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第六話 街と噂

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 やっぱり、メイラさんにこっぴどく叱られた。あのトカゲのモンスターは『ラネムーゾ』といい、シィエルと共生関係にあるという。特殊な毒で獲物や敵を失血させ、時間経過によって仕留めるという戦法をとる。その毒に対しての解毒薬は確立しているから、毒に関して困る事は無かった。
 しかし問題は腕だ。脇から背筋、上腕が最も酷く抉り跡が幾つもあった。クエストから帰って、毒を解した直後、メイラさんに治癒術師の所へ強制的に連れて行かれた。全治一ヶ月と目された所を、シィエルの狩猟とラネムーゾの討伐報酬だった金を使って治療された。体は殆ど元通りになったが、結局あのクエストの報酬金はゼロ。シィエルの上質肉も貰えなかった。しかもこれから絶対安静二日を言い渡された。

 翌日、俺は少しのお金を持ち、貰った宝石の首飾りを首にかけ家を出た。向かう先は決まっていないが、街の中心部に行こうと思って。
 俺が住むオッサンの家は、大通りのある住宅街の一角に位置する。マニラウ全体で言えば中心から南西の方角にある。街の防壁に近い場所と、中心に近くても南寄りの場所がおおよその住宅街であり、その内側に商店が多く立ち並ぶ。大通りと言うから道は広く、脇道でも幅2メートルはあると思う。
 歩いていて最初に出会った商店街は、バザーの様な質素な物だった。そこで売られているのは安価なシャツだったり、簡単な料理を提供する店だったり、なんだか宗教かカルトじみたよくわからない怪しいものまで売っていた。聞けば魔除のなんかだと言っているが、どう見ても客通りは悪く避けられている。
 俺はその中の食べ物を売っている店に寄り、肉と野菜の赤っぽい色の串焼きを買った。何だか祭りでもあるかの様なラインナップだが、以前からこの様な店も多い事は知っていた、だから不思議には思わない。商店街を歩きながら一口で一番上の肉を頬張るが、その肉の味は俺のよく知る鶏と同じ味だった。しかしタレはあまり親しみの無い風味だったし、ピリピリと舌が熱くなった。このマニラウという街の食文化自体香辛料を好んでいるから、あの出店もレストランも、飲食店全体の四割は辛い食べ物を売っている。
 そういえばこの世界に来てから食べたものは、コーネノの肉の入ったシチューや蒸し焼き。シィエルのステーキやスープに入れたものがほとんどだ。ヴィザーオッサン宅にそこまで種類が無かったのも事実だが、料理も味付けも単調になってきた所だった。それはこの街か世界に広く流通する野菜のせいもあると思う。野菜はよく知る形や色だったが、味はどれも野菜の甘味が強かった。長ネギさえ生食出来る程に。そのせいで簡単な調理でも味に深みが出て飽きはするがわざわざ変えようとも思わないのだ。
 ここに来て、外を歩けば辛い料理、ひいては食材があると思い知った。だったらと、俺はもう夕食に使う新しい調味料の事を考えながら歩き続け、串焼きはいつしかただの串になっていた。出店の並ぶ至る所にゴミ箱やゴミ袋は用意されていて、捨てる場所には困らなかった。
 結局祭りの出店なのかバザーなのか分からないままその通りを抜けると、また住宅街が広がっていた。ここの街並みは、オッサンの住んでいる場所に比べて装飾が綺麗だが縦に細く、印象は「ぎゅうぎゅう詰め」だった。それでもまだこっちの方が日本の住宅地よりマシだろう。それはマンションの様な高層住宅やそれに匹敵する大きさの宿屋が無いからだろうか。
