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第九話 三等昇格試験

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 ドアが勢いよく開くとそこにはオッサンがいた。下げたバッグは大きく膨れ、お金やらなんやらが多く入ってように思える。背負った大剣を立てかけバッグを置き、俺に向き直るとこう言い放った。
「ヒカル、三等昇格試験を受けてみないか?」
「…は?」
 本来三等英雄の狩猟対象であるラネムーゾを倒してからそこそこ時間が経っているから、三等英雄に匹敵する力があると思っているようだ。いくらなんでも早すぎるが、案外そうじゃ無いかもしれない。あの時水属性相手に火を使った、木属性相手に火は普通に通るし、同じ属性でも普通に通る。ならいけるのかもしれない。
 当のオッサンはこれを知らないはずなのに、なぜそこまで押せるんだろう。そんな事を考えても無駄だと分かっているけど、今まで一番近くで俺を見てきたのもオッサンだし、俺の力を一番知っているのも彼だろう。それを鑑みて受けさせる事に決めたんだろう。にしても急過ぎる、今やらなくてもいいだろうに。
 そうこう考えている間にヴィザーに連れて来られたのはマニラウのギルドだった。四等英雄までは各所の集会所でクエストが大方扱われ、三等からはギルドでクエストを受け持つようになる。自ずと三等昇格試験もギルドから受けることになるんだ。
 各所集会所の認めた人が来るって考え方のため、試験は速やか且つ的確に終わるようにできている。ギルドの受付から左にずれて歩いて行くと、誰もいない受付があった。そこが昇格試験の受付らしい。分かっていたが、試験を受ける人はそうそう居ないらしい。担当の人も席を外していた。
 オッサンが裏方の部屋におーいと声をかけると、ドタッと音がしてこちらへ歩いてくる音が続く。短いカーテンを分けて顔を出したのは、髭を生やした細身のおじさんだった。
「おお!ヴィザーか、ああっと…今回は来るのが早いな」
 二人は知り合いらしい。考えれば当たり前だ、オッサンは弟子の数だけここに来ている。嫌でも顔見知りになるだろう。
「ああ、もう十分だと思ってよ。こいつは今までのあいつらよりぇぞ」
「へぇ、かなりのお墨付きか、そりゃいい!」
 おじさんはのけ反り一回手を叩いた、そのまま裏へ一度引っ込んだ。お調子者かテンションの高い人なのか変人っぽさがある。それにしてもなぜ俺の事を知っているんだ?やっぱり噂位にはなっているんだろうか。
 しばらくして、おじさんが書類片手に戻ってきた。もちろんクエストのそれで、内容はこうだ。

『 <二頭討伐> <難易度>Pt.Ⅲ
 <概要>
 エータルの森にて指定モンスターの討伐
 指定モンスターは下記の通り。
 『ウィンドドラート』
 『ファボイ』
 深部に出現報告あり。 』

「へぇ、二頭討伐なんて珍しいな」
 オッサンが紙を覗き込んで言った。
「三等試験にしちゃ難しい奴だ、無理なら別のやつにするぜ」
 いきなり二頭討伐ってどうなのって思ったが、オッサンの顔を見ると何も表情が変わっていなかった。ずっとあの謎の自信に満ちた微笑みのままだ。案の定返事はこうだった。
「ああ、それでいい!」
 他人の事なのになぜこうも自信があるのか、それが分からない。
「そんな顔すんなって!絶対大丈夫だからよ!」
 にかにかして俺を励ましたが何も大丈夫じゃないと思うのは俺だけか。
「心配なら、見守り役を同行させようか?危なくなったらそいつらに守ってもらえ、ダウンしたら運ばせるようにする」
 おじさんが俺の顔を見て気を利かせてくれた。
「じゃあそうしてください…」
 自然と深くお辞儀をしていた、一気に心細さが無くなった気がする。
「あいよ、じゃあ出発してくれ、あそこの転移装置に…」
「ああ、ちょっと待った!解石出してくれ!いいやつを。こいつのステータスを見てみろ」
