヶ月ではあるが別れは寂しいのだろう。俺からすれば、いつでも会いに行けるからそこまで寂しいとは思わない。ただ今までの騒がしさがなくなるだけだ。
 俺の居なくなった静かな部屋で、オッサンは一人しみじみと呟いた。
「あいつも今になって素が出てきたんじゃねぇかなぁ」
『転身』を使ってから十数分、東の商路が見えてきた。行き先はディザント。グルハ村とキルメイ村を経由してそこに向かう。もちろん経路にはいくつか分岐点もあるが、大体こことディザントを行き来する為だけに使われるらしい。
 どれもこれもオッサンの家にあった本を読み漁って得た知識だ、あって不足はないし他人に聞くのもおこがましいと思ってのことだ。それでいても、知らない事が多々あるのも事実だった。
 交易を行う広場には数えきれない程人がいた。物を売る人と買う人、おそらく競りをやっているであろう現場。遠目だが、陽の光でキラキラと輝いているから恐らく宝石だろう。そして外側に広場を囲うように待機するキャラバンのトレーラー。彼はそこで待っていた。
「おーい!こっちこっち!」
 彼は大きく手を振り呼びかけてくれた。俺は小走りで向かい、彼との距離が5mを切ったところで話しかけられた。
「案外来るの早いじゃねーか。お前鎧とか無いの?それでいいのか?」
 初っ端軽装を指摘された。確かに彼らの常識には武器防具は必須になっているんだろう。
「鎧は無いし、なんなら武器もないよ。あの試合見てれば分かるでしょ?」
「そっかー、あれがお前のやり方か。もし魔法効かなかったらどうすんだよ、拳でも使う気?」
「うん」
「素っ気ない顔で言うなぁ…」
 彼は苦笑いを浮かべた。相手は弓使いのバトラだ。すでに厚い岩のような鎧を身に付け、背には矢筒とそれに引っ掛けた弓が見えた。あの試合の時も思ったが、この人の鎧は役割が後衛の為にそれほど守っている面積は小さく、本当に守れているか怪しかった。身軽と考えればそれでも良いかも知れない。
「それで、他のみんなはどこに?」
 ここにはバトラ以外にウノン・カピトのメンバーは見えなかった。辺りを見渡してみるも人が多く、それらしい姿は見えない。
「ああ、あいつらならそこら辺に居ると思うぞ?見かけなかった?」
「見かけてないな…なんせ人多くて…」
「なるほどな。あいつら欲しいものあったら買ってくるってさ、ヒカルも早くには来ないだろうしって」
 なるほど。さっきのバトラの言葉にもあったが、もう少し来るのに時間が掛かると思っていた訳だ。確かに『転身』の事はまだ彼らに言ってなかったのを思い出した。
「バトラも何か買わないの?」
 そしてなぜ一人だけ集合場所ここにいるのか聞いてみた。別に詳しく場所は決めてなかったが、目立つ場所に誰かが立つ事にはなっていた。一人だけ残されたバトラの境遇には少し察しはついていた。
「ほら、誰かが目印になるって言ってただろ?そんで俺がジャンケンに負けたんだ…」
「…あー…」
 とほほと肩を落としながらバトラは手をピストルの形にして小さく振った、どうやらチョキで負けたらしい。俺のよく知るジャンケンと同じグー、チョキ、パーではあるが手の形は少し違ったものになっている。チョキはピストル、グーは拳ではなくサムズアップ(グーサイン)、パーは親指を納めた4を表す手になっている。それ以外は全く同じルールだ。
「それで、いつ頃戻って来ると思う?」
 俺が早く来る事を考えていないなら、それなりに時間を気にせず行動しているはずだ。姿もまだ確認できていないから全く予想出来そうもない。それはバトラも同じらしい。
「さあね、四人で行ったから結構かかると思うけど…あ、見えた」
 バトラは横目で当たりを見渡し見つけたが、目の向く方を見ても俺にはそれらしき影も見えなかった。
「え、どこに?」
「後数十秒で来ると思うぞ」
 そうだ、この人の異名は『彩弓』だが、鷹の目とも良く呼ばれるほど目が良い。だから人が多くても少し隙間が開けば確実に判別できるのだろう。現に彼はチラッと見えたから見つけたのでなく、確実に見えたと言っていた。そのまま待っていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。バトラが言った通り、四人揃って戻ってきた
「良いもん無かったなぁー、いつもあんのに何で今回だけねぇんだよ」
