続・私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中

文字の大きさ
上 下
4 / 52
本編

黒と白の神話-1

しおりを挟む
 大地が燃えている。人が燃えている。全てを焼き尽くす業火の中、耳をつんざくような悲鳴に混じって、楽しげな高笑いが響いた。

「あっはっはっは!」

 は高い岩の上に胡坐あぐらをかいて、愉快そうに地獄絵図を見下ろしていた。
 夜の闇を溶かしたような長い黒髪に、血の色の瞳。わらう口元からは、牙と言えるほど尖った犬歯が覗いていた。
 それは若い男の姿をしていたが、人間ではない。彼は、悪魔と呼ばれていた。

「た、たすけ、て」

 炎に体の半分を焼かれながらも、枯れた声で助けを求める女が、悪魔のいる方へ手を伸ばした。ほとんど目が見えていないのだろう。届くはずもない距離に、人の形をした何かがいる、という認識のみで、ただただ縋った。
 それを耳にした悪魔は、ついと指を動かした。その指に従うように、炎の中から黒い塊が飛び出した。

「ぎゃあああ!!」

 黒い塊は、獣の形をしていた。狼によく似た姿をしているが、毛並みは針鼠のように硬く尖っている。それは魔物と呼ばれる生物だった。
 鋭い牙で女に噛みつき、切り裂いた。あっという間に女だったものは、ただの肉片となった。
 悪魔は、虫を潰す子どものような無邪気さで、更に指を振った。それに応えるようにあちこちで黒い塊が動く。僅かに残っていた息のある人間たちが、次々と悲鳴を上げて食い殺されていく。
 断末魔の音楽を目を細めて聞いていた悪魔だったが、近づく気配に眉を顰め、舌打ちを零した。

「目障りなのが来やがった」

 炎が、遠い箇所から順に消されていく。粉雪のようなものがちらちらと舞って、徐々に勢いを失っていった。地を這う赤が落ちつくと、散乱する死体が目立って見えた。
 悪魔がぎろりと睨み上げた先には、白い翼を持つものたちが浮かんでいた。純白の髪と瞳を持ち、人の形ではあるが、女性とも男性ともつかない体をしていた。天使と呼ばれる存在である。
 天使は悪魔に向かって光の球体を次々に飛ばした。しかし悪魔が手を払うと、指先から黒い弦がしゅるしゅると伸び、絡み合い、悪魔の身を守るように半球状に広がった。黒い盾に光の球体がぶつかり、周囲を照らして弾け飛ぶ。
 光が収まるよりも早く、黒い弦が素早く天使たちに伸び、その首に絡みついた。ぎり、と弦が締まり、刃物のような鋭利さで首を落とす。切断面からは血が流れることもなく、落とされた首と、分断された体は、さらさらと灰になっていった。
 それを悪魔は、つまらなそうな目で見つめていた。



 神殿にて。一連の様子を映した大鏡を、天使たちが囲んでいた。

「このままでは、人間の数は減少する一方です」
「天使の力では、悪魔には敵いません」
「神よ、ご決断を」

 神、と呼ばれた存在は、天使たちよりも高い位置にある壇上の椅子に腰かけていた。
 白銀の髪は美しく、金の瞳は光を集めたように煌めいている。体は男性体のようだった。
 神は大鏡を見つめ、暫く沈黙していた。やがて重い腰を上げると、立てかけてあった杖を手に取った。
 自身の身長よりも長いそれを、神は一度掲げた後、地面へと突き立てるように振り下ろした。
 コォン、という音が波状に広がっていく。その音は、世界の隅々まで響いた。



「……なんだ?」

 奇妙な感覚に、悪魔が周囲を見渡す。途端、地面が揺れ出した。ゴゴゴゴ、という地響きが鳴り、次々に亀裂が走っていく。
 大地が、割れていく。
 地上にあったものが、亀裂に呑まれていく。死体が滑り落ちて、奈落の底へと消えていく。
 悪魔の座っていた岩もたちまちひび割れ、彼は体勢を崩した。

「ッちィ!」

 悪魔は舌打ちをして、黒い弦を伸ばした。別の岩に巻きつけたものの、その岩もすぐに崩れてしまう。
 悪魔は。地の底から生まれた彼は、空で活動することができない。それは彼が使役する魔物たちも同様だった。魔物には様々な種類がいるが、翼を持つものは一つもない。

「クソ野郎が……!」

 恨み言を吐きながら、悪魔は亀裂の間へと落ちていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...