 オッサンがまた裏へ行きそうな友人に声を飛ばした。彼は横目でオッサンを見ると、はいよ、と言って奥へ行ってしまった。
「今?クエストは早く済ませたいんだけど」
 オッサンの勝手な行動にいつも振り回されていたから、もう今回は勘弁してほしいと思った。俺の顔には皺が寄った。
「しかめた顔すんな、やったらすぐに行って良いからよ」
 その時おじさんが蒼く輝く解石を持って現れた、その後ろには二人の若い男性が付いて来ていた。その二人を並ばせ解石を置くと、おじさんは二人を簡単に紹介した。
「アドンとキリルだ、どっちも三等英雄の資格を持ってる。さ、どうぞ」
 促されるまま解石に触れ、今までの二つよりも一層輝きを増した石を見て、俺は早速転移装置へ向かった。そんな俺を見てアドンとキリルは片眉を上げた。
「何だ、珍しい奴」
 言われた転移装置を使うには少し待たなければいけなかった。他にも使う人は大勢いるから当然だが、待ってる間にアドンが言った。
「あんた、どう見てもまだ子供だよな。パーティも組まずによく挑戦する気になったな」
「もっと簡単なやつでも良いと思ったけどよ、お前がやるってんならそれで良いわ」
 続けてキリルも口を出した。それは少し冷淡な口調だった、まあ無理もない。でも俺はオッサンに背を押されてやるわけだし、そのオッサンのも確かなものだし、反対する気は強くは無い。やるだけやって、成るように成るさ。
 森を歩いて半刻が経とうとしている時、またアドンが口を開いた。
「あのヴィザーってやつ、弟子を育てるのは良いが、この試験を達成するまでどいつにもこいつにもパーティを組ませねぇんだよな。一人でクリアできるくらい強くはなるが、慢心したりで結局総合して他者に劣っちまうんだ。あいつはそれを分かってか、知らずでか、それを何度も繰り返す」
「俺はもう呆れたよ…」
 キリルの口からからボソッと聞こえた。こんな嫌味が飛び出した、オッサンの評価はどうも芳しく無いようだ。弟子の中には確かに成功者はいる、でも道を少しでも外れた者がいると悪目立ちする。そのせいでこんな現状になったのだろう。あまり聞いていて良い話では無かったが、アドンが切迫した声を出し、途端に空気が変わった。
「あ!ウィンドドラートがいたぞ!尻尾が見えた!」
「え?」
「ほら、あっちだっての!」
 アドンが指を刺した方向に、いつか見たドラゴンっぽいモンスターがいた。あいつが今回の討伐対象の一つのウィンドドラートだ。体長は3メートルくらい、羽毛がくちばしを除く頭部から尾の先まである。腕はあるが足は無く、長い胴と尾を持つ。俺は奴の姿を確認した瞬間に駆け寄った、慣れた足取りですぐに木の上に移りどんどんと近づいて行く。この時に奴も俺の存在に気づいたのか、辺りを見渡して警戒し、全身の羽毛が風も無しになびいた。
「あ?待った、あの小僧どこ行った!?」
 奴の尾が左右に強く振れた、同時に風が空を切る。その風は俺を目掛け、木の枝を根こそぎ切り落としながら近づいてくる。だが、今更目に見える物を避けるのは造作も無い、ラネムーゾよりも幾分か遅いから。単に切られる前の枝に飛び移ればずっと避けられるし、近づける。
「もう戦ってるっての!斬扇風の音だぞこれ!」
 自分の攻撃関係無しに近づいて来る俺を見て、この戦い方では埒が明かないと勘付いたか身を翻し俺に向き直った。構わずそのままのスピードで飛び蹴りをしてみる。身を捻り躱され、互いに向き合う状態になった。
「追いついた…ヤバイぞあいつ…俺らよりぇえぞ…」
「しかもあんなスピードの中で戦って無傷かよ」
 最初に近接を仕掛けたのはウィンドドラートの方だった、超スピードで体をくねらせながら接近する。そこにはあなどる様な余裕があり隙が大きく見えた。あと2メートルになった瞬間、奴のくちばし目掛け最短距離で打撃を与えた。
