上 下
5 / 9

ヒモスキル発動(1)

しおりを挟む
 ×××


「あたしの名前はメイア。あなたは?」
「俺はアキラ。よろしく」

 草原を歩き続けて暫く。
 小さなログハウスに辿り着くと、耳の長い少女――メイアが、そこが自宅だと言って明楽を招き入れた。
 木製の椅子に腰掛けて、小さなテーブルを挟んで向かい合う。
 家の中にはテレビやラジオといった情報収集に使えそうなものもなければ、そもそも電子機器の類が見当たらなかった。
 随分と田舎に来てしまったみたいだ、と明楽は溜息を吐いた。或いはメイアが自然派なだけかもしれないが。

「それで? アキラはあんなところで何をしていたの」
「うーん……あのさ、突然変なことを言うようだけど」

 ひどく真剣な表情で、明楽はメイアの目をまっすぐ見つめた。

「メイアは呪いって信じる?」
「は?」

 怪訝な表情で眉を寄せたメイアに、これはダメか、と思いかけたが。

「なに。あなた魔女に呪われたの?」

 意外な返答に、明楽は目を瞬かせた。
 呪われた、という申告に疑いを見せない。それどころか、言ってもいないのに相手が魔女である(自称だが)ことを知っている。

「うん、そうなんだけど。どうして相手が魔女だと?」
「呪いなんてかけるのは、黒魔術を使う魔女くらいよ。あたしたちエルフは白魔術しか使わないもの」

 明楽は表面上笑顔をたもったまま、頭を抱えたい気分だった。黒魔術、白魔術、そしてエルフ。なんの冗談だろうか。それともこれは、あの自称魔女が仕組んだ盛大などっきりだったりするのだろうか。
 だとしたらメイアも仕掛け人だ。利用することに良心は痛まない。
 しかしあの獣から感じた熱と息遣いは確かに本物だった。あれが仕込みだとしたら危険度が高すぎる。
 そこまで考えて、ふと思った。もしやこれは夢なのではなかろうか。
 呪いが本物かどうかは置いておいて、怪しげな薬品か何かで幻覚を見せられているか、意識を失って悪夢の中にあるか。
 夢だと思えば気が楽だった。元々ふらふらとその場限りで生きているような人間だ。
 深く考えるのはよそう。適当に生きていれば、その内目が覚める。
 そうと決まれば、まずはこの夢の世界で、生きる術を確保しなくてはならない。

「メイアの言う通り、俺は魔女に呪われた。そのせいで、突然知らない場所に放り出されちゃったんだ。俺はここがどこだか知らないし、メイアの言う……魔術とか、エルフとかってのも、わからない。何もわからないんだ」

 溜息を吐いて、顔を覆う。情けない顔を見られたくない、というように。けれどまいっている様子は見せる。

「正直、これからどうしたらいいのかもわからないよ。メイアに助けてもらえたことが、唯一の幸運だった。本当にありがとう」

 人好きのする笑顔で下から見上げるように微笑んで見せる。
 メイアは照れたように目線を逸らした。

「アキラは遠いところから来たのね。どこの国から?」
「凄く遠いと思うよ。日本、って言ってわかるかな」
「……ごめんなさい、わからないわ」
「だよね」

 肩をすくめた明楽を、メイアが気の毒そうに見る。

「メイア。申し訳ないんだけど、今晩だけ泊めてくれないかな? 女の子の家に悪いとは思うけど、見たところ他に家はなさそうだし。獣が出るような場所で野宿は怖い」
「ええ、もちろんよ。気にしなくていいわ、お客様なんて久しぶり。アキラの言う通り、このあたりにはあたししか住んでないの」
「君ひとりで? その歳で、大変だね」
「あのね。エルフは長命種なの。ヒューマンの基準で見た目通りだと思わない方がいいわ。多分あたし、あなたより年上よ」

