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序章

ダンジョン、それは突然現れた未知の世界

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 その日が今では「世界同時地震の日」あるいは「運命の日」と呼ばれ始めたのは五年前。
 五年前に襲った震度六強の地震は世界中で建物の倒壊、死者、怪我人が多数出た。津波が一つもなかったのが救いとも言える災害の中、震度六強程度なら耐えてしまう日本は停電や断水、家の傾きなどの被害があったもの怪我人は軽症、死者もいないとある意味通常の日常を送っていた。
 そして、地震に対していい意味でも悪い意味でも余裕のある日本人が初めにそれを見つけた。
 それがその日を世界を一変させた。

 穴だ。

 避難場所の一つとなっていた公園で、ぽっかり穴が空いているのをちょっと大きめの地震だったからと避難してきた人達が見つけたのだ。
 突然できた穴に不気味さを感じて遠巻きにする人の中、やんちゃで好奇心の強い小学生が無邪気さゆえの無謀でその穴に飛び込むことでそれは発覚する。

「何これ!? すげぇ! ダンジョンじゃん!!」

 その突然できた穴は、小学生の一言で不気味な穴からダンジョンへと変わった。
 好奇心旺盛な子供を助けるため、という名目で穴に入った青年達もそのダンジョンという空間を確認。
 若者を中心にダンジョンは興奮できる場所として、日本中が熱狂した。
 地震の被害は世界一少ない日本は世界の支援もそこそこに、そのダンジョンと名付けられた場所の調査をいち早く始めた。

 突然現れたダンジョンは、今確認されている時点で三種類。
 初級ダンジョンと言われるレンガのような壁と部屋と通路で構成されたタイプ。敵は階ごとに変わるが、ほとんどが五階を超えるまではモンスターが一種類か二種類しか出てこないため比較的攻略がしやすい。
 中級ダンジョンは、いわゆる洞窟タイプのダンジョンだ。自然と壁が発光していて視覚は確保できているが足場が悪く、物陰も多いためそれなりに経験の積んだ人間でなければ苦戦する。
 上級ダンジョンは、いわゆる地形ダンジョンと呼ばれるタイプになる。階ごとに環境が変わり、森や草原、砂漠などの地形フィールドになっていて、環境のせいでほとんど攻略されていないのが現状だ。

 ダンジョンによって環境や出てくる敵は違ってくるが、どんなダンジョンであれ共通する点はいくつかある。
 ダンジョンの入り口は小さなホール状となっていて、その真ん中には水晶クラスターのような形をしたステータスチェッカー、またはセーブポイントといわれるものがあり、各階ごとに小さめのホールがあってそこにはモンスターが入ってこないセーフティーゾーンとなっている。
 ステータスチェッカーを使えば、一階に戻ってこれるということを発見したのも日本人だ。

 五階ずつにボスがいるということも共通していて、広さも階を重ねるごとに広くなっていき、おそらくピラミッド状になっているものと推測されている。
 また、五階を過ぎると階層ごとに敵の種類が増えてきたり、罠なども出てくるようになるためゲームのようにスムーズに攻略はうまくいっていない。つまり、五階まではゲームでいうところのチュートリアル。ここでダンジョンに慣れろという仕様になっていて、リアルダンジョンのチュートリアルで環境に慣れることができずに心折れる人も多い。
 ちなみに機械は正常に動かずデジタル時計なども狂ってしまうが、機械式時計や水銀温度計などならきちんと動く。


 復興部分が少ない日本が現状一番ダンジョン攻略が進んでおり、現在最高到達点として初級ダンジョン十三階まで攻略されている。
 ゲームのように進まないのは、死者や怪我人が出たり、階によっては何日も攻略する必要が出てくるからだ。
 また、アイテムボックスやインベントリのような便利アイテムもなく、荷物を大量に持ってダンジョン攻略をするという荒技が何日もできない。
 それでも復興が少ない分だけダンジョンに力を入れられる日本は、様々なデータを蓄積していっている。
 現在日本のダンジョンは見つかっているだけでも、五十一ヶ所。全国の都道府県に一つか二つは見つかっている。

 ダンジョンに出るモンスターは、倒すと光となって溶けて、ドロップアイテムを残す。魔石、毛皮や皮、骨、爪などのダンジョンのお約束のアイテムから、肉や野菜などの食べられるものまで落ちる。
 肉や野菜は食べても問題はない。持ち帰って専門機関で成分分析したところ、流通している肉と成分的にも同じで妙なウィルスなども発見されていない。
 感染症などになる心配はないと考えられているが、硬く筋肉質な肉質をしていたり繊維が多く食べづらいためそのままでは美味しいとは言えない。
 きちんと処理すればジビエのように食べられるが興味本位で持って帰って食卓の足しにするか、ダンジョン内に長く留まる時に活用するものとなっているのが現状だ。
 美味しいものを食べるために情熱を燃やして美味しい作物を作る日本人の味覚にはダンジョン産の食品は勝てなかったと言える。
 

