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第5話 あなたがそれを選ぶなら
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タツが生物委員を選ぶことは最初からわかっていた。だから、私はそれ以外の委員会にしようと考えた。図書委員を選んだのは、別に、本が好きだからというわけではない。ただ単に、他にやりたがる人がいなかったからだ。当番制で、放課後の1時間を拘束される委員会は、図書委員に限らずどこも不人気だった。
図書委員になった私は、ちょくちょく生物室へ遊びに行っていた。イベリスの花を知ったのも、生物室へ通うようになってからだ。
「イベリスは、4月から6月に開花する。そして、秋には枯れる一年草だ」
「かわいい花だね。タツが選んだの?」
「いや、俺が入ったときにはすでに飾られていた。時期的に、卒業した先輩が育てていたんだろう……今は誰も、世話しそうにないがな」
「……ねえ、このイベリス、私が育ててもいい?」
私の問いに、タツは「ああ」と答えた。
「イベリスは手入れの難しい花じゃない。気が向いたら、世話に来ればいい。姿穂が来れないときは、俺がやる」
こうして、生物委員にはならなかったけれど、私は生物室に通う口実を作った。
1年生のときは、別の人と図書委員の仕事をこなしていた。私と彼女はちがうクラスだったため、委員会以外であまり接点がなく、今年も別のクラスになったので話す機会はない。
小形くんと一緒になったのは、2年生になってからだ。一応、タツからは軽く話を聞いていた。『同じクラスの小形というやつが、よく声をかけてくれる』と。そう言ったタツの表情は、少し切なく、また嬉しそうでもあったので、ぼんやりと“彼のことが好きなんだな”と思った。
――胸がちくりと痛む。
タツが私を恋愛対象として見られないことは、13歳のときから知っている。だから、彼のことは好きだけれど、幼馴染として彼のことを応援しようと思っていた。それなのに、イベリスの世話をするという口実を作って生物室に通っているのは、初恋の未練が断ち切れていないのだろう。
「きみが倉益さん? よろしくね。僕は小形圭」
「あ、はい。倉益です。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないでよ。倉益さんのことは、竜巳から聞いてたからさ」
第一印象は、物理的にも、精神的にも、距離が近くて軽い。そう感じた。もともと、彼のうわさは1年生のときから私のクラスにも届いていたので、余計に色眼鏡をかけていたのだと思う。
『小形くんと大木くんはいつも一緒にいる』『イケメンがふたり並んだ姿、マジ尊い』『小形くんから声をかけたんだって』
タツからは、小形くんが『よく声をかけてくれる』としか聞いていない。女子からの人気が高いのはわかるけれど、タツは彼のどこに惹かれたのだろう。タツには悪いけれど、正反対なふたりを見てそう思った。
「えーっと……タツは、私のこと、なんて?」
「幼馴染で、去年も図書委員をやってたって。それから、イベリスっていう花の水やりによく来てたって話も聞いた」
「イベリスってどんな花?」小形くんが尋ねる。
「白くて小さい花が集まって……あ、ちょっと待って」
生物・植物の棚から植物図鑑を取り出して、イベリスのページを探す。そして、目的のページを彼に見せると、「へえ」と返ってきた。
「『初恋』だって」
「え?」
「花言葉。知ってて育ててたの?」
「そういうわけじゃ! ただ、かわいい花だと思って」
「ふうん」彼は笑う。
「その花が枯れたあとは、どうしてたの? 秋になったら枯れちゃうんでしょ」
「次の年も咲くよう、秋に苗を植えつけして……そのあとは、他の植物を育ててた、かな」
イベリスの花言葉が『初恋』なんて知らなかった。私はタツの前で一生懸命世話をしていたのかと思うと、少し恥ずかしい気持ちになる。彼は花言葉を知っていたのだろうか。
「今年も世話するの? それ」
「うん。4月から6月が開花時期で、もうすぐ咲きそう」
「実るといいね、それ」
「イベリスは花木じゃないから、実はできないよ」
「そうなんだ。見るだけじゃなくて、食べられたら楽しいのにね」小形くんはつまらなそうに頬杖をついた。
