上 下
7 / 9

初めての朝

しおりを挟む
 ×××


 朝の光で目を覚まして、明楽は大きく伸びをした。横を見れば、きらきらと光を反射する金髪。
 日の出と共に起きていそうな女だが、久々で疲れているのかもしれない。寝かせておこう、と明楽は起こさないように気をつけながら、さらさらと髪を梳いた。
 正直暇ではあるが、さすがに最初の朝に隣にいないというのは減点である。
 このまま世話になろうと企んでいるのだから、なるべく点数は稼いでおきたい。
 穏やかに眠る顔を眺めながら、昨夜のことを思い出す。耳は長いが、他の部分は人間とそう変わらない作りで良かった。具体的に生殖について尋ねてはいないが、体の作りが同じなら、それも同じと考えるべきだろう。

(パイプカットしてて良かったー)
 
 明楽の初体験は中学の時である。多くの男が選択するように、明楽も避妊はコンドームくらいしか知らなかった。
 しかし大学生の時。社会人の彼女が、コンドームにわざと穴を開けていた。
 いわく、どうしても明楽の遺伝子が欲しかったらしい。責任を問う気はなく、顔のいい男を産みたかっただけで、ひとりで育てるつもりだったそうだ。
 そう言われたところで、自分の子どもが、知らないところで産み育てられているなど恐怖でしかない。当然彼女とはすぐに別れた。
 そして次の彼女と付き合ってすぐ、パイプカットの手術を受けた。費用は上手いこと言って彼女持ち。
 コンドームは細工をされたり途中で外れたりしたらそれで終わりだ。相手がピルを飲んでいる、という申告は真偽を確かめる術がない。強く疑えば関係が破綻する。自分主導で避妊するには、パイプカットが確実だった。

 明楽は自分の性格上、家庭というものは持てないと思っている。だから子どもができなくても、全く構わなかった。それにどうしても、と思うなら、再建手術を受ければ子どももつくれる。
 流れでそうなった時にいちいちコンドームの存在を気にしなくて済むし、明楽は受けて良かったと思っている。
 ただし、コンドームも常に持ち歩いてはいた。パイプカットは避妊にはなるが、性病は防げない。
 特定の相手とだけするなら構わないが、そうでないケースも往々にしてある。一度痛い目を見たことがあるので、初めての相手とする時は必ずコンドームをする。あの時は毎晩ムスコが腐り落ちる夢を見た。二度とごめんである。
 寄生する相手が変わった時は、まず性病検査を一通り受ける。医者には多分そういう仕事の人間だと思われている。あながち間違ってはいない。

 メイアとする時にも本当ならコンドームが欲しかったが、あの流れで出してくれと言うのも格好がつかないし、そもそもこの世界の避妊方法がわからないので、コンドームが存在するかも怪しい。
 とりあえず、長らくひとりであることは確かなようだから、病気持ちということはないだろう。
 避妊云々についてはその内ちゃんと確認しておこう、と明楽は心に決めた。
 
「んん……」

 弄んでいた髪が顔にかかってくすぐったかったのか、メイアが小さく身じろぎをした。
 うっすらと緑の瞳が見えたので、目元にキスを落とす。
 その感触で覚醒したのか、ぱちりと完全に目が開かれた。

「おはよ」

 明楽がにこーっと微笑んでみせると、じわじわとメイアの顔が赤くなっていく。
 毛布を引っ掴んでがばりと身を起こすと、きょろきょろと周囲を見回した。

「服そこ」
「どうも!!」

 明楽が拾って纏めておいた服を抱えると、毛布を体に巻いて、そのまま慌ててベッドルームに引っ込んだ。その際、一度毛布を踏みつけて転びそうになっていたのはご愛嬌。

(おもろ……)

 口に出したら怒られそうな感想を抱きつつ、毛布が取られたので明楽も全裸のままではいられない。自分の服を拾って着る。
 一晩経って正気に戻ると気が変わるタイプもいるが、起き抜けに殴られなかったからひとまず大丈夫だろう。自分が許可したことはちゃんと覚えていそうだ。

「さて」

 着替えた明楽は、キッチンで腕を組んだ。
 これが現代だったら朝食のひとつも用意しておくところだが、ここのキッチンは明楽ひとりでは使えない。まず火がつけられない。メイアは魔術でつけることを前提としているようで、他の着火道具は見当たらなかった。
 自分ひとりでは湯も沸かせないとは不便である。このあたりも確認しておかないとな、と思っていると、身なりを整えたメイアがキッチンに入ってきた。

