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第八話 頂を冠する者達
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聞けば、それはこの世で最も強いパーティであると言う。一人は鷹の目の弓使い。一人は強大な魔法使い。一人は老いてもなお最強の槍使い。一人は誰もが畏怖する剣術士。そしてそのリーダーたるのが、傷だらけの双剣使いだと言う。もはやその者らの名はありふれて、皆が知る常識で、今更知らぬと言えないくらい有名であり、更には誰もの憧れであって人気もあるらしい。
これはつい昨日か一昨日に聞いた話だ。しかも誰も彼も同じこの話題を必ず持ちかけてくる。メイラさんからも、オッサンの友人達からも、なんなら買い物に行った先の店員と店長からも聞いた。みんな笑顔でどうしようもなくワクワクした様子だった。恐らくオッサンも、リタさんだって同じだろう。
それを俺はあまり嬉しく思わなかった。正確には、乗り気になれなかった。これは一種のお祭りらしい。そのパーティ見たさに人だかりができるだろう、しかもこの人口の多いマニラウでだ。俺は元々人混みっていうのが苦手なのは言っていたと思う。人と波に揉まれるのが嫌なんだ。
そのパーティが来ると言われたその日から一日だけ遅れた日、外はとてつもなく騒がしかった。昨日オルミボスの蜜を集めたが、帰ってから疲れですぐに眠ってしまった。そんな夕方から一晩明けるまで気持ち良く眠っていたが、その騒がしさで目が覚めた。二階ベッドの小窓を覗けば、忙しなく早歩きや小走りで同じ方向へと向かって行く人々が見えた。
「ああ…今日なのか…」
苦い顔をして俺はベッドを降りた。ある程度のモーニングルーティンを済ませた後、一応下見で人だかりの中心を見に行ったが、その時には起床から2時間は経っていた。人だかりに『転身』する事は出来ないから歩いて来たのだ。そして中心は見えない、しかしそこでは皆が皆誰かに向かって叫んでいた。それはそのパーティに向けた黄色い歓声が主だったが、中にはおかしな事を言う者もいた。
「ドーラさん!矢筒見せてくれぇ!参考にしたいんだ!」
男の太い声だった。なぜはっきりと聞こえたのがその言葉だったのか不思議だが、恐らく彼は鍛冶屋の者だろう。なぜそこまで矢筒に関心があるのだろうか、ドーラとやらの矢筒はかなり特殊な構造をしているのだろうか。そう考えると少し見てみたい気がするが、こんな人混みじゃそんな気もすぐに失せる。
後は全て歓声にかき消されていた。もはや中心などどこにあるかも分からず仕舞い。とりあえず理由をつけてこの街から身を引くため、適当なクエストを受けた。「本当にいいの?」とメイラさんに止められたが、「はいはーい」と言って適当にあしらい強行突破した。その時、一瞬彼女がため息をついたのが聞こえた気がした。
日が真上に来ようとする頃、俺等はようやく工房に着いた。俺等を囲む人だかりが、悪くいってしまうが邪魔をしてあまり進めなかったんだ。ま、別に楽しいからいいけど。いろんな言葉を投げかけられるが、ここまで権威か地位、俺たちの場合は実力か、とりあえずそれがあると敬意と羨望がこもった声が多く聞こえる。
「さて?こっからは別行動だな。おっちゃーん!案内たのもー!」
俺はこのマニラウ大工房の受付を呼んだ。ここへ来るのは二回目だ、前回は今身につけている鎧と背負っている双剣を頼んだ。かれこれ四年か五年前、もうかなり昔の事だ。そして今回は、俺の持ち込んだ素材で新しい双剣を作ってもらっていた。
「スピット、丁寧に言葉は使えないのか?」
ジラフが俺に説教じみた事を言い出した。俺は彼の方を見ずに声を返した。
「それ俺の柄じゃねーもん、好きにさせろやい」
ジラフがそんな返答にため息を吐き、ターラは彼の肩にそっと手を置いて言う。
「確かに彼の言葉遣いには問題があるが、他人を意図的に不快にさせるような気は無い。仮に気を悪くしたとしてもロヴェルは場を収めるのが得意だ、問題無い。ゼルももう兎角言うのはやめな」
良い終わると肩から手を離して先に行ってしまい、後から彼専属の担当者が付いていった。アイツは個人的に何度もここへ来ていたらしくて、どこに自分の武器が保管されているか分かっているし、そもそも決まっているらしい。案内役の担当者は最早ただの話し相手になっていたが、恐らく俺たちよりも気の知れた相手だろう。
「はぁ、分かったよターラ。もうここまで来て言う事じゃ無いか」
去る背中に物を言い、ジラフは肩を竦め俺の近くに来た。その時二人の案内人が俺達に話しかけ、保管庫まで共に歩き出した。ジラフとは途中まで同じ道のりらしい。
「あ、メルはここに残るのか」
バトラがメルに向かって言った。メルはこのパーティ唯一の魔法使い、ここへ来ても作ってもらう物も無いからたった一人暇になる。だが彼女はそれでも退屈はしなさそうだった。クルッと体を群衆のいる方へ向けると、バトラに向かって彼女は言う。
「そうだね、でも丁度あの人も来たみたいだし張り切ろうかな!」
笑顔で小さくガッツポーズをするメルは、もう二十歳だと言うのに小さな子供に見える。原因は彼女が身に付けている海エルフの特殊な鎧にあり、それの名を覆鎧と言う。
それは半透明で生地も色も薄く水色、中は水で満たされていて触り心地は良く、もちもちかぷよぷよと表現出来る。お世辞にも鎧だとは思えない代物だ。海エルフが地上で活動する為に装備する物だが、彼女は幼少期から身につけ地上で活動している。ただその覆鎧は全長150センチしか無く、その中に居続けたからか身長はたったの121センチで止まっている。が、そのくせして胸はデカい。
「マジか…ゼッテー来るよなあのおっさん」
バトラはその後ろに案内役の役員を待たせてながら、外へ行こうとするメルに言った。
「だね。でも、別に嫌いじゃないでしょ?」
ッパっと振り返ったメルに、バトラは笑いかけながら返答した。
「まぁな。つぅか、みんな逆に来ること期待してるもんな」
その言葉を最後にメルは外へ、バトラは小さく手を振ってから工房内部へ振り向き、担当者に軽く誤ってから歩いて行った。その光景を目では見てないが、俺の耳は良い。結構いろんな音がするから分析も簡単だ。
このマニラウ大工房は横にも縦にも大きい建物で、建物の直径は100メートルを超え、高さは200メートルくらいだと聞いている。下の階層中心で武具工房を営み、それ以外の上の階層では紡績と縫製を行なっている。質は高く値も安い、王都にも引けを取らない、いいやそれ以上の綺麗な服がここでは作られている。
俺が今歩いているのは工場内部でも一番外側の通路で、この道の内側に、保管庫は幾つにも分けられている部屋がある。注文した時に伝えられるか、札に書いて渡される番号が保管場所。ただ広く数が多いだけじゃなく、注文ごとに場所が変わるから細かい位置も分からない。だから案内人を呼ぶ必要があった。みんなと解散してから数分歩いて、とうにジラフとも別れた時、案内人は一つの扉の中に入った。『1040281』ここが俺の保管場所だ。