これ以上イベリスの話を続けても、小形くんを退屈させてしまうだろう。そう思い、私は「小形くんは、どんなことが好き?」と無理やり話題を変えることにした。
「倉益さんっておもしろいね」本心でそう言ったのか、社交辞令なのか、そう言って小形くんは笑顔を見せた。
図書委員になった私は、ちょくちょく生物室へ遊びに行っていた。イベリスの花を知ったのも、生物室へ通うようになってからだ。
「イベリスは、4月から6月に開花する。そして、秋には枯れる一年草だ」
「かわいい花だね。タツが選んだの?」
「いや、俺が入ったときにはすでに飾られていた。時期的に、卒業した先輩が育てていたんだろう……今は誰も、世話しそうにないがな」
「……ねえ、このイベリス、私が育ててもいい?」
私の問いに、タツは「ああ」と答えた。
「イベリスは手入れの難しい花じゃない。気が向いたら、世話に来ればいい。姿穂が来れないときは、俺がやる」
こうして、生物委員にはならなかったけれど、私は生物室に通う口実を作った。
1年生のときは、別の人と図書委員の仕事をこなしていた。私と彼女はちがうクラスだったため、委員会以外であまり接点がなく、今年も別のクラスになったので話す機会はない。
小形くんと一緒になったのは、2年生になってからだ。一応、タツからは軽く話を聞いていた。『同じクラスの小形というやつが、よく声をかけてくれる』と。そう言ったタツの表情は、少し切なく、また嬉しそうでもあったので、ぼんやりと“彼のことが好きなんだな”と思った。
――胸がちくりと痛む。
タツが私を恋愛対象として見られないことは、13歳のときから知っている。だから、彼のことは好きだけれど、幼馴染として彼のことを応援しようと思っていた。それなのに、イベリスの世話をするという口実を作って生物室に通っているのは、初恋の未練が断ち切れていないのだろう。
「きみが倉益さん? よろしくね。僕は小形圭」
「あ、はい。倉益です。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないでよ。倉益さんのことは、竜巳から聞いてたからさ」
第一印象は、物理的にも、精神的にも、距離が近くて軽い。そう感じた。もともと、彼のうわさは1年生のときから私のクラスにも届いていたので、余計に色眼鏡をかけていたのだと思う。
『小形くんと大木くんはいつも一緒にいる』『イケメンがふたり並んだ姿、マジ尊い』『小形くんから声をかけたんだって』
タツからは、小形くんが『よく声をかけてくれる』としか聞いていない。女子からの人気が高いのはわかるけれど、タツは彼のどこに惹かれたのだろう。タツには悪いけれど、正反対なふたりを見てそう思った。
「えーっと……タツは、私のこと、なんて?」
「幼馴染で、去年も図書委員をやってたって。それから、イベリスっていう花の水やりによく来てたって話も聞いた」
「イベリスってどんな花?」小形くんが尋ねる。
「白くて小さい花が集まって……あ、ちょっと待って」
生物・植物の棚から植物図鑑を取り出して、イベリスのページを探す。そして、目的のページを彼に見せると、「へえ」と返ってきた。
「『初恋』だって」
「え?」
「花言葉。知ってて育ててたの?」
「そういうわけじゃ! ただ、かわいい花だと思って」
「ふうん」彼は笑う。
「その花が枯れたあとは、どうしてたの? 秋になったら枯れちゃうんでしょ」
「次の年も咲くよう、秋に苗を植えつけして……そのあとは、他の植物を育ててた、かな」
イベリスの花言葉が『初恋』なんて知らなかった。私はタツの前で一生懸命世話をしていたのかと思うと、少し恥ずかしい気持ちになる。彼は花言葉を知っていたのだろうか。
「今年も世話するの? それ」
「うん。4月から6月が開花時期で、もうすぐ咲きそう」
「実るといいね、それ」
「イベリスは花木じゃないから、実はできないよ」
「そうなんだ。見るだけじゃなくて、食べられたら楽しいのにね」小形くんはつまらなそうに頬杖をついた。
これ以上イベリスの話を続けても、小形くんを退屈させてしまうだろう。そう思い、私は「小形くんは、どんなことが好き?」と無理やり話題を変えることにした。
「倉益さんっておもしろいね」本心でそう言ったのか、社交辞令なのか、そう言って小形くんは笑顔を見せた。
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