続・私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中

文字の大きさ
上 下
22 / 52
本編

再出航-1

しおりを挟む
「さて。黒弦、ってことは、まずは黒の海域に向かわないとな」

 言いながらライアーが机に海図を広げる。
 会議室にて、奏澄たちは今後の航路の確認をしていた。面子は昔と同じように、奏澄、メイズ、マリー、ライアーの四人だ。
 やることは決まっているので、大人数で相談することもない。残りの乗組員たちは、長く空けていた船内を各々整えている。

「しかし、黒……黒かぁ……」

 ライアーが長い溜息を吐いた。その様子に、奏澄はメイズを気にしつつも、ライアーに尋ねた。

「行くのが難しいところなの?」
「や、航路は問題ないけどね。黒の海域に寄るほど、治安が悪くなるから」

 そう言うと、ライアーは一番大雑把な海図を広げて、まずその図面の上の方をぐるりと指で示した。

「オレたちが以前回ってたのって、この上半分、つまりセントラル寄りだったわけ。だから、治安もそこまで悪くはなかったんだよ」

 海域は緯度で区切られている。つまり、以前は白の海域を中心に据えて、赤、緑、青、金と南半球にあたる部分をぐるりと一周していた。

「それが今度はこっち」

 ライアーの指が、海図の下の方をぐるりと示す。黒の海域を中心に、北半球にあたる部分だ。

「セントラルから離れるほど、影響は弱くなる。兵の派遣も手間だしね。もちろん支部もギルドもあるんだけど、ちょっとした事件くらいだと面倒だからもみ消したりとか」

 警察署の近くの方が治安が良いのと同じ理屈だろう。取り締まる者がいなければ、好き放題にする輩は出てくる。黒の海域には自治組織も無い。悪事を好む者には、さぞ居心地が良いだろう。

「治安の面で言えば、あたしらだって海賊なんだから、人のこと言えた義理じゃないけどね」

 マリーの言葉に、確かに、と奏澄は頷いた。どんな人間が乗っていようが、何をしていようが、結局のところ海賊は無法者だ。島から出ることの無い一般市民からしたら、誰であれ海賊は脅威だろう。

「まぁカスミは、絶対一人にならないこと。それだけは約束ね」
「うん、わかった」

 以前の航海も一人になるようなことはほぼ無かったが、改めて奏澄は気を引き締めた。

「で、黒の海域まで、どこの海域に沿って行くか。補給を考えれば、赤の海域沿いに進むのがいいかな。ドロール商会のツテが一番利くから」
「いや、できれば青の海域沿いに進もう」
「え、青?」

 メイズからの意外な提案に、ライアーが目を丸くした。

「どこかで玄武と合流したい」
「玄武と!?」

 これにはライアーだけでなく、奏澄とマリーも驚いた。玄武とメイズとは因縁がある。以前、たんぽぽ海賊団とも一悶着あった。最終的に、玄武の船長であるキッドは奏澄に対して好意的だったが、わざわざ再会するほどだろうか。

「玄武は黒弦を目の敵にしている。黒弦を潰すための協力なら喜んでするだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……メイズさん、それでいいんすか?」
「戦力は多いに越したことはない。数さえあれば勝てる相手じゃないが、玄武は黒弦との戦闘経験もある」
「メイズさんがいいなら……」

 メイズの提案により、たんぽぽ海賊団はまず赤の海域で可能な限り装備等を揃えた後、青の海域に沿って進み、玄武との合流を目指すことにした。

「よし。マジメな話はこれでおしまい、かな。あと何かある?」
「今は大丈夫だと思う」
「そっか。んじゃさ、オレ、ずっと気になってたんだけど」

 前置きするライアーに、奏澄が首を傾げる。

「メイズさん、ヒゲェ!!」
「え、そこ?」

 大声でつっこみを入れたライアーに、奏澄は思わず拍子抜けした。何を言い出すのかと思えば。

「いやだってずっと無精ヒゲだったじゃん! 急に小ギレイにしてたら気になるでしょ!? 聞ける空気じゃなかったからずっと我慢してたけど!」

 メイズは心底どうでも良さそうな顔をしている。それを見て奏澄は苦笑した。
 そう、メイズは今髭が無い。以前の航海の時は適当に伸ばして、邪魔なタイミングでこれまた適当に剃っていた。それが今は、まめに綺麗に剃り落としている。