 それは『落とし裏拳』、油断した奴に良く当たる。真上か斜め上から手首を返して素早く落とす。奴はその場に倒れ込み、俺は跳躍して奴の尾を踏みつけた。ドラートはギャアギャア叫び、そこから脱しようと試みたが、踏みつけた時に『絡み』も同時に使った為にそこから逃れる事は不可能だった。それでもまだ奴の尾は機敏に動き、さっきのを使ってきた。だが、踏み付けと拘束によって制限された動きでは、どうしても弱く小さい刃しか生み出せていなかった。その風魔法の刃に打ち勝つ方法はいくらでもあるし、この拘束を解かないためにもここに居座る事を選んだ。だから俺は同じ風魔法『爪風刃』で相殺し続けた。
 すると奴が抑えられてない尾の根元から、腰や背を捻り、上体だけが仰向けになった。無理な体勢をしながらも自らの爪を攻撃に使って来た。ラネムーゾよりも遅いが、流石に当たるとどうなるか分からないような鋭く大きな爪だ。それに当たる事は避けたい為に余分に大きく避けている。俺はもう決め手は考えてあるし、後はそのタイミングを待つだけだ。
「弱くなってるとは言え、斬扇風を詠唱も無い魔法で打ち消しながら近接攻撃も避けるって…」
「ああ…あの魔法は一定範囲に入ったやつに攻撃するってやつだ…確かに爪に集中できるがあれだと維持が大変なはずだが…」
 ウィンドドラートの爪攻撃は左右交互だった、しかしそのの攻撃は徐々に工夫され、タイミング、それぞれのスピードが変わり続け、簡単なブラフも用いる様になった。
(そろそろだ…)
 軽く汗が滴り始めた頃、その時が来た。まばらになった爪の軌道、正確には手の軌道が左右対象になった時、俺は奴のまだ開いた状態の両掌に炎を纏った両拳を放った。
「『炎轆えんろく』!」
 ドラートの両腕が螺旋を描く炎に呑まれ、断末魔とも取れるような絶叫をあげた。奴が叫びを上げる時、少し態勢が後ろへ偏った。俺は炎の残る左腕を振り上げ、奴の首の付け根を掌で打ち抜いた。ドラートの羽毛を折り、鱗を凹ませ、気道を塞ぎ骨をも叩いた。もしモンスターが人と同じように骨があり神経があるなら、この一撃で神経に異常を来たし、しばらくの間失神するか、不随にもなり得るだろう。現にウィンドドラートは痙攣を残し意識を失った。
「勝っちまったぜ…へへ…」
「普通パーティ推奨の相手を一人で、無傷で、こんな短時間で仕留めた…」
「…こいつぁだな、とびっきりの…」
 忘れかけていた付き添いの二人は遠い目をして、引きつったような笑いを浮かべていた。
 とりあえず無力化したウィンドドラートは首を落として討伐完了。そんな俺の姿を見て二人はまたゾッとしていた気はするが、それからと言うもの、二人の態度というか俺への接し方というのは120°くらい変わった。なんとも微妙な変化だが、とりあえず俺を蔑む様な事は無くなった。
「ファボイは神出鬼没だぞ、どこにいるわけもなくそこら中を転々として、気がついたらテリトリーの中さ」
「とにかく縄張りを移すから、そいつの出現情報は当てにならんって事さ」
「そうそれ!」
 さっきの空気は何処へやら、気のいい感じを出して、二人は俺に対ファボイのアドバイスをしてくれた。俺もさっきの雰囲気を忘れる為にも気分を変えて優しく当たった。
「ありがとうございます、じゃあ歩いてたらいつかって事ですか?」
「そういうこった。しかも深部によくいるから出会うにはここらを回ってりゃいいさ」
 とは言うが、もう歩き回って小一時間経つ。ウィンドドラートはすぐに見つかったけどファボイはいつ見つかるんだろうか。そういえば姿さえ知りもしない。
「なんせ一番見つけにくいからなぁ」
 キリルが気の抜けたように呟く。口調からして本当にこうするしか無いのだろう。仕方なく俺たち三人は森をグルグル回り続けていたが、ある時異変に気付いた。
「あれ、ここ通ったよな…」
「あれ?そうだっけ?…確かにこのガーリック薬草の一つはさっきも見た気がするな」
 そんな事は無いはずだった、右へ曲がった次は左へ曲がったら右へを繰り返していたのだから。やって来た道のりは階段状になっているはずなんだ。立ち止まって少しの間があり、キリルがアドンに言った。
「…なあ、ファボイってするモンスターか?」
「いや、ただ自分の体躯を生かしてヒットアンドアウェーをするだけだぞ?」
