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本編
白虎、邂逅-3
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「ちょっと、メイズ!?」
呼び止めるマリーの声を無視して、メイズは乱暴にドアを開け奏澄の部屋を出ていき、そのまま足早にライアーの部屋に向かった。その勢いのまま、大きな音を立ててドアを開ける。
「えっメイズさん!?」
驚いてドアの方を見たライアーは、ぼさぼさの髪をしていた。机上には海図とメモが散乱している。医学書も開かれていたが、それらは全てメイズの目には入らなかった。
「次の島までどれくらいかかる」
その一言だけで、メイズの言わんとしているところはわかったのだろう。ライアーは悔しそうに歯噛みした。
「どう急いでも、あと四日はかかります」
四日。意識の無い状態で四日は、待てない。メイズは舌打ちした。
「何とかならないのか」
「気持ちはわかりますけど、こればっかりは」
そう言われて、メイズは思わず頭に血が上った。
「お前に、俺の気持ちがわかるか」
低く、低く。辛うじて聞き取れるほどの小さな声で、吐き出すように呟いた。
わかるものか。誰にも、自分の気持ちなど。わかって、たまるか。
衝動のままに手が出て、ライアーの胸倉を掴み上げた。
「航海士だろ。何とかしろ!」
額を突き合わせ、脅すようなメイズの気迫に、ライアーが言葉を詰まらせる。しかしライアーが何かを言おうと口を開いた瞬間、メイズは後ろから肩を掴まれ、強く引かれた。
その動作に苛立って相手を怒鳴りつけようとすると、甲高い破裂音が響いて、遅れて痛みがやってきた。
「目は覚めたかい?」
すぐには事態が飲み込めず、メイズは半ば呆然として、マリーを見つめた。
マリーは、ライアーに詰め寄るメイズの頬に、思い切り振りかぶった全力の平手打ちをお見舞いしていた。
「仲間に当たるんじゃないよ、みっともない」
「……ッ」
射抜くような鋭い視線に、メイズは反射的にマリーを睨み返した。並みの人間なら悲鳴を上げて尻込みするようなその眼光に、マリーは一歩も引かなかった。
「あんたの気持ちなんか、あたしらにはわかんないよ。でもあんただって、あたしらの気持ちはわかんないだろ。カスミが倒れてからライアーが何をしてたか、あんたは知ってんの?」
マリーの言葉に、メイズは黙った。ライアーが、奏澄のために何もしていないわけがない。当然だ。メイズがそれに目を向ける余裕が無かっただけだ。
同じことを、繰り返している。周囲が目に入らずに、結局、守れない。
自分に力が、足りないばかりに。
思い詰めたような顔のメイズに、マリーは一つ息を吐いて、視線を和らげた。
「人の気持ちなんて、全部はわかんないさ。けど、全部わかる必要はない。あたしたちは、メイズがどれだけカスミを大切にしてきたかを知ってる。同じものが大事なら、それだけで命を張る理由になる」
マリーはメイズの胸元に、軽く拳をぶつけた。
「あたしたちはみんな、カスミが大事。あの子のためなら、全力を尽くす。だからそのための方法は、みんなで考えよう。仲間だろ」
仲間。その言葉はメイズにとって、同じ船の乗組員、という以上の意味を持たなかった。
ただの括りでしかない。上っ面の言葉。
けれど奏澄は、その言葉を、存在を、関係を、とても大切にしていた。
メイズには、その感情はまだわからない。けれども。
「マリー」
呼んだはいいものの、真っすぐに顔が見られなくて、メイズは片手で顔を覆ったまま続けた。
「……お前がいてくれて、助かった」
それにマリーは一瞬目を見開いて、力強く笑った。
「メイズさん! オレ、オレは!?」
「悪かった」
「それだけ!?」
しれっと返すメイズに、ライアーは大げさな反応を示す。それをメイズは適当にあしらった。ライアーにも感謝の念はあるが、この態度で来られると言う気にならない。
しかし、メイズにもいい加減わかっている。これはわざとやっているのだ。彼は空気を読む能力にはとても長けている。
マリーも、ライアーも。初期からこの航海を支えてきた面子だ。単純な労働力ではない。気を配ってもらった、自覚がある。
二人とも、黒弦のメイズのことは事前に知っていた。だが、メイズに対して遠慮はしなかったし、奏澄とメイズを引き離そうとするようなこともなかった。ただありのまま、自分たちの見た姿を信じて、受け入れた。それがメイズにとって、どれほど助けになったことか。
メイズが『常識人のふり』ができたのは、奏澄の力だけではない。メイズの思考が、行動が、外れそうになった時。引き戻してくれた言葉が、確かにあった。
疑念は消えない。こればかりは、自身の性根によるものだ。それでも、信じたいと思う。
