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ノッティラ・ノーフォーク・ノートリーヒ
ダナウの提案
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半狼であっても、人間らしく。そう生きる決意を新たにしたダナウは、人狼化を解く手掛かりを求めて、早速魔術師探しに意欲的であった。
「ジルヴィ、ネタがひとつあるのを思い出したぞ」
針仕事に忙しいジルヴィの向かいに座り、彼は興奮気味に捲し立てた。なお、ジルヴィが繕っているのはダナウのズボンである。狼の尻尾は立派すぎてズボンの中にはしまえないため、尻の上に専用の通し穴を作ってやらなければならないのだ。
「うんうん。なにかな?」
返事をするジルヴィはまるで子供に答える母親である。針の先から目も上げない。自分の衣類を縫ってくれているにもかかわらず、ダナウは彼の注意が十分にこちらへ向かないことに腹立たしそうであった。
「おい、ちゃんと聞く気ないだろ」
「聞いてるよー、話していいよー」
「ったく……」
彼は頭頂部の三角耳を掻きながら話し始めた。
「憲兵団内で指名手配している男がいたんだ。今回の人狼事件の容疑者としてな」
「えっ。犯人の目星、もうついてるの?」
「ああ。だが、数ヵ月前から行方不明で、未だ居場所がわからないらしい」
男の名前はノッティラ・ノーフォーク・ノートリーヒ。
正式に異端審問局に届け出ている魔術研究家である。
「え? なんだって? もう一回言って?」
「ノッティラ・ノーフォーク・ノートリーヒ」
「ノ……ノット? え?」
「ノートリーヒ。お前、覚える気ないだろう」
ジルヴィは口笛を吹いた。
「魔術師だってわかってるんなら、最初から取り締まっておけばよかったのに」
「ノートリーヒはあくまで研究家であって、魔術師ではないと見做されていたんだよ」
「んー? 何が違うの?」
「例えば、今回みたいに悪い奴が魔術を使ったとするだろ? その時に、魔術について誰も何も知らなかったら、手が打てないままやられっぱなしになっちまう。だから、審問局が許可を出した人間だけは、特別に魔術の研究が許されてるんだよ」
「へー」
ジルヴィは生返事だ。ダナウは苛々と机を指で叩いて注目を促すが、彼は「あとちょっとだから」と制止を掛ける。数分待たされた後、会話は再開された。
「……で、なんでその人が犯人だってわかったの?」
「知らん。それは俺たちのところまで下りてこなかったが、調査隊の奴らは証拠を握っているんだろう」
「ふぅん。よくわからないけど、討伐隊と調査隊はあんまり仲良しじゃないってことだけはわかったよ」
「うるせぇよ」
実際にその通りだが、部署間の腹立たしい抗争すら、今の彼には切ない思い出でしかない。ダナウは気持ちを切り替えるために冷めた紅茶を飲み干した。
「とにかく、今夜はそいつを捜しに行くぞ」
「急! 今夜?」
「早けりゃ早い方がいいだろうが。ライカンスロープ(人狼)を造れるような奴だったら、その逆の方法だって知ってる可能性が高いだろ?」
「いや、まあ、そうだけど……」
ダナウは逸る気持ちを抑えられない。ジルヴィは物言いたげな眼差しを三角耳に向けた。
「なんだよ?」
半狼の青年は視線を払うように耳を横に動かした。昨晩一度変身したことで、かなり体の扱い方が身についたらしい。そのことを本人が自覚しているのかはわからないが。
ジルヴィは躊躇いがちに口を開いた。
「ダナウ、体は大丈夫なの? 昨日の今日だよ。まだ夜に出歩くのは……」
言いたいことが伝わった。
たった一日では、月の大きさはそれほど変わらない。影響力も変わらない。ジルヴィは、ダナウがまた魔力のコントロールを失い、突然人狼化してしまうことを懸念しているのだ。