「少々お待ちを」
そう言うと案内人は保管庫の中心に取り付けられた台に乗り魔法を使い出した。手の動きは縦と横しか無く、規則正しく腕を動かしている。それにつられるように部屋の壁を埋め尽くすブロックも動き始める。これはこの工房でのみ使われる事務型の操演魔法であり、名も持たない魔法だった。保管庫は自然界で最も頑丈とされる蜂の巣のように、正六角形のブロックで構成され依頼者一人につき一つのブロックが割り当てられている。いわゆるハニカム構造の保管庫だ。と、操演の最中だというのに、不意に案内人が俺に話しかけてきた。
「ヴォイルーゴ様、この魔法の系統はご存知ですね?」
それは一種の品定めのつもりだったのだろう。俺は小首を傾げて答えた。
「ああ知ってるとも、風魔法だろ?しかも上位の」
英雄なら知っていて当然とも言える魔法、その属性の問いだった。操演を続けながら彼はそれに応じると、また俺に問題を投げかける。
「その通りです。では、それ以前では何と呼ばれていたかはどうです?」
それは魔法の歴史の問題だった。その答えは俺の人生にとっての昔に、必要だからと言われ叩き込まれていた。
「空だろ?しっかり四年前位に覚えさせられたよ」
その時、操演魔法で運ばれて来たブロックが部屋の中心に降り立った。案内人が台から降り、蓋を開ける為にブロックに近付いた。
「そうですか、やはり教養が良いですね。専門知識と言いますか、ある意味物好きの知るものです。ですが、上へ上へと上り詰める為には、そんな事まで覚える必要があるんですかねー」
そんな事を言いながら手元からカチッと軽い音がなった。その箱自体は木製なのに金属の仕掛けの様な音で未だに慣れないが、とにかくブロックが解錠されたみたいだ。
「さ、ヴォイルーゴ様、依頼通りに作成致しました。お気に召しましたでしょうか」
俺は開け放たれたブロックから、そっと新しい双剣を取り出した。これはグリップも刀身も一つの素材から切り出した。硬さは世界最高峰、またこうして研磨すれば世界で二番目に鋭い武器になる。
「…ああ、いいね。なんでも切れそうだ」
俺が注文したのは異形の双剣。基盤となった型は緩いカーブを描いた短剣、それが二振り。いくつもの刃を付け足し、刺々しい見た目になっている。俺の技を最も活かす形、そうでなくても、これでどの方向からどのように切っても等しくダメージになる代物となった。もちろん付け加えた小さな刃も大きさはまちまちで、ダメージに大小は生まれてしまうけど、攻撃範囲は大きくなった。
「それにしても『オニキスの爪』を持ってくるとは思いませんでしたよ。こんなお若いのに、とてもお強くなられたようで…もう5年も経つのですね」
案内人はしみじみと言った。自分でもそんなに経ったとは思っていなかったが、思い返せば確かに昔の事だった。しかし俺はあまりそういう事は考えたくない。だから少し話を逸らす。
「あのさ、やっぱり最近忙しい?」
背に担いでいた使い古した双剣を渡しながら訊ねた。これとはもうお別れだが、大事なのはこれからだ。彼もそれを知っているから、俺の質問に答えながらこれを受け取った。
「ああはい、もうあと一ヶ月を切っていますから、皆ご贔屓になられていますよ」
はじめはキョトンとした顔を見せたが、その後はいつも通りの顔になった。今一度彼の顔をよく見れば、目の下に薄くだが隈ができていた。今日はみんな俺達が気がかりだから少ないみたいだけど、最近はあまり寝れていないらしい。
「やっぱりね、業務がどうなってるか俺にゃ分からんけど、しっかり休みは取ってよ?」
一応心配になったから言った。忙しいのは分かっているが、そのせいで体を壊して欲しくはないから。
「分かっておりますとも、それではご武運を。蛮勇の義子よ」
新しい双剣を背に納めた。最後に彼はわざとらしく昔の呼び名を呼んできた。
「全く、その呼び方はやめてくれっての」
それは英雄になった頃の二つ名。蛮勇とは、俺の育ての親の異名だった物だ。多少の呆れと苦笑いを残して、俺は工房のホールに戻る。俺がそこへ戻った時には既に皆が集まっていた。各々が新たに作成した武具を持って、わいわいと楽しそうに会話していた。やっぱりと言うか、メルの姿は無い。
「おお、戻ったか。なんか剣がやばいことになってんな」
来るなりバトラが話しかけてきた。こいつは今まで合金で作ってた薄くも硬い鎧を着ていたが、今度は弓の相性も考えて茶褐色の岩の鎧を身につけていた。彼曰く強力なモンスターの体を削って作る訳だが、何というか…。
「お前も、性能は良いけど見た目は…」
「うん、わかってら」
バトラの顔は笑顔だが少し怒り混じりである。バトラは普段からおしゃれで、髪も自分好みな長髪を結っている。でも装備に関しては見た目よりも実を取る。しかし気にしていない訳ではなく、あまり見た目に関してはとやかく言われたく無いみたいだ。
「ジラフは盾だな?使い心地どうよ」
普段の槍はそのままに、彼の左腕には五枚の鉄板を重ねた可変式の盾が装着されていた。
「良いな、思った以上に使いやすく改造されてる。設計士ってやはり凄いな」
ジラフはそう言いながら少し盾を開閉してみせた。メタラニャと言うモンスターの鋼の糸を張って指の動きによって操作している。開いた時に鉄板同士に隙間が出来るが、軽い方が良いと前々から言っていたしこれが理想らしい。
最後にジラフは左腕を少し上げて軽く盾込みの戦術確認をした。邪魔かと思いきや、以前より隙が減っている。この隙間を捉えるのは俺でも厳しい。
「早く行こう。メルが待ってる」
そう言ったのはターラだ。俺と同じ様な分岐した剣は以前と変わらない様に見えた。俺の剣の案は彼の剣から取った物、しかし使い方は少し違うと思う。そんな事は彼も承知だろうがどうでも良くて、何十分と待たせたままのメルの所へ戻ることにした。
「あ、ああそうだな。駄弁ってる時間はあんま無いか」
口を動かすのも程々にして、俺たちは外に出た。強い光に包まれながら出入り口を抜けた先には、大勢のファンの前で色々とポーズをとるメルがいた。何人かは『水晶』を持っていて、俺らの見知った顔も当然の様に居た。
「やっぱり撮影会をしてたか…」
ジラフがつぶやいた。なに、いつもの事だ。メルは俺たちに気が付くと手を振った。そして一旦撮影会は中断された。
「あ、戻ってきた!ケシュタルさんこっちきて!」
人混みの中に声を飛ばし、呼ばれて出てきたのは白髪混じりの背のやや低い男性だ。手には例の水晶を持っている。それは月明かりの様な淡く青い光を放っていて、中には周囲の人混みとは違う写像がちらつく。
「メルさんよ、どれを見せたいって?」
二人は打ち合わせでもしていたかの様で、ケシュタルは快くメルに水晶を渡した。彼女はもう慣れた手つきで水晶を操作し出した。
「ちょっと待って…」
