冥府異聞奇譚調査部

かいがら

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3.深く抉るような

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 よろめいただけなのか、それとも洞察力の賜物だったのか。
先程までボクが居た場所に剣閃があった
 そしてその剣閃は刀が引かれた後でもボクへと飛んでくる。

「っぶな……ッ!」

 寸での所で転がり避ける。直ぐに気がつけたのは持ち前の幸運のお陰だろう
 引き抜いた刀は無駄のない動きで鞘に収まる。更にもう一度……来る

 操られているのか、はたまた日頃の鬱憤? 意味の無い考えを空に帰して、痛む上半身の殆どを無理やり動かし、立ち上がる
 寝ていては避けられるものも避けられない。今が人通りの少ない時間で助かった。
こんな目立つところで暴れられたら切ちゃんの沽券にもかかわるし小さく声を吐き、もう一度切ちゃんと向かい合う
 気が付けば、彼女の背後からは月明かりに照らされた金青色のオーラが付いていた。
はじめちゃんが読んでいた漫画の様だった。オーラが出てパワーアップ。意識を失って暴走状態?
 ふざけた話だ。いつからこの町は週刊少年誌になったんだ

 腰に構えた刀がきらりと光る。もう一度同じ事が。
およそ彼女との距離は5m。彼女の腕と刀の尺。踏み込みを含めても射程は精々3m程だろう。普通ならば避けなくとも当たらないような距離。
幾ら超高校級の武士であったとしても、本当に漫画やアニメのように斬撃を飛ばすなんてことは出来ないはず。

 だというのに。

だというのに警鐘は鳴りやまない。

 痛みに鈍る体に言うことを聞かせる。ここで無理をしなかった世界線の向こう側から怨念が聞こえてきた。
振りぬく一瞬。その刀が向かう先をよく観察し、半身を逸らせ振るわれた方向から身を外す
それだけでは足りぬと直感が叫ぶ。もう半身。足を犠牲にするようにしてその向きから外れた。
靴に衝撃が走った、かかとの部分がぽろっと取れてしまう
 折れた肋骨の破片が体に刺さったのか、口元から赤黒い液体が零れた、痛みに視界が霞む

 あぁ、痛い。疲れた。どうして僕がこんなことを。早く助かりたい。全部投げ捨てて逃げ出したい

 そうして全てを投げ出して何処かへ消えてしまえば、きっと彼女も、僕と同じく
そんなことは解ってるッ!! 一度消えてしまえば、取りつく島も無いほどその存在は薄れるものだ。
僕はここで彼女を止めなければ、次に日が昇るころにはどちらも消えてしまう

 何時か、ポケットから零れ落ちていた100クレジットコイン。
握ったまま思い願った一つの賭けは彼女の安否であり、

 コインの答えは裏だった



 「あぁ……はは、ごめんね~。切ちゃん」

 彼女の放った斬撃は一度、柱を破壊し、一度柱を倒壊寸前まで傷付けた
そして、僕を追いかける彼女は今、歩道橋の真下で居合の構えをとっている
 僕は運よく無事だったトランプ銃を取り出し。取り付けられたルーレットを痛む左腕で回した
 霞んだ視界では焦点が定まりにくい。それでもどうにか、早く。次の居合が飛んでくる前に

 「頼むよ~……最近負けてばっかりなんだから」

 願いを込めて引き金を引く、飛び出したのは鋭いスペードのエースだった。
勢いよく飛ぶそれは壊れかけの柱へとぶつかって、最後の一押しをする

 二~三度、ぐらついた歩道橋は上から吊られた操り人形が落っこちるみたいに

 大きな音が鳴って歩道橋は崩壊していった。落ちていく瓦礫は切ちゃんを押しつぶす

 トマトを潰すみたいに鮮血が舞って、瓦礫の山が聳え立った

 もう動くものは無い。切ちゃんは下敷きになって、僕も、もうじき意識が途絶えるだろう

 僕だけが目覚めても、きっと僕は君の後を追ってしまうんだろうな
 これは僕が招いた覆せない事象で、僕の臆病物が招いた痕だった
 ゆっくり目が閉じていく

最後に見えた景色は、瓦礫と一緒に吹き飛ばされた100クレジットのコインだった



_____________________________

 目が覚めたのは見知らぬ天井だ。直ぐに起き上がって周りを確認する。寝ていた場所はソファで、奥には軽い布団のようなものがあった
 そこには包帯でぐるぐるになった切ちゃんが居た。かろうじて息はあるし、脈も存在している

