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ライカンスロープ狩り
ライカンスロープ
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その後も淡々とグール退治が繰り返された。この墓地に巣食うものがライカンスロープ(人狼)ではないとわかった時点で、今日の任務は討伐ではなく害獣駆除と化していた。
ダナウたち三人が合流予定地点に着いた時、ジャスティン率いるもう一チームはまだ到着していなかった。もしもライカンスロープまたは危険な魔物に遭遇した場合は、照明弾で合図する決まりになっている。今のところは、それらしい合図は撃ち上がっていない。
「向こうにはこの眼鏡がないからな。索敵に時間が掛かっているのだろう」
ナタレアは二人にこの場で待機するよう命じた。
「様子を見てくる。十分で戻るから、何かあれば照明弾で知らせてくれ」
「承知しました。お気を付けて」
残された二人は集合地点の目印とした彫像の周りをぶらつきながら、天頂まで昇ってきた月を見上げた。
「班長、おひとりで大丈夫ですかねぇ?」
そう言うユリアの口調はちっとも心配そうではなく、落ちていた枝を使ってメイスの汚れをこそげるのに忙しい。ダナウは緊張感のない後輩の代わりに警戒にあたるが、正直なところ、彼自身も既に今日の任務は終わったものと考えていた。
「あのなぁ、あの人を誰だと思ってるんだ? お前みたいな新米に心配されるような人じゃねぇよ」
「かっこいいですよねぇ、ナタレアさん。訓練所に入る前のことなんですけど、班長が戦っているのを見たことがあるんですよ。それであたし、すっかり憧れちゃって――」
「しっ!」
ユリアが慌てて口を噤む。ダナウは耳を澄ませた。
「……何かいました?」
「わからん。ちょっと見てくる」
彼はユリアにそこにいるようジェスチャーで伝え、音がした方向を探り始めた。
月光によって墓地の不気味さも掻き消されるかと思いきや、風化した彫刻や枯れた草木が歪な影を落とし、闇夜とはまた違った恐ろしさを醸し出している。ダナウは一歩進むたび、視界の端をチラつく影に神経を擦り減らすことになった。
物音は遠退いていた。パサリ、と布が地面に落ちるような音が聞こえたような気がする。その後しばらく沈黙し、再び何かを踏み締める音。音の主はそれなりに速い速度で移動している。
三度目の物音に、ダナウはハッとする。
――今のは人の声ではなかったか?
彼は音の主を追って走り出した。
***
辿り着いた区画は、これまで通ってきた墓地の景色と何ら変わらないように見えた。見事な樫の木が片側に立ち並び、その間には墓廟が等間隔に配置されている。ダナウの目が『ソレ』を捉えたのは、まさにその廟と廟の間であった。
月光を受けて淡い光を反射する長い髪。それを尾のようになびかせて、少女が墓石の間を走っていく。彼女は度々頭上の並木を振り返っていた。
うねる樫の梢には。
巨大な狼が少女に狙いを定めていた。
「ライカンスロープ――……!」
ダナウは躊躇うことなく懐に手を入れた。取り出したのは照明弾。銃口を空に掲げながら、彼は行きの車中で感じた不吉な印象を思い出していた。
彼が引き金を引くよりも、獣が彼に気付く方が早かった。視界を黒い塊が過ったと思った瞬間。ダナウは満月のような目に射抜かれ、生臭い息を浴びていた。
「うぐぁ……っ!」
鋭い鉤爪が血飛沫を散らす。咄嗟に跳び退いて身を庇ったものの、右腕は無惨に引き裂かれ、照明弾はあらぬ方向へ飛んでいった。
ダナウには痛みを感じる余裕も与えられない。すぐさまライカンスロープが牙を剥き、彼の首を目掛けて襲い掛かった。
グール(食屍鬼)など比べ物にならない。人狼の体格はダナウの長身さえも影の中に包み込むほど。その巨体でありながら、野獣は素早かった。そして、その強靭な顎から繰り出される攻撃は、たとえ強化繊維で作られた制服を身に纏っていようとも、ひと噛みでダナウの手足をもぎ取るだろう。