自分も誰かを、信じられるのかもしれない、ということを。
呼び止めるマリーの声を無視して、メイズは乱暴にドアを開け奏澄の部屋を出ていき、そのまま足早にライアーの部屋に向かった。その勢いのまま、大きな音を立ててドアを開ける。
「えっメイズさん!?」
驚いてドアの方を見たライアーは、ぼさぼさの髪をしていた。机上には海図とメモが散乱している。医学書も開かれていたが、それらは全てメイズの目には入らなかった。
「次の島までどれくらいかかる」
その一言だけで、メイズの言わんとしているところはわかったのだろう。ライアーは悔しそうに歯噛みした。
「どう急いでも、あと四日はかかります」
四日。意識の無い状態で四日は、待てない。メイズは舌打ちした。
「何とかならないのか」
「気持ちはわかりますけど、こればっかりは」
そう言われて、メイズは思わず頭に血が上った。
「お前に、俺の気持ちがわかるか」
低く、低く。辛うじて聞き取れるほどの小さな声で、吐き出すように呟いた。
わかるものか。誰にも、自分の気持ちなど。わかって、たまるか。
衝動のままに手が出て、ライアーの胸倉を掴み上げた。
「航海士だろ。何とかしろ!」
額を突き合わせ、脅すようなメイズの気迫に、ライアーが言葉を詰まらせる。しかしライアーが何かを言おうと口を開いた瞬間、メイズは後ろから肩を掴まれ、強く引かれた。
その動作に苛立って相手を怒鳴りつけようとすると、甲高い破裂音が響いて、遅れて痛みがやってきた。
「目は覚めたかい?」
すぐには事態が飲み込めず、メイズは半ば呆然として、マリーを見つめた。
マリーは、ライアーに詰め寄るメイズの頬に、思い切り振りかぶった全力の平手打ちをお見舞いしていた。
「仲間に当たるんじゃないよ、みっともない」
「……ッ」
射抜くような鋭い視線に、メイズは反射的にマリーを睨み返した。並みの人間なら悲鳴を上げて尻込みするようなその眼光に、マリーは一歩も引かなかった。
「あんたの気持ちなんか、あたしらにはわかんないよ。でもあんただって、あたしらの気持ちはわかんないだろ。カスミが倒れてからライアーが何をしてたか、あんたは知ってんの?」
マリーの言葉に、メイズは黙った。ライアーが、奏澄のために何もしていないわけがない。当然だ。メイズがそれに目を向ける余裕が無かっただけだ。
同じことを、繰り返している。周囲が目に入らずに、結局、守れない。
自分に力が、足りないばかりに。
思い詰めたような顔のメイズに、マリーは一つ息を吐いて、視線を和らげた。
「人の気持ちなんて、全部はわかんないさ。けど、全部わかる必要はない。あたしたちは、メイズがどれだけカスミを大切にしてきたかを知ってる。同じものが大事なら、それだけで命を張る理由になる」
マリーはメイズの胸元に、軽く拳をぶつけた。
「あたしたちはみんな、カスミが大事。あの子のためなら、全力を尽くす。だからそのための方法は、みんなで考えよう。仲間だろ」
仲間。その言葉はメイズにとって、同じ船の乗組員、という以上の意味を持たなかった。
ただの括りでしかない。上っ面の言葉。
けれど奏澄は、その言葉を、存在を、関係を、とても大切にしていた。
メイズには、その感情はまだわからない。けれども。
「マリー」
呼んだはいいものの、真っすぐに顔が見られなくて、メイズは片手で顔を覆ったまま続けた。
「……お前がいてくれて、助かった」
それにマリーは一瞬目を見開いて、力強く笑った。
「メイズさん! オレ、オレは!?」
「悪かった」
「それだけ!?」
しれっと返すメイズに、ライアーは大げさな反応を示す。それをメイズは適当にあしらった。ライアーにも感謝の念はあるが、この態度で来られると言う気にならない。
しかし、メイズにもいい加減わかっている。これはわざとやっているのだ。彼は空気を読む能力にはとても長けている。
マリーも、ライアーも。初期からこの航海を支えてきた面子だ。単純な労働力ではない。気を配ってもらった、自覚がある。
二人とも、黒弦のメイズのことは事前に知っていた。だが、メイズに対して遠慮はしなかったし、奏澄とメイズを引き離そうとするようなこともなかった。ただありのまま、自分たちの見た姿を信じて、受け入れた。それがメイズにとって、どれほど助けになったことか。
メイズが『常識人のふり』ができたのは、奏澄の力だけではない。メイズの思考が、行動が、外れそうになった時。引き戻してくれた言葉が、確かにあった。
疑念は消えない。こればかりは、自身の性根によるものだ。それでも、信じたいと思う。
自分も誰かを、信じられるのかもしれない、ということを。
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