メルに水晶は直接触れないから、丸っこい覆鎧の手先が代わりに水晶をなぞっている。それに伴い水晶に写る像がどんどんと変わっていく。そしてその移り変わりの中から、一つの写像を選び俺達に見せてきた。
「あ!あった!これこれ!」
皆が水晶を覗き込むと、そこにはメルがポーズを取った姿があった。見上げるアングルで斜め後ろから撮った姿。背中と振り向き様の横顔が太陽の逆光によって照らされ影ができ、暗くも透き通っているなんだか不思議な画になっていた。
「どうよ!カッコいい?」
メルがまるで子供の自慢みたいに言い寄って来た。が、これは素直にカッコいいと思った。その時、皆を代表してバトラが感想を言った。
「ほぉ水の透過、反射具合が良いな。誰が撮ったんだ?やっぱりケシュタルが?」
バトラに話を振られたそのおっさんは、誇らしそうに、でも思っていた事と違う事を言い出した。
「ふふん、そうか?あーだが俺じゃねーぜ、最近俺から水晶買ったそこの兄ちゃんさ!」
意外な答えだった、てっきりケシュタルが撮った物だと思っていたが違ったらしい。そしておっさんはとある方に指を刺した。その方向に皆が注視すると、若い男が小恥ずかしそうに会釈した。
「あいつは俺のお気に入りでな、射影に関しちゃセンスってのが俺の何倍もある」
ケシュタルは「自慢の弟子だ」と言いたそうに、彼よりも胸を張った。
「確かにみんな正面から撮るし、下から撮るなんてしないもんね」
「本当にカッコよく撮れてるな、明るさの調整も無しだろ?」
バトラとジラフを始めに、みんなこぞって一つの水晶を覗き見る。指で水晶をなぞってみた人が居たが、そうして流れる小さな景色は、他にも下アングルの像が幾つか撮られていた。美しさでこの像に勝てそうな物は無さそうで、見る角度がここまで印象を変えるのだと、俺は心で思った。
「そうだね、その覆鎧のお陰で綺麗に撮れたんだ」
恥ずかしながらもこれを撮影した男がそう言った。確かに覆鎧そのものの反射と透過、内包された水による光の収束。彼の言う通り、これがなくてはここまで高い明暗の差が生まれない。しかし彼の腕による物だと言う事に変わりなく、周囲の民衆の中には、拍手をする者も少なからずいた。撮った本人は控えめではあるが、誇らしげに頬を染めていた。
そうやってずっと水晶を手に見ていたら、ぐうぅっと誰かの腹が鳴った。
「あ、悪い、俺だ」
誰かと言っておきながら、鳴ったのは自分の腹だった。一瞬自分だと思っていなかった、腹が鳴るまで腹ペコだったのを忘れていたんだ。
「みんなー!そろそろ飯にしようぜ!」
「ああ、そうするか」
俺の提案はパーティの皆にも、民衆にも行き渡った。こんな人数だと、本来の仕事を放って来ている者も多い筈だ、ただ俺達に会う為だけに。つまり俺達に付きっきりだったわけで、当然俺たちと同じくらい腹が減っているだろう。流石に飯時を邪魔する事はしないらしく、観衆は各々の家や、行きつけの料亭やレストランに行き始め、十数分もすれば人通りが通常程まで収まっていた。俺たちはその間にどこの店に寄るかの話し合いをし終えた。結果、景気良く肉を食おうと言う事になった。ただし一つ問題が。
「誰か、店の場所知ってるやついるかぁ?」
その問題とは、誰もマニラウについて詳しく無い事。大工房に用があっても、その日のうちに出てしまい、補充する食料は携帯食だった。パーティにマニラウ出身者は居ないし、唯一案内を任せられそうな奴はいつの間にか姿が見えない。
「おい、ターラはどこに行ったんだ?」
「さぁ、多分撮影会の内にどっかに…」
ジラフとバトラの言う通り、アイツ、よく別行動をする。俺達に行き先は教えてくれないし、これまたいつの間にか戻って来ているから然程問題にはしてない。まぁ居ても役に立つか分からない。アイツが何か食べている所も飲んでいる所も見てないから。
結局は歩き回って良さそうな店を探すことにした。工房から放射状に伸びる大通りを一つ一つ、順ぐりと見て回る。それで良さそうだと思った所にすると決まった。
「さあ行くぞ!まともな飯なんて何日振りかも分からんし」
「みんな料理下手で悪いね」
少し街の中心から外れ、レストランの並ぶ通りに出た。喫茶店もあるし、焼肉屋もある、パン屋と、ピザ屋、麺専門店、あらゆる中から選んだ理由は空いていたからだったが、この時間だと何処もそこまで変わらないけど。
「お!ここ空いてるぜ!ここにしよう!」
皆が賛成して入店したのは、『ピーリー焼肉店』と言う、中の雰囲気が覗ける店だった。さっき空いていると言ったが、それでもまだ飯時で客数は多い。ナイフとフォークの音が目立ちながら、ガヤガヤと騒がしい。そんな空間には似付かない異質な四人が入店した。途端に場は一気にしんっと静まった。
あっ、と誰かが言った。目の前に現れたのがあのパーティだから無理もない。俺は呼鈴の存在に気づき、チリンと鳴らすと女性が飛んできた。
「い、いらっしゃいませ!四名ですね!こちらへどうぞ!」
緊張からか無駄に大声になってしまっている。メルが微笑み、皆はついて行った。俺達の通りすがった席の者は皆釘付けになってまだ自分の目を疑っている。席に着いたら、女性がメニュー表を渡して厨房の奥に駆けて行った。少し見送った後、メル以外はメニュー表を覗き込んだ。すると、厨房の方から声が漏れてきた。
「店長!あれ!そうですよね!」
「だな、そうにしか見えんよな…」
「詳しく言うと、『ヴォイルーゴパーティ』別称だと『ウノン・カピト』ね」
「王都筆頭が何でウチに…」
「まさか見れるとは思わなかった…」
さっきの女性と、店長の男と、割り込んで来たもう一人の女性、小さく呟く二人の男の声が聞こえた。それだけでここの店員の仲の良さが分かる。しかも彼らは、街の住人の殆どがその姿を見ようと外に出ている所で、皆煮湯を飲みここに残っていたのだ。その姿を見ることなど到底…と思っていたらこの状況。混乱も無理ないか。
それから数分経過してやっとみんなの食べたい物が決まり、それぞれ料理を注文した。ジラフは『コールドラックリフセット』ドーラは『アングラスライス』と『オヴンステーキ』を個別で頼み、残った俺はは『シィラステーキセット』を頼んだ。
「ジラフはやっぱ変わった物が好きだよな」
ドーラは運ばれて来たプレートを見つめて言った。『コールドラックリフセット』の材料であるラックと言うモンスターは、シィエルやオーヴァフとは違い加工が難しく持つ癖も強い。大体の店で商品として出回らない物だ、それ位に嫌厭されている。それでもこのおじさんは好んで食べる様な物好きだった。
「まあな。この店、完備してるとは流石だな。ほら、『ボイルドグラフォト』もある」
使ってるモンスターは『グラヴァロ』と言う。金属性のモンスターで体の殆どが鉄や他の鉱石で出来ている。
「は!?あいつ食えんの?どこに…」
「一つだけだ、ハートだハート。あいつはそれ以外なら金属だが心臓だけは機械仕掛けに出来なかったらしいな。食ってみな?想像以上にうめぇぞ」