 世界はダンジョンに熱狂はしているものの、地震によって全ての国がどん底を味わったと言っていい。
 地震を体験したことのない国も多く、耐震強度のない建築物は倒壊した。死者も怪我人も数えるのが嫌なくらい多数。
 備蓄燃料でなんとか世界は動いていたが一時期は燃料価格が高騰し、それに合わせて物価も恐ろしい価格となった。日本もアメリカをはじめエネルギー生産に重要な国を真っ先に支援してエネルギー確保を急いだ。
 もちろん、そのほかの国も日本が現在進行形で支援しているが、それだけでは世界中の復興は間に合っていない。

 世界同時地震から五年経つことで徐々に燃料の価格も落ち着いてきてはいるが、もちろん農産物を育てるのにもいまだに苦労している。野上家の農業もどれだけ続けられるかわからない。
 それでも祖父母は体が動く限り野菜を作りたがっている。経済的余裕はとりあえずあるし元気なうちはやりたいことをやらせよう、と家族の意見は一致しているため、今日も元気に祖父母は畑に出かけるのだった。

「しかし、その畑にダンジョンができるとは」

 厳密に言えば果樹園である。
 果物は景気が悪いせいか売れにくくなっていて、それもあってこの畑は持て余し気味だ。
 興奮してすっかり忘れていたが、足が痛い気がすると縦穴のところまで戻った作菜は座り込んだ。靴と靴下を脱いで見れば、骨折した方とは反対側の足が腫れて熱を持ってきている。足に対してなんか疫病神でもついているのか、と思いながらため息を吐いて思わず俯く。
 
 登ることは早々に諦めて助けが来るのを待つことにした。おかしいと思って探しに来てくれるまで半日程度だろうか。熱中症か脱水症状が心配だが、土の中はひんやりとしていてとりあえず死ぬことはないと思いたい。
 むしろちょっと肌寒いため、パーカーを羽織ってきてよかった。
 靴下を履き直し、スニーカーの紐を緩めてながらながら数年の前のことを思い出す。
 
 ダンジョンができたのは五年前だが、一般開放されたのはその一年後だった。十八歳以上であれば誰でもダンジョンに入れることに興奮した大学の友人が、行こう行こうとせがむため作菜はそれに付き合って、一番初めに発見された公園のダンジョンに入ったのだ。
 なるべく早めに行ったつもりだったのだが、すでに百人近く並んでいて唖然した覚えがある。
 武器はレンタルできるというので、最低限の持ち物と動きやすい格好で行ったのだが、周りの並んでいた人は驚くほど気合が入っていて自前で武器を持ってくる人までいた。
 私たち浮いてる、と思いながら作菜がレンタルの女性でも扱える軽めの剣を選んで武器を片手にダンジョンに入れば、一気にそこは異世界に入ったという気分になった。
 コンビニよりもやや大きい空間には大きな水晶クラスター、ダンジョン内に入ればひんやりとした空気、後から取り付けたのであろうランタン、洞窟タイプだったそのダンジョンは物陰から今にもモンスターが出てきそうだった。
 しかし、不安になっていた気持ちはすぐに消え失せた。

 モンスターが見つかるたびに、周りの人が走って囲んであっという間にモンスターを倒してしまう。
 なんだかモンスターの方が可哀想になってくる光景だった。
 ドロップしたアイテムを巡って言い争いが起こっているのも見た。
 その光景がなんだか恐ろしくて作菜がダンジョンに入ったのは、結局その一回きりで時間にして一時間程度をダンジョン内をうろうろしてモンスターを倒すことなく見学で終わった。
 何もせずにただ歩いていただけなのに疲労困憊して、友人と無言で帰宅したことを覚えている。

 当然色々な混乱が起き半年後には、ダンジョンに潜るには十八歳以上(高校生不可)の年齢で、ライセンスを持っている人のみが入れるように法改正され、ダンジョンはもういいやという気分になった作菜はそのままダンジョンに入ることなく過ごしていたのだ。

(とりあえず、役所に申請かな…)

 隣の市の市役所はどこだっただろうか。パーカーに反射的に手を突っ込んだが、スマートフォンは車の中だったということをすっかり忘れいていた。
 助けも呼べない。というか、山の中だから電話できるかもわからない。

(…これ、遭難…?)

 山の中だが遭難するような高さじゃないが、なるべく早く家族が気がついてくれることを祈った。
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