 いつも街中にはある程度人が歩いていたり話し合っている。この通りでもそれは同じで、大通りに近い程大人が、入り組んだ奥には小さい子供の姿が多かった。大人たちは自分の仕事で忙しそうだったが、子供は皆で一緒に遊んでいる。サッカーみたいなボール遊び、追いかけっこ、木の棒でチャンバラなど、よく動く遊びが多かった。『レベル』のある世界なら、推定幼稚園児の頃から鍛え始めるって事もしているのだろうか。いずれも子供達の近くには誰かしら老人が付いていたり見守っていたから、安全はある程度確保されているから一応安心は出来るだろう。
 また、見かける事は少なかったが、魔法の練習をしている子供もいた。親なのか師匠なのかは分からないが、子供にしてはかなり強い魔法や、複雑な効果の魔法を練習していた。それこそ爆発系や武器形成の類をだ。魔法陣を描き、発動にも時間がかかっているが、あの調子なら俺が日常的に使っている利便性の高い魔法くらい難なく使えるだろうと思った。
 路地をようやく抜け、何だか開けた場所に出たな思えば、そこは横に長く湾曲した公園を内包した広場だった。街路樹も無い街だったがここにはそれが植えられ、木陰の下には休憩用の椅子がある。中央へ延びる通りはその広場を貫いて敷いてあり、両サイドに角の取れた鉄柵が等間隔に設置され、丁度おれの進行方向の左側が遊び場だった。子連れの親や軽い運動に来ている人物が多く、彼らは楽しそうに、和やかに語らい合い、優しい空間ができていた。
 活気のある笑い声の絶えない中、遊び場ではなかった向かって右側の休憩所らしき場所には、英雄職とみられる人もちらほら居た。パーティ毎に集まって休んでいた。剣や弓、槍や杖を携えて木陰に座って談笑していた。オッサンが言っていた、街の中心部にギルドがあると。様子からして、彼らはクエストから帰って来た人達だろうか。
「あっ、何処なのか聞いてねー…」
 街の何処に英雄が居ようと別に気にはしないが、それ関連で思い出した。ギルドの正確な位置を教えられてない事を。今日と言う折角の機会だから、ギルドの場所を覚える為に一度寄ってみたいと思った。このまま通りを歩いて中央に近付けば、英雄が多くなるだろうからその誰かに付いて行こうかと思い立った。しかしそれを実行する前に、俺が歩いて来た道から俺を追い越して英雄三人パーティが歩いて行った。暫く観察していると、彼らは短く話し合った。
「あ、あそこだ!見えて来たぞ~!『プレムザイ』だ!」
「ん?前もあそこで買ってたよな?集まれって言われた理由って…もう財布空になったのか?」
「今度は髪飾り買いたいんだって。自分に相応しい綺麗なやつをって…しかも左右の二つ分」
 そのパーティはあまり仲が良さそうだとは思わなかった。目が輝いているのは先頭の金髪の若い男だけ。後ろを並んで付いて行く鉄の仮面をつけた大盾の男と、青い帽子とドレスを絡い三日月の様な杖を持った女性は、あまり乗り気には見えなかった。
 しかし手持ち金が無いと言う事は、クエストを受けて報酬としてまとまった金を手にしようとしているという事。行き先は十中八九ギルドだろう。俺も今後行く事になるだろうからと、彼らの後を追って下見をしに行こうと改めて心に決めた。

 英雄の三人を追って街の中心へ向かう事二十分。俺は中央の大工房がオッサン宅から見るより数倍は大きく見える場所に来た。いつの間にか大通りに出ていて、そこはこの街を見て来た中で最も人口密度が高かった。その理由はやはりギルド。一際目立つ武器を象徴したデザインの装飾を常に開いている出入り口の上に掛け、建築様式も住宅や商店とは異なり、朱色と白を基調とした色の壁と屋根が目印となっていた。
 あのパーティーの後ろを付いて来たが、案の定ギルドに入っていった。俺も中に入ってみると、そこには集会所の比にならないほど多くの人でごった返していた。人々の装備は綺麗なものから質素なもの、鋭利な武器や鈍器も弓も携えているのが見えた。設備も綺麗に整えられ、人の多さによらず、雑さや歪さが全く感じられなかった。