ダナウは黙り込んでジルヴィを見据えた。いや、ジルヴィを通り過ぎた後ろの壁を睨んでいた。眉間に刻まれた皺に、彼の決意が表れていた。
「……大丈夫だ。俺は、もう」
ジルヴィは何も言わなかった。ただ、しばらく彼を見つめて、それから再び手元に視線を落とした。口元だけを微笑みの形に変えて。
「そっか。いらない心配してごめんね」
「……いや、ありがとな」
なぜかリルーがゲーッと鳴いた。
いつの間にか近寄ってきていた怪鳥は、空いている椅子の背凭れに掴まって羽繕いを始めた。ダナウは彼女を睨み付けてから、話をもとに戻した。
「捜索する場所なんだが、まず今日はそいつの家に行ってみようと思うんだ」
「家までわかってるんだ?」
「さっきも言った通り、本人はずっと行方不明だけどな。調査隊だって調べただろうが、俺たちなら何か手掛かりを見つけられるかもしれない」
ジルヴィは思案気である。
「うーん。確かに、ダナウがもとに戻る方法さえ見つけられれば、本人は別にいらないんだもんね。でも、魔術書とかってみんな押収されちゃってるんじゃない?」
「そうじゃなくてさ……ほら、その……」
突然言い淀むダナウ。ジルヴィがきょとんとして首を傾げていると、彼はまた耳の後ろを掻き始めた。心なしか恥ずかしそうなのは気のせいか。
「……俺なら残ってる臭いとか、わかるかもしれないし……」
ジルヴィは一瞬硬直した。
「……ええっ! 嘘! ダナウってば、急にすっごいやる気だね!」
「う、うるさいっ。使えるものは使わないともったいないだろっ」
「うん、言いたいことはわかるんだけどね……ダナウ、もう一度変身してくれるの?」
おちゃらけた雰囲気が引き締まる。ダナウは緊張した面持ちでジルヴィを見、ゆっくりと首を縦に振った。
「狼って、嗅覚がすごいっていうだろ。それで手掛かりを得られる可能性があるんなら、できることは全部試してみたい」
「……また暴走しちゃったら?」
「その時は、悪いけど。また俺を絞め落してくれ」
ジルヴィは小さく溜息を吐き。それからひとつ、頷いた。
「ジルヴィ、ネタがひとつあるのを思い出したぞ」
針仕事に忙しいジルヴィの向かいに座り、彼は興奮気味に捲し立てた。なお、ジルヴィが繕っているのはダナウのズボンである。狼の尻尾は立派すぎてズボンの中にはしまえないため、尻の上に専用の通し穴を作ってやらなければならないのだ。
「うんうん。なにかな?」
返事をするジルヴィはまるで子供に答える母親である。針の先から目も上げない。自分の衣類を縫ってくれているにもかかわらず、ダナウは彼の注意が十分にこちらへ向かないことに腹立たしそうであった。
「おい、ちゃんと聞く気ないだろ」
「聞いてるよー、話していいよー」
「ったく……」
彼は頭頂部の三角耳を掻きながら話し始めた。
「憲兵団内で指名手配している男がいたんだ。今回の人狼事件の容疑者としてな」
「えっ。犯人の目星、もうついてるの?」
「ああ。だが、数ヵ月前から行方不明で、未だ居場所がわからないらしい」
男の名前はノッティラ・ノーフォーク・ノートリーヒ。
正式に異端審問局に届け出ている魔術研究家である。
「え? なんだって? もう一回言って?」
「ノッティラ・ノーフォーク・ノートリーヒ」
「ノ……ノット? え?」
「ノートリーヒ。お前、覚える気ないだろう」
ジルヴィは口笛を吹いた。
「魔術師だってわかってるんなら、最初から取り締まっておけばよかったのに」
「ノートリーヒはあくまで研究家であって、魔術師ではないと見做されていたんだよ」
「んー? 何が違うの?」
「例えば、今回みたいに悪い奴が魔術を使ったとするだろ? その時に、魔術について誰も何も知らなかったら、手が打てないままやられっぱなしになっちまう。だから、審問局が許可を出した人間だけは、特別に魔術の研究が許されてるんだよ」