そんな所が、と言いかけたドーラにジラフがすぐに話しかけた。そう言えばあいつを切った時に血が滲み出てくる、確かに心臓だけは存在している。それを言うと脳はどうなんだろう、何処切ってもそれらしい物は無かったけど。
「分かった、機会があったら食べてみるよ」
アングラスライスを口に運んで言った。材料は『アンギャモア』、海のモンスターで不思議な食感だ。何に似ているかと言われたら、鶏肉が一番似ていると思う。これは生のまま切り身にして、少し火で炙って差し出された。それを口に含みながらドーラが俺に声をかけた。
「ここのシィラステーキ美味しそうだね、見た目がなんか赤めだけどどうなの?」
確かに今までに見てきたどのステーキもここまで赤い事はなかった。でも渡されたメニューにはこう書いてあった。
「この店のはちょっと辛めだってさ、アルディアラの粉末を少し溶かしたソース使ってるんだって」
へぇー、と二人して声を漏らした。ジラフが更に続ける。
「いつもの子供舌じゃ無かったか、あ、丁度『アルダ茶』あるしどうだ?」
湯をソースにも使ってるアルディアラの葉に漬け、粉末を溶かした物だ、これは人間が食べていい辛さじゃ無い。
「遠慮しとく。あんさ?あれただの辛味の塊じゃん。飲める訳無いから」
「確かに…ジラフは普通に飲むし、やっぱそう言うの好きなんだな」
その時、ドーラの動きが一瞬止まった。ある事に気が付いたのだ。テーブルに体重を乗せてジラフに詰め寄り早口で言った。
「まさかあのグラヴァロの心臓もほぼ血の味なんじゃ!?」
「おっと、バレた?」
無垢な顔にむかついて二人から軽めのパンチを食らい、苦笑しているジラフだった。
皆は互いを呼びやすい名で呼び合っているが、それは必ずしもファーストネームとは限らない。ドーラも普段は違う呼び方をしているし、ミドルネームを多用するのはターラ位だ。
その頃メルは、例の覆鎧によって暇な時間を過ごしていた。海エルフという種族は水に中でしか生きられないのはさっき言った通りだが、もう少し説明をしよう。海エルフは普通のエルフと変わらない性質を有するが、鎖骨の下にはエラがあり、海の中の低酸素の環境でも生きていけるようになった。しかしそれにより地上で呼吸をすると過度に酸素を取り込み中毒となって数時間で死んでしまう。さらに着ていても不便らしい。食事をしなくても生きていける代わりに、視界は水で少々歪み、匂いも遮られるし、他人に触る事も出来ない。
「ねぇねぇそこの若い子ー!こっちきてよー!」
メルが手を振り案内をしてくれた女性を呼ぶ。この時覆鎧も同時に手を振っていた。どうやって操っているか分からないけど、半分生きている鎧だと聞いた事がある。
「え…え!?私!?」
彼女は驚いて他の店員と俺らとで何度もキョロキョロと戸惑っていたが、店員の「ほら、行きな」というような合図で恥ずか気に歩いて来た。
「はい!何でしょうか!」
緊張でまた声が大きくなっている。そんな彼女にメルは優しく声をかけた。
「そんなに固くならないで、みんなが食べてる間は暇でさ~」
「あ、そうですよね、覆鎧って食べなくてもいいって」
「だから、ちょっとだけ話し相手になってくれる?」
「は、はい!」
その人の目は輝いて何処か嬉しそうだった。俺はその会話を聞いてはいたけど、ここでは下手に口出し出来なかった。海エルフの覆鎧を知っているって事は、ここにも英雄が来ているか、よっぽどの情報通がいるかだ。
「貴方も知ってるでしょ?一ヶ月後の『勇選会』」
「最近よく耳にします。確か20年に一度の会合ですよね?」
「そう!もちろん私達も参加するよ。もちろん私達は『勇者』になる気でいるから、応援よろしくね!」
「はい」
女性は優しく答えた。今回揃えた装備もその勇選会の為の装備だった。ここで少し沈黙があったが、女性がまた口を開いた。
「あの、勇選会自体はよく耳にしますが、具体的に何をするんですか?」
それはちょっとした質問だった、でも俺も知らない事だった。確かにどうやって選出するのかの詳細は知らなかった。
「個人トーナメントだけなんだ、でもこの20年での個人戦績と団体戦績も加味されるから結構ややこしいんだよね。実際審判の匙加減だと思うな~」
「…そんなで良いんですか…」
女性は透かしを食らった様にガクッとなった。俺も聞いててそれでいいのかと問答した。結局良くない。これじゃ、当日になるまで分からないままだろうな。
「良いの!結局強い人同士で組むから連携が無くても基本大丈夫だし、魔王討伐までは1~5年の準備もあるし、そこで連携を磨けば良いって話」
「…そんな時間かけて良いんですか…」
魔王の名に怖がったが、彼女はそれよりも謎に空いた期間が気になるみたいだ。
「そのパーティが必ず魔王を討伐するためだよ、魔王を倒せればいいの」
またメルが子供のする様な尖った口調で言った。女性はそんな緊張感無しの空気にやられたのかため息をついて一言呟いた。
「…結果論だなぁ」
この世界、なかなかにアバウトなようだ。実際ここで出てきた魔王という存在はそこまで危険ではない。だが、存在するだけで瘴気を放ち、その周りを奇怪な土地に変えてしまいいずれは世界を破滅させる。そうなる前に魔王を倒し、瘴気を抑えるのが勇者の仕事だ。幸い魔王を倒せれば瘴気の範囲は半減する、瘴気の範囲を一定以下に保つために設けられるのがこの20年と少しという時間というわけである。
「そういえば、ここにも英雄職の人って来るの?君詳しいからそういう人多い?」
「殆どいないですね。でもそういう事知っている人は多いので話すネタは多めですね」
「んーやっぱりちょっとは来るんだ」
「それがまだ一人だけなんですよね…」
女性は俺へ目線を向けて言う。
「最近英雄になったって言ってた子が居ました。その子みたいに『シィラステーキ』を頼んで美味しそうに食べてくれました。あの子も彼くらいの身長だったなぁ」
その子の事を話す女性の顔はどこか穏やかだった。
「そうなんだ」
メルが答えた。彼女は心穏やかそうな顔をしたけど、俺たちはそうじゃ無かった。
(俺と同じくらいの子供ねぇ…ここにターラがいりゃ確認出来たんだけどなぁ)
メルも同じ事を考えていたらしくぼうっとしていた。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとだけど、話してくれてありがとう」
その時俺たちは丁度食べ終わった所だった、一人一人と席から立ち上がって歩き出す。
「こちらこそありがとうございました!また来てくださいね!」
「うん、また来るね~」
覆鎧と一緒に手を振るメル。俺含めた男子陣は会釈だけして背を向け、また話し始めた。
「よーしじゃあ宿探すかー」
「どこでもいいよな?」
「いや、ギルドと近い所優先で」
会計はメルが済ませ、いい表情で店を出て行く俺たちを女性はずっと見守っていた。