「……切ちゃん? おーい」

 返事は無い。
意識を手放した人間が深い傷を負った末路がどうなるのか、よく知っている。

 中途半端に生かされた人間がどんな末路を辿るのかも

 だが、彼女に最期を伝えるのはまだ早い、最低限、こうなってしまった原因を探さなければ
 それにこのまま手を掛けるのも、ここまで永らえさせてくれた運命の神様(笑)にも申し訳ない

 気持ちのしない安堵を遠ざけて、やっと僕は状況を判断できる
 整った部屋には中心に背丈の低いテーブルがあり、中心には花瓶が置かれていて、その中にはあまり手入れの行き届いていない小さな弟切草が花弁を垂らして鎮座する
 テーブルの横にはソファが二つあり、片側に僕が寝かされていたようだ。掛かっていたブランケットは起き上がる時に床に落ちていた
 大きな部屋枠と逆側にある部屋の突き当たりには、安価そうなスチールデスクとキャスター付きの椅子が置いてある。
 そして、部屋枠のすぐ前に切ちゃんが眠っている布団があった
 枠の外を覗いてみると、左右に拡がる扉と、螺旋階段が一つ。螺旋階段を登った先には茶室の様な小さな扉がある

 全体を通してまるで雰囲気の整わない部屋部屋だった。最初の事務室らしき場所はシックで落ち着いた様な場所だが、螺旋階段のあるこの場所は打ちっぱなしのコンクリートが良く目立つ。

 小さな扉に手を掛けようとした時、ふと思い立って耳を済ませた。
扉の奥から数人分の足音が聞こえた
 急いで切ちゃんのそばに向かい、部屋枠の影に隠れトランプ銃を構える
 状況的に助けられたとは考えられるだろう。しかしその理由が分からないことには警戒するに越したことはない

 足音の数は三つ。凡そ成人男性のものだ。悪意のあるそれらに対抗するにはボク一人では少しめんどくさい

 「あの子、大丈夫でしょうか。かなり傷を負っていた様子でしたが」
「ショウちゃんが診てくれたからある程度までなら無事だろう? 私は君の凄い所をこれでもかと知っているんだ」
「買い被りすぎですよ。出来るのは応急処置くらいですし、噂に乗っ取られた者を診た事はありませんので」
「それでも傷を治してくれるだけで十分だよ。私には出来ないことだからね。となると……やっぱり、頼みの綱は君だけか」
「あぁ……はい。ある程度は頑張ります」

 声の一人は先程のカフェの店主で、彼に呼ばれたショウと言う体格のいい男。それに隠れるように居るのは背丈の小さい男だ
 ショウと呼ばれた男は歩を止めて、少し考え込む素振りを見せる

 「はて……白髪の彼は何処へ」
「ふむ……。そうだな」

 ヨスミは一歩前へ出て、良く通る声で姿を見せない僕へ声を掛ける

 「駅で倒れていた君達を見つけたのは私とショウだ。このイカついにーちゃんだ。そしてここには噂に詳しい人も居る。彼女も直ぐに目を覚ますだろう。これら一切の行動に関しては私の人道に基づいて動いただけで、傷付ける思いも無ければ対価を貰うつもりも無い。だからその銃を降ろしてくれ」

 それから今の時刻など、現在を把握する事をゆっくりと確実に伝えてくる
 2回目の対面で他人の言動を全て信じる事は出来ないが、ある程度の信憑性と確かな声に……彼の手のひらの上で転がされているみたいで腹が立つ。
だが、このままいた所で埒が明かないのは変わりない。ちらりと向こうを覗いてみればヨスミ一人だけ正座をして手を頭の後ろに組んでいた。馬鹿なのかコイツは。
 取り敢えず武装は解除せず、彼の頭に照準を合わせながら前に出た。

 「こんにちは~、よすみサン。またあったね」
「あぁ、大体半日ぶりくらいだな。元気そうで良かった」
「よすみサンのおかげでねぇ。て言うか、よくそのままで居られるね?」
「君が友達を助けに走るくらいにはいい子なのだとわかったからね。安心出来るまではそうしていても構わないよ」
「はぁ~……やっぱボク、君の事嫌いだな~」
「わざわざ好いてくれなんて言わないさ。愛を強制する程可哀想なことも無いからね」
「……チッ」