相手の巨体の下に潜り込むように身を屈め、狼の頭部を回避する。肉薄した一瞬。ダナウは毛皮の胸板に拳を叩き込んだ。
強化グローブが起動する。凝縮されたエネルギーが破裂し、爆薬のような衝撃が炸裂する――はずだった。ところが、ダナウの渾身の一撃はダメージを与えるどころか、相手をよろめかせることすらできなかった。
ダナウは恐怖に呑み込まれるのを感じた。体に染みついた戦闘の経験が辛うじて彼に回避行動を取らせるが、怯え切った頭は思考を放棄する。脳裏を過るのは、いかに相手が強力かということと、自分だけでは到底歯が立たないであろうことだけだった。
刃のような鋭い犬歯に意識を奪われ過ぎていた。辛うじて狼の頭部を躱した彼の上半身に、ライカンスロープの左腕が直撃する。衝撃に跳ね飛ばされ、地面に叩き付けられたダナウが息を詰まらせた時には、彼は人狼に組み敷かれていた。
「あ……ぅ、あ……」
大きく見開かれた琥珀色の瞳が目と鼻の先にあった。血管がミミズのように眼球を這っているのが見える。その口吻は、人間よりは長いが狼よりは幅広で、口を開くと幾重にも皺が寄った。黄ばんだ歯が並ぶ口内は、まるで鍾乳洞のよう。
醜悪だ。この獣は、美しさとは程遠い。
恐怖と嫌悪を顔に浮かべ、ダナウは抵抗を示した。だが、拘束はビクともしなかった。
ニヤリ、と。野獣が顔を歪めて笑ったように見えた。
「や、やめろ! 離せ!」
無我夢中で叫んだ。当然、そんな訴えが聞き入れられるはずもなく。
ダナウの首筋に深々と牙が刺さる。肉を裂き、それが食い千切られると、大量の血が噴き出した。
「あああああ……っ!」
絶叫がこだまする。鮮血と共に溢れ出したそれは、なぜか他人のもののように耳に届いた。涙で滲んだ視界にライカンスロープの不可解な動作が映る。獣は自らの手の平に爪を立てていた。
獣の口が動いた気がした。しかし、自分の絶叫に掻き消されて、ダナウには聞き取れなかった。人とも狼ともつかない黒い手の平が迫り。彼は、相手が何をしようとしているのか理解した。
「やめろ! よせ! い、嫌だああぁぁぁ……」
ダナウの体が大きく跳ねた。ビクンビクンと、魚のように。
熱を感じた。体の奥底に火が点いたように熱い。
その熱に溺れていよいよ意識を手放そうとするさなか、頭上に覆い被さる人狼の背後に、白い津波を見たような気がした。
***
ユリア・レープマンは焦っていた。
今、確かに悲鳴が聞こえた。その声に聞き覚えがあったのは、気のせいだと信じたい。
「ユリア!」
振り返ると、ナタレアが他の班員を連れて走って来るところだった。
「班長! ダナウ先輩が帰って来ないんです! それで今、悲鳴が聞こえて――」
「私にも聞こえた。ジャスティンとデジレは馬車に戻って待機。ユリア、ロズ、付いて来てくれ。悲鳴はこっちからだな? 探そう」
声を辿って墓石の間を走りながら、ナタレアはこれまでの経緯を訊ねた。それから、半ベソを掻いているユリアを慰める。
「心配するな。ダナウが強いのは知っているだろう。そう簡単にやられたりはしないさ」
しかし、彼女らを導いていた悲痛な叫び声は、場所を特定する前に途絶えてしまった。
捜索の結果、ようやく発見できたのは大量の血痕のみだった。地面に大きな染みを作っており、その範囲を見ただけでも致死量だとわかるほど。けれども、その血を流した本人はどこにも見当たらなかった。
「ここで何かあったのは確かですね。軽く地面を均した跡があります」
隊員のロズが淡々と現場を調べている。ユリアは肩越しに彼の現場検証を見守りながら、祈るように手を握り締めることしかできなかった。
「えっと……ダナウ先輩、仕留めきれなくて、もっと遠くまで追い掛けちゃったのかな?」