 明楽は目を丸くした。どう見ても十代がいいところだと思っていたが、この言い草だとまさかの三十代以上もあり得るのだろうか。
 エルフなど御伽噺の存在だ。もしかしたら数百歳という可能性も、と一瞬過ぎったが、それなら「多分」とは言わないだろう。二十代から三十代あたりが妥当か。
 多少は気になるが、自己申告しないのだから、尋ねることはしない。
 明楽にとって重要なことは、彼女が子どもではない、ということだ。

(少なくとも、未成年淫行で捕まることはないと)

 例え相手の同意が取れても、未成年者であった場合、たいていの国では犯罪である。
 けれど大人同士であるならば、体の関係に持ち込んでも問題はないだろう。

「いくつだったとしても、ひとりは寂しいでしょ。俺、ダメなんだ。ひとりだと夜も眠れない」
「呆れた。あなたそれでも男なの?」
「情けないことにね。ひとりだと、寒くて、暗くて、怖くて……いつまでも夜が明けない気分になる。そんな時にさ」

 そっと、明楽はメイアの手を取った。白く細い手を、両手で柔らかく包み込む。メイアが息を呑む音が聞こえた。

「こうやって、手を取ってくれる人がいたんだ。触れているところから、全身に熱が広がっていくようで。温かかった。人の体温ってすごく安心するんだって、その時知ったんだよ。だから俺も、凍えてる人がいたら、その手を取れる人でありたいって思った」

 メイアの手を頬に当て、顔を預ける。
 目を細めて柔らかく微笑むと、メイアが狼狽えた。

「どう? 他人の体温って、安心しない?」
「そ、そんなこと急に言われても、わからないわ。人と触れ合ったのなんて、いつぶりかわからないもの」
「そんなに長い事ひとりだったんだ?」
「そうね。あたしは……いいえ、なんでもないわ」

 その時、メイアの顔に影が差したのを、明楽は見逃さなかった。

「そろそろ食事の支度をしなくちゃ。あなたも食べるでしょう?」
「手伝うよ」
「いいわよ。突然のことで疲れてるでしょう。ゆっくりしてて」
「手持ち無沙汰だと色々考えちゃうからさ。することがあった方が助かる」
「……そう? それなら」

 キッチンへ案内されて、明楽は調理を手伝った。ガスコンロもなければ電子レンジもない。けれど火起こしは魔術で簡単にできるようだったし、他の道具の扱いもメイアは手慣れていた。大きな不便は感じなかった。
 明楽も包丁捌きは慣れたものだったし、ふたりで和気あいあいと夕食を作った。
 そしてそれを同じテーブルで食べる。

「うん、これ美味しいな。初めて食べた」
「裏の畑で取れる野菜なのよ。今が旬だから、一番美味しい時ね」
「食べ物は自給自足?」
「そうね、基本的には。野菜は畑で作っているし、肉は狩りで取ってくるわ。でも調味料とか、他にも色々必要なものは、月に一度くらい王都に買い出しに行くの」
「へえ、王都。近いの?」
「遠いわよ。あたしは転移魔術を使えるから、それで」
「そっか。すごいんだね」
「……別に」

 共に食事を作り、共に食べる。相手の心を開かせるのに有効な手段であるし、自分の有用性も示しやすい。
 この短時間で、明楽はメイアと打ち解けていた。
 彼女は自分で言っていたように長らくひとりであったらしく、人との会話に飢えているようだった。明楽の他愛ない話を、いくらでも聞きたがった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

異世界に吹っ飛ばされたんで帰ろうとしたら戦車で宇宙を放浪するハメになったんですが

おっぱいもみもみ怪人
ファンタジー
敵の攻撃によって拾った戦車ごと異世界へと飛ばされた自衛隊員の二人。 そこでは、不老の肉体と特殊な能力を得て、魔獣と呼ばれる怪物退治をするハメに。 更には奴隷を買って、遠い宇宙で戦車を強化して、どうにか帰ろうと悪戦苦闘するのであった。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

処理中です...