「何してるの?」
「ああ、ごめん。何か用意しておけたらと思ったんだけど……俺、火がつけられなかったなと思って」
「気にしなくていいわよ。あたしやるから」
「ありがとう」

 ここは素直に甘えておこう、と明楽はリビングに引っこんだ。
 暫くすると、簡単な朝食とハーブティーを持って、メイアがリビングに戻ってきた。
 手を合わせて、ありがたくいただく。ハーブティーは覚えのない香りだったが、すっきりとした良い香りで頭が冴えるようだった。

「メイアは料理うまいね」
「ひとりが長いと、自分でやるしかないもの」
「自分の分だけなんて、もったいない。こんなに美味しいのに。毎日食べられたら幸せだろうなー」
「何それ」
「毎日食べたいってアピール」

 率直な言い分に、メイアは思わず吹き出した。

「もうちょっと隠しなさいよ」
「えー、本心だよ? 俺メイアのこと好きだし。朝起きて、メイアが隣にいて、こうやって一緒にご飯食べる毎日が続いたらなって」

 メイアが僅かに動きを止めた。明楽は落とさないようにと、メイアが手に持っていたカップを取り上げてテーブルに置き、片手を絡める。

「俺のこと、ここに置いてよ」

 今まで一度も断られたことがない甘えた顔で、メイアを窺う。
 メイアの顔に皺が寄っているが、これは怒っているのではない。何らかの衝動を耐えているのだろう。

「……それは、昨晩の責任を取ってくれるってこと?」
「え」

 びし、と甘い空気に亀裂が走った。責任。明楽の一番嫌いな言葉である。
 そんなことに決してならないようにパイプカットしたのに。

「嫁入り前の娘を傷ものにしたんだもの。この先一生添い遂げる覚悟があってのことよね?」
「娘って歳じゃないんじゃ」
「お黙んなさい。エルフはね、生涯にひとりとしか契りを結ばないの。この人と決めた相手にだけ体を許して、初夜の翌日に結婚式をするのよ。そして一度結婚したら、離婚は禁止。素敵でしょう?」
(おっも!!!!)

 明楽は表面上笑顔を貼りつけたまま、内心では滝のように冷や汗をかいていた。
 まさかエルフにそんな慣習があったとは。いやでも昨夜の受け入れ方はそんな重い関係を決めたようには到底思えなかったが。
 どうしたものか、と高速で頭を回していると、唐突にメイアが吹き出した。

「冗談よ」
「へ」
「ちょっと考えたら矛盾に気づくでしょう。生涯にひとりなら、アキラの前の人はどうしたと思ったの?」
「あ」

 そうだ。メイアは処女ではなかった。今の話が事実なら、メイアは初めての相手と結婚しているはずだ。未亡人という可能性もなくはないが、それでも生涯にひとり、とは矛盾する。
 やられた、と明楽は頭を抱えた。

「あなた本当にエルフのこと知らないのね」
「言ったろ……こっちのこと、何も知らないんだよ」

 だからこんな簡単な手に引っかかったとも言える。普段ならこんな失態あり得ない。
 自分の常識の通用しない場所だから、つい言われたままを受け入れそうになった。

「危なっかしいわね。本当に戒律が厳しい宗教もあるから、迂闊に手を出すと痛い目見るわよ」
「肝に銘じておきます……」

 項垂れた明楽に、メイアはくすりと笑みを零した。

「危なっかしいから、あたしが面倒見てあげる」

 顔を上げた明楽の目に映ったのは、存外優しい目をして微笑むメイアだった。

「……ちゅーしていい?」
「な、なによ急に!」
「今したい」
「食べたばっかりだから嫌」
「中学生かよ」
「意味はわからないけど馬鹿にされてるのはわかるわよ」

 軽口の応酬に、明楽は心が解れていくのを感じていた。
 知らない世界に放り出されて、柄にもなく緊張などというものをしていたのかもしれない。
 これが夢である説はまだ捨てていない。けれどそうではない、という印象の方が、今は強かった。
 とにもかくにも、これで無事生活の術は確保できた。世話をしてくれる女も。
 
 それがメイアであったことは、この先も明楽にとって、一番の幸運と言える出来事となる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

処理中です...