縋るような眼差しで問う。ロズは答える代わりにナタレアを見上げた。釣られて班長の方を見たユリアは、彼女の尋常でない様子に凍り付く。
ナタレアは呆然と立ち尽くしていた。片手を眼鏡に添えたまま硬直し、蒼褪めた唇が小刻みに震えている。見開いた瞳にいつもの冷静さは残っていなかった。
「班、長……?」
呼び掛けるユリアの声は掠れていた。ズリズリとこちらを向いたナタレアと目が合った瞬間、ユリアの背に冷たいものが流れ落ちた。
「ダナウの……痕跡が……」
「そんな! そんな、じょ、冗談言わないでくださいよ……」
ナタレアは答えない。そのことが何よりも明確に物語っていた――この血痕はダナウ・ベルデのものなのだ、と。
「ち、違いますよ。先輩が、し、死ぬわけ……ないじゃない……」
声は細くなって消えていった。ユリアの手が地に落ちる。次の瞬間、彼女は踵を返して駆け出していた。
「先輩! ダナウ先輩! どこ行っちゃったんです? ねえ、先輩、返事して――」
「ユリア!」
腕を掴んで引き留めたのはロズだった。あまり感情を表に出さない彼の顔にも、強い動揺が現れている。
「単独行動は危険だ……わかるだろ」
わかる。
でも、わかりたくない。
ユリアの目に涙が浮かんでいく。追い付いたナタレアが彼女の肩に手を掛けた。
「ロズ、ユリアを連れて正門へ戻り、馬車をこちらに回してくれ。全員でダナウを捜索する」
「あ、あたしも……っ、あたしも残って捜索します!」
「戻ってきたら手伝ってもらうさ。ロズ、頼む」
ロズは黙って頷き、ユリアを優しく促した。
「気持ちはわかるよ。早く行けば、それだけ早く戻って来られるから――」
独り現場に残ったナタレア・マーグストは、地面の血痕にジッと視線を注いだ。そして、膝から崩れ落ちるとともに、数滴の雫が血痕に重なった。
結局、ダナウ・ベルデが発見されることはなかった。
彼自身も、彼にあれだけの傷を負わせたと思われる魔物も。
ダナウたち三人が合流予定地点に着いた時、ジャスティン率いるもう一チームはまだ到着していなかった。もしもライカンスロープまたは危険な魔物に遭遇した場合は、照明弾で合図する決まりになっている。今のところは、それらしい合図は撃ち上がっていない。
「向こうにはこの眼鏡がないからな。索敵に時間が掛かっているのだろう」
ナタレアは二人にこの場で待機するよう命じた。
「様子を見てくる。十分で戻るから、何かあれば照明弾で知らせてくれ」
「承知しました。お気を付けて」
残された二人は集合地点の目印とした彫像の周りをぶらつきながら、天頂まで昇ってきた月を見上げた。
「班長、おひとりで大丈夫ですかねぇ?」
そう言うユリアの口調はちっとも心配そうではなく、落ちていた枝を使ってメイスの汚れをこそげるのに忙しい。ダナウは緊張感のない後輩の代わりに警戒にあたるが、正直なところ、彼自身も既に今日の任務は終わったものと考えていた。
「あのなぁ、あの人を誰だと思ってるんだ? お前みたいな新米に心配されるような人じゃねぇよ」
「かっこいいですよねぇ、ナタレアさん。訓練所に入る前のことなんですけど、班長が戦っているのを見たことがあるんですよ。それであたし、すっかり憧れちゃって――」
「しっ!」
ユリアが慌てて口を噤む。ダナウは耳を澄ませた。
「……何かいました?」
「わからん。ちょっと見てくる」
彼はユリアにそこにいるようジェスチャーで伝え、音がした方向を探り始めた。
月光によって墓地の不気味さも掻き消されるかと思いきや、風化した彫刻や枯れた草木が歪な影を落とし、闇夜とはまた違った恐ろしさを醸し出している。ダナウは一歩進むたび、視界の端をチラつく影に神経を擦り減らすことになった。
物音は遠退いていた。パサリ、と布が地面に落ちるような音が聞こえたような気がする。その後しばらく沈黙し、再び何かを踏み締める音。音の主はそれなりに速い速度で移動している。
三度目の物音に、ダナウはハッとする。
――今のは人の声ではなかったか?