 だが、そんな中一番驚かされたのは、『転送装置』の存在だった。エレベーターの様な扉だが筒状の空間の中に入れば、指定した場所に移動できるらしい。しかしあまり遠くまで行くのは無理な様で、数えるほどしか転送先がないようだ。
(『北門』、『南門』、『西門』、『東交易場』…『エータルの森』の『近場』と『深部東・西』…『テスタ村』“一方通行”…『ワウ』って所もか…)
 街の東西南北の要所、英雄の仕事場への行き来、ワウとテスタ村という所へは一方的にしか行けないようになっているが、実際何が理由でそんなに不便になっているのだろうか。ともかく、オッサン達が俺が『転身』を使っても最初こそ驚いていたが、その後は当たり前のように捉えていた理由は、もしかしなくてもこれがあったから早々に慣れたのではないだろうか。
 内装や様子を見るだけに留めただけに、十分と経たずに俺はギルドを出た。英雄として一人前とされるのは三等からだと、メイラさんに言われている。俺はまだ四等英雄の未熟者で、あそこにいても邪魔なだけだろうし、自分の中で下見は十分だと思ったから俺はギルドを去った。
 朝早くに家を出て、寄り道も挟みながら街を練り歩いた。オッサン宅から街の中央まで行くのに六時間以上掛かったらしく、足はジンジンと痛み始め、昼も既に過ぎているから太陽が真上から明らかに外れている。今日の朝食もパンくらいしか食べてないせいで空腹を通り越して、その感覚も無くなっていた。だが運が良いことに、ギルドから離れたこの道は以前オッサンと一緒に通っていた場所だ。その時レストランやカフェなどが多い事も知っている。この時間ならメインの客層である大工房の職人達はもう業務に戻っている時間だろうし、店にも殆ど客が居ないだろう。
 目をつけたのはステーキの立看板が置かれてあるレンガ造の店だった。『ピーリー焼肉店』と店のウィンドウの上に掛け看板があって、それを見上げているとステーキのいい香りがした。迷いなく扉を引いて中へ入ると、チリンとベルが鳴った。やはりラッシュ時間が終わった後らしく、少ない従業員総出でテーブルの清掃、椅子やメニュー表などの整頓をしている最中で、ベルの音に気づいた人は居なかった。
 普段この時間に客は来ないだろうし、無理もないだろう。この様な場合を見越してか、入って少し先にある受付の横に、呼び出し用のベルがあった。それを手に取ってチリンと鳴らすと、バタバタしている店内のガヤガヤが加わり、すぐにその中から一人駆け足でこちらに向かって来た。
「失礼しましたー!忙しくて聞こえませんでした!」
 駆け寄って来て早々頭を下げて来たのは若い女性だった。長い白髪に赤いラインが入っていて、髪を毛先付近で結って左肩に掛けている。エプロンとフリルワンピースの合わさった様な服で、色は髪色に近い薄いピンク色。左腕に腕章らしき青と白のアームバンドと、紺色の帯、足先の広く丸くなった黒の革靴がよく目立つ。
「っと、お一人様で宜しいですか?」
 彼女は顔を上げると、少しだけ腰を落としてそう訊いて来た。俺が「はい」と答えると、彼女はにこっと笑い掛けながら次の質問を投げかけて来る。
「カウンター席か二人席どちらにしますか?今は誰も居ないので四人席でも大丈夫ですが」
「二人席でお願いします」
 別に特別な理由は無かった、俺はカウンター席で食べるよりもテーブル席で食べる方が好きなだけだった。
「了解しました!一名様ご案内しまーす!」
 このやりとりだけでも、彼女は元気で気の良い人だと思った。ハキハキと伝わりやすい言葉、柔らかくも輝く笑顔。俺には出来そうにもない接客業にとことん向いていると思った。