 三人とも嫌な予感がしていた。俺はともかく、アドンとキリルも経験の無い状況だったのだ。そしてキリルが突拍子もない事を言う。
「未確認のモンスターの仕業か!?」
「いやそんな…事もあるか…」
 アドンが苦い顔をして言った。その時、頭に響く様な声が聞こえて来た。それは人の言葉を使うにしてはぎこちなく、冷淡に話しかけてきた。
『ヤット気ガ付イタカ。人間ガココデ何ヲシテイル。ファボイト戦イタイナラ戦ワセテヤル。出来ルモノナラ生キ残ッテミセロ』
 それは聞いた事は無いにしろ人間の声だった。その言い様は、自分が人間では無いと言っていた。
「モンスターか!?しかもかなり知能が高い!」
「まさかここのモンスターを操って…」
 キリルが考察をしている最中突然よろけ出した。気付いた時にはもう木に打ち付けられていた。
「カハッ!…」
 衝撃で嗚咽が漏れる。
「おいおいやべぇぞ、ありゃファボイの仕業みたいだが…どこにもいねぇ!?」
 アドンが辺りを見渡すも、それっぽい影すらチラリとも見えなかった。木に打ち付けられたキリルは口から血を吐き、掠れた声で言ってきた。
「…こいつ…俺らより断然ぇえ…レベルは…最高クラスっぽいな…」
「おい!それじゃ三人でも無理じゃあ!…」
 その時、突然アドンが吹っ飛び木に頭を強く打った。
「ったく、二人ともやられた…俺は…」
 俺は身構えた、その時目の前の木が揺らめいた気がした。良く見てみると、それは木に似た何かであり、徐々に姿が鮮明になっていった。人の様な形だが体高は3メートルを超え、頭、胴、腕、足ははっきり見て区分できるが、全てが細長い木か枝で構成されてる。その目は虚、口は開いたまま動かず、身体中常に軋む音がする。
「やっぱり、ファボイか…」
 まだ辛うじて意識のあるキリルが呟いた。
「こいつが?…」
 俺にはどう見ても強そうには見えない。しかし、彼が言うのならそうなんだろう。
「こいつら、本当ならここまで強くは…」
『ソウ、コイツラハ強ク無イ』
 キリルの話を遮り、あの謎の声が続ける。
『ダカラ少シ改造シテミタンダ。レベルモ最大値ノ五十、与えエタ能力モ加味スルトナレバ、三等英雄デハ手モ足モ出ナイゾ』
 忘れていないだろうか、これは三等英雄に昇格するための試験だ。声の言う通りなら三等では倒す事は出来ない。こんな状況になるなんて誰が思い至ったか。いや、誰も思いもしなかった。撤退した方が良い気がする。でも。
「まだ、アドンの安否が分からない…」
 目の前にいるモンスターは依然として立っていた。アドンの安否を確かめるべく、飛んで行った方へ目を向けたいが、目を離すわけにはいかない。俺はこいつの行動パターンを知らないから。でも、これは出来る。
「キリルさん、もう動けるますよね?今の標的は俺だ、アドンさんの元へ!」
「…分かった!」
 突然の指示に驚いてはいたが、状況を見てキリルが急いでアドンの元へ駆け出した。俺は俺で、いつ攻撃が来るか分からない故にどんな対応をする事も難しい様に感じた。程なくしてキリルがアドンの元についた。
「…大丈夫、ただ頭を少し切っただけだ!大丈夫、息はある!」
「ならよかった!」
 その時俺は反射的に、だが一瞬だけ目を逸らしてしまった。気が付いても遅い、もうファボイはどこかへ消えていた。相手が見えなく程戦いづらいものは無い、しかもこの幻覚じみた物は音も匂いも足跡も見えないようにする。どこに居たのか、どうやって近づいて来るかも分からない。
『ドウシヨウカナー…コイツデオ前達ヲ倒セレバ、小サナ村程度スグニデモ潰ス事ガデキルダロウナー』
「こいつ…」
 冷淡な口調ではない、先の未来を思い浮かべた愉悦を帯びる物言いだった。
「俺らは実験台か…潰すって魔王みたいな事を言う奴だな…」
『フンッ…ソロソロヤッテ良イゾ』
 その言葉を皮切りに、遂に俺への攻撃が開始された。まず膝裏を蹴られ崩れたところに真横から蹴飛ばされた。首を突かれ尻餅を突き上から踏まれ、いきなり喉へ衝撃が走る事もあった。それらが不規則に、パターンを少しずつ変えてやってくる。