彼は音の主を追って走り出した。
***
辿り着いた区画は、これまで通ってきた墓地の景色と何ら変わらないように見えた。見事な樫の木が片側に立ち並び、その間には墓廟が等間隔に配置されている。ダナウの目が『ソレ』を捉えたのは、まさにその廟と廟の間であった。
月光を受けて淡い光を反射する長い髪。それを尾のようになびかせて、少女が墓石の間を走っていく。彼女は度々頭上の並木を振り返っていた。
うねる樫の梢には。
巨大な狼が少女に狙いを定めていた。
「ライカンスロープ――……!」
ダナウは躊躇うことなく懐に手を入れた。取り出したのは照明弾。銃口を空に掲げながら、彼は行きの車中で感じた不吉な印象を思い出していた。
彼が引き金を引くよりも、獣が彼に気付く方が早かった。視界を黒い塊が過ったと思った瞬間。ダナウは満月のような目に射抜かれ、生臭い息を浴びていた。
「うぐぁ……っ!」
鋭い鉤爪が血飛沫を散らす。咄嗟に跳び退いて身を庇ったものの、右腕は無惨に引き裂かれ、照明弾はあらぬ方向へ飛んでいった。
ダナウには痛みを感じる余裕も与えられない。すぐさまライカンスロープが牙を剥き、彼の首を目掛けて襲い掛かった。
グール(食屍鬼)など比べ物にならない。人狼の体格はダナウの長身さえも影の中に包み込むほど。その巨体でありながら、野獣は素早かった。そして、その強靭な顎から繰り出される攻撃は、たとえ強化繊維で作られた制服を身に纏っていようとも、ひと噛みでダナウの手足をもぎ取るだろう。
相手の巨体の下に潜り込むように身を屈め、狼の頭部を回避する。肉薄した一瞬。ダナウは毛皮の胸板に拳を叩き込んだ。
強化グローブが起動する。凝縮されたエネルギーが破裂し、爆薬のような衝撃が炸裂する――はずだった。ところが、ダナウの渾身の一撃はダメージを与えるどころか、相手をよろめかせることすらできなかった。
ダナウは恐怖に呑み込まれるのを感じた。体に染みついた戦闘の経験が辛うじて彼に回避行動を取らせるが、怯え切った頭は思考を放棄する。脳裏を過るのは、いかに相手が強力かということと、自分だけでは到底歯が立たないであろうことだけだった。
刃のような鋭い犬歯に意識を奪われ過ぎていた。辛うじて狼の頭部を躱した彼の上半身に、ライカンスロープの左腕が直撃する。衝撃に跳ね飛ばされ、地面に叩き付けられたダナウが息を詰まらせた時には、彼は人狼に組み敷かれていた。
「あ……ぅ、あ……」
大きく見開かれた琥珀色の瞳が目と鼻の先にあった。血管がミミズのように眼球を這っているのが見える。その口吻は、人間よりは長いが狼よりは幅広で、口を開くと幾重にも皺が寄った。黄ばんだ歯が並ぶ口内は、まるで鍾乳洞のよう。
醜悪だ。この獣は、美しさとは程遠い。
恐怖と嫌悪を顔に浮かべ、ダナウは抵抗を示した。だが、拘束はビクともしなかった。
ニヤリ、と。野獣が顔を歪めて笑ったように見えた。
「や、やめろ! 離せ!」
無我夢中で叫んだ。当然、そんな訴えが聞き入れられるはずもなく。
ダナウの首筋に深々と牙が刺さる。肉を裂き、それが食い千切られると、大量の血が噴き出した。
「あああああ……っ!」
絶叫がこだまする。鮮血と共に溢れ出したそれは、なぜか他人のもののように耳に届いた。涙で滲んだ視界にライカンスロープの不可解な動作が映る。獣は自らの手の平に爪を立てていた。
獣の口が動いた気がした。しかし、自分の絶叫に掻き消されて、ダナウには聞き取れなかった。人とも狼ともつかない黒い手の平が迫り。彼は、相手が何をしようとしているのか理解した。
「やめろ! よせ! い、嫌だああぁぁぁ……」
ダナウの体が大きく跳ねた。ビクンビクンと、魚のように。