夜の10時頃になると、もう街は騒がしく無くなっていて、俺はやっと家に帰った。この騒ぎを避けている間幾つも簡単なクエストを受けた、そのおかげでこれまでで一番良い稼ぎになった。食事も外で済ませ、家では風呂だけ入ってさっさと床に就いた。そこに足音が近づいているのには気が付きもしなかった。
「ここだな…」
これはつい昨日か一昨日に聞いた話だ。しかも誰も彼も同じこの話題を必ず持ちかけてくる。メイラさんからも、オッサンの友人達からも、なんなら買い物に行った先の店員と店長からも聞いた。みんな笑顔でどうしようもなくワクワクした様子だった。恐らくオッサンも、リタさんだって同じだろう。
それを俺はあまり嬉しく思わなかった。正確には、乗り気になれなかった。これは一種のお祭りらしい。そのパーティ見たさに人だかりができるだろう、しかもこの人口の多いマニラウでだ。俺は元々人混みっていうのが苦手なのは言っていたと思う。人と波に揉まれるのが嫌なんだ。
そのパーティが来ると言われたその日から一日だけ遅れた日、外はとてつもなく騒がしかった。昨日オルミボスの蜜を集めたが、帰ってから疲れですぐに眠ってしまった。そんな夕方から一晩明けるまで気持ち良く眠っていたが、その騒がしさで目が覚めた。二階ベッドの小窓を覗けば、忙しなく早歩きや小走りで同じ方向へと向かって行く人々が見えた。
「ああ…今日なのか…」
苦い顔をして俺はベッドを降りた。ある程度のモーニングルーティンを済ませた後、一応下見で人だかりの中心を見に行ったが、その時には起床から2時間は経っていた。人だかりに『転身』する事は出来ないから歩いて来たのだ。そして中心は見えない、しかしそこでは皆が皆誰かに向かって叫んでいた。それはそのパーティに向けた黄色い歓声が主だったが、中にはおかしな事を言う者もいた。
「ドーラさん!矢筒見せてくれぇ!参考にしたいんだ!」
男の太い声だった。なぜはっきりと聞こえたのがその言葉だったのか不思議だが、恐らく彼は鍛冶屋の者だろう。なぜそこまで矢筒に関心があるのだろうか、ドーラとやらの矢筒はかなり特殊な構造をしているのだろうか。そう考えると少し見てみたい気がするが、こんな人混みじゃそんな気もすぐに失せる。
後は全て歓声にかき消されていた。もはや中心などどこにあるかも分からず仕舞い。とりあえず理由をつけてこの街から身を引くため、適当なクエストを受けた。「本当にいいの?」とメイラさんに止められたが、「はいはーい」と言って適当にあしらい強行突破した。その時、一瞬彼女がため息をついたのが聞こえた気がした。
日が真上に来ようとする頃、俺等はようやく工房に着いた。俺等を囲む人だかりが、悪くいってしまうが邪魔をしてあまり進めなかったんだ。ま、別に楽しいからいいけど。いろんな言葉を投げかけられるが、ここまで権威か地位、俺たちの場合は実力か、とりあえずそれがあると敬意と羨望がこもった声が多く聞こえる。
「さて?こっからは別行動だな。おっちゃーん!案内たのもー!」
俺はこのマニラウ大工房の受付を呼んだ。ここへ来るのは二回目だ、前回は今身につけている鎧と背負っている双剣を頼んだ。かれこれ四年か五年前、もうかなり昔の事だ。そして今回は、俺の持ち込んだ素材で新しい双剣を作ってもらっていた。
「スピット、丁寧に言葉は使えないのか?」
ジラフが俺に説教じみた事を言い出した。俺は彼の方を見ずに声を返した。
「それ俺の柄じゃねーもん、好きにさせろやい」
ジラフがそんな返答にため息を吐き、ターラは彼の肩にそっと手を置いて言う。
「確かに彼の言葉遣いには問題があるが、他人を意図的に不快にさせるような気は無い。仮に気を悪くしたとしてもロヴェルは場を収めるのが得意だ、問題無い。ゼルももう兎角言うのはやめな」
良い終わると肩から手を離して先に行ってしまい、後から彼専属の担当者が付いていった。アイツは個人的に何度もここへ来ていたらしくて、どこに自分の武器が保管されているか分かっているし、そもそも決まっているらしい。案内役の担当者は最早ただの話し相手になっていたが、恐らく俺たちよりも気の知れた相手だろう。
「はぁ、分かったよターラ。もうここまで来て言う事じゃ無いか」
去る背中に物を言い、ジラフは肩を竦め俺の近くに来た。その時二人の案内人が俺達に話しかけ、保管庫まで共に歩き出した。ジラフとは途中まで同じ道のりらしい。
「あ、メルはここに残るのか」
バトラがメルに向かって言った。メルはこのパーティ唯一の魔法使い、ここへ来ても作ってもらう物も無いからたった一人暇になる。だが彼女はそれでも退屈はしなさそうだった。クルッと体を群衆のいる方へ向けると、バトラに向かって彼女は言う。
「そうだね、でも丁度あの人も来たみたいだし張り切ろうかな!」
笑顔で小さくガッツポーズをするメルは、もう二十歳だと言うのに小さな子供に見える。原因は彼女が身に付けている海エルフの特殊な鎧にあり、それの名を覆鎧と言う。
それは半透明で生地も色も薄く水色、中は水で満たされていて触り心地は良く、もちもちかぷよぷよと表現出来る。お世辞にも鎧だとは思えない代物だ。海エルフが地上で活動する為に装備する物だが、彼女は幼少期から身につけ地上で活動している。ただその覆鎧は全長150センチしか無く、その中に居続けたからか身長はたったの121センチで止まっている。が、そのくせして胸はデカい。
「マジか…ゼッテー来るよなあのおっさん」
バトラはその後ろに案内役の役員を待たせてながら、外へ行こうとするメルに言った。
「だね。でも、別に嫌いじゃないでしょ?」
ッパっと振り返ったメルに、バトラは笑いかけながら返答した。
「まぁな。つぅか、みんな逆に来ること期待してるもんな」
その言葉を最後にメルは外へ、バトラは小さく手を振ってから工房内部へ振り向き、担当者に軽く誤ってから歩いて行った。その光景を目では見てないが、俺の耳は良い。結構いろんな音がするから分析も簡単だ。
このマニラウ大工房は横にも縦にも大きい建物で、建物の直径は100メートルを超え、高さは200メートルくらいだと聞いている。下の階層中心で武具工房を営み、それ以外の上の階層では紡績と縫製を行なっている。質は高く値も安い、王都にも引けを取らない、いいやそれ以上の綺麗な服がここでは作られている。
俺が今歩いているのは工場内部でも一番外側の通路で、この道の内側に、保管庫は幾つにも分けられている部屋がある。注文した時に伝えられるか、札に書いて渡される番号が保管場所。ただ広く数が多いだけじゃなく、注文ごとに場所が変わるから細かい位置も分からない。だから案内人を呼ぶ必要があった。みんなと解散してから数分歩いて、とうにジラフとも別れた時、案内人は一つの扉の中に入った。『1040281』ここが俺の保管場所だ。
「少々お待ちを」