 俺は「こっちです」と言って歩いて行く彼女の案内の後を追った。到着までの僅かな時間で分かったが、この店にはカウンター席、二人席、四人席の他にもう一つ、厨房の最も近くに十人分位の団体席が用意されていた。店の見た目に反して奥に広く、定員は五十人くらいだろうか。そして俺が案内されたのは、店のウィンドウ側にあった陽のよく当たる二人席だった。
「注文が決まりましたら、そこのベルを押して下さいね!」
 笑顔でそう言うと、彼女はまた整頓作業に戻った。彼女以外の従業員は壮年男性と、その人と同じ位の年齢に見える女性二人だけ、全員でたった四人のチームだった。しかし仕事が全員早く、人手不足と言う訳ではなさそうだった。そんな様子を横目に、とりあえずメニューを開くと、箇条書きでいくつも料理名が連れねられていた。
 上から『アブル肩ロース』『テラル・リン・タン』『シィラステーキ』『ミラカルビ』『オーヴステーキ』に『イルハンバーグ』。他にも料理はあるが、今日はこの中から選ぶ事にしよう。一応焼肉店と言うだけあり総料理数はかなりあるが、どれも聞いたことのない単語が並んでいるし、客層がほぼ大人だけだからかハンバーグ類の品数が少ない。
(じゃあこれにすっか…)
 注文する品が決まったので言われた通り呼び鈴をチリンと鳴った。出入り口のと受付の場所のそれとは違う高い音だ。すると駆け足でさっきの女性が来た。
「お決まりですか?」
 手帳とペンを持ち、終始笑顔で対応してくれた。
「シィラステーキのセットで、『アルダ茶』とコーンポタージュでお願いします」
「はーい。シィラと、アルダと、ポタージュですね?しばらくお待ち下さい!」
 注文を復唱しながら彼女は手帳にメモを取り、それを持っていつの間にか厨房に戻っていた他店員のもとにそれを持って行った。すると厨房は一層騒がしくなった。調理をしているのは女性店員の一人で、その他は仕事が殆どない故に楽しそうに談笑していた。その中には彼女の声も当然混ざっていた。
 しばらくすると、肉を焼く良い音が聞こえソースの香りも漂って来た。まだかまだかと思ってしばらく経つと、あの白髪の女性が今度はプレートを二つ持ってゆっくり歩いて来た。
「お待たせしましたー、シィラステーキセットでーす」
 彼女は少し屈んで一つ一つ皿を置いていく。木のステーキ皿の上の鉄板に乗ったステーキやコーン、ブロッコリーなど野菜の数々と、別個の追加ソース。そして別のプレートに乗ったコーンポタージュと、ウーロン茶の色をしたアルダ茶と言う飲み物が置かれた。
「これレシートです」
 彼女は手にしたそれを丸めて木の伝票差しの中に入れた。
「はい。……?」
 そしてしれっと俺の向かいに座った。ナイフとフォークに伸ばしかけていた手は止まり、頭にハテナが浮かんだ。その時の俺の顔は、側から見ればなんとまぁ変な阿保面あほづらだったのだろう。彼女はクスッと笑い説明した。
「なんかね?店長たちが歳近そうだから話して来たらって言われてさ」
 彼女は困った様に細く笑んだ。サッと厨房に目をやると、ニヤついた店員達が俺の目に見えない所へ隠れて行った。
(こう言うのお節介って言うよな)
 何を期待しているのか知らないが、俺は無視を決め込んでナイフとフォークを手に取った。腹も減っていたし早速ステーキを切り分け食べ始める。思っていた通り、シィラステーキはシィエルの肉を使っているようだ。同じ肉の味だ。だがいつも食べていた部位とは違うのか、歯応えがある。しかし噛めばどんどんと柔らかくなり、十回も噛めば溶けるようにほぐれていた。少し辛めのソースと塩胡椒も効いていてとても美味しい。家で作れるクオリティを裕に超えていて、流石店だなと感嘆した。俺が食べる様子を彼女は微笑み見つめていて、ある時楽しげに話しかけて来た。
「食べるの早いねー、お腹減ってたの?」
 俺は肉を頬張りながらうなずく。
「一人だよね?どこから来たの?」