「あるあるだねー、でもジラフは買いたい物あったんでしょ?」
「どうせだろ」
「その通りだ、んー何でみんな分かってくれないかなー」
「誰もそんなもん食べたくねぇよ」
「あ、あー!もういるじゃん!」
 遠くから楽しそうに騒ぎながら他の四人が歩いて来た。メルがいち早く俺がいる事に気づき、それに呼応する様に皆も気づいて駆け足で向かって来た。
「もっと来るの遅いと思ってたのに」
「さっき来たんだ、タイミング良いな」
 話をしながら段々と皆が輪になっていった。普通の事かもしれないが、自然と綺麗な丸になるから少し凄いと思った。
「それで、出発まであと二時間くらいかな?結構時間できちゃったね」
「あれ、揃ったら出発するんじゃないのか?」
 メルはゆらゆら揺れながらサラッと言った。それにバトラが説明を加える。
「さっきキャラバン隊からお願いされて、急遽護衛をする事になったんだ」
「てな訳でヒカル最初の任務は俺たちと一緒にキャラバンの護衛をする事になりましたと」
「まさかこの数一斉に行くのか?」
 事情は分かった。しかし俺が少し数えただけで、キャラバンの台車は総数10台は軽く超えていた。それをみんなで守ると言うのは、いくら俺達が勇者だと言っても無理があると思った。
「そうだよ、本当は分けるのが普通だけど、俺たちだからイケるよねって事だよ」
「ああ…分かった」
 彼らが言う分には、それほどキツくないけど時間がかかる的なものだった。俺には同じ事は言えないと思う。ターラに勝った事実はあるが、それはコイツの力あってこそ。通常通りなら試合前半の様に歯が立たない。それで鑑みるなら、俺はかなり頑張らないと彼らの力にはなり得ないだろう。
 ふと気が付いたが、俺が来てからというものターラが一言も喋っていない。バトラにコソッと聞いてみたら、あれがいつも通りのターラだと言った。あの時はかなり喋っていたがそれは珍しい事だったとも。自ら何かするのではなく彼らに随伴しているだけのようにも見えた。皆はそれに構わず楽しそうに話合っている。それが普通らしい。
 あれこれ話している内に日は少し高くなり、客であろう人らも見えなくなった。しかし何故か慌ただしそうに見えた。
(あ、これって…)
 思った途端、ある男が俺たちに呼びかけた。
「勇者様!もうじき出立です!準備はできておられますか?」
「お?ああ!できてるぜ!」
 やはり出発の時間だった。顔を覗かせたのは日焼けで黒くなりすぎた男だった、白い歯を見せなかったらどんな表情をしているのか分からない。彼が言うように今は帰りの準備をしているようだ。みるみるトレーラーに人が集まっていき、狭いと感じていた広場がスッカラカンになっていった。
「じゃあ分担はこうな、先頭付近は俺で、側面前側に魔法組、側面後ろ側にターラとジラフ、最後尾はバトラ。これでいいか?」
「「異議なし」」
 バトラの提案に俺以外の四人は口を揃えて言った。だが俺はちょっとした事を尋ねた。
「それで、何から守れば?モンスター?賊とか?」
「モンスターだよ。こっちには賊はいないんだけど、代わりにモンスターが大量にいる。ディザントに近づく程多く来やすい、重荷を引いてるから音で寄って来るんだよ」
 スピットが快く受け答えてくれた。行く場所の特性上、何となくモンスターだけ寄って来る理由が分かった気がする。そして思った以上にこの依頼は疲れる事になるだろうと思った。
(そんな数相手で無事でいられっかなー…ダメだったら誰かに代わってもらおう…)
 少しばかり不安になったがめげてはいけない、勇者パーティに選ばれてしまったのならそれ相応に頑張るしかない。
「勇者様!準備が整いました!それでは、よろしくお願いします!」
 先ほどの男が遠くから出発を知らせてきた、いよいよディザントへの移動及びキャラバンの警護が始まる。
「よっし!じゃあ、行こうか!」
「「おう!」」
 リーダーの呼びかけに五つの声がこだました。
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『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

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