そう言うと案内人は保管庫の中心に取り付けられた台に乗り魔法を使い出した。手の動きは縦と横しか無く、規則正しく腕を動かしている。それにつられるように部屋の壁を埋め尽くすブロックも動き始める。これはこの工房でのみ使われる事務型の操演魔法であり、名も持たない魔法だった。保管庫は自然界で最も頑丈とされる蜂の巣のように、正六角形のブロックで構成され依頼者一人につき一つのブロックが割り当てられている。いわゆるハニカム構造の保管庫だ。と、操演の最中だというのに、不意に案内人が俺に話しかけてきた。
「ヴォイルーゴ様、この魔法の系統はご存知ですね?」
それは一種の品定めのつもりだったのだろう。俺は小首を傾げて答えた。
「ああ知ってるとも、風魔法だろ?しかも上位の」
英雄なら知っていて当然とも言える魔法、その属性の問いだった。操演を続けながら彼はそれに応じると、また俺に問題を投げかける。
「その通りです。では、それ以前では何と呼ばれていたかはどうです?」
それは魔法の歴史の問題だった。その答えは俺の人生にとっての昔に、必要だからと言われ叩き込まれていた。
「空だろ?しっかり四年前位に覚えさせられたよ」
その時、操演魔法で運ばれて来たブロックが部屋の中心に降り立った。案内人が台から降り、蓋を開ける為にブロックに近付いた。
「そうですか、やはり教養が良いですね。専門知識と言いますか、ある意味物好きの知るものです。ですが、上へ上へと上り詰める為には、そんな事まで覚える必要があるんですかねー」
そんな事を言いながら手元からカチッと軽い音がなった。その箱自体は木製なのに金属の仕掛けの様な音で未だに慣れないが、とにかくブロックが解錠されたみたいだ。
「さ、ヴォイルーゴ様、依頼通りに作成致しました。お気に召しましたでしょうか」
俺は開け放たれたブロックから、そっと新しい双剣を取り出した。これはグリップも刀身も一つの素材から切り出した。硬さは世界最高峰、またこうして研磨すれば世界で二番目に鋭い武器になる。
「…ああ、いいね。なんでも切れそうだ」
俺が注文したのは異形の双剣。基盤となった型は緩いカーブを描いた短剣、それが二振り。いくつもの刃を付け足し、刺々しい見た目になっている。俺の技を最も活かす形、そうでなくても、これでどの方向からどのように切っても等しくダメージになる代物となった。もちろん付け加えた小さな刃も大きさはまちまちで、ダメージに大小は生まれてしまうけど、攻撃範囲は大きくなった。
「それにしても『オニキスの爪』を持ってくるとは思いませんでしたよ。こんなお若いのに、とてもお強くなられたようで…もう5年も経つのですね」
案内人はしみじみと言った。自分でもそんなに経ったとは思っていなかったが、思い返せば確かに昔の事だった。しかし俺はあまりそういう事は考えたくない。だから少し話を逸らす。
「あのさ、やっぱり最近忙しい?」
背に担いでいた使い古した双剣を渡しながら訊ねた。これとはもうお別れだが、大事なのはこれからだ。彼もそれを知っているから、俺の質問に答えながらこれを受け取った。
「ああはい、もうあと一ヶ月を切っていますから、皆ご贔屓になられていますよ」
はじめはキョトンとした顔を見せたが、その後はいつも通りの顔になった。今一度彼の顔をよく見れば、目の下に薄くだが隈ができていた。今日はみんな俺達が気がかりだから少ないみたいだけど、最近はあまり寝れていないらしい。
「やっぱりね、業務がどうなってるか俺にゃ分からんけど、しっかり休みは取ってよ?」
一応心配になったから言った。忙しいのは分かっているが、そのせいで体を壊して欲しくはないから。
「分かっておりますとも、それではご武運を。蛮勇の義子よ」
新しい双剣を背に納めた。最後に彼はわざとらしく昔の呼び名を呼んできた。
「全く、その呼び方はやめてくれっての」
それは英雄になった頃の二つ名。蛮勇とは、俺の育ての親の異名だった物だ。多少の呆れと苦笑いを残して、俺は工房のホールに戻る。俺がそこへ戻った時には既に皆が集まっていた。各々が新たに作成した武具を持って、わいわいと楽しそうに会話していた。やっぱりと言うか、メルの姿は無い。
「おお、戻ったか。なんか剣がやばいことになってんな」
来るなりバトラが話しかけてきた。こいつは今まで合金で作ってた薄くも硬い鎧を着ていたが、今度は弓の相性も考えて茶褐色の岩の鎧を身につけていた。彼曰く強力なモンスターの体を削って作る訳だが、何というか…。
「お前も、性能は良いけど見た目は…」
「うん、わかってら」
バトラの顔は笑顔だが少し怒り混じりである。バトラは普段からおしゃれで、髪も自分好みな長髪を結っている。でも装備に関しては見た目よりも実を取る。しかし気にしていない訳ではなく、あまり見た目に関してはとやかく言われたく無いみたいだ。
「ジラフは盾だな?使い心地どうよ」
普段の槍はそのままに、彼の左腕には五枚の鉄板を重ねた可変式の盾が装着されていた。
「良いな、思った以上に使いやすく改造されてる。設計士ってやはり凄いな」
ジラフはそう言いながら少し盾を開閉してみせた。メタラニャと言うモンスターの鋼の糸を張って指の動きによって操作している。開いた時に鉄板同士に隙間が出来るが、軽い方が良いと前々から言っていたしこれが理想らしい。
最後にジラフは左腕を少し上げて軽く盾込みの戦術確認をした。邪魔かと思いきや、以前より隙が減っている。この隙間を捉えるのは俺でも厳しい。
「早く行こう。メルが待ってる」
そう言ったのはターラだ。俺と同じ様な分岐した剣は以前と変わらない様に見えた。俺の剣の案は彼の剣から取った物、しかし使い方は少し違うと思う。そんな事は彼も承知だろうがどうでも良くて、何十分と待たせたままのメルの所へ戻ることにした。
「あ、ああそうだな。駄弁ってる時間はあんま無いか」
口を動かすのも程々にして、俺たちは外に出た。強い光に包まれながら出入り口を抜けた先には、大勢のファンの前で色々とポーズをとるメルがいた。何人かは『水晶』を持っていて、俺らの見知った顔も当然の様に居た。
「やっぱり撮影会をしてたか…」
ジラフがつぶやいた。なに、いつもの事だ。メルは俺たちに気が付くと手を振った。そして一旦撮影会は中断された。
「あ、戻ってきた!ケシュタルさんこっちきて!」
人混みの中に声を飛ばし、呼ばれて出てきたのは白髪混じりの背のやや低い男性だ。手には例の水晶を持っている。それは月明かりの様な淡く青い光を放っていて、中には周囲の人混みとは違う写像がちらつく。
「メルさんよ、どれを見せたいって?」
二人は打ち合わせでもしていたかの様で、ケシュタルは快くメルに水晶を渡した。彼女はもう慣れた手つきで水晶を操作し出した。
「ちょっと待って…」
メルに水晶は直接触れないから、丸っこい覆鎧の手先が代わりに水晶をなぞっている。それに伴い水晶に写る像がどんどんと変わっていく。そしてその移り変わりの中から、一つの写像を選び俺達に見せてきた。
「あ!あった!これこれ!」
皆が水晶を覗き込むと、そこにはメルがポーズを取った姿があった。見上げるアングルで斜め後ろから撮った姿。背中と振り向き様の横顔が太陽の逆光によって照らされ影ができ、暗くも透き通っているなんだか不思議な画になっていた。