「えぇ~なんで剃っちゃったんすか~! あった方が海賊っぽかったのに!」
「どっちでもいいだろ……」
「見た目は大事でしょ! なぁ、カスミはどっちがいい!?」
「え!?」

 思いもよらないところで話を振られて、奏澄はうろたえた。これは結構重要な質問なのではないだろうか。

「えー……と、まぁ、見た目だけなら、あった方が良かった、かなぁ……?」

 出会った時からそうだったし、見慣れていたから。という程度の理由だったのだが、それを聞いたメイズがやや目を瞠った後、苦々しい顔をした。

「えっやだごめん、私何かした?」

 メイズの反応にも慣れてきた。これは自分が何かした可能性が高い、と奏澄は焦った。
 不安そうに見上げる奏澄に、メイズは渋々、目を逸らしながら、唸るように小さな声で零した。

「お前が当たると痛いって言ったんだろ……」
「……言ったっけ」
「お前本当そういうところあるよな」

 指摘されて、奏澄はごまかすように愛想笑いをした。確かに、言ったかもしれない。
 それにしても、相変わらず妙なところで律儀だ。黙って実行しているところも。

「もうやめる」
「ごめん、ごめんって! 無い方がいいなー、助かるなー」

 これも本音だ。髭が当たるのは肌荒れの原因にもなるし、無い方がありがたい。
 手を合わせてお願いする奏澄に、メイズは数秒だけ拗ねたようにしていたが、ややあって息を吐いた。これは許してもらえた合図だ、と奏澄はほっとして微笑んだ。

 メイズばかりを気にしていた奏澄の耳に、「ふぐぅ」という奇妙な音が聞こえ視線を向けると、ライアーが顔を覆って膝をついていた。

「えっなに、何事!?」

 ライアーに何があったのかとマリーにも目を向けるが、マリーはにやにやとした顔で奏澄とメイズを見るばかりだった。

「ライアー大丈夫?」
「オレは今ものすごく感動している……」
「え? なんで?」
「いつの間にそんなヒゲが当たるような行為を当然のように……おめでとう……」
「え……あっ!?」

 ライアーの言葉が意味するところに、奏澄は顔を真っ赤にした。
 メイズと恋人になったことはきちんと伝えるつもりでいたが、それより先にこんな形で知られたことが何だか気恥ずかしかった。

「良かったじゃん。やっとくっついたんだ、おめでと」
「う……ありがとう」

 マリーからも祝いの言葉を貰い、奏澄は赤い顔のまま答えた。

「夜は部屋の方近づかないようにするからさ。あたしらのことは気にしなくていいよ」
「いやそこは」
「そうしてもらえると助かる」
「メイズ!!」

 わいわいと賑やかな空気に、奏澄は心が解れていくのを感じていた。
 アルメイシャに着いてから、ずっと緊張していたのだろう。レオナルドのことは気がかりではあるが、やっと仲間たちと再会し、こうして気心の知れた会話ができている。奏澄の世界が、戻ってきた。

「ああ、そうだ。まだちゃんと言ってなかったね」
「え?」

 ライアーとマリーが顔を見合わせてから、笑顔で声を揃えた。

『おかえり、カスミ』

 それを聞いて、奏澄は目がじんと熱くなった。
 間違っていなかった。ここが、帰る場所だ。奏澄の居場所だ。帰ってきていい、場所なのだ。

「ただいま!」

 再会してから一番の笑顔を、二人に返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪女は愛より老後を望む

きゃる
恋愛
 ――悪女の夢は、縁側でひなたぼっこをしながらお茶をすすること!  もう何度目だろう? いろんな国や時代に転生を繰り返す私は、今は伯爵令嬢のミレディアとして生きている。でも、どの世界にいてもいつも若いうちに亡くなってしまって、老後がおくれない。その理由は、一番初めの人生のせいだ。貧乏だった私は、言葉巧みに何人もの男性を騙していた。たぶんその中の一人……もしくは全員の恨みを買ったため、転生を続けているんだと思う。生まれ変わっても心からの愛を告げられると、その夜に心臓が止まってしまうのがお約束。  だから私は今度こそ、恋愛とは縁のない生活をしようと心に決めていた。行き遅れまであと一年! 領地の片隅で、隠居生活をするのもいいわね?  そう考えて屋敷に引きこもっていたのに、ある日双子の王子の誕生を祝う舞踏会の招待状が届く。参加が義務付けられているけれど、地味な姿で壁に貼り付いているから……大丈夫よね? *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...