熱を感じた。体の奥底に火が点いたように熱い。
その熱に溺れていよいよ意識を手放そうとするさなか、頭上に覆い被さる人狼の背後に、白い津波を見たような気がした。
***
ユリア・レープマンは焦っていた。
今、確かに悲鳴が聞こえた。その声に聞き覚えがあったのは、気のせいだと信じたい。
「ユリア!」
振り返ると、ナタレアが他の班員を連れて走って来るところだった。
「班長! ダナウ先輩が帰って来ないんです! それで今、悲鳴が聞こえて――」
「私にも聞こえた。ジャスティンとデジレは馬車に戻って待機。ユリア、ロズ、付いて来てくれ。悲鳴はこっちからだな? 探そう」
声を辿って墓石の間を走りながら、ナタレアはこれまでの経緯を訊ねた。それから、半ベソを掻いているユリアを慰める。
「心配するな。ダナウが強いのは知っているだろう。そう簡単にやられたりはしないさ」
しかし、彼女らを導いていた悲痛な叫び声は、場所を特定する前に途絶えてしまった。
捜索の結果、ようやく発見できたのは大量の血痕のみだった。地面に大きな染みを作っており、その範囲を見ただけでも致死量だとわかるほど。けれども、その血を流した本人はどこにも見当たらなかった。
「ここで何かあったのは確かですね。軽く地面を均した跡があります」
隊員のロズが淡々と現場を調べている。ユリアは肩越しに彼の現場検証を見守りながら、祈るように手を握り締めることしかできなかった。
「えっと……ダナウ先輩、仕留めきれなくて、もっと遠くまで追い掛けちゃったのかな?」
縋るような眼差しで問う。ロズは答える代わりにナタレアを見上げた。釣られて班長の方を見たユリアは、彼女の尋常でない様子に凍り付く。
ナタレアは呆然と立ち尽くしていた。片手を眼鏡に添えたまま硬直し、蒼褪めた唇が小刻みに震えている。見開いた瞳にいつもの冷静さは残っていなかった。
「班、長……?」
呼び掛けるユリアの声は掠れていた。ズリズリとこちらを向いたナタレアと目が合った瞬間、ユリアの背に冷たいものが流れ落ちた。
「ダナウの……痕跡が……」
「そんな! そんな、じょ、冗談言わないでくださいよ……」
ナタレアは答えない。そのことが何よりも明確に物語っていた――この血痕はダナウ・ベルデのものなのだ、と。
「ち、違いますよ。先輩が、し、死ぬわけ……ないじゃない……」
声は細くなって消えていった。ユリアの手が地に落ちる。次の瞬間、彼女は踵を返して駆け出していた。
「先輩! ダナウ先輩! どこ行っちゃったんです? ねえ、先輩、返事して――」
「ユリア!」
腕を掴んで引き留めたのはロズだった。あまり感情を表に出さない彼の顔にも、強い動揺が現れている。
「単独行動は危険だ……わかるだろ」
わかる。
でも、わかりたくない。
ユリアの目に涙が浮かんでいく。追い付いたナタレアが彼女の肩に手を掛けた。
「ロズ、ユリアを連れて正門へ戻り、馬車をこちらに回してくれ。全員でダナウを捜索する」
「あ、あたしも……っ、あたしも残って捜索します!」
「戻ってきたら手伝ってもらうさ。ロズ、頼む」
ロズは黙って頷き、ユリアを優しく促した。
「気持ちはわかるよ。早く行けば、それだけ早く戻って来られるから――」
独り現場に残ったナタレア・マーグストは、地面の血痕にジッと視線を注いだ。そして、膝から崩れ落ちるとともに、数滴の雫が血痕に重なった。
結局、ダナウ・ベルデが発見されることはなかった。
彼自身も、彼にあれだけの傷を負わせたと思われる魔物も。
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