「どうよ!カッコいい?」
メルがまるで子供の自慢みたいに言い寄って来た。が、これは素直にカッコいいと思った。その時、皆を代表してバトラが感想を言った。
「ほぉ水の透過、反射具合が良いな。誰が撮ったんだ?やっぱりケシュタルが?」
バトラに話を振られたそのおっさんは、誇らしそうに、でも思っていた事と違う事を言い出した。
「ふふん、そうか?あーだが俺じゃねーぜ、最近俺から水晶買ったそこの兄ちゃんさ!」
意外な答えだった、てっきりケシュタルが撮った物だと思っていたが違ったらしい。そしておっさんはとある方に指を刺した。その方向に皆が注視すると、若い男が小恥ずかしそうに会釈した。
「あいつは俺のお気に入りでな、射影に関しちゃセンスってのが俺の何倍もある」
ケシュタルは「自慢の弟子だ」と言いたそうに、彼よりも胸を張った。
「確かにみんな正面から撮るし、下から撮るなんてしないもんね」
「本当にカッコよく撮れてるな、明るさの調整も無しだろ?」
バトラとジラフを始めに、みんなこぞって一つの水晶を覗き見る。指で水晶をなぞってみた人が居たが、そうして流れる小さな景色は、他にも下アングルの像が幾つか撮られていた。美しさでこの像に勝てそうな物は無さそうで、見る角度がここまで印象を変えるのだと、俺は心で思った。
「そうだね、その覆鎧のお陰で綺麗に撮れたんだ」
恥ずかしながらもこれを撮影した男がそう言った。確かに覆鎧そのものの反射と透過、内包された水による光の収束。彼の言う通り、これがなくてはここまで高い明暗の差が生まれない。しかし彼の腕による物だと言う事に変わりなく、周囲の民衆の中には、拍手をする者も少なからずいた。撮った本人は控えめではあるが、誇らしげに頬を染めていた。
そうやってずっと水晶を手に見ていたら、ぐうぅっと誰かの腹が鳴った。
「あ、悪い、俺だ」
誰かと言っておきながら、鳴ったのは自分の腹だった。一瞬自分だと思っていなかった、腹が鳴るまで腹ペコだったのを忘れていたんだ。
「みんなー!そろそろ飯にしようぜ!」
「ああ、そうするか」
俺の提案はパーティの皆にも、民衆にも行き渡った。こんな人数だと、本来の仕事を放って来ている者も多い筈だ、ただ俺達に会う為だけに。つまり俺達に付きっきりだったわけで、当然俺たちと同じくらい腹が減っているだろう。流石に飯時を邪魔する事はしないらしく、観衆は各々の家や、行きつけの料亭やレストランに行き始め、十数分もすれば人通りが通常程まで収まっていた。俺たちはその間にどこの店に寄るかの話し合いをし終えた。結果、景気良く肉を食おうと言う事になった。ただし一つ問題が。
「誰か、店の場所知ってるやついるかぁ?」
その問題とは、誰もマニラウについて詳しく無い事。大工房に用があっても、その日のうちに出てしまい、補充する食料は携帯食だった。パーティにマニラウ出身者は居ないし、唯一案内を任せられそうな奴はいつの間にか姿が見えない。
「おい、ターラはどこに行ったんだ?」
「さぁ、多分撮影会の内にどっかに…」
ジラフとバトラの言う通り、アイツ、よく別行動をする。俺達に行き先は教えてくれないし、これまたいつの間にか戻って来ているから然程問題にはしてない。まぁ居ても役に立つか分からない。アイツが何か食べている所も飲んでいる所も見てないから。
結局は歩き回って良さそうな店を探すことにした。工房から放射状に伸びる大通りを一つ一つ、順ぐりと見て回る。それで良さそうだと思った所にすると決まった。
「さあ行くぞ!まともな飯なんて何日振りかも分からんし」
「みんな料理下手で悪いね」
少し街の中心から外れ、レストランの並ぶ通りに出た。喫茶店もあるし、焼肉屋もある、パン屋と、ピザ屋、麺専門店、あらゆる中から選んだ理由は空いていたからだったが、この時間だと何処もそこまで変わらないけど。
「お!ここ空いてるぜ!ここにしよう!」
皆が賛成して入店したのは、『ピーリー焼肉店』と言う、中の雰囲気が覗ける店だった。さっき空いていると言ったが、それでもまだ飯時で客数は多い。ナイフとフォークの音が目立ちながら、ガヤガヤと騒がしい。そんな空間には似付かない異質な四人が入店した。途端に場は一気にしんっと静まった。
あっ、と誰かが言った。目の前に現れたのがあのパーティだから無理もない。俺は呼鈴の存在に気づき、チリンと鳴らすと女性が飛んできた。
「い、いらっしゃいませ!四名ですね!こちらへどうぞ!」
緊張からか無駄に大声になってしまっている。メルが微笑み、皆はついて行った。俺達の通りすがった席の者は皆釘付けになってまだ自分の目を疑っている。席に着いたら、女性がメニュー表を渡して厨房の奥に駆けて行った。少し見送った後、メル以外はメニュー表を覗き込んだ。すると、厨房の方から声が漏れてきた。
「店長!あれ!そうですよね!」
「だな、そうにしか見えんよな…」
「詳しく言うと、『ヴォイルーゴパーティ』別称だと『ウノン・カピト』ね」
「王都筆頭が何でウチに…」
「まさか見れるとは思わなかった…」
さっきの女性と、店長の男と、割り込んで来たもう一人の女性、小さく呟く二人の男の声が聞こえた。それだけでここの店員の仲の良さが分かる。しかも彼らは、街の住人の殆どがその姿を見ようと外に出ている所で、皆煮湯を飲みここに残っていたのだ。その姿を見ることなど到底…と思っていたらこの状況。混乱も無理ないか。
それから数分経過してやっとみんなの食べたい物が決まり、それぞれ料理を注文した。ジラフは『コールドラックリフセット』ドーラは『アングラスライス』と『オヴンステーキ』を個別で頼み、残った俺はは『シィラステーキセット』を頼んだ。
「ジラフはやっぱ変わった物が好きだよな」
ドーラは運ばれて来たプレートを見つめて言った。『コールドラックリフセット』の材料であるラックと言うモンスターは、シィエルやオーヴァフとは違い加工が難しく持つ癖も強い。大体の店で商品として出回らない物だ、それ位に嫌厭されている。それでもこのおじさんは好んで食べる様な物好きだった。
「まあな。この店、完備してるとは流石だな。ほら、『ボイルドグラフォト』もある」
使ってるモンスターは『グラヴァロ』と言う。金属性のモンスターで体の殆どが鉄や他の鉱石で出来ている。
「は!?あいつ食えんの?どこに…」
「一つだけだ、ハートだハート。あいつはそれ以外なら金属だが心臓だけは機械仕掛けに出来なかったらしいな。食ってみな?想像以上にうめぇぞ」
そんな所が、と言いかけたドーラにジラフがすぐに話しかけた。そう言えばあいつを切った時に血が滲み出てくる、確かに心臓だけは存在している。それを言うと脳はどうなんだろう、何処切ってもそれらしい物は無かったけど。
「分かった、機会があったら食べてみるよ」