 ゆっくりと銃を降ろす。ここで眉間を抜いても二対一じゃ分が悪いし。

 「馬鹿らしくなった。それで? 幼気なコーコーセーを二人も拉致って何がしたいワケ?」
「ただの大人のお節介さ。私はたまたま見つけた死にかけの子供を見捨てて行ける大人じゃ無かったからね?」
「……たまたま? 帰ってくるなり貴方が駅に用事があると言ったのでは」
「わー! しーだよショウちゃん! 私が今かっこよく話を回してるだろう!?」
「はぁ? マッチポンプな訳~? 見損なったよヨスミさん」
「ま、まぁ向かわせる事を示唆したのは私だが……良いじゃないか、こうして二人とも無事だったんだ。君が行かなければ切ちゃんは今頃キルストリーク中の筈だぞ?」
「気安く切ちゃんって呼ばないでくれないかな~? ヨスミさんの言う通りボクのたーいせつなお友達だよ~?」
「苗字が分からないから仕方ないだろう? 君達の真似する以外に呼び方が分からないもの」
「あのさぁ~???」

 ヒートアップする煽りあいに水を差すように、ショウが間に割って入る。ついでに小柄な男も
 やっと全貌が見えた彼は黒髪に黒インナーを着ており、上から紅碧の大きなパーカーを着ていて、手元が見えない。

 「もう良いですか言い合いは」
「おっと済まないショウちゃん。そうだそうだ。切ちゃんの様子はどうかな?」

 ヨスミはパーカーの彼へそう言うと、彼は切ちゃんへ近づくと、パーカーのポケットからスチームパンクなモノクルの様な物を取り出し、それを通して彼女の様子をじっと観察する。

 「……取り憑いた噂は鎮静している。そのせいで寝込んでるようだけど、この子の肉体的な再生力ならもう動けると思います。凄いな超高校級って……」

 彼が小瓶を取り出し、蓋を開いて切ちゃんへ向けると、切ちゃんの中から金青のオーラがその小瓶に吸い込まれていく。あの時見たのと同じものだった

 「身体に変化が生じる前で良かったね。そうだったら少し手間だったし」
「変化……?」
「後で話すよ。1回対面しちゃったらどうせ次も直ぐにくるから」

 かちん、瓶の蓋を閉めると、数度、小さく痙攣したあと、切ちゃんが目を覚ました。身体は動かないようだが、何とか視線を動かし、僕と目が合う

 「わん……ころ、どので、……ござるか」

 か細く、だが確かに。生命の声が聞こえた

 一度は投げ捨てた可能性が、こうしてここに戻って来た。

 よく見れば、切ちゃんの傍には飛んでいた100クレジットのコインがあった。
 君の後を追うことを願って引いた引き金。そして生まれた1つの賭け。
 置かれたコインは裏向きだった。どうやらまだ僕は死ねないらしい。

 「切ちゃん……もう、寝坊助なんだから~。態々変な所なんて行くもんじゃないよ~?」

 「……ないているで、ござるか」

「…は?」

 耳を疑った。だけど、常に正直に生きる彼女を疑うことはしたくなかった
 目の周りに手を当てると、生暖かい液体がほんの一筋だけ流れていた。
何時ぶりだったかもわからない。消えてしまいそうだったこの感情は、
きっと何処かにまだあったんだろう。

 流れたそれと一緒に、思いが溢れる

 そりゃあそうだろう。こんなフィジカルだけで生きてるような人が完全な構えをしている中、崩落してくる歩道橋くらい訳はない。

 そうだった。そうに違いないんだ。本当に良かった。あぁ……本当に。


 一頻り、そこで嗚咽混じりの汚いものを見せたあと、切ちゃんは一言疲れたとだけ言って眠り始めた。
次は起こせば直ぐに起きる様な、そんな気がする

 改めて、さっきまでの汚いものを無かったようにいつもの顔に戻し、後ろで生暖かい顔をしている2人へ向き直る。

 「で、結局なんだってのさ?」

パーカーが答える

 「僕の事?」
「わかってるじゃん。変な力持ってるし、何その瓶?」
「そういや自己紹介もしてないのか、えーと」

 彼は偽物の警察手帳の様なものを見せ、素性を明かした。


「僕は冥府異聞奇譚調査部の部長、コードネーム[ZETU]。お前らがあった様な”噂”を処理する掃き溜めみたいな場所だ」
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