(あいつが見えないファボイと戦っている…それに比べて俺は見ることしかできない…あいつは俺らよりも頑丈そうだが長く持つはずが無い…どうすれば…)
 木に背から打ち付けられた、次の攻撃は十中八九正面から攻撃が来る。
「『離破りは』…」
 俺の体は一瞬で5メートル程真上に浮き、同時にさっきまで背にしていた木が音を立てて瞬時に折れた。確実に真下にいる今までで最高のチャンスだった、何よりこいつらを野放しにしていたらいけない。もう俺はこいつを倒すことに執着していた。
「『灼豪しゃくごう!」
 真下へ放つ破壊の豪炎。離れた二人をギリギリ巻き込まないくらいには広く放った。降りた地は瞬時に燃え尽き灰になっていた。
「あ…」
 事もあろうか灼けた中からファボイが現れた、ゆっくりと軋みながら歩いてくる。だが、奇妙な事に、徐々に霧に飲まれるように消えていった。
「今のって…」
「おかしい!」
 今まで見えていなかったのに急に見え出し、何かに隠れた。しかもその何かは火で一時的に消える様に思える。試しに手をかざし、一つ小さな火球を飛ばしてみる。ある時点で木の枝が宙に浮いてる様に見え、火球が通り過ぎるとそれは再び霧隠れの様に消えた。
(ファボイの腹だ!やっぱこの霧みたいなのは火で消せる!)
 分かれば、後が楽だ。
「『赫散かくさん』」
 大手を広げてて唱えれば、辺りは赤く輝いた。
「やっぱすげぇや…これ火か?熱くない…」
 熱を感じない程小さな火の粉、それが森一帯へと無数に広がる。たちまち辺りはされ、ファボイの姿がくっきりと見える様になった。これでまともに戦える。
「当分隠れらんねぇぞ。今までもらった分、返してやるよ!」
 俺は吠え、右腕に炎を纏わせ動かぬファボイに殴りかかった。ドンッと重い音が鳴り響き、炎はファボイの胴を貫いた。
(…おいおい、冗談キツイって…)
 音も良し、炎も良く呑み込んだ、だが感触だけは異様だった。煙が晴れ行く中見えてきたのは、指の様な枝に止められた俺の拳だった。物理ダメージは無い、しかも魔法でのダメージも確認できなかった。咄嗟に後方へ跳び、左右から『爪風刃』で計八本の斬撃を放った。だが当たりもする、しっかりと当たった音もするが、ダメージは微塵も見受けられない。
(なんだこいつ…改造の度合いがおかしいだろ!魔法は効かない、物理攻撃は防がれる。奴から攻撃してこないのはまだ良かったか…)
 そんな事を考え攻めあぐねていると、急にファボイが駆け出した。物理的に浮かない足で滑る様に移動している。驚いている間にもファボイはその距離を縮めて来る。木の裏に次から次へ隠れながら攻撃の隙を窺いながら。
「小僧!それが普通のファボイの戦い方だ!奴を視界に入れ続けろ!」
 アドンを抱えるキリルが叫んだ。言われるがまま俺は奴を見続けた。目で追うのもやっとなスピードだし、360°全ての方向に奴のがある。
「…これじゃ手に余る…ったく、借りるしかないか」
 俺はやると決めた。
「キリル!俺の近くへ!」
「あ!?了解!」
 アドンを抱えてキリルが駆け寄り俺の背に付いた。
「いきなりなんだ!?策が見つかったか!?」
「ああ、盾を全部無くす!なるべく姿勢を低くしてくれ!」
「分かった!」
 キリルがアドンを覆うようにグっと身を屈める。ファボイはずっと木の裏を巡り続けている。奴との距離は殆ど変わらず、おおよそ5~10メートル付近を行き来していた。まだ隙を見つけようとしているのだろうが、それは無駄な行動だ。俺は大きく体を捻り、一気に腕を振り、文字通り全てを薙ぐ。
「『獣稟じゅうりん一心いっしん』」
 ピンっと辺りを光が駆けた。高さ1メートルの位置だけに走ったそれは、瞬きよりも早く消えていた。音も無い静かな森となり、気づけばズズズと何かがずれる音が聞こえてきた。木が少しずつずれているのだ。やがて木は少しづつ傾き、俺に近い木からドミノの様に倒れていった。それは半径30メートルの所で止まり、キリルはそれらの轟音で顔を上げた。
「なぁ…何をしたんだ?…お前…獣人族なのか?」