「へー」
ジルヴィは生返事だ。ダナウは苛々と机を指で叩いて注目を促すが、彼は「あとちょっとだから」と制止を掛ける。数分待たされた後、会話は再開された。
「……で、なんでその人が犯人だってわかったの?」
「知らん。それは俺たちのところまで下りてこなかったが、調査隊の奴らは証拠を握っているんだろう」
「ふぅん。よくわからないけど、討伐隊と調査隊はあんまり仲良しじゃないってことだけはわかったよ」
「うるせぇよ」
実際にその通りだが、部署間の腹立たしい抗争すら、今の彼には切ない思い出でしかない。ダナウは気持ちを切り替えるために冷めた紅茶を飲み干した。
「とにかく、今夜はそいつを捜しに行くぞ」
「急! 今夜?」
「早けりゃ早い方がいいだろうが。ライカンスロープ(人狼)を造れるような奴だったら、その逆の方法だって知ってる可能性が高いだろ?」
「いや、まあ、そうだけど……」
ダナウは逸る気持ちを抑えられない。ジルヴィは物言いたげな眼差しを三角耳に向けた。
「なんだよ?」
半狼の青年は視線を払うように耳を横に動かした。昨晩一度変身したことで、かなり体の扱い方が身についたらしい。そのことを本人が自覚しているのかはわからないが。
ジルヴィは躊躇いがちに口を開いた。
「ダナウ、体は大丈夫なの? 昨日の今日だよ。まだ夜に出歩くのは……」
言いたいことが伝わった。
たった一日では、月の大きさはそれほど変わらない。影響力も変わらない。ジルヴィは、ダナウがまた魔力のコントロールを失い、突然人狼化してしまうことを懸念しているのだ。
ダナウは黙り込んでジルヴィを見据えた。いや、ジルヴィを通り過ぎた後ろの壁を睨んでいた。眉間に刻まれた皺に、彼の決意が表れていた。
「……大丈夫だ。俺は、もう」
ジルヴィは何も言わなかった。ただ、しばらく彼を見つめて、それから再び手元に視線を落とした。口元だけを微笑みの形に変えて。
「そっか。いらない心配してごめんね」
「……いや、ありがとな」
なぜかリルーがゲーッと鳴いた。
いつの間にか近寄ってきていた怪鳥は、空いている椅子の背凭れに掴まって羽繕いを始めた。ダナウは彼女を睨み付けてから、話をもとに戻した。
「捜索する場所なんだが、まず今日はそいつの家に行ってみようと思うんだ」
「家までわかってるんだ?」
「さっきも言った通り、本人はずっと行方不明だけどな。調査隊だって調べただろうが、俺たちなら何か手掛かりを見つけられるかもしれない」
ジルヴィは思案気である。
「うーん。確かに、ダナウがもとに戻る方法さえ見つけられれば、本人は別にいらないんだもんね。でも、魔術書とかってみんな押収されちゃってるんじゃない?」
「そうじゃなくてさ……ほら、その……」
突然言い淀むダナウ。ジルヴィがきょとんとして首を傾げていると、彼はまた耳の後ろを掻き始めた。心なしか恥ずかしそうなのは気のせいか。
「……俺なら残ってる臭いとか、わかるかもしれないし……」
ジルヴィは一瞬硬直した。
「……ええっ! 嘘! ダナウってば、急にすっごいやる気だね!」
「う、うるさいっ。使えるものは使わないともったいないだろっ」
「うん、言いたいことはわかるんだけどね……ダナウ、もう一度変身してくれるの?」
おちゃらけた雰囲気が引き締まる。ダナウは緊張した面持ちでジルヴィを見、ゆっくりと首を縦に振った。
「狼って、嗅覚がすごいっていうだろ。それで手掛かりを得られる可能性があるんなら、できることは全部試してみたい」
「……また暴走しちゃったら?」
「その時は、悪いけど。また俺を絞め落してくれ」
ジルヴィは小さく溜息を吐き。それからひとつ、頷いた。
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