 恐らくマニラウの中だけの話だろう。
「南西部から」
「えぇ!遠いじゃん!何かに乗って来た?歩きだよね!?」
「うん」
 確かに遠いから驚きもするか、と思いながらステーキを食べ進める。ほぼ初対面だし、言わずもがな会話はあまり弾まないが、それでも彼女は気にせず話しかけてきた。話すのが好きなんだろう。そういえば名前を聞いてない、コーンポタージュを飲み干した後に聞いてみた。
「名前、なんて言うんですか?」
 彼女は少し驚いた顔をした。俺から話しかけたのはこれが初めてだったから。しかしすぐに、彼女は嬉しそうに言った。
「あっ、言ってなかったね。私は『リタ』。気になってたんだけどさ?ほっぺたの傷どうしたの?」
 俺は「あっ」と思った。ラネムーゾ戦の傷を忘れていたのだ。治癒師の所で治療した時、全身を治すには一万ユーロと少し必要だと言われた。しかしクエストの報酬金額が一万ユーロきっかりだったから、細かな傷を治す事が出来なかった。だから頬と二の腕の傷が残ったままで、隠し辛い頬の傷が見つかった。
「ああ、昨日モンスターにやられたんだ。浅かったから忘れてた」
 俺がそう言うと、急にリタさんは目の色を変えて飛びつく様に言った。
「えっ、君英雄なの!?」
 ずいっと顔を寄せて来て間近で叫ばれたせいで耳が少しビリビリした。
「そうだけど、やっぱりなるには若いんですか?」
「そう…だね、最年少じゃないと思うけどほとんど聞かないよ?」
 リタさんはハッとなったのか、すぐに身を引き、眉をひそめて言った。
「え、じゃあ最年少何才なんです?」
 俺は単純に気になってしまい訊ねると、衝撃的な答えが返って来た。
「9才だね」
「9才!?」
 驚きのあまり大声で叫んでしまった、まさかの一桁台とは思わなかったから。他に客がいなくて良かった。
「私も詳しくは知らないんだけど、そうらしいよ?」
「まじですか…」
 一通り会話が終わり、俺はアルダ茶を啜る。アルダ茶と言うのはなんとも言えない辛味があって、どうしても少しずつしか飲めなかった。その時、リタさんはじっと俺を見つめて何かを考えている様だった。まっすぐ前を見ていると、彼女の赤い瞳と目が合って小っ恥ずかしく、どこを見て良いのか分からなくなった。
「ねぇ、君の名前は?」
 そんな時、リタさんが前触れ無く急に聞いて来た。彼女の名前は聞いたのに、俺の名前を教えていなかった。
ひかる
 言ってまたアルダ茶を啜る。辛いと言ってもすぐに引いて行くから、残る風味が良く美味しく感じる。
「ヒカル?珍しい名前だね、マニラウ出身じゃないでしょ」
 オッサンには特に何か言われた事は無いが、やはりここらの地域の名前では無かったようだ。しかし変なリアクションはせず、俺は「うん」とそっけなく答えた。
「教えてくれる?」
「それは言わないでおきます」
「まぁ、そうだよね…」
 何か会話のネタにでもしようとしたのだろうが、俺はマニラウ以外の街を知らない。それに馬鹿正直に異世界人だと言う事実を言えば、混乱か戸惑いしか生まないだろう。今の所、誰にも言うつもりはない事だし、濁さずきっぱりと秘匿する方が丸く治るだろう。
 リタさんは申し訳なさそうにもじもじした。俺も残りの野菜やステーキを食べ切った。結局この時点では、互いに名前と職業と大方の年齢しかわかっていない。リタさんは俺に少し興味があるように思えたが、俺がこんなでは会話が弾むはずも無かった。俺も本来は誰かと共に居た方が楽しいと思える人間のはずなのに、いつからこんな人間になったのだろうか。
「あ!ねぇねぇ、さっき噂聞いたんだった!」
 すると突然、リタさんが急に背をピンと伸ばして言った。空気を変えようとしたのだろう。
「どんな?」
 それに俺も乗っかった。