アングラスライスを口に運んで言った。材料は『アンギャモア』、海のモンスターで不思議な食感だ。何に似ているかと言われたら、鶏肉が一番似ていると思う。これは生のまま切り身にして、少し火で炙って差し出された。それを口に含みながらドーラが俺に声をかけた。
「ここのシィラステーキ美味しそうだね、見た目がなんか赤めだけどどうなの?」
確かに今までに見てきたどのステーキもここまで赤い事はなかった。でも渡されたメニューにはこう書いてあった。
「この店のはちょっと辛めだってさ、アルディアラの粉末を少し溶かしたソース使ってるんだって」
へぇー、と二人して声を漏らした。ジラフが更に続ける。
「いつもの子供舌じゃ無かったか、あ、丁度『アルダ茶』あるしどうだ?」
湯をソースにも使ってるアルディアラの葉に漬け、粉末を溶かした物だ、これは人間が食べていい辛さじゃ無い。
「遠慮しとく。あんさ?あれただの辛味の塊じゃん。飲める訳無いから」
「確かに…ジラフは普通に飲むし、やっぱそう言うの好きなんだな」
その時、ドーラの動きが一瞬止まった。ある事に気が付いたのだ。テーブルに体重を乗せてジラフに詰め寄り早口で言った。
「まさかあのグラヴァロの心臓もほぼ血の味なんじゃ!?」
「おっと、バレた?」
無垢な顔にむかついて二人から軽めのパンチを食らい、苦笑しているジラフだった。
皆は互いを呼びやすい名で呼び合っているが、それは必ずしもファーストネームとは限らない。ドーラも普段は違う呼び方をしているし、ミドルネームを多用するのはターラ位だ。
その頃メルは、例の覆鎧によって暇な時間を過ごしていた。海エルフという種族は水に中でしか生きられないのはさっき言った通りだが、もう少し説明をしよう。海エルフは普通のエルフと変わらない性質を有するが、鎖骨の下にはエラがあり、海の中の低酸素の環境でも生きていけるようになった。しかしそれにより地上で呼吸をすると過度に酸素を取り込み中毒となって数時間で死んでしまう。さらに着ていても不便らしい。食事をしなくても生きていける代わりに、視界は水で少々歪み、匂いも遮られるし、他人に触る事も出来ない。
「ねぇねぇそこの若い子ー!こっちきてよー!」
メルが手を振り案内をしてくれた女性を呼ぶ。この時覆鎧も同時に手を振っていた。どうやって操っているか分からないけど、半分生きている鎧だと聞いた事がある。
「え…え!?私!?」
彼女は驚いて他の店員と俺らとで何度もキョロキョロと戸惑っていたが、店員の「ほら、行きな」というような合図で恥ずか気に歩いて来た。
「はい!何でしょうか!」
緊張でまた声が大きくなっている。そんな彼女にメルは優しく声をかけた。
「そんなに固くならないで、みんなが食べてる間は暇でさ~」
「あ、そうですよね、覆鎧って食べなくてもいいって」
「だから、ちょっとだけ話し相手になってくれる?」
「は、はい!」
その人の目は輝いて何処か嬉しそうだった。俺はその会話を聞いてはいたけど、ここでは下手に口出し出来なかった。海エルフの覆鎧を知っているって事は、ここにも英雄が来ているか、よっぽどの情報通がいるかだ。
「貴方も知ってるでしょ?一ヶ月後の『勇選会』」
「最近よく耳にします。確か20年に一度の会合ですよね?」
「そう!もちろん私達も参加するよ。もちろん私達は『勇者』になる気でいるから、応援よろしくね!」
「はい」
女性は優しく答えた。今回揃えた装備もその勇選会の為の装備だった。ここで少し沈黙があったが、女性がまた口を開いた。
「あの、勇選会自体はよく耳にしますが、具体的に何をするんですか?」
それはちょっとした質問だった、でも俺も知らない事だった。確かにどうやって選出するのかの詳細は知らなかった。
「個人トーナメントだけなんだ、でもこの20年での個人戦績と団体戦績も加味されるから結構ややこしいんだよね。実際審判の匙加減だと思うな~」
「…そんなで良いんですか…」
女性は透かしを食らった様にガクッとなった。俺も聞いててそれでいいのかと問答した。結局良くない。これじゃ、当日になるまで分からないままだろうな。
「良いの!結局強い人同士で組むから連携が無くても基本大丈夫だし、魔王討伐までは1~5年の準備もあるし、そこで連携を磨けば良いって話」
「…そんな時間かけて良いんですか…」
魔王の名に怖がったが、彼女はそれよりも謎に空いた期間が気になるみたいだ。
「そのパーティが必ず魔王を討伐するためだよ、魔王を倒せればいいの」
またメルが子供のする様な尖った口調で言った。女性はそんな緊張感無しの空気にやられたのかため息をついて一言呟いた。
「…結果論だなぁ」
この世界、なかなかにアバウトなようだ。実際ここで出てきた魔王という存在はそこまで危険ではない。だが、存在するだけで瘴気を放ち、その周りを奇怪な土地に変えてしまいいずれは世界を破滅させる。そうなる前に魔王を倒し、瘴気を抑えるのが勇者の仕事だ。幸い魔王を倒せれば瘴気の範囲は半減する、瘴気の範囲を一定以下に保つために設けられるのがこの20年と少しという時間というわけである。
「そういえば、ここにも英雄職の人って来るの?君詳しいからそういう人多い?」
「殆どいないですね。でもそういう事知っている人は多いので話すネタは多めですね」
「んーやっぱりちょっとは来るんだ」
「それがまだ一人だけなんですよね…」
女性は俺へ目線を向けて言う。
「最近英雄になったって言ってた子が居ました。その子みたいに『シィラステーキ』を頼んで美味しそうに食べてくれました。あの子も彼くらいの身長だったなぁ」
その子の事を話す女性の顔はどこか穏やかだった。
「そうなんだ」
メルが答えた。彼女は心穏やかそうな顔をしたけど、俺たちはそうじゃ無かった。
(俺と同じくらいの子供ねぇ…ここにターラがいりゃ確認出来たんだけどなぁ)
メルも同じ事を考えていたらしくぼうっとしていた。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとだけど、話してくれてありがとう」
その時俺たちは丁度食べ終わった所だった、一人一人と席から立ち上がって歩き出す。
「こちらこそありがとうございました!また来てくださいね!」
「うん、また来るね~」
覆鎧と一緒に手を振るメル。俺含めた男子陣は会釈だけして背を向け、また話し始めた。
「よーしじゃあ宿探すかー」
「どこでもいいよな?」
「いや、ギルドと近い所優先で」
会計はメルが済ませ、いい表情で店を出て行く俺たちを女性はずっと見守っていた。
夜の10時頃になると、もう街は騒がしく無くなっていて、俺はやっと家に帰った。この騒ぎを避けている間幾つも簡単なクエストを受けた、そのおかげでこれまでで一番良い稼ぎになった。食事も外で済ませ、家では風呂だけ入ってさっさと床に就いた。そこに足音が近づいているのには気が付きもしなかった。
「ここだな…」
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