『獣稟』を使った後の少しの間、顔には紋様が浮き出て、実態のない獣の耳と尾が発現し、目も瞳孔が煌びやかになり細長く変容する。この力は俺の最後の魔法であり、でもある。
「違います、人間ですよ。ただちょっと、選ばれただけです」
 そう言ってる間にそれらは消え去り、俺はいつもの姿に戻っていた。
「あ、そうだ!ファボイは?」
 思い出した様にキリルは辺りを見渡し、今、真後ろに影がある事に気付いた。
「あ…」
 そこには棒立ちのファボイが居た。軋みもせず、ピクリとも動かずにいたが、徐々に塵になって消えていった。
「これは?」
 ファボイは原型を留めず体の全てが小さな粒になって消えて行く。キリルがこれについて説明し出した。
「ファボイは魔力性モンスター、動物性モンスターと違って死んだら核である魔石を残して消えてくんだ」
「じゃあ…俺は…」
『マサカ勝ツナンテナー…デモ、当タリ前カ』
 俺とキリルははっとした。今の今まで関わって来なかったあの声だ。でも今度は方向がはっきりしていた、ファボイが居た更にその後ろだ。塵の舞うカーテンの向こう、倒れた幹に座る誰かが居た。
『ソノちからデナラ、コイツモ倒セルヨネー』
 姿を現したのは一つ目の人型モンスター、銀髪の童顔で、膝から下は木の根の束になっている。鋭い眼に光は無く、ただ冷淡に続けた。
『今回ハ君ノ勝チ、コノ地形ジャマトモニ戦エモシナイシ、一旦退クヨ」
「…!待って!」
『『獣憑けものつき』、次会ウ時ハ全力デ戦オウネ』
 その手を掴もうと走り出したが、そのモンスターは風に乗り何処かへ去ってしまった。俺とキリルはただそこで、しばらく呆然としていた。
「…帰るか」
「…ですね」
 キリルは気絶したままのアドンを背負い立ち上がった。表情は何とも言えない様なものだった。
「さっ、確かマニラウはこっち側だ、行くぞ」
「…あ、はい」
 俺はキリルに付いて行った。俺はこのまま帰るのもつまらないと思い、ちょっと驚かせようとして手を繋いだ。
「おいどうした、いきなり手なん…か……て?」
 キリルはギルド近くの路地にいる事に気付いた。思惑通り驚いた表情をして辺りをキョロキョロしている。
「おい、またお前が?」
「そうです。俺、転移の魔法が使えるんですよ。アドンさんもそんなですし、病院に連れて行ってあげてください」
 キリルの少し口元が少し綻び、ため息の後に言った。
「…ほんっとにこいつは、だな…」
 キリルがそう言い残したのを聞き、俺はいつもの様に路地を出ようとした。そんなところを呼び止められた。
「おい待てよ、一番の重態はアドンだが、一番の重傷はお前だぞ?報告終わったらすぐに病院に来いよ」
「はい」
 俺は足を止め、笑顔で返事をした。クエストは達成した、無事に三等英雄に成ったのだった。

 その会話は、俺らが出発してすぐに行われていた。オッサンとオッサンの友人は、蒼い解石の表示した文字を丁寧に見ていた。
「っで、これどうよ…レベル14のステータスじゃねぇぜ」
「こいつのステータスは二等の下っ端くらいの数値だぜ?…お前の言った通りだが…」
「んん…にしてもレベルアップが早すぎるな、メイラに言われて気にし出したが、これは流石に…な」

『  [ヒカル]  [魔導士] LV.14  [年齢:14]
    『基礎値』
    『攻撃』[160] 『防御』[152] 『速度』[149]
    『知力』[84] 『耐性』『高』
    『耐性』:物理 :属性 :化学 :精神
    『スキル』
    『統火』『賢流』『括風』『****』
    『格闘』   『魔法合成』
 『ユニークスキル』
 『wvokurimn』               』

「俺はこの上手く表示されていないユニークスキルのせいだと思うな」
「俺もだ、こんな事は今まであったか?」
「…ああ…実はあるんだよ、細かくはお前にも言えはしねぇけどな」
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