「さっきね、元英雄の人が教えてくれたんだけど、つい昨日『ワウ』から『王都』のランカーパーティーがマニラウに向かって移動し始めたんだって!それが何位のパーティーか分からないけど、有名人達だし、マニラウがすごく沸き上がると思うよ!」
 リタさんは心から楽しそうな表情で言った。
「へー、まさかみんなその人達に会いに行くんです?」
 マニラウ中が沸き上がると言う事は、お祭り騒ぎでもするのだろうかと思っていると、リタさんからこんな答えが返って来た。
「わざと休み取る人もいるくらいだよ?多分休業の店が多くなるんじゃないかな~」
 思った通りのお祭り騒ぎらしかった。俺はそこまでして会いたのかと思うが、この娯楽の少ない世界では有名人に会えるとなったら、好奇心が勝ってしまうのだろう。そこで、俺は彼女に訊いた。
「じゃあ、リタさんはどうするんです?」
 なんだか街の人間の四割はその有名人の所へ集まりそうな感じに思うが、この店の人はどうなのだろうと思ったのだ。
「んー…私は遠慮するかな、みんな程英雄さんは好きじゃないからさ」
 そう言うと彼女は苦い笑みを浮かべた。俺はそれが本心か疑問に思った、さっきあんなに目を輝かせていたのに。まあ俺も俺でその人たちを見に行く気はない、人混み嫌いだもん。これ以上中央の人通りが多くなると多分俺は気分が悪くなる。
「ごめんね、英雄を否定したいわけじゃないから」
 彼女はそう手を振って言った。リタさんはさっき「英雄さん」と敬称を欠かさず発言した。本当に嫌いなら「さん」なんて付ける事はないだろう。何か嫌う理由でもあるのだろうか。俺もなんとなくその理由は分かる気がする。
「みんな良く捉えてるように思えるけど、別に綺麗仕事って訳じゃないから分かるかも。そうだリタさん、そのパーティーが来るのっていつ頃なんです?」
「ああ、分からないけど…あと二日くらいじゃないかな?超特急で真っ直ぐ来るって聞いたし、エータルの森も突っ切って来るんじゃないかなって」
 リタさんはさらっととんでもない事を言った。「あのでかい森を突っ切るのか?」と思ったが、来るのは英雄の上位層の人達、やれるのならそうやって来るかもしれない。こんな低級モンスターが多い森くらい突っ切って来そうだ。普通に怖い。
「あ、明後日ってクエスト受ける日じゃ…」
 その時気づいてしまった、その英雄達の来る日とクエストの日が被っている。しかしこれで街に残らず、人混みを避ける良い口実になった。
「え、そうなの?もしかしたら森でバッタリって言うのも」
「いや、会いたくねぇーな」
 彼女は「えぇー?」と声をあげた。そして何か言い続けたようとしていたが、それより先に俺が席を立ち、その言葉は飲み込まれた。
「ごちそうさま」
「あ!」
 そろそろ家に帰って早速夕飯を手の込んだ物にしようと思ったから、少し切りは悪いがまた次の機会とさせてもらった。出入り口前でレシートの小計に従って会計を済ませて、そのまま外へ向かう。
「ご来店ありがとうございました!」
 リタさんはさっきみたいな友人モードから店員モードに戻り、深くお辞儀をして俺を見送ってくれた。
「また来ても良いですか?」
 俺は去り際に振り返り、彼女に言葉を投げた。するとリタさんの表情は明るくなり、頬を少し赤くして元気に言った。
「はい!いつでも歓迎します!」
 俺はドアを潜る前に軽く礼をし、店を出て行った。
(さて、ステーキの再現でもしようかな)
 なんて事を考えながらまたしばらく歩き、少しオッサンの家に近い場所で食材や調味料を買い足した。どこに何が売っているか手探りだった為、結局日が暮れ空が茜に染まってしまってから『転身』で家に帰った。夕食を食べたのは夜九時も過ぎた位だと思うが、とても楽しい一日